3話 処遇
マグニはスクルディアとフレイアと酒を飲んでいた。3人が酒場で飲むのは久しぶりだが、美味しかった。
「スルーズは置いてきたの?」
「あぁ。一応あいつは成人前だ。おおっぴらに酒場につれてきて飲ませるわけにはいかないだろう」
妹であるスルーズはずるいと口を尖らせたが、置いてきた。母であるヤールンサクサもスルーズをたしなめてくれたから、意外にあっさりと引いたのだ。
「スルーズはともかくとして、シグルトも連れて来れれば良かったんだけどな」
マグニはシグルトを気に入っていた。どこがどうしてか、そんなことは考えないことにした。ただ、気に入ったのだ。
「流石に無理よ。残念ではあるけれど」
未だにシグルトは、スクルディアの家に居る間は両手を拘束されている。食事を自分でなんとか取れるようになったが、それでも不便そうだとスクルディアは言う。
「手枷も外して上げれればいいんだけどね」
フレイアもシグルトの拘束に対して同情的だった。
「それにしても、聞いたか。シグルトを処刑しようとしてるって話」
マグニがそれを口にすると、スクルディアの顔色が変わる。それは怒りと悲しみだった。まったく父であるエイルからその辺りの話を聞かされていなかったようだ。
「何故っ。シグルトがガルム旅団だという証拠は何所にもないのに処刑だなんて」
医者のたまごとして、せっかく助かった人間を殺すということをなんとしても回避したいのだろう。
「私も、少し聞いた。これから真冬になるのに、放逐するって言う話も出てるって」
放逐された場合も、まず間違いなくシグルトは死ぬだろう。記憶もない人間を着の身着のまま真冬の寒空に投げ出せば、それこそ人を襲って身包みを剥がない限り生きてはいけない。いや、そんなことをしてすら生きていけるかどうか怪しいのだ。
「本当なの、それ」
スクルディアが信じられない。信じたくないと言うように目を見開く。
「一応、春まで待つべきっていうのと、望むのなら、この村に受け入れても良いんじゃないかっていう人たちもいるらしいけどなぁ」
村の若い男たちは、シグルトに対して懐疑的な人間が多かった。後一歩でガルム旅団と死闘を演じないといけなかったのだから、マグニも気持ちとしてわからなくはなかった。だが、シグルトがガルム旅団だという証拠は何ひとつない。この間会った時も暴れたり、逃げたりする様子もない。朴訥とした隣人。そんな雰囲気だった。
「世話をして、役に立たなさそうなら殺せって言うの……」
マグニとフレイアはスクルディアから半歩引く。長い、長すぎるくらいの付き合いだ。スクルディアが爆発しそうなのが良くわかるのだ。
「お、おい。落ち着け。あくまでそういう話もあるっていうだけだ。俺だって、なんとかしたいと思ってる」
だが、現実的にできることは少ないことくらいわかっていた。
「鍛冶屋の観点からして、あの剣はかなりの人間の血脂を吸っていたし、相当の戦いをしたことがわかってる。親父はその辺りからシグルトの処刑を止めるつもりみたいだ」
マグニの家は鍛冶屋だった。そして、シグルトの剣の手入れもした。その時に尋常じゃない汚れなどからシグルトは、シグルトの持つ剣は、戦ったということを確信していた。
「トールのおじ様が動いてるんだ。じゃあ、きっとうちもそっちの方向で動くかな」
フレイアの家は牧畜を営んでいた。村でも一番の規模で、父ニョルズはやはり会議に出ている。
「なら、いいのだけど」
マグニはスクルディアに話すべきではなかったかもしれないと思った。スクルディアは当然知っていると思っていた。だが、知らなかった。エイルがスクルディアに伝えなかったのだろう。
「せめて、せめて春まで様子を見て欲しいと私は思うんだけどなぁ」
フレイアの言葉にスクルディアも少し納得できないが同意する。
「まぁ、悔しいけどそれが妥当ね。私はシグルトを信じたい。だけど、皆が皆そうじゃない。それなら、春まで取り敢えず様子を見てから考えればいいわけだし」
「様子見とかなんとか、七面倒くさいけどなぁ」
信用するかしないか。問題はそれだけだ。マグニからすればはっきりと決めれば良いと思った。春まで先送りしたとしても、やっぱりもめるだろうから。
「まぁでも、今放逐っつうのは気に入らないな。殺したいけど、自分たちの手を汚す覚悟もないって言ってるようなもんだ。追い出して、死んでもらおうってだけじゃねぇか」
マグニは処刑に対して賛成はしていない。だが、もしも処刑か放逐かの二択から選べといわれれば、放逐などせず、きっちりと処刑する。こちらも覚悟と誠意をもって、処刑に臨まなければならないと思っていた。
「ちょっと、物騒なこと言わないでちょうだい」
スクルディアが放逐だの処刑だのというマグニに面白くなさそうに言う。
「この話は終わりにしようか。もっと楽しい話しよう」
フレイアはそろそろこの話を終わりにしたいという。マグニとしても反対する気はなかった。スクルディアは機嫌悪くなるし、自分自身も気分の良い話ではない。
「そうだな。それじゃあ、前にあった話だけどよ」
マグニはフレイアに乗って話題を変える。スクルディアは気分が乗らないようだったが、話を中断するようなことはなく、3人の飲み会は静かに続くのだった。
エイルはその日、村の重鎮たちが集まる会議に出ていた。外は雪がちらついており、非常に寒かった。だが、それでも外に居たほうが気楽だとエイルは思えた。
「さて、皆集まったようだな」
村長オディルがそう言って、ここ数日最も注目を集めている案件について話し出す。もう、何日も話していることだ。
要約すると、シグルトをどうするか。その一点だった。派閥は4つに分かれていた。直ぐに処刑すべきと言う強硬派。証拠がない以上放逐すべきだと言う派閥。冬に放逐すれば、処刑と変わらないと言い、せめて春が来るまで村にと言う比較的穏健派。若い男でであれば歓迎すべきじゃないかと、シグルトが望めば村の一員として受け入れようという派閥。今、最も多いのは放逐。次いで春まで、処刑、住人と続いていた。
「正直、処刑すべきだと俺は思う。下手に放逐してガルム旅団の元に戻ったりするようなことがあれば、そのぶん敵が増えることになる」
それは引いては、自警団に居るわが子らを殺すことになるんじゃないか。そうグンナルが主張した。神経質そうに口ひげを引っ張りながら、自分らの子どもたちの命には代えられないと主張する。
「俺は殺すべきじゃあねぇと思う」
それに対抗したのはトールだった。エイルの親友であり、この村の鍛冶の総元締めだった。彼がグンナルを睨むかのように主張をする。
「万が一なんて言葉に騙されるな。本当にただの旅人だった場合、俺たちは己の身が可愛くて人を殺す盗賊と同列だ」
そんな胸糞悪いまねができるか。そうトールは吐き捨てる。
「じゃあ、もしもシグルトが記憶喪失のふりをしていて、村の情報をガルム旅団に渡そうとしていたらどうするんだ」
小馬鹿にするように肩をすくめ、グンナルは吐き捨てる。グンナルは村の人間がもっとも敏感になっている部分を突きつけた。
「それが露見した瞬間に処刑する」
トールはそれを止めるつもりはさらさらないと言う。
「それに、シグルトの記憶喪失は医者であるエイルが一応保障してる。それ以上、どうしようもないだろう」
そうだろう。とエイルは同意を求められる。
「私の見立てではね。彼は本当に何も覚えていないみたいだ。娘のスクルディアも、同意見だよ」
世話はスクルディアがよく見ていた。そして、そのスクルディアもシグルトはやはり記憶がないだろうというのだ。何気なく、好物を聞いても食べたことあるもので好きなものを答えるだけだという。
「なら放逐という手段もある」
一歩グンナルが食い下がるが、その意見にさらにトールは眉をしかめて口調を荒くする。
「手前の手で殺すか、自然に殺してもらうかの違いしかねぇ。それなら、手を汚せ」
冬の、この寒空に放逐したなら、ほぼ確実に死ぬだろう。シグルトは何も持っていない。しかも、道も何もわからないのだ。
「私も毎日シグルトに会っている。彼を処刑ないし、放逐するという意見には賛同しかねる。私が話をした限り、悪い人間だとは思えない」
あくまで印象だが。とテュールは言う。
結局その日の話し合いでも決まることはなく、ある結論が出たのは雪が枯葉を隠しきった頃だった。