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イナカオブザデッド  作者: ロボロフ鋤井
STAGE 01:村はずれの民家
4/21

チュートリアル 03:はじめてのゾンビ対処



首が変に曲がって目ン玉が飛び出た状態で立ち上がった推定ハナゑさん。

そんな普通なら死んでる重傷にも関わらず、見事に立ち上がったガッツは賞賛に値しないからそのまま永眠して欲しかった。

俺のハートはもうドキドキが止まらない。グロいホラーとか平気な方だけど、リアルはキツいもんがある。


「え、えええ、ええとですね、ええと、ちょ、待って」


自分でも震えてるって分かる声で待ったをかけるが、待ってくれない。

声にならないような呻き声を漏らしながら、推定ハナゑさんはよたよた近付いてくる。


「ひっ!?」


小走りで距離をあける。

推定ハナゑさん、ゆっくり追ってくる。


「だから待っ、」


また小走りで距離をあける。

推定ハナゑさん、なおもゆっくり追ってくる。


………。


…うん、アレだ。ノロい。執拗に追っては来るけど、普通に逃げられる。

ゾンビ?だからか、それとも推定ハナゑさんそのものがご老体ゆえに最初っからゆっくりなのか。とにかく、スピードは亀の如くだ。


脅威はグロい見た目ほどにはないと分かり、恐怖にパニクりそうだったアタマが冷静さを取り戻す。

よし、冷静になれ。考えるんだ俺。


「あの!これってドッキリとかですか!?俺それどころじゃないんですよ今!!」


無駄だろーなって思いながらも確認のために声を掛ける。


「テレビとかならアレですよ、訴えますけど今ネタばらしするなら大丈夫ですよ!」


そう言っても、やっぱり推定ハナゑさんは聞いちゃいないし、家の中からテレビカメラが出てくることもなかった。

これで、可能性は夢オチか非情な現実かのどちらか確定だ。………嗚呼。


とにかく、だ。

次に出てくる問題は、“コレ”をどうするかだ。

動きはゆっくりでも向かってくる以上、放置はできない。道路を逃げるにも一本道だし、山に逃げるとかは絶対嫌だし。

ここでバスが来るまでぐるぐる追いかけっこも御免だ。相手が疲労とかするのか不明だけど、あと何時間も追いかけっこするのはこっちの体力と何より精神力がもたない。


――― いっそ、ヤッちゃうか?


脳裏にチラつくヤバいフレーズ。

相手はノロいし、勝てそうな雰囲気ではある。ダッシュで背後に回り込み、蹴飛ばせば倒れるだろう。それからカバンの中のL型レンチで…。


しかしながら、もし万が一アレが人間だとしたら傷害とか殺人とかになり、ポリスメン出動要請になってしまう。刑務所行きは嫌だ。前科が付くとか考えたくもない。

ああもう、夢なら可及的速やかに覚めてくださいマジで。





どうするか悩みながら追いかけっこを続けること数分。

俺は山本宅の横にある、割と深めの側溝の蓋が、一部開いているのに気が付いた。その深さはおよそ1mほど。

俺なら落ちたって直ぐに脱出できるが、推定ハナゑさんはどうだろうか。

あの動きを見る限り、普通によいしょと出てくるようなことはなさそうだ。


うん、迷っている暇はない。

ヤるのがアレならコレしかない。


そうと決まれば決行実行作戦開始。

側溝の方に移動し、推定ハナゑさんを誘導する。疑うなんて小癪な事をしない素直な推定ハナゑさんは、さっきまで通りに追ってくる。


よし、うん、カモン。おにさんこちら。いいぞー、そのまま真っ直ぐ真っ直ぐ…。

グッド!!!






玄関扉の時と同じく、特に受身とか取らずに側溝へ落ちた推定ハナゑさん。

どうやら足首を折ってしまったらしく、立ち上がれない状態に。幸いなのか何なのか、とにかくこれではもう、側溝から這い出てくることは不可能だろう。


そして俺は彼女に対して直接危害を加えていないのは完全に明らかだ(重要)。

突き落としたわけでもないし、誘導したわけでもない(誘導したけど)。

俺は偶然にも側溝を隔てて立っていただけであり、推定ハナゑさんは自分から進んでこちらへ向かってきて、そして落ちたのだ。


兎にも角もとりあえず、これで俺が傷害罪とかで訴えられる心配はなくなったのだった。





当面の危機は去り、一息つく。

未だにこの現状が夢なのか現実なのか判断付かないが、さっきの判断は間違いではないだろう。

ヤるのはともかくとして、ヤられるのは避けなければならない。


もし、これがパターン②の夢(事故に遭って眠っている場合)だった場合、ここでの死は現実世界での死になる的な気がする。

パターン③の夢(ベッドの中で平和に寝てる)だったら死んだ瞬間、普通に目を覚ませそうだけど、だからって試しに死んでみたりするのは余りにギャンブラーだ。

パターン⑤なら、言わずもがな。


直接的な生死とは別に、もう1つ。

アレが本当にゾンビなのか知らないけど、映画並みの知識で考えれば引っ掻かれたり噛み付かれたりは避けた方がよさげだ。

あくまで映画並みの知識だが、知識ゼロよりはマシだろうし、気を付けるに越したことはない。


そんな事を思いながら、改めて『 山本 』家を見る。

玄関扉はもうないので、完全開けっ放しだ。お陰で例の腐ったような匂いがダダ漏れだけど、少し離れているし外気で換気されたのか、匂いの強さ自体は薄まっている。


表札に書かれたもう1人の名前、『 達三 』。

側溝に嵌ってあうあう言ってる老腐人が『 ハナゑ 』さんならば、この家の中には『 達三 』さんがいるはずだ。

…尤も、『 ハナゑ 』さんを見る限り、普通の状態で在宅してるとは考えにくいけど。

いや、ひょっとすると部屋に内側から鍵を掛けて篭城している可能性も否めないかも。


恐る恐る民家に近付く。


「すいませーん!あの!奥さんが家の前の側溝に嵌っちゃってるみたいなんですけど!」


嘘は言ってない。いろいろ省いているだけだ。


「すいませーん!何か怪我してるみたいなので、救急車とか呼びたいんですけどー!!」


…。


……。


反応は、ない。

篭城してるんなら、普通の人間の声がすれば出てくるはずだが。


意を決し、玄関を覗き込んでみる。

古い民家らしく広めの土間があり、すぐ傍の棚に電話機が見えた。

あそこならまだ玄関先。入っていってもセーフな気がする。


「すいませーん!!緊急事態なんで、お電話お借りしますよー!?」


怖いけど、やるしかない。

とりあえず電話で警察なり救急車を呼ぼう。事情聴衆とかされても文句は言わないから、とにかく現状をどうにか打破したい。


俺はゆっくりと、『 山本 』家に足を踏み入れた。





結論から言うと、電話はダメだった。

受話器を取っても無音って時点でお察しで、それでもと110番とかやってみたが、当然如く無反応。

液晶画面が消えていることから、多分コイツは電源がないと使えないタイプの電話。

見たところ、コンセントにはバッチリ挿さってるので、ブレーカーでも落ちたのかと思い、玄関の壁にあったブレーカーのスイッチを上下してみたが、それで何か変化するようなことはなかった。

つまるところ、電話がダメというか、電気も止まっていて全体的にダメってのが、調査したところのFAファイナルアンサーだった。


いろいろ挫けそうだし泣きたいけれど、そんな事したって何も変わらない。

電気も電話も使えないなら、『 山本 』家にこれ以上お邪魔するのは無意味…、いや。まだ『 達三 』さんを確認してない。

もうゾンビとかとは無関係に、とっくの昔に亡くなってて、表札の名前を消し忘れてただけって可能性もなくはないが、ここまで来たら確認すべきだろう。

今なら不法侵入も、“外の側溝も嵌ってる人を助けるための道具を云々”で何とか言い訳できそうだし。


「………すいませーん、達三さーん?いらっしゃいませんかー?」


声を掛けながら、土足のまま『 山本 』家に入っていく。

警戒だけは決して怠らないよう慎重に…、とか思いつつ最初の襖を開いてみて、


―――― ああ、“そういうこと”だったんだ、と『 達三 』さんが出てこなかった理由を、理解した。





『 山本 』家を出る。

もう1人の住人、山本達三さんは最初の部屋、居間っぽい部屋に居た。

介護ベッドの上に、上半身を少し齧られた状態で。奥さんの山本ハナゑさんみたいになって。


これは予想でしかないけど、山本家で最初にゾンビ(?)になったのは、ハナゑさんなのだろう。

ゾンビ(?)に、………いちいちカッコカリで?を付けるのもアレなんで、今後は普通にゾンビとするけど、とにかくそれになったハナゑさんは、寝たきり介護状態の夫、達三さんに襲いかかった。

しかし入れ歯だった彼女では貪り食うに至らず、ちょっぴり齧り取られた程度で済んだのだろう。ハナゑさんの口元とかの血は、その時に流れた達三さんのものだ。


で、達三さんだが、食い殺されはしなくても、介護してくれる相手がゾンビになっちゃーどうしようもない。

加えて齧られた怪我もあるしで間もなく死亡 ⇒ ゾンビと化し、きっと生きた人間の生肉以外キライに嗜好が変化した奥さんにそれ以上齧られることもなくなり…以降は夫婦仲良くあうあうしていたのだろう。


ちなみに彼らが正しく山本達三&ハナゑさんだってのは、達三さんのいる部屋に飾ってあった写真で確認済だ。

おそらく達三さんの誕生日に撮られただろうその写真には、笑顔のお二人が仲睦まじそうに写っており………うん、何て言うか諸行無常だな。南無阿弥アーメン。

可哀想とは思うけど、正直俺にはどーしようもないし、ぶっちゃけ無関係だ。電話が使えたら感謝の気持ちを込めてもう少しアレだったけど。



とにかく、もう『 山本 』家に用はない。

これ以上留まることも、今後お邪魔することもないだろう。





で、バス停に戻る。

少し離れた側溝から微かにあうあう呻き声が聞こえるけど、気にしない。


さて、これからどうすべきか。

山本夫婦ゾンビは行動不能だから差し迫った危険はないものの、結局電話は使えず、連絡手段は絶たれたまま。

このまま夕方5時まで待っていればバスが来るだろうけど…。


正直に言おう。

ここで1人(山本夫婦ゾンビは含めず)でバスを待つのは嫌すぎる。


パニクってもどうしようもないから冷静に努めてるが、こんな非日常な目に遭って俺の精神はぱつんぱつんに張り詰めている。

そんな状態で後何時間もだんだん日が傾いて暗くなっていく中じっと待ってるなんて、とてもじゃないが耐えられない。


時刻表の下にある、バス停一覧を見る。

ここ『 下草 』の次は『 九十九林 』。当初、俺が行く予定だった目的地の辺りだ。

そしてそこには確実にゾンビでない人間がいる。昨日電話でアポを取ったんだから間違いない。

今頃、約束の時間になっても来ない俺に腹を立て、会社にクレームを入れたりしてるかもしれないが、そんなのはどーでもいい。むしろ今はそういうリアルな日常っぽいのが激しく恋しいくらいだ。


ここで待ち続けるか、『 九十九林 』方面へ歩くか。

見渡す限りは見当たらないが、そっちへ向かっていけば、他の民家もあるだろう。




少しの逡巡の後、俺はそんな究極の二択に、決断を下したのだった。

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