MISSION 01:生存者を見付け出し合流せよ その1
『 九十九林 』。
バス停のフリガナには『 つづらばやし 』とある。99で何故にツヅラと読むのかよく分からないが、そういうものなんだろう。
きっと小鳥遊をタカナシとか読む的な言葉遊びに違いない。
それはそうと、何とか日が暮れる前に当初の目的地付近、九十九林のバス停に辿り着くことできた。
やはり迅速な決断と行動こそが最善手。
途中から「次のバス停までの距離とか考えず来たけど大丈夫か?」と不安になり、早足で歩いたのもナイスな判断だったようだ。
代償として、明日はきっと筋肉痛だろうけど。
しかし、何はともあれ到着だ。
このバス停まで民家が1軒もなかった(朽ちた小屋っぽいのは見かけたけど)のは予想外だったが、ここまで来れたならもうそれも関係ない。
時計がないからアレだが、まだ5時にはならないだろう。多分。
道は一本道だったし、バスはもちろん車も依然1台たりとも通りかからなかったから行き違いにはなっていないはず。
パッと目に付く範囲に、民家らしき建物は3軒。
この時点で既に前のバス停、『 下草 』にあった民家の3倍もの軒数だ。あそこより少し村の中心部に近い地区だけに、ほんのり栄えているのだろう。実に素晴らしい。
で、後はどこかの家にお邪魔し&電話を借り、会社に連絡してからバスを待てばいい。
マイスイートホームってか独り暮らしのアパートへ戻れるのは夜中になるだろうけど、これでようやく解決の目処が立った。
ちなみに『 下草 』の出来事に関しては俺の心の中に止めておくつもりだ。
老夫婦がゾンビ化してたとか言っても誰も信じないだろうし、信じたら信じたで色々と面倒そうだし。
アレはまあ、事故のショックで俺が見た白昼夢だったということで。
いやー、しかし3軒とはいえ、家がこう複数あると一気に安心感が増すもんだ。
やはりヒトは1人じゃ生きていけない生き物。ある程度は群れてないとダメだね、ホント。
◇
…。
……。
とか思ってたら、3軒とも空家だった。
それどころかラスト1軒は民家じゃなくて、何十年前のか不明なくらいのボロ車(廃車)やら鉄クズやらが置いてある倉庫だった。
あんまりにもあんまりなんで、鼻水出そうになった。
倉庫前に転がっていた錆びた空き缶を蹴飛ばし、下がったテンションで空を見上げると、頼もしい太陽のアニキは大分お疲れの模様。
田舎の景色と夕焼け小焼けが無駄に哀愁漂う雰囲気を醸し出し始めている。
昼前にオニギリを齧りながら確認した地図の記憶では、例のお客の家はもうしばらく行った先。
お客曰く、「バス停から徒歩20分くらいにある白い壁の家」だったか。
往復すると40分、電話借りて連絡するのに5分、「遅刻してきた挙句、電話貸せとは何事だ!」ってお客に叱られる時間、予測不能。
うーむ、スムーズに行ったとしても最短1時間は必要だ。バスの時間がヤバい。
事故っちゃったんですよ~とか平身低頭で謝り倒して許してもらい、どーにか電話を借りられたとして、おそらくダッシュで戻ってもバスには間に合わない。
この5時の……、あそこの時刻表には4時45分て書いてあったか。4時45分の隣町行きバスに乗り遅れた場合、次の便は翌日になる。そうなったら完全にアウトだ。
お客に「電話ついでに車を出して隣町まで送ってください」とか頼んだら流石に殴られる。会社にお迎えプリーズとか言っても「自分でなんとかしろ」で終わりだろう。
これはもう電話は諦めて、この『 九十九林 』のバス停でバスを待つべきかも知れない。
幸い『 下草 』よりは拓けた場所だし、無人とはいえ民家も3、じゃなくて2軒ある。ゾンビ老夫婦もいない。待つにしても心細さは大分マシだ。
それにきっと、バスの時間までもうそこまで長くはないはず。
会社への報告は遅くなるけど事情が事情だから仕方がないだろう。
うん、そうだそうだろそうしよう。歩きっぱなしで疲れたし、今日の俺はよく頑張っ、
ズッ………
?
背後の方で音がした。何かを引きずるような音。
イヤな予感が脳髄を駆け巡る。
ああいう系の音って割とマジでいい事は何もない。
…うむ。
気のせいかもしれないけど、気のせいだろうってスルーするのは三流のすることだ。
そして、そのまま振り向くのもまた、二流のすること。
こういう時!一流のビビリスト(造語)は!
ダッシュでちょっと距離を取ってから振り返る!!
…。
……Oh。
「ダメ元でお聞きしますけど」
倉庫の裏から顔を出し、こちらを見つめる貴方に問う。
「これは壮大なドッキ、」
「オ゛オ゛オ゛オ゛ォォォォォ!!」
「ですよねー」
グッドアフタヌーンオブザデッド。いや、もうそろそろイブニングか。
もうアレだ、いみわかんない。
一体全体どうなってんだよ。
ちくしょう。
◇
本日、3人目の楽設村の住民はお腹から腸っぽいチューブをぶらんぶらんさせたおっさんだった。
服はボロボロでいろいろ破れてたりハミ出てたり染みになったりしているが、何となく作業着っぽい格好のように見える。普段着として着るような格好でもないし、どこかの作業員とかそのへんだろうか。
「ア゛ア゛ァァ!!」
そしてこのおっさんは、ハナゑさんよりかなりお元気そうだ。
やはり若さ的なアレなのだろうか。顔は変色したり何だりで、この人が何歳くらいかはまるで分からなくなってはいるけれど、老人ではないだろう。
「それにしたって、どーしてそんな“格好”を?教えては、………くれませんよねー」
俺が冷静に彼の姿を観察できている理由。
おっさんの胴体にはワイヤーが巻かれており、その先は大きな木に括られてあるのだ。
つまり、おっさんは一定の範囲内しか動けない。イコール、安全というわけ。
「………」
ハナゑさんはスロゥリーだったが、近付いてくる&初見ってんであんまり余裕はなかったけど、今回は安全&慣れもあって観察し放題だ。
これが普通のおっさんだったら、どんなに観察し放題でもしたくないけど、コレは別。スタコラ逃げるのはいつでもできるから、とりあえずは理解する必要がある。
うん、やっぱどう見てもリアルだ。
お腹からぶら下げてるのも、ホンモノ見たことないから断定はできないけど…内臓っぽいし、こんだけ暴れてるのに息切れとか微塵もしてない風味。むしろ最初から息してない。
致死な状態で、息してなくて、腐り気味で、なのに元気?に暴れるナマモノ。
アレだな。
いわゆるゾンビだな。もうゾンビだな。
山本夫妻でもう分かっちゃいたけど、『 下草 』から歩いているうちにほんのり実感は薄れ、『 九十九林 』に着いた時点でそういうファンタジー的な世界から抜け出せたと思ってたんだけど。
ここに来て、追撃のおっさん。
よし、確定。これはゾンビです。
ああ………。
激しく心が折れかけたけど、溜息ひとつで気を取り直す。
これがイマワのキワの夢だろうと、ベッドの中の夢だろうと。今の俺にはコレがどうしようもない現実なのだ。
受け入れたくなくても受け入れて、どうにか何とかするしかない。
「あー、マジで何なんですかねぇ、ホント」
なおも元気にもがくおっさんに向け、俺はもう一度溜息をついた。
◇
バス停まで戻ってきた。
おっさんの観察は終了だ。安全だとしてもずっと一緒にいたくはないし、あそこに留まって得られる情報はもう特にないだろう。
ワイヤーを巻いたのが誰かって疑問は残ったが、それを明らかにできるようなモノは見当たらなかった。
物語の探偵とかなら目ざとく何かの痕跡とか見付けるんだろうけど、生憎こちらはシロート。正直何も分からない。だからもうスルーすることにした。
分からないことや出来ないことに対して時間をかけるのは無駄でしかないのだ。
それに…、もうかなり日が傾いている。
正直ヤバい。
『 下草 』に続いて『 九十九林 』でもゾンビ、てか楽設村の住人はゾンビ以外出会えていない。酷い村である。
で、相も変わらず通りかかる車はゼロ。遠くにエンジン音さえ聞こえない。
バスしかないような田舎なら一家に一台は車を持ってるだろうから、全く通らないはずはない。買い出しとか仕事とか、多少はそういうのがあるはずなのに。
風が吹き、木々がざわめく。カラスが鳴く。日没まであと僅か。
バスの時間まで待つ?
あとどれくらいでバスは来る?
時間通りに来るのか?
そもそも、バスは“来る”のか?
…。
……。
進もう、そして“人”のいる場所を探そう。
正直、疲れているけど留まってなんていられない。
昨日の電話では、確かにお客は電話先で生きて喋っていた。アポも取った。
ここが夢の中の世界とか、俺が異世界へ迷い込んだ系ならその記憶は意味がないかも知れない。でも、僅かながらも縋るに値する可能性だ。
道の真ん中を歩けば、もし車が来たとしてもスルーはされないし、見通しがいいからゾンビとかにも対応しやすいはず。
薄く伸びていく影に急かされるように、沈む太陽を追いかけるように、俺は早足で歩き始めた。