Extra Mission:十々瀬家に安らかな眠りを その2
布団の中で考える。
あれから今日はもう流石に寝ようってことになり、それぞれの寝室に別れてグッナイからのインザオフトゥン。
布団の中、ほぼ真っ暗な和室の天井を見つめて、恒例のおやすみ前シンキングタイムって寸法だ。
要はヒマ。
…。
いずれはやらざるを得ないとは思っていた、十々瀬夫妻オブザデッド戦。
俺にとっては生前に会ったことすらないし、富士原さんみたくお客でもないんで…ただの中年の男女ゾンビでしかないけど、十々瀬さんにとっては実の両親だ。
それをこう…やるってなると、精神的なやつとか覚悟的なやつとかが全く全然違うはず。
俺だって親…はもういないからアレだとして、姉オブザデッドと対峙したら平常心じゃいられないだろう。
仲良くないし、次回会うのは葬式ん時くらいの仲だとしてもだ。
ちなみに姉の夫オブザデッドと、今いくつになったかすらも覚えてない姪オブザデッドはまあ、正直街とかで会っても分からんレベルに疎遠なんで恐らくノーカンだ。
ゾンビとして現れたとて、それが義兄・姪だとは気付かないだろうし、もし気付いたとしても多分普通にイケる。
とにかく、肉親オブザデッドは多分けっこうそれなりにショックを受けるだろうし、顔の原型とか保ってたら必殺のデルタホーでフルスイング顔面陥没アタックとか躊躇しちゃいそう。
……。
そもそも、善良なる一般会社員だったはずの俺が、この状況で正気を保って順応してるふうなのは、大災害時のアドレナリン的なやつで半分トランスってるのと、この状況に陥った経緯がアレだったコトが大きな要因を占めているのだろう。(極めて冷静な分析力)
元々そういう畜生メンタルだったってオチはなしの方向で。
俺はサイコパスじゃないし。犯罪者気質なんてない、無害な保険のお兄さんだ。
じゃなきゃ常識的に考えて、ゾンビなんていう映画やファンタジーの敵キャラを的存在なんて受け容れられないし、受け入れたとしてゾンビになってるとはいえ、そいつらの顔面とかに農具をフルスイングするとか一般の日本人には無理。
例え動物相手でも殺意を込めて武器を振るうなんてキツいし、ましてや人間のカタチをして動いてるモノにソレをやるなんて頭のネジが何本か外れてないと無理だ。
生理的嫌悪感とか理性とか倫理とか常識とか、人生で培ってきたそういうモノが全力で否定するだろう。
映画とか創作の世界では、一般日本人がファンタジーな状況に陥って、即状況に順応&即敵を殺害(明らかなモンスターはともかく、人間や人間型のやつを)からの、よっしゃー倒した!俺は強えぜ!とかやるけど、本来はあり得ない。
普通に平和に生きてる日本人は、殺したり殺されたりっていう世界とは無縁の住人なのだ。
本気で殴る痛みも殴られる痛みも、殺す覚悟も殺される覚悟もないし、そもそも必要なかった。
俺もガキの頃に人並みにケンカとかして殴ったり殴られたりしたこともあるけど、そういうレベルじゃない。
社会人として働いてきた俺も、客やら上司やらに殺気のこもった怒りとかクレームとかは浴びてきたけど、そういう次元じゃない。
日常的に血と暴力に塗れ、殺す殺され…そんな経験をガチでしてた日本人って何かヤバいアンダーグラウンドなアレくらいなもんだ。
ポリスメンやら自衛隊とかだってそこまでな現場に立ち会うなんてレアだろう。
兎にも角にも善良な一般市民には別世界の話。
まあ、外国の治安のクソ悪い場所とかなら現代でもそんな感じかもしれんけど。
それに当然ながら殺せば死体は残るしね。
ゲームとかみたく、倒したら敵が消滅…とかならまだアレだけど、現実は自分が殺した状態で、死体は残る。
死体はグロいまま残り、なんかアレな汁とか匂いとか垂れ流して存在を主張し続けて、やった時の感触とか気分とか、いろんなモノを現実として長いこと突きつけてくるのだ。
なら処理を…ってのも厄介な問題で、業者が廃棄物として回収してくれるわけでもなく、シロウトが火葬とか絶対無理だし、土葬も人力で掘れる穴なんてたかが知れる。
………。
まあ、何がアレかっていうと、俺はまだどこかでこの事態を、完全リアルな自分事として受け入れていないんだろうってコトだ。(極めて冷静な分析力再び)
だってここは知らん土地だし、知り合いいないし、外部と連絡も取れないし、情報とか全然入んないし。曲論だけど異世界に来たみたいなもんだ。
でも十々瀬さんは違う。
今まで生活してた生活からのリアルな延長で、現実逃避できない現実だ。
普通のJCよりもはアレな関係で人間関係とか希薄だったかもだけど、それでも家族とは産まれてからずっと一緒だった。
妹さんはまあ、既にヤッたらしいけど、それは余裕ゼロで迷うヒマもなかった状況。
今の、やらなければやらなくても一応大丈夫な状況とは別だ。
必要な覚悟%濃度が段違いだろう。
「………覚悟、ね」
その覚悟に対し、相棒として俺は何ができるのか。
心のケア…をするには相棒歴とか短すぎてアレだし、大人として…ってのも自慢じゃないがそこまで人生経験豊富じゃないし。
会社の研修でメンタルヘルス研修とかやったけど、今回はクソの役にも立ちそうにない。
あれって役に立つことあるんすかね?管理職になったらあるいは??
うむ。何かいい感じのはないものかねぇ?
まあ、実際やることはゾンビを倒すくらいしかないんだけど。
うん、そうだな。
それしかないなら、それをするしかない。
分不相応なアレは身とか滅ぼすっていうし。
できることをする。できないことは素直に無理。
十々瀬さんが実際に両親オブザデッドと対面して躊躇しちゃったり、「嫌!私にはやっぱりできないわ!」とかなった時に、俺がキッチリ仕事をする。
それでいいんよ。
フォローは任せてくれ十々瀬さん!可能な程度に頑張るぜ!!
…。
……。
…………。
…考えてたら、眠く…なってきた。
十々瀬さんのご両親を、…あるべき正しい姿へ。
あるべき正しい姿に戻して、……それから…。
…そういや、妹さんはどこにある…いるんだっけ…?
…フォロー、……か……・・・。
……・・・・・。
◇
「基本的な作戦は妹をやったのと同じ方法で行こうと思います」
朝、ミニトマトを添えた味付け海苔ごはんを食べた俺たちは作戦会議を始めた。
テーブルの上にはノートが広げられ、十々瀬さんが描いた十々瀬家の見取り図がある。
「両親の寝室への入り口は、田中さんの家を監視したベランダの横の…ここだけです。ドアは左側内開き。廊下からだと左手側に押して入るタイプです。ゾンビはドアノブを“引く”行動はしないので、バリケードはムリヤリにドアを押された場合の保険みたいなものです」
ちなみに十々瀬さんの絵心はその、アレだ。
見取り図と簡単な人間の形(多分両親オブザデッドだろう)だけのシンプルな絵だけど、それでも絵が得意ではないレベル以上にアレなのは分かる。
別に作戦には支障ないから問題ないけど。
「動線…でしたっけ、それを確保、というか変な方向に行かないようにするには、一旦廊下のココを封鎖しといた方がいいですね」
階段と廊下の交わる所に鉛筆で×印を付ける。
両親オブザデッドがすんなり階段に行ってくれればいいけど、スルーされた場合は十々瀬姉妹の部屋方面に行ってしまう。
誘導はするつもりだけど、ゾンビさんてば何考えてるのか分かんないし、動けるルートの選択肢自体を物理的に潰しておくのに越したことはないだろう。
「はい。それに、あまり家の中を荒らされたくはないので、なるべく誘導通りに動いてもらいたいです」
「ですね。ただ階段は…まあ、多分転びますよね」
「転げ落ちて足が折れれば…でも痛みとかはないでしょうし、妹は動けなくなりましたが、同じようにいくかは分かりません。這って移動してくるか、多少折れていてもムリヤリ立ち上がってくるかもしれません」
「転がったからそこで攻撃…は難しいですかね」
妹オブザデッドは転んだところをすかさず脳天金槌したって言ってたが。
「富士原さんみたいに身動きが取れなくなっていればやれるかもしれませんが…父は40代、母は30代でしたし、体力もありました。狭い廊下で変に暴れられると危ないです。デルタホーとかで距離を取ってならできなくもないかもですが…」
「あー、アレですね。家への被害も酷そう」
「はい。なるべく室内は傷付けず、汚さずに済ましたいです」
十々瀬家は拠点で生活スペース。
廊下にキズとかならまだしも、室内で暴れるゾンビ相手に武器を振り回せば、その後の状態はお察しだ。
壁やら床やらに穴が開き、血とか肉片とか飛び散って酷いことに。
…修理は日曜大工すらやったことない俺には無理だし、掃除も“きれいに”はできなさそう。
うん、室内でやるのは本当にそれしかなくなった時だな。
「で、階段を下りて…ココも封鎖ですね」
階段を下りて突き当りを右に行くと俺の寝泊まりしている和室、左に行けば玄関だ。
ゆえに、右ルートは封鎖。
「ですね。リビングは引き戸なので閉めてさえおけば入ってはいかないと思います。あと、分岐としては玄関横のトイレですが、ここは普通に閉めておけば問題ないです」
「ん、こんなところですね。まずはこの2か所を封鎖して、それからご両親の寝室前のバリケードを取っ払って…誘導ですか」
「はい。妹の時は…あの子が“死ぬ”のを確認して、それからすぐドアを開け放しにして廊下に出て、呻き声が聞こえてきたら音で誘導しましたが…、今回の誘導は中の両親がどういう状態なのか分からないので難しいですね」
十々瀬夫妻オブザデッド。
親父さんの方は腕を引っ搔かれて感染、ゾンビ化したということは、ほぼ無傷に近い五体満足オブザデッドだろう。
それに40代(多分前半)の働き盛りサラリーマンということは、今まで出会ったゾンビで言うと、最初に倒した村役場職員オブザデッドかそれ以上の機動力を誇っているはず。
何気に最強の相手っぽいかも。
で、戦力不明のお袋さんオブザデッド。
こちらは親父さんオブザデッドに噛まれたか引っ掻かれたかしてゾンビ化したんだろうけど、どこをどうやられたかが全くの不明。
どの程度抵抗して、どの時点で死んでゾンビになったのか。
ゾンビはゾンビを襲わないし食べないんで、ある程度齧られはしたんだろうけど、腕とか足を欠損するレベルには至っていないだろう。
30代女性がどの程度のパワーとスピードを持っているか分からないが、同じ女性ゾンビだった老女2名では比較にもならないだろう。
…うん、こっちもわりと強敵では?
寝室のドアを開けて、超反応した夫婦ゾンビがコンビ特攻とかやってきたらヤバい気がする。
いや、しかし今まで1階で生活してても2階からガタガタ音が聞こえてくる…なんてことはなかったし、意外と鈍感なのかも。
「…安全に誘導する方法を考えないとですね」
「寝室は多分ですが、他の部屋よりも防音構造になっていると思います。廊下で話したりしても反応ありませんでしたよね?私も2階の自室にいるとき、寝室から何か音が聞こえてきたりとかはなかったですし」
まあ…夫婦の寝室として造られた部屋ならそりゃそうか。
「妹はドアをこじ開けて、その隙間から引っ掻かれたので、ドアが開けば普通に音に反応すると思います。ただ、現在両親が部屋のどのあたりにいるかは分かりません」
ドアの前で突っ立っているのか、ウロウロしているのか。
ドアを開けた瞬間、目の前にご対面とかは勘弁願いたい。
相手の機動力も未知数なんで、なるべくなら距離を取って対処したいけど…。
「それは何とも…あんまりリスクの高いのはアレですね」
「…難しいですね」
ノートに描かれた見取り図を見下ろし、う~んと唸る俺と十々瀬さん。
ゾンビ映画の主人公とかなら普通に押し入ったりして難なく倒すんだろうけど、そこは慎重派かつ実力もアレな2人。
まあ、別にタイムリミットがあるわけでもないから考える時間はあるんだけど…。
ふむ。
安全な方法、安全な方法…。
十々瀬夫妻オブザデッドの初期位置を、なるべくドアから遠ざけておくには…。
う~ん、知恵熱出そう。




