MISSION 01:生存者を見付け出し合流せよ その4
重要なのは現状を正確に把握し、何ができて何をするべきかを理解することだ。
それによって今後の立ち振る舞いが大きく変わってくる。
偉そうな事を言ってるみたいだが、要するに「死にたくないからいろいろ教えて」ってこと。無知は罪、とまではいかないけど、死にやすいのは間違いないのだ。
「最初に“ゾンビ”が出てきたのは、私も詳しく分かりません。ニュースで奇病とか何とか言い始めて、気付いたらどこかの紛争地帯みたいな映像が頻繁に流れるようになってました」
あの後、女の子の態度…というか口調がハッキリと変化した。
それまではやたらと句読点ってか区切るのが多かった喋り方が、饒舌、とまではいかなくても、普通な感じになったのだ。
理由は不明。緊張が解れたとか?
何にせよ、前の感じだと会話に時間がかかりそうだから助かった。
「ああ、何となく分かりますよ」
どことは言わないけど、外国とかありえそう。
「冷静に対処できれば最初のゾンビが少ないうちにどうにかできたかもしれないけど、やっぱりパニックを起こしちゃったみたいで」
「やっぱりアレですか。映画とかでもありがちな」
「政府の陰謀説とか、兵器転用がどうとか、宇宙人説もありましたね。暴動が起こって家電量販店とかが何故か襲撃されたりとかもしてました」
すごい想像できる。
某国とか某国とか…ってか日本以外だとわりとよくある光景。店舗襲撃。
しかも食料品とかならまだ分からなくもないのに、なぜかテレビとか奪い出す暴徒と化した民衆は、しかしある意味通常運転といえよう。
「あー、もう目に浮かびます。ゾンビ関係なく、よくある光景ですよね」
「発展途上国とか、そういう国はそんな感じで。わりとすぐにダメになったみたいです。先進国とかが手を出そうにも、自国で手一杯なうちに手遅れという感じでした」
彼女の口調からは、特に悲壮感的なものを感じない。
淡々と事実として述べているって感じだ。
「最初の感染者は分かりませんが、二番目や三番目の多くは医療従事者や、警察とかだったみたいです。傷ついて運ばれてくるのは病院ですし、暴れてるのを取り押さえるのは警察ですから」
「で、噛まれたり引っ掻かれたりして感染?」
「はい。しかも悪いことに、医者はともかく、体力のある警官や軍人がゾンビ化すると危険度は段違いになって」
出会ったゾンビで体験済みですよね?と彼女は言う。
確かに、『 下草 』の老腐人・山本ハナゑさんはノロくて脅威も少なかったけど、ここ『 九十九林 』のゾンビはヤバかった。
走るというちょっぴり高度な動きはできなくても、早歩きくらいは可能らしい。
「パニックを防ぐために政府とか隠蔽的な事をしそうなんですけど、…やっぱり無理だったんですね」
「今はインターネットがありますから。でも、最初はパニックというより好奇心的なものの方が大きかったみたいです。マスコミも真実がどうとか言いながらいろいろやってましたし、ニタニタ動画やYouTobeで実況する人とかもいましたよ」
「実況っていうと?」
「日本だと『ゾンビに引っ掻かれてみたwww』とかが一時期凄かったです。結果はお察しですけど。ゾンビに噛まれた人の、家族や恋人に向けてのビデオレターとかも“泣ける”とか言われてましたね。すぐにそれどころじゃなくなりましたが」
うん、これも見てはないけど何となく想像はつく。
きっと凄い数の再生数を稼げただろう。それで死んだなら本望……じゃないか。
別に同情はしないけど南無。
「外国は、英語は読めないので分かりませんけど、銃とかでゾンビを退治するような感じのが多かったですね。でも正直、それが本物なのかフェイクなのかよく分からなかったです」
リアル系というか、ビデオカメラで撮影した的な、ノンフィクションに見せかけた映画は昔からある。
手の込んだドッキリだってあるし、無理もない。
俺も実際に出会わず、映像だけ見てたら嘘だと思うし。
「被害はどんどん広がって、どこかの国では軍隊まで出るとかの話になって。それで適切に処理できたら良かったんですけど、先進国は先進国で、そう上手くもいきませんでした」
「法律とかですか?」
「それも、ですね。ゾンビ化の治療法とか、ゾンビ化した人の人権とか、歩いて動いてるのに死んでいると医学的に判断していいかどうかとか…、死んでてもそれを傷付けるのは死体損壊とか、死者への冒涜とか」
「ああ、そういう……」
「加えて、そんな時でも与党と野党は“下らない”政治資金云々とかの問題をゾンビと同列以上に扱って。マスコミも煽るだけ煽って世論はかき乱されて」
「何だろう、凄く分かる気がしますよ」
「結局、治療法はなくて、ゾンビ化したら倒さなきゃ生きてる人間が危ない、という結論に達しましたけど、その頃にはかなりの犠牲者が出ていました」
先進国めんどくせえ!とは言わない。
結局、そういうことなのだ。色んな思惑や縛りがあって、それが“自由と権利”が保証された先進国なわけで。
素人目でも分かるヤバいモノも、完全に“そう”だと分かるまでヘタな真似はできない。
悪法も法、ってわけでもないけど、法律を守らなきゃ文明的な生活はままならない。全員がアウトローな世界に平穏はないのだ。
「避難所、シェルター、いろいろありました。でも、人が集まればバカが混じる確率だって高くなります。自分は大丈夫とか、この人を見捨てられないとか、いっそ誰か道連れにとか、そう、本当に映画みたいな感じです」
おぉ、バカと。なかなかどうして辛辣。
しかしまあ、実際そうなんだろう。
映画にはゾンビに噛まれたのを隠して避難所に入るヤツとか必ずいて、夜とかにゾンビ化して阿鼻叫喚、安全な場所など最早ないのだ!!的な状況になる。
噛まれた本人もそうだが、家族や恋人とかが噛まれた場合も同様だし、その場合は無駄に主人公ばりな決意とかしちゃって始末に悪い。
でも、分からなくもない。
ちょろっと引っ掻かれただけでハイ人生終了、とか嫌すぎる。
自分自身がそうでも納得できそうにないし、大切な人とかがそうなった場合なんて余計に無理だろう。多分。
ゾンビに絆創膏レベルの傷を付けられた我が子に、「もうオマエ手遅れらしいから置いてくわ。パパとママはシェルターに避難するけどね☆」とか生存競争的には正しくても人間的にはアレ過ぎる。
それにそういうのをキッチリ管理するのも難しい。
生きてれば人権だってあるし、治療法がないにしても、怪我した人は全員もう見捨てますとか政府がやると反乱は必至だろう。
誰もが疑心暗鬼、ゾンビ以外の原因でついた傷も証明できなきゃ“感染被疑者”。
違うって言っても言葉だけじゃ誰も信じないし、実際信じちゃダメな場合もフィフティーフィフティー。
とりあえずで隔離されてマジ感染者と同室になったら冤罪ならぬ冤感染からのバッドエンド確定だ。
それこそ、ヤケになったゾンビ予備軍な方々が避難所とか襲いかねない。
かといってその人らをどうするかってのも問題だ。
治療が無理なら病院とか意味ないし、逆に医者が危険。
治療しますって連れて行って秘密裏に処分…も有り得そうだけど、一度でもバレたらもう最悪の事態へマッハだ。
うむ、どうすりゃいいのか分からないな。
俺の頭じゃ無理。そういうのは頭のいい官僚とかが考えて…って、ダメだったのが今の現状か。
「そんな感じで、安全な場所はどんどん減っていきました。独自に強硬な姿勢で管理しようとする人たちもいたみたいですけど、やっぱり反抗されたり何だりで」
うん、分かってた。
映画だと反抗する側が主人公だな。
でも実際は管理者側が正しかったりなんだけど、感情論で有耶無耶に。
最終的には生き残った主人公がヒロインとキス的なアレ。からのどんでん返し。実にB級ホラー。
「その後はもう分かりません。電気をはじめ、テレビもインターネットも使えなくなりましたから」
映画ならなぜか自家発電機やアマチュア無線機みたいなのがあって、それで政府や他の生存者との交信を…ってなるんだろうけど、現実はそうなんだろう。
自家発電機なんてそうそうお目にかかるモノでもないし、一般家庭に無線機なんてないのだ。
「じゃあ、もう情報は途絶えてる、ってことですか」
「今見れるのは、1ヶ月くらい前の記事くらいです。スマホはありますけど、インターネットに繋がらないのでニュースとか見れません」
1ヶ月前の記事か。
1か月前って言うと…新聞とかニュースとかあんまり見てないので何があったかとか思い付かない。
思い付けばこの現実が、昨日まで俺のいた“現実”と同じかどうかとか確かめられたのに。
「って、スマホ?電気が止まって……、」
「ああ、防災グッズにあったこれで」
そう言って例のランタン型ライトをテーブルに置く。
今はロウソクがあるので切ってあるが、なるほど、手回し式の充電ライトか。携帯やスマホにも充電できる便利な防災グッズ。
しかし、スマホがあるのか。
ダメ元で借りて、どこかに電話をかけてみる?電波もダメって話だが、やってみる価値はある。
会社に繋がる…最悪呼び出し音でも鳴れば、ここが俺のいた現実と同じってことだし、『この番号は現在使われて云々』なら異世界ってことの証明になる。
あ、でも会社の番号だけじゃアレだな。
そう、同僚か先輩の携帯なら間違いない。流石に番号を暗記してないけど。
「電話か…。会社の携帯はがあるんですけど、壊れたみたいなんですよね」
カバンから社用携帯電話をテーブルに出してみる。
相変わらず電源は点かず、電波がダメなのか確かめようもない。
「……ちょっとお借りしていいですか?」
女の子が携帯を見て訊いてきたので、どうぞ、と手渡す。
社用の携帯を社外の人間に渡すとかマズいけど、場合が場合だし、どうせ使えないから問題ないだろう。
「………」
彼女はそれを少し調べると、立ち上がり近くの棚からケーブルを取り出す。
いろんなタイプの携帯やスマホにアダブター交換で対応できるやつだ。それを充電ライトに差し込み、携帯に、
ピピッ
「あっ」
「電池切れだったみたいですよ」
聞き慣れた充電開始音。
「ガラケーは頑丈だって父も愛用してるんです。傷もないのに壊れてるようには見えなかったから、もしかするとって」
そう言って充電したままの状態で携帯を返してくれる。
俺は受け取るとすぐに電源を入れた。
事故る前には半分くらい充電が残ってたのに、電源が点かなかったから壊れたと思い込んでいたが、そうだったのか。
備品壊した始末書が1枚不要になる…のはもうこの状況だと嬉しくもないからどうでもいいが、携帯復活は素直に嬉しい。
これでとりあえず電話を試してみることが、
「……Oh」
思わずイングリッシュが溢れる。
画面には見慣れた味気ない壁紙と無駄にでかいデジタル表示の時計。これはいい。
電波は案の定の圏外。これもまあいい。わりと覚悟してた。
その横の充電状況は現在充電中。これに関しては事実だから言うべきことはない。
でも、時計の横の日付表示。これはよくなかった。
「どうしました?」
「……質問を質問で返して申し訳ないですけど、今日って何日ですか?」
「スマホの時計が狂ってなければ、○月×日だと思います」
「マジですか………」
俺が“昨日”だと思ってた日から、携帯の日付は5日、彼女の言う日にちだと……まさかの3ヶ月くらい経っている。
つまり、アレだ。
気絶して5日後に充電が切れて、それから3ヶ月くらい気絶してたってわけか。
その間にパンデミったと。
うん!それなら記憶との整合性もバッチリだね!!
いやいやいや、なわけねぇだろ。
3ヶ月も気絶してたら餓死してるし!その間に車とか流石に通っただろ常識的に考えて!?
と、心の中でセルフなツッコミとか叫びとかは飲み込んだ。
ついさっき現実を受け容れたのだ。ちょっと想定外だってものの、これだって許容範囲。
「……あー、どうやら未来へ来てしまったみたいだなぁと」
「例の“昨日”の話、ですか」
「ええ、昨日だと思ってた日は、3ヶ月前だったようで」
少しの沈黙。
察してくれたのか、何言ってんのコイツ?と思ってるのか。
思えば、彼女にしてみれば俺って相当イカれたヤツかもしれない。うん、確実にアレな人だ。
俺も突然のゾンビによる世界オワタストーリーで混乱していたが、彼女サイドから見ると正に真逆。
とっくにパンデミってる世の中で、「あれってゾンビなんですか?」。もう世間知らずってレベルじゃない。
そして語る、昨日ご近所さんとアポとった発言や、昼にコンビニ寄ってきたよ宣言。
怪しいを通り越して狂ってると思われたって仕方ない。世が世だから恐怖でイカれた可能性だって疑えるはずだ。
なのに、こうして話してくれている。有り難いけどよく考えたら無防備じゃね?
「そうですか。それは、その、大変でしたね」
「え?それでいいんです?言っちゃアレですけど、今のは自分でもちょっとおかしいと思われても仕方ないような…」
思わず聞き返してしまう。いいのかよ。
不思議に思ったりとか疑ったりとか、いろいろないの?
…まあ、仮に追求されたとしても何も答えられないけど。
「だって、分からないんですよね?どうしてそうなったのか、何が原因なのか。私も同じです。……ゾンビがどこから来て、どうしてこうなったか。これからどうなるのか。頭のいい科学者とかでも分からないことだらけだったんですし、今の世の中、分からないことは多分永遠に分からないですよ」
分からないことは、分からないでおく。
ネガティブなのかポジティブなのか分からないが、それは俺の哲学そのものだった。
まさか、俺みたいな夢とか希望とか遠い過去な社畜ならともかく、こんな少女が同じ思想に至るとは。実に切ないな。現代社会の闇?
「……それで、その謎を解明とか、したいですか?」
探るような声。
これは重要な選択肢だ。答えによって今後の関係とか諸々が大きく影響される…んだろうけど、本音で即答した。
「いや別に」
「なら、それでいいんです」
彼女も、即答。
「今重要なのは、“なぜ”を解明することじゃなく“何ができて、何をすべきか”だと思うんです。だから分からないことに労力を使うのは無駄なくらい無駄ですよ」
ポジティブ、でいいんだろうか。いいな、多分。
そう、これはポジティブだ。
過ぎ去った過去をどうこう思うよりもまずは今、そして未来。
いやぁ、まさか自分の半分位の年齢の子に教わるとは。
おじさ、いや、まだ20代はおにいさんでいいはず。おにいさん感激だよ。
「ですね。まあ、自分も普通に一般人ですし、謎解きとか無理ですよ」
うんうんと頷く俺に、女の子の口元が微かに緩む。
今度は確かにはっきりと見えた。何だかんだ、俺の本音で選んだ選択肢は良手だったようだ。
場に漂っていた緊張感っぽい空気が和らぐ。
とりあえず情報交換はこれくらい…あ、まだ彼女自信のことや、家族のこととか聞いてなかった。
少しの沈黙。
切り出そうかと思ったら、先に彼女が口を開いた。
「さて、と。まだお話することはありそうですけど、もう遅いですし、疲れてますよね?後は明日に、でどうですか?」
……うん。
お邪魔して多分数時間、歩き回ったりビビったりで、正直身体は疲れきってる。
その提案は実に有り難い。
「あー、でも宿とか」
「隣の和室でよければ、使ってください。布団も来客用のがありますから」
「何から何まですみません。あ、でもホントにいいんですか?一応親御さんとかに了承を得た方が…」
とか言うけど実際は遠慮なんてしないつもりだ。
外には例のゾンビがいるし、是が非でも安全なこの家に置いてもらいたい。
「両親は寝室にいますので、……大丈夫です。明日話しますよ」
…まあいいか。
寝てるのを邪魔してわざわざ心象を悪くする必要はない。
彼女が説明してくれるなら大丈夫だろう。
「分かりました。お願いします」
「じゃあ、案内しますね。……ああ、そうです、忘れてました」
立ち上がりかけ、彼女は思い出したように言う。
「十々瀬 狸依子です。……ええと、」
そしてようやく、出会って何時間もしてから、俺たちはやっと互いの名前を知ることになった。
最初に出しかけて引っ込めた名刺も、これにて面目躍如?だ。
…。
………。
簡単な自己紹介を終え、和室に案内してもらいながらふと思う。
ゾンビの治療法はないと言った。
でも、最初に彼女は“ゾンビ感染抗剤”なる薬の名前を口にした。
あれ?
どーいうことだ?
……まあいい、もう明日でいい。明日聞こう。
ご両親にも今日と同じ話をするのは面倒だけど、仕方ない。
明日の俺に頑張ってもらうとして、今日はもう疲れきっている。まずは休むべきだ。
ああ、ホント、これからどうなることやら。
まったく我が人生、ロクでもないぜ☆