MISSION 01:生存者を見付け出し合流せよ その5
まあ、アレだ。
現実ってのは、現実っていうだけあって現実だ。
つまり、いわゆる厳しい。
この布団はどう足掻いても俺のパイプベッドでは有り得ないし、一戸建て住宅の和室はアパートの洋室とは対極たる存在だ。
枕元にないはずの愛用の目覚まし時計は当然の如く見当たらず、アパート前に住む大家のうるさい中型犬はいないんだから勿論吠えてはいない。
よし、どこをどうやってもココは我が家ではないな。
おはようゾンビワールド。
普段はしばらくボケっとしてるんだが、一気に目が覚めたよ、ありがとう。感謝しない。
溜息を飲み込んで、とりあえずは布団を畳んだ。
あんな事があったってのに、随分とぐっすり眠れたようだ。疲れってのは本当に最高のスパイス…は味だから、何だ?睡眠導入剤?
そんな事を考えながら、薄暗い部屋を見回す。
昨晩は女の子…、十々瀬さんの手にしたランタン型ライトの光しかなく、彼女が去ったらもう真っ暗で何も見えなかった(携帯の光はノーカン)し、一応状況確認だ。
何の変哲もない和室。
壁に折りたたみ式のちゃぶ台みたいのが掛けてあり、隅っこの方に座布団が2枚寄せてある。
飾り棚には小さな造花が入った瓶が1つと、どっかの風景を取った小さな写真立が1つ。
こういう感じの家だと和室は仏壇用になっている事が多いけど、この十々瀬家にはまだホトケさんは不在のようだ。家も新しいし、分家?ってやつか。
将来的にはその予定かもしれないが、今は来客用に使っているっぽい。
で、掃き出し窓はやっぱり封鎖。
本来なら明かり採りの小窓とは別に、そこから光が入って明るいんだろうけど、カーテン&雨戸シャッターの鉄壁の防御により、太陽は完全敗北を喫している。
敷かれた煎餅布団、枕元にはカバンと青色のブルゾンに社員証、外したネクタイ。
そしてちょっとだけ充電してもらった社用携帯電話が遅れたままの時間を刻んでいる。
電池レベルは20%くらいしかなく、正直電話できない時点で役立たずだが、後で一応充電させてもらおう。ついでに時計合わせもしたい。
……うん、状況確認終了。
特に気になるものも、やれることも見当たらない。
今が何時か分からないが、そろそろ起きるべきだろう。客人の身で昼までぐーすかは非常にダメだ。
ネクタイを締め、ブルゾンを羽織り、社員証を首から下げる。
さて、まずは第一印象。
とは言ってもヒゲも剃れてないし寝癖もあるかもしれないが、なるべく爽やかに十々瀬家保護者へ初対面といきますか。
◇
「あ、おはようございます。眠れましたか?」
薄暗いリビングへ入ると、そこには既に十々瀬さんが居た。
マグカップを両手で持ち、キッチンの前にあるダイニングテーブルの方に座っている。
昨日座ったリビングテーブルのようにロウソクとか置いてなく、上はスッキリ何もない。椅子が四脚あるところからして、十々瀬家は四人家族くらいか。
「おはようございます。いやもうぐっすりと。ホントありがとうございました」
スマイルで挨拶&お礼を述べる。
どうやらまだ保護者的な人はここにはいないようだ。寝てるのか、それとも起きてるけど何か準備でもしてるのか。
「いえ、…あ、馬銜澤さんも何か飲みますか?」
「ちなみに十々瀬さんは何を?」
「これですか?砂糖水です」
……。
虫かな?
じゃなくて。何だそりゃ。
「………ああ、食べ物がもうないので、最近の朝食はこれなんです」
俺の表情から疑問を読み取ったのか、訊いてないのに答えてくれた。
って、砂糖水が朝食?外には畑とか…ああ、あのゾンビがいるか。
にしても砂糖水って。
「あー、じゃあ水でお願いします」
「水ですね。じゃあそっちのテーブル……は暗いですから、馬銜澤さんもこちらへどうぞ。昨日の話の続き、しましょうか」
◇
わりと広いダイニングキッチンだが、面積を取ってる窓の2箇所が掃き出し窓で、現在絶賛閉鎖中。
普通の窓はキッチン側とリビング側のちょうど中間あたりの一箇所で、そこから射し込む朝日だけでは到底部屋を満足に明るく照らすことはできない。
しかし、それでも夜やロウソクパワーよりはずっと明るく、部屋の全景やそこにいる人間をバッチリあらわにした。
部屋は…うん、実に普通のお宅だ。
ただ電化製品が全く動いてないってのは“昨日”まで電気に囲まれた生活をしてた身からすると、そこはかとなく違和感がある。
電源をOFFにしてあるのとは違う、何ていうのか上手く言い表せないけど、とにかく電気のない違和感だ。
で、改めて見た十々瀬さんはというと。
昨晩、ランタン型ライトやロウソクの灯りの中で見た通り、一言で言うなら“田舎の女子中学生”って感じの、素朴な…もしくは芋っぽい女の子だ。
ただ、目がアレだ。
淀んでるというかハイライトがないというか、若者らしい情熱的なアレを一切感じさせない目をしている。夢も希望もないみたいな目だ。俺みたい。
やはりこんな世界になっていろいろ疲弊しちゃったのだろうか。砂糖水が朝食だし。
「昨日の続きを始める前に、これを」
それにしたって砂糖水は、とか思ってたら、水を出してくれて以降、少し思案顔で黙っていた十々瀬さんが口を開いた。
「何でしょう?」
テーブルの上に、コトリと何かの鍵が置かれる。
「ご家族とか、友達とか、恋人とか、すぐにでも駆け付けたいなら、心配なら使ってください。うちの車のキーです」
…!!
一瞬手を伸ばそうと思ったが、思っただけで留まる。
「ええと……?」
「徒歩だと流石に無理ですけど、車を使えば行けるかもしれませんよ。車は家のすぐ後ろです」
「でも、これは……」
「ああ、ゾンビも大丈夫です。昨日やったみたいに、気を引いておきますから」
……?
十々瀬さんの行動と言動、何か変な感じがする。
昨日の続きと言っておきながら、なぜか最初に車のキーを差し出す。
てかコレって親の車だろうに、勝手に見知らぬ俺に渡しちゃっていいのか。
そもそも親は?昨日は寝室って言ってたから休んでるのかとも思ったけど、これから重要な話になるかもしれないのに、出てこないのは変だ。
…うん、変だな。大至急変だ。
昨日はいろいろありすぎて頭がヒートしてたから流されてたけど、コレはおかしい。
ゾンビっていう激しすぎるインパクトに薄れてたけど、常識的に考えたら彼女も十二分に変なのだ。
考える。
彼女の思惑は?俺にどうさせたい?何を考えてる?
罠?
しかし俺を罠に嵌めてどーしようってのか。正直何も得しないだろ。
どうする。それでも罠をとりあず疑う?
昨日聞いた情報も正しいって保証はない。情報源は彼女しかないから、嘘だってつき放題だ。
疑うべきか。
でも疑ってどうする?
車を借りて会社へ帰ってみるか?そしたら案外このゾンビワールドを抜け出して平和な日常に戻れるかも。
いや、でも待て。
もし彼女から聞いたのが正しかったら。
ゾンビ。
来ないバス。
パンデミック。
ずれた時間。
破滅する世界。
法律に権利、宗教観や価値観。
ライフライン断絶。
十々瀬家の現れない家族。
砂糖水。
家族…友人……恋人。
そして、淀んだ目でこちらを見据える、十々瀬狸依子。
…。
……なるほどね。
よし。
わかんね。
「あー、特に心配な人とかいないんでいいです」
だから、とりあえず目下の問題に対し、正直に答えた。
駆け引きなんざ無理だ。
「ご家族とか」
「姉がいますけどアイツ結婚してるし、あんまり仲も良くないですし」
「友人は」
「大人になるとアレなんですよ、休日とか合わないし、結婚とかされちゃうとですね」
「恋人は」
「仕事が忙しくて……」
なぜか言い訳してる気分。実際言い訳だが。
でも他人にとやかく言われる筋合いはない。言われてないけど。
そう、アレだ、社会人は大変なのだ。
大変なのですよ。
…。
……OK、認めよう。
ほんのり社会不適合者です。
だが働いて稼いでて税金払ってるから決して……って、誰に弁解してるんだ俺。
「とにかく、そういうのの為にすぐにどこかへ行かなきゃ、とか思ってはないですから。それよりも、昨日の続きをしましょう」
気を取り直そう。そしてまずは当初の目的を果たそう。
昨日の続き、つまり………何だ?
何がどうしてどうなったかって経緯については聞いた。
で、分かったのは情報の供給が停止するまでの若干古い情報。
最新情報はもう知るすべもないけど、未だに世間はゾンビワールドであり、ライフラインも復旧してないんで、お察しだろう。
ゾンビについても聞いた。
ただ彼女は普通の一般人。テレビやネットで見聞きした知識程度しか分からない。
とにかく、噛まれたり引っ掻かれたりすると感染してゾンビ化するらしい。
後は…、俺の事を話したくらいか。
事故って目覚めたらやたらと日にちが経ってて、ゾンビワールドになっててビックリ。
もちろん原因は不明だし、究明する気もないんでこの話はここまでだ。
冷静に考えるともう特に話すことってない。
十々瀬さんの両親とかにも同じ事を説明するなら多少はアレだが、基本的には何もない。
もしかして、だから車の話をしたのかも。
話すことがないってことは、行動しろってこと。
この村の住民でない俺には“帰る”ってのが当然な行動なんだし。
でも車を借りちゃうと十々瀬家の交通手段が、
「馬銜澤さん」
「!?…はい」
そんな思惑を掻き消す声に、思わずちょっとびっくり。
十々瀬さんは真っ直ぐに俺を見据え、さっきまでより力の篭った口調になっている。
え、なに?
俺何か変なコト言った?
「もう少し確かめたかったですけど、正直、これ以上は難しいのでここまでにします。それに、限界も近いですし」
「はい?」
はい?
何のこっちゃ。確かめる?限界?
ハテナマークな俺の前で、彼女は小さく頭を下げる。
ますます???だ。
「ごめんなさい、意味わかんないですよね?今から説明します。怒らないで聞いてくれると嬉しいです」
そして顔を上げて言う、自嘲的で若干泣きそうな、でも何か嬉しそうな、そして今までの淡々とした口調とは違う、感情が織り交ぜになった声。
何だか突然かつ意味不明な展開に、正直アタマが追い付かない。
「じゃあ、話しますね。賭けに出ます」
だからとりあえず、真面目な顔で聞くことにした。
もう何言われても別に驚かないだろうし、今までのが全部嘘でしたーとか言われてもキレるようなアグレッシブな人間じゃない。むしろウェルカム。
どうぞ、何でも話してみてくだされ。
「まず、2階の寝室には両親がいますが、とっくの昔にゾンビになってます。妹もいましたけどゾンビになったので殺して捨てました。我が家の生存者は私1人です」
うむ、前言撤回。
ちょっと待って。なにそれきいてない。
は?