MISSION 01:生存者を見付け出し合流せよ その3
「あ、ああ。大丈夫です。いやー、ホント助かりましたよ。ありがとうございます」
慌てて返事をする。
助けてもらったってのにボケっと呆けてるのは失礼だった。社会人的に反省。
それに、出てきたのが女の子だけだからってこの家に彼女オンリーとは限らない。
「そうだ、名刺を。わたくし、“(株)小さな家族ライフ生命”の、」
だがここで「お嬢さん、お父さんかお母さんはご在宅かな?」とか訊くのは性急だ。
まずは軽く名刺ジャブ。すると彼女はきっと保護者的な人を呼ぶはず。
「あ…、その前に、怪我とか、大丈夫ですか?」
ジャブ失敗。女の子は俺の営業トークを遮って訊ねてきた。
階段を降りきらず、半ばで立ち止まったのは警戒しているからだろう。
非常事態だから家に入れてくれたとはいえ、彼女からすれば俺は普通に見知らぬ人。無理もない。
しかし自己紹介くらい…いや、まずは怪我を心配してくれてるんだからむしろ有難いか。
それに立場的にはこっちが圧倒的に下だし。ここは相手の意に沿う形で会話を進めていくべきだろう。
「ありがとうございます、大丈夫です。すぐ逃げましたし、アレに傷を負わされるのはよくなさそうだと思い、気を付けていましたので」
「傷口に塗る、ゾンビ感染抗剤がまだ残っているので、あの、もし必要だったらと…」
「いえ、本当に大丈夫です。すみません、いろいろお気遣いいただいて」
恐縮です、といった感じになるべく爽やかに笑ってみせる。
さっきまで危機一髪だったとしても、実はそんな余裕がなかったとしても、ビジネスマンとして愛想笑いは忘れないのだ。
それよりアレ用の薬があるのか。やっぱ噛まれたりするのはヤバかったようだ。
「ゾンビ…。やっぱりアレはその、ゾンビなんですか?」
「え?」
俺の質問に対し、逆に不思議そうにする女の子。
いや、さっき“ゾンビ感染抗剤”とか言ったじゃん。薬にモロにゾンビって名前が入ってるわけだし、不思議そうにされる方が不思議だ。
「いや、さっきの襲ってきた人とかですよ。こちらの村に着いて以来、何人か遭遇しまして。それとも何かのご病気とか」
「あの、すいません、何でそんな…。確かにあれは、ゾンビです…けど」
「やっぱり。それで警察とかにはもう連絡を?自分の携帯は壊れてしまったみたいで、連絡できないんですよ」
「警察………ですか」
またしても不思議そうな声。なんだ?自衛隊とか言えば良かったのか?
でも自衛隊の電話番号なんて知らない。119が救急車だから、118とか?111も捨てがたい。
「「あの、」」
図らずも「あの」が被る。
こっちの用事はそもそも返答を求めるだけだし、レディファーストってわけでもないが、お先にどうぞ、と促した。
「とりあえず、上がって…ください。分かる範囲で、質問とか、お答えします」
だから、と彼女は一拍置き、続けた。
「私にも、教えてください」
◇
これはLDKというやつだろう。
リビングとダイニングキッチンが一緒になったアレだ。
こういう系の住宅だとほぼ標準仕様になっている、お客の家とかでも見慣れたタイプ。アパートとかでもわりと見掛ける間取りだ。
俺のアパートは狭いんでワンルームだけど。リビングとか、独り暮らしには不要なのだ。
とか思いながら、女の子がテーブルの上にいくつか置いてあったロウソクに火を着けるのを眺める。
フード付きのグレーの服に下は学校のものっぽい黒ジャージ。これくらいの子のファッションとか知らないが、テキトーに部屋にあった服を着ている、といった格好だ。
髪型は…これも詳しくないから正しいか分からないが、おさげ的なやつで、多分染めてたりはしていないっぽい。
何というかそう、田舎の女子中学生、って感じだ。
何度も着けたり消したりしたロウソクのようで、年季がある…とまでは言わないが、使用感が見て分かるレベルには醸し出されていた。
火が灯ったロウソクは4本。
蛍光灯とかLEDライトと比べるべくもない不安定な光だけど、それでもそれなりには部屋を明るく照らす。
「あの、何か…飲みますか?お茶か、水しかないです、けど」
「すいません、ではお水をいただけますか?昼にコンビニでジュースを買ってから何も飲んでないので、ノドが乾いてしまいまして」
そうだ。それどころじゃなかったんで気が回らなかったが、りんごジュース以降は水分補給ゼロだった。
道中に自販機もなかったし、かといって川の水とかお腹壊しそうだし、……そう言われると急にノドが乾いてくる。
「じゃあ、そこに座ってて…ください。あの、すぐにお持ちします、ね」
「ああ、ありがとうございます」
お礼を言ってテキトーな場所に腰を下ろす。
思えばこうやって落ち着いて座るのもしばらく振りだ。
何だかどっと疲れが押し寄せ、思わず溜息を漏らす。
…。
女の子がキッチン方面へ消えて行き、手持ち無沙汰になったんで周りを見回してみる。
電気が点いてないこと以外は、ごく一般的な家庭のリビング。
しかし、ロウソクの灯りではあんまり広域は照らせないからはっきりとは見えないが…、掃き出し窓がカーテンの内側から椅子とかでバリケードっぽくしてある。
玄関扉は頑丈でも、窓ガラスはタックル程度で割れるだろうから、補強したのか。
若干心許ない気がしないでもないけど、それなりには効果がありそう。
しかし…そうか、掃き出し窓か。
確かにコレは一軒家なら大抵何箇所かはあるものだし、正規の出入り口以外で出入り可能な、ドア未満で窓以上な盲点プレイス。
普段なら「陽の光が射し込む開放的な窓」とかウリなんだろうけど、それが今はデメリットになるわけだ。
もっとも、こんな状況をハウスメーカーが想定してるわけないので仕方ないんだが。
「一応、外側からもシャッター、下ろしてあります」
「っ、そうなんですか。なるほど」
意識外から声をかけられてちょっと驚いた。
人で家をキョロキョロ見回すのはアレだったか。普段ならやらないんだけど…。
しかし、女の子は気にするふうもなく、持ってきたコップをテーブルに置く。
「ああ、すみません。ありがとうございます」
「いえ…、それより、その、さっきコンビニって…」
「え?ああ、隣町のチェーン店ではなさそうなコンビニですよ」
コンビニがどうしたんだ?
答えて水をいただく。うん、水の味なんて分からないが、美味い。空腹が最高のスパイスのように、乾きは最高の…何だろ。とにかく美味く感じる。
「携帯、警察…コンビニ…」
「?」
女の子はやっぱり不思議そう、というか、微妙に戸惑っているっぽく呟き、そして俺の向かいに腰を下ろす。
…てっきり、そろそろ誰か他の人を呼んできたりするかと思ってたんだけど、どうやら話はこのままマンツーマンでするようだ。
「あの、すいませんけど、先に…あなたの事を聞かせてもらって、いいですか…?」
――――― そして。
俺は知る事になる。
今、身の回りでナニが起こっているのかを。
◇
「」
うん、絶句ってやつだ。
絶賛絶句中。
え、なに?
マジで?
は?
いやいや、落ち着け。まだ慌てるようなあわわわわ。
「…あー、そっか。アレか。映画とかでよくあるアレ。パ何とか、アカデミー?みたいな感じの」
何だったっけ。
「…パンデミック…?」
「そうそれ」
「…それです」
「………Oh」
慌てるような時間だった。むしろ慌てても手遅れだった。
だから慌てない。へこんだけど。
ああ……。
…。
……。
先ず、俺がここに至るまでの経緯を説明した。
別段やましい事とかなかったし、変に偽る理由もなかったから正直にほぼ全て話した。
とは言っても、事故って歩いてゾンビに会った、くらいなんだけど。
まあ、そこまでは良かった。
でも、その後に彼女の口から出たコトバは、もう何て言うか想定をナナメ上とかそんな問題じゃなく飛び越えていた。
―――― 世界は今現在、てかもうけっこう前から、ゾンビによっていろいろ崩壊?
HAHAHA、そりゃ電話で警察にヘルプとかナンセンスだよねー。とっくに機能してないんだし。
コンビニも営業してるわきゃーない。
不思議そうにされたのも納得納得。
って。
なんだそりゃって話だ。
「いやいやいや、ちょっと待って欲しい」
右掌を向け、タンマのポーズ。
別に彼女に何かされたわけじゃないが、そうせずにはいられなかった。
ついでに丁寧語がショックで消失したが、それどころじゃないんでこのままで。
「昨日確かに電話でアポ取ったし、今日だって朝は普通に出勤したし、村に来るまではいつもと変わらないエブリデイだったよ?」
「………」
「会社も普通だったし、コンビニだって別に普通に営業してたし、それに!」
若干ヒートアップしそうなところを、何とか思い止まる。
「………ちょーっと考えさせてもらっていいかな?」
頷く女の子に、多分引き攣ってたであろう営業スマイルを向けてお礼を言った後、反対側を向いて軽くアタマを抱える。
“ゾンビがいる”のは紛れもない現実。
それは受け容れた。受け容れたってか、どうしようもないんで認めた。
これがリアルな現実でも、夢でも、たとえ嘘だって、現在自分がソコに置かれている以上、それは“現実”なのだ。仕方がないのだ。
しかしコレは流石にどうだろう。
夢なら何でもわりとアリなのでアレだが、現実の場合は無理がある。
いや、ひょっとするとホラーとかでありがちな、“異世界に迷い込んだ”ってパターンかもしれない。それなら記憶との整合性も取れる。
楽設村とか、もう既に名前からして異世界に迷い込みそう(偏見)な感がMAXだし、事故って目覚めたってシチュ自体がお誂え向きだ。
…よし、いいだろう。
認めようじゃないか、この現実を。
というより、ここでパニクるのは危険だ。
映画とかではこういう時、「Shit!冗談じゃねえ!オレは騙されねえからな!!」とか喚きながら冷静を欠くと、まず死ぬ。
外へ飛び出して、いるはずのないテレビカメラを探してるうちにゾンビに囲まれるとかアホな最期が想像に難くない。
逆上して女の子に罵声を浴びせる、または襲いかかるのもなしだ。
現状では唯一のマトモに喋れる相手に対し、そういう行為はマイナスにしかならない。
そしていつまでも“認めない”こと。これもアウトだ。
パニックにならなくとも、現実を受け容れずに「これは夢だから俺は無敵だ!よーし、アイキャンフライ」とか「死んだら目が覚めるに違いねえ!レッツスーサイド!」とか、バッドエンドしか見えない。
うん、そうそう、ゾンビがいる世の中だもん、世界がアレでも仕方ないさ。あるある。
それに俺は彼女に言われて信じたんだ。
実は夢とか異世界とか、この期に及んでドッキリだとしても、信じちゃったんだから仕方ない。俺は悪くない(重要)。
こうなりゃトコトン信じるのみ。
よしOK、信じた。
ヒートしていたアタマが、急激に冷めていく。
冷静な俺がカムバックだ。
この状況を認めて、改めて現状を考えてみる。何が重要で、何をすべきか。
抱えていた頭から手を離し、女の子に向き直る。
「いろいろ教えていただき、ありがとうございます。それで…なんですが、すみません。とりあえず、もう少し詳しい情報、いいですか?」
いやー、恥ずかしながらこういうパンデミックとか初めてなもんで、と。
分からないことは分からないから、分かる人に聞く。人生の真理であり、俺の哲学だ。
男の、年長者のプライド?なにそれおいしいの?
そして冷静な俺と共に帰ってきた丁寧語。
「それから何ができるか、何をしたらいいのか、いろいろ考えてみますので。相談にも乗って貰えたらありがたいな、とか」
ロウソクの淡い光源で薄ぼんやりとだが、それまで固めだった女の子の表情が、口元が、
微かに綻んだ……気がした。