MISSION 02:安全な拠点を設営せよ その14
「プロファイリング?っていうやつ、あるじゃないですか」
風呂を終え、寝間着…というか部屋着的な服に着替えてきた俺たちは、再びリビングに集合し、薄いコーヒーを飲んでいた。
ちなみにこのコーヒーは富士原家産の粉末タイプ。
コーヒーフレッシュも砂糖もなかったし、富士原さんは大人なブラック派淑女だったのだろうか。
それとも確かラカント?とかいう甘味料があったんで、アレを入れてた偽ブラック派かも。
…いや、甘くしても色が黒ければブラックという括りでOKだったっけ?
「いろいな断片的な何かや情報をつなぎ合わせて予想するやつですね。警察ものとか探偵ものとかではそれなりに出てくる言葉です」
両手でコーヒーカップを包み込むように持って、ちびちび飲む十々瀬さん。
彼女も砂糖なしで飲んでいるが、それが本来からのスタイルなのか、例によっての“中二病”で演じているゆえのスタイルなのかは分からない。
「そんな感じのやつです。プロファイリング的に考えて、十々瀬さんは田中家の住人をどう見ます?」
俺の問いに、十々瀬さんは「そうですね…」と小さく呟き、考える素振りをする。
その抑揚のない(ポジティブに捉えれば冷静沈着そうな)声と、ハイライトのない淀んだ(ポジティブに捉えれば涼やかな)眼差しは、実に推理とか得意そうに見える。
JC探偵、十々瀬狸依子はこの謎に対し、どんな答えを導き出すのか…!
「さっぱり全然分かりませんね。プロファリングするにも情報がなさすぎです」
「まあ、そうですよね」
何も導き出さなかった。
「干してある洗濯ものとか出されたゴミとか、そういうものがあれば多少は違ったかもしれませんけど、さっき言った通りどれも見た記憶すらないですし。情報ゼロからの推理は推理じゃなくて単なる妄想です」
それは本当にそう。
風呂に入ってさっぱりしても、答えはやっぱり変わらないか。
まあ、風呂前にも「分からないけど、どうせ確認は必須」って結論出てたんで期待はしてなかったけど。何となくだ。
パンデミック前から人が生活している感じのなかったっぽい田中家。
ただ、それは絶賛引き籠り中だった十々瀬さん視点での話であり、生活リズムが嚙み合わない相手の場合はマジで接点とかゼロになる。
俺の住む(過去形)アパートは多分満室だけど、両隣という超近い場所ですら、どういう生活をしていて、どういう人間が棲んでいるのか微塵も知らないし興味もない。
廊下を歩いている時とか、きっと表札やら何やら目には入っていたんだろうし、アパート前で少し顔を上げれば洗濯物も見えてたんだろうけど、“記憶”には残ってないのが現実だ。
だから例えばアパートの右隣さんをプロファイリングしろって言われたとして、俺の答えも十々瀬さん同様に「正直さっぱり全然分かんないっす」になるだろう。
そしてパンデミック後からは十々瀬さんも周辺の状況に気を付けていたから“どんな音にも反応がない”っていう情報はそれなりに使えそうだが…パンデミックという特殊な状況において常識なんてのは絶滅危惧種な概念。
慎重さが生存に直結する世の中、田中さんが超慎重な生存者という可能性はゼロじゃない。
風呂前に十々瀬さんが言ったように、ゾンビの可能性の方がそれよりもは若干高そうって程度だ。
時計を見る。現在16時過ぎ。
外はそれなりに薄暗くなってきて、そろそろ灯りを点けたくなってくる時間だ。
以前の世界ならもうしばらくは大丈夫なんだけど、パンデミくった今世、バリケードとかで窓を塞いだりしてるせいで外の光を採り入れにくくなっており、割と早い時間で室内は暗くなる。
十々瀬家のこのリビングも、もう少ししたらロウソクを点けなきゃいけなくなるだろう。
「さて、明日の予定ですけど、富士原家をとりあえず完全攻略…物資確認と回収をするか、田中家に挑んで安全確保を優先するか。どうしましょうね」
これまでの活動による音や何やでも全く反応のない田中家は、正直なところ無害な印象が強く、脅威度を感じないのが現状だ。
いや、そういう油断してる時に限って不意打ち的なやつが来たりするのもありそうか?
「私としては、田中家を先に済ませてしまいたいです。今までの状況から何となく急がなくても大丈夫な感じはしますが…それでも不安の元は、それがほんの僅かな可能性でも排除すべきですから」
「初志貫徹ってやつですね。OKです」
反対する理由もないしね。
十々瀬さんは「ありがとうございます」と少しだけ目を細めて言い、こくりとコーヒーを飲む。
んじゃ、明日は富士原さんちに引き続き、田中さんちに押し入り強襲しますか。ヒャッハー。
「一応、今夜2階の窓からそれとなく田中家を観察してみる予定です。周囲は真っ暗になりますから、ほんの僅かな光源でも見逃すことはないと思います。…とはいえ、これまでも夜に観察してみたことはあるし、特に何もなかったですが」
確かに玄関の上にある2階の小さなベランダからは田中家を見ることができそうだ。
距離は離れてはいるものの、夜空の星と月しか光源なんてないから、それ以外の光があれば察知可能だろう。
逆に言えば田中家からも十々瀬家から漏れる光はバッチリ見えていることになる。
「作戦前夜の最終確認ってやつですね。今までがどうであれ、やってみるだけの価値はあると思いますよ。俺も手伝いましょうか?交代要員とか必要じゃないです?」
お、何だか刑事ドラマの張り込みじゃないけど、それっぽいシチュだ。
ああいうのでも基本は1人体制じゃなく交代制で見張ってたはず。
十々瀬さんだけに負担を強いるのもアレだし、実際俺の方が社会人的に夜に強いだろう。…多分。
それに寝る時間が以前より相当…というか5時間くらいは余裕で早いんで超ヒマなのだ。
昨日とか、難しいことをムリヤリ考えて寝たし、できることがあるならやっときたい。
うむ、どっちかっていうとその面が強いな。
「……」
ちょっとノリノリで提案し即答を期待したが、十々瀬さんは少しだけ沈黙する。
どうした?
「…?」
「…いえ、じゃあお願いしますね、馬銜澤さん」
結局沈黙はほんの数拍。
それが何だったのかよく分からんが、まあヨシ!
残業や夜中まで付き合わされた飲み会とかで鍛えられた社会人の忍耐力をとくとご覧あれ。
あ、何だったらJCは先に寝てくれてても…いいんよ?
◇
「まあヨシ!」じゃなかったが。
その後、部屋に戻ったり何やかんやで時間を潰し、夕食のおにぎりを食べ終えて。
日が沈み、室内が灯りなしだと行動不能レベルに暗くなったら階段を上って2階へ移動した。
そう、2階。
1階というリビング&客用の和室ゾーンから、十々瀬家家族の居住空間である2階。
「右側にあるのは私と妹それぞれの部屋です。正面は父と母の寝室ですね。ああやって“中の2人が”出られないようにバリケードを立てています。玄関の上のベランダへは、あのバリケード横の大きな窓から出られます」
スマホのライトが照らす中、十々瀬さんが淡々と説明してくれる。
「そうなんですね。じゃあ、田中家から目を離さないよう監視しますね」
階段の突き当りから右側には目もくれず、戸棚やらでバリケードされた扉を華麗にスルーしてベランダへ一直線。
今考えるべきは田中家の監視一択。それ以外は微塵も興味ないですよ?
……うん、アレだ。
あの時の沈黙の意味はまあ、うん。だよねー。
やらかした。
2階はアレじゃん。厄ネタの宝庫。
十々瀬夫妻オブザデッド封印中の夫婦の寝室。
十々瀬妹が亡くなった&ゾンビ化した場所。
そして、十々瀬さんの私室。
この場所は「まだその時ではない」感が満載だ。
十々瀬家を拠点とし、リビング風呂トイレは共用、和室は完全に俺の私室として使わせてもらってるけど…2階はね。ちょっと違う。
ここ、もう少し相棒レベルを上げてから立ち入るべき場所じゃない?
全然「まあヨシ!」じゃねえよ…。超絶☆気まずい。
俺がベランダに出ると、続いて十々瀬さんも出てきて隣に立つ。
スマホのライトは消し、光源は空に浮かぶ月と星の光のみ。
それ以外の光はなく、実に田舎の夜らしくちゃんと暗い世界。
隣にいる十々瀬さんの姿くらいならまあ見えるけど、表情の機微まではちょっとムズかしい、そんな暗さ。
「一晩中、までは必要ないと思うので、23時くらいには切り上げましょうか」
暫くは俺が見張ってますよ、と言おうとしていたら、十々瀬さんが先に口を開いた。
23時まで。あと3時間程度か。
まあ、確かに朝まで見張るのもアレだし、それくらいで十分かも。
「ああ、了解です。多分それくらいで十分ですね」
なら1時間半で交代かな。
一晩中じゃないなら前半を十々瀬さんに任せ、俺は後半を担当するか。未成年には睡眠時間の確保が重要だし、十々瀬さんは自分の番が終わったら先に寝てもらおう。
…いや、2階に俺がいるって時点で無防備に寝るのはちょっとアレか?
同じ「家」では既に寝てるけど、同じ「階」じゃなかったし、そのへんは何というかアレだ。
しかし後半をお任せして俺がさっさと寝るってのもねえ…。
「そういえば、」
どっちにしようか決めあぐねていると、再び十々瀬さん。
視線は田中家方面に向けられている。
「はい」
「馬銜澤さんは幽霊とか信じていますか?」
「幽霊、ですか」
唐突にオカルト話題?
確かに夜に話す雑談としてはありがちだけど。
ううむ、と少し考えて答える。
「実際に見た事ないんでアレですけど、ゾンビがいるくらいなんで幽霊だっているんじゃないですかね。科学では説明できない系のやつは、未だに結構あるみたいですし」
「じゃあ、もし幽霊がいたとして、死んでゾンビになった人の扱いというか、その人が幽霊になるとしたら、タイミングはどうなるんでしょう」
「…んん?」
「例えばAさんのゾンビとAさんの幽霊は同時に存在するんでしょうか?」
「……あー、」
今の世の中、ゾンビに嚙まれたりすると死んでゾンビになる。
当然、ゾンビになられた無念やら何やらで幽霊になる条件?は満たせるわけだし、幽霊になってもおかしくない。
で、被害者が死んで幽霊になったとして、彼はその後にゾンビ化してあうあうしている自分オブザデッドを見るハメになるのか。
幽霊の原材料が魂的な何か=その個人を個人たらしめるモノ、だとすれば、幽霊こそがそのヒトであり、あうあうしてる動く死体は…… え、誰お前? 何? 怖っ!?(自分のゾンビに困惑する幽霊さん)
…なんか違う気がする。
同じ人間(ゾンビと幽霊だけど)が同時に存在とか…いくら何でもちょっとないか。
「どうなんでしょうね。いやマジで。…ゾンビになる条件に当てはまって死んだ場合はゾンビとして蘇り、そのうえで死んだら改めて幽霊になれるのかも…?」
「結果としてゾンビとして死んだわけですから、その場合、なるのは“ゾンビの幽霊”?」
生者 → ゾンビ → 幽霊、の場合、ゾンビ期間というターンを無視して普通の幽霊になるのはちょっとアレだし、ゾンビの幽霊になるのが自然か。
いやしかし、ゾンビを幽霊に羽化する前のサナギのような期間だと考えれば……虫とかじゃないんだし、そりゃないか。
にしてもハイブリッドだな。ゾンビの幽霊とか。
ただゾンビってIQゼロっぽいし、感情とか完全になくなってるっぽいから恨みとかそういうのも感じないだろうし、幽霊になる条件に当てはまらなくなるような。
それにゾンビは一撃確殺&ゾンビ化の物理攻撃が脅威なのであって、幽霊になっちゃったら逆に脅威度が下がる気がする。
「そいつはあんまり聞いたことないですね。まあ、ゾンビが現れる前にゾンビの幽霊なんて当然あり得なかったんですけど。…パンデミック後ってそういうオカルト、どういう感じでした?」
「ネットでの印象ですけど、ゾンビ関係以外は一気に廃れた感じです。いるかどうか分からない幽霊や宇宙人、UMAの“おはなし”より、ゾンビの方が差し迫った“現実”の恐怖でしたから。怖い話もゾンビがいれば話題に事欠かなくなりましたし、陰謀論とかもゾンビの出処とかそういうのばかりに」
「確かにそりゃそうですね。ゾンビに追われてたら、幽霊の出るって噂の廃病院とかでも普通に逃げ込みますよ。そこにも結局ゾンビが潜んでそうですけど」
「映画とかなら両方とも同時に出そうですけどね。ゾンビvs幽霊とか」
「ゾンビの攻撃は幽霊にはすり抜けて無効、幽霊も呪い殺すにしてもゾンビは既に死体だから呪殺無効。千日手ですね。どっちも相手が怖がってくれないのも含めて」
「人間だけ全攻撃有効でとばっちり、ってやつになりそうです」
どちらともなく小さく笑う。どんなB級映画だ。
エイ〇リアンvsプ〇デターは勝負になってたし、近いのは貞〇vs伽〇子か?
いや、あれはどっちも幽霊的なやつなんで、互いの攻撃自体は通ってたか。
どっちにしろ人間さんサイドが純然たる被害者だが。
「ホラー映画とかあんまりハッピーエンドってなかったですよね。モンスターパニックもそうかな。十々瀬さんはそういう映画とかマンガとかよく見てたんです?」
「それなりには。ホラーもモンスターパニックも、特に洋画系は次回作が作れるようにしていたのか、不穏な感じで終わるのが多かったですよね。一時的に封印して終わりとか、エンドロール後に怪物の卵とかが映ったりとか」
「そうそう、あと大体が続編は微妙なんですよね。変な設定が追加されたり、主人公が続投しても前作のキャラクターとの関係が ――――――」
…。
………。
明らかに気まずい感じを誤魔化そうとしてた俺を察してか、十々瀬さん自身の、まだ触れられたくないモノから話題を逸らすためか。
その両方か。
あるいは、ただ他意なく他愛のない“お喋り”がしたかっただけなのか。
ベランダに2人並んで、田中家に視線を向けたまま。
何となく、幽霊とゾンビの関係なんていう荒唐無稽な話題から始まったそんなお喋りは、23時のアラームが鳴るまで途切れることなく続き、俺たちは「おやすみ」の挨拶を交わして互いの部屋に戻っていった。
うん、ちょっと自分の浅慮にアレな気分だが、まあセーフ。
これを教訓にもうちょっとくらい考えてから発言するべきか?
人間関係って難しい。社会に揉まれたはずの俺でさえ一筋縄ではいかないぜ!
ま、結果的にオーライだったからもう気にしないでおこう。
十々瀬さんだって変に引きずられても微妙だろうし。
ネガティブ思考はこういう状況でマイナスにしかならないからね!切り替えていこう!
ちなみに田中家は絶賛真っ暗なままで、ビタ1ミリも光とか見えなかった。




