MISSION 02:安全な拠点を設営せよ その11
「すみません、隣の十々瀬です!救助に来ました!富士原さん、開けてください!」
ドンドンドン!
「富士原さん!無事かどうかだけでも教えてください!富士原さん!」
ドンドン!
おお、十々瀬さんの感情を感じる声って何げにレアだな。玄関扉を叩くアクションも相まって、マシマシ切迫感。
10代の少女が真剣に叫んでいる感が満載だ。
……でも顔は相変わらずの無表情フェイス。実にアンバランスですな。
「……」
「……」
「やはり反応はないですね。ゾンビは音に反応するはずですから、普通に死んでいるか、既にどこかへ行ってしまったかもしれません」
ピタッと玄関を叩く動作を止めてこちらに向き直ると、普段通りの抑揚のない落ち着いた声で言う十々瀬さん。
切り替えスゲエ。…表情は最初から変わってないけど。
「あくまで可能性ですし、もちろん、油断はしませんが」
思い立ったが吉日、ってことで、拠点周辺のゾンビ一掃を決めた俺たちは、まず最大戦力が分かっている富士原家から攻めることにした。
この家には主である富士原道子さんとポメラニアンのステフィちゃんしか住んでいない。
つまり、もしゾンビがいるとしてもおばあちゃんオブザデッドオンリーってわけだ。単体でもイケそうな相手だし、2対1ならまず楽勝。
まあ、そういうワケだ。
「中の様子が分かれば良かったんですけどね」
家の周辺は既にぐるっと回って、どこの窓もドアも開いてないのは確認済みだ。
ご丁寧にカーテンまでバッチリ閉まってるお陰で、中の様子は全く窺い知れない。
「突入するしかなさそうです」
「ですね。じゃあ、まずは玄関扉から。俺が開けるので、十々瀬さんは下がってください」
ここで言う“下がってください”は、“危ないから下がって”って意味じゃない。
オープンザドアからナイストゥミーチューオブザデッドした場合に近距離にいる俺でなく、“下がって距離を置いておいた”十々瀬さんの方に注意を向けさせるって安全策の意味だ。
で、ゾンビが十々瀬さんに向かって行ったら挟み撃ちの形で始末すると。
「はい。任せてください」
玄関から離れ、広いメイン通りに移動する十々瀬さん。
そして中腰になってアスファルトをバールでカンカンと叩く。これなら玄関からゾンビがこんにちわした場合、まず彼女の方に注意が行くだろう。
逆に俺は息を潜め、ゆっくりとドアノブを……、あ、鍵かかってる。
「鍵が掛かってます」
「玄関からは無理みたいですね」
アスファルトを叩く手を止め、十々瀬さんは再びこっちへ戻ってきた。
鍵が掛かっているのは割と予想通りだったし、そこまで落胆はない。
「あとの出入り口は勝手口くらいか。…あんまり期待できなさそうですね」
「静かに行ってゆっくりドアノブを回してみましょうか」
「賛成です」
口を閉じ、2人で勝手口へ移動する。
今度は十々瀬さんがドアノブに手を掛け……こちらに向き直って頭を振った。
「ドアはダメみたいです」
「まあ、何となく予想通りってやつですね」
「やるしかなさそうです」
「…ですね」
正攻法は無理。
となれば、侵入方法はただ1つ。ガラスを割って押し入る他ない。
ドアから入ればまだ何とかアレだけど、そいつをやったらもう言い訳とか無理になる。完全無欠の家宅侵入だ。
山本家みたいに、家から家主がゾンビになって出てきたんならゾンビ退治的な名目とかアレだが、富士原家はただ留守なだけかもしれないお宅だし、普通に犯罪臭い。
仮に平和な世の中が戻ってきて、富士原さんも無事なまま戻ってきたらブタ箱行き確定だ。
家庭菜園の野菜とかパクったから今更っちゃ今更だけど、ちょっと犯罪度が段違いかも。
………嗚呼。
「馬銜澤さん。最終確認です」
小さく溜息をついたのがバレたのか、十々瀬さんが俺を真っ直ぐ見据える。
OK、そうじゃないんだ十々瀬さん。別にここにきてヘタレたんじゃない。アレだよアレ、思えば遠くへ来たもんだ的な、もしくは“やれやれ”的なアレなんだ。
「覚悟とかは全然バッチリなんで大丈夫ですよ。これは“仕方ない”事。確認オーケイです。ただ、まあアレですよ。やるしかないかーっていうちょっとニヒルめいたやつです」
「はい。もし相手が生きている人間だったとしても、覚悟を決めて“やり”ましょう」
「バッチコイで……んん?」
「限りなく低い可能性ですが、生きているけど警戒して出てこないでいるのかもしれません。その場合、侵入してきた私たちは恐怖でしかないですし、パニックになって死に物狂いで襲いかかってくるかもしれません。その場合は覚悟を決めましょう」
……Oh。
いや、まあ確かにごく僅かな可能性として息を潜めつつ引き篭って生きてるってパターンもあるんだけども。
低すぎる可能性に加え、今までのゾンビor留守のどっちかって感じの会話からすっかりその線は脱念してた。
玄関での茶番も、生きてる相手への呼びかけってよりはゾンビ誘導のためだったし。
生きてる可能性か。
でも、改めて助けに来たとかちゃんと説明(嘘だけど)すれば何とか…ならないか。ならないな。
そんなだったら最初の時点で応答なり反応するはず。生きてるのにしないってのなら、完全な拒絶に他ならない。
それを踏まえ、武器を手にガラスを割って押し入ってくるヤツらを信じるかって言われたら“信じない”一択だろう。
普通でもヤバいのに、籠城の飢えと乾きで限界までささくれ立った精神状態じゃ完全に無理無理。
キエェェェェ!とか叫びながら包丁振り回して突撃されるのがオチだな。
俺も十々瀬さんも殺意MAXで襲いかかってくる相手にガンジー?ばりの非暴力主義で対峙するほどアホじゃないし、傷付けないよう華麗に無力化できるようなウデマエもない。
落ち着くまで相手の攻撃を避け続けるとかも現実的じゃないとなれば、まあ、“そうする”しかないだろう。
不当な正当防衛。こちらとしても傷付きたくも死にたくもないのだ。
富士原家“安全化”作戦にあたり、覚悟を決める的なアレはあったし、あらゆる事態を想定して行動しましょう的な感じで確かに話し合いは纏まったけど…。
まさか十々瀬さん、そこまでアレな覚悟までもを要求してたとはね!
いやはやお兄さんちょっとドン引き。
でもOK、今理解したから無問題。ドン引かない。逆に押す。いわゆるつまりはバッチコイ。
「馬銜澤さん?」
「いや、何でもないです。まあ、どうしようもなさそうならキッチリ切り替えないと、ですからね」
相手が冷静で、話が通じそうならそれにこしたことはないが、ダメならさっさと切り替える。無駄に迷わない。第一印象で決めちゃおう。
もし仮に生きていたとして、返事しないのが悪いんだよ。
助けなんて必要ないとか、放っておいてくれってんならそう言ってもらえばこっちもノータッチしたんだし、うんうん、仕方ないね。
こっちもご近所の安全を確保しなきゃならないし。思いは伝えなきゃ伝わらないものなのです。
……あぁ、ちょっと前まではゾンビへの傷害罪とかすら気にしてたのになぁ…。
それがトントン拍子に倫理の階段踏み外しまくって、遂に生きてる人間へのアレな覚悟まで。
もう完全にアレだね。感覚マヒ。犯罪教唆のプロだよ十々瀬さんってば。
でも、間違ってない。人としては割と間違ってるかもだけど、少なくとも俺にとっては“それがベスト”とアタマとココロで理解している。
よし、もう完全にアンダースタンド。
迷いはないし、覚悟は決めた。ヘタはこかないから任せてくれ。
「はい。全てにおいて最優先は私と馬銜澤さんですから」
俺の回答に、分り難い笑みを微かに浮かべて頷く十々瀬さん。
しかしながら、その表情と言葉から感じるのは確かな信頼。うんうん、以心伝心だね、相棒歴3日未満だけど。
いやー、でも満足のいく答えを返せて良かったですよ。うん。
◇
「よっ!……っと」
掃き出し窓の鍵のある部分を中心に十々瀬家から持ってきたガムテープで囲い、デルタホーの三角刃の部分をガラスに当てて、その背をバールで叩く。
1発!…あれ、硬いな。ちょっと力を調整して2発!、いい感じだけどもうちょっと……3発!でガラスは割れた。
なるべく割る面積を小さく、そして派手な音を立てすぎないようにって考えてやってみたけど、まあ、それなりに上手くいったようだ。
ヒビもテープのところで止まっているっぽいし、音もそんなに鳴らなかった。
鍵の所に手が入る状態になったから、早速鍵を開け…ずに一旦退く。
手を突っ込んだ瞬間に中にいたゾンビに引っ掻かれて、とかを警戒してだ。
「……」
特に中からの反応はない。
腐臭もしない気がする。
無言で頷き合い、十々瀬さんが手袋をした手でゆっくりと割れたガラスの穴に手を入れ、鍵を開けた。
第一関門突破。この方法は今後の探索とかでも使えそうだ。
中に潜むモノが突然襲いかかってきても大丈夫なよう、正面に立たないようにして掃き出し窓を静かに開けていく。
掃き出し窓を全開にすると、デルタホーを使ってカーテンを一気に開いた。
「…普通、ですね」
第一印象はソレだった。
いや、ホントに普通。普通のお宅の居間だ。
特に荒れてもないし、かといって不自然にキレイでもない。普通に生活感溢れる居間ってやつだ。
テーブルの上には新聞と何かの雑誌が乗っており、メガネに小袋の煎餅に湯呑とか、何とも老人の家っぽいアイテムも置いてある。ゾンビ的終末感な要素はない。
「でも、ただの留守ではない気がします」
「ですね」
そう、だからこそこれは“普通の留守”じゃない。
ゾンビ騒動でどこかへ避難したとして、ゆっくり落ち着いての避難ならもっと片付いているはずだし、緊急的に慌てて避難したなら持ち出しとかでもっと荒れているはずだ。
でも、コレはどっちでもない。ちょっとトイレとかで席を外したとか、すぐに戻る感じで外に出ているとか、そんな状態だ。
富士原さんが生きて潜んでいるって線もほぼ消えた。
理由は明白。十々瀬家のリビングにはあった例のアイテム…、ロウソクとかが一切ないのだ。
カーテンを閉め切った部屋で生活していたとして、明かりは絶対に必要不可欠だ。
富士原さんに心眼とかあれば話は別だけど、普通の人間は明かりのない真っ暗な部屋で生活とか無理すぎる。
それに生きてたとしたら、限りある大切な食料である煎餅をホコリが乗っかるまで放置とか有り得ないし。居間を生活拠点にしていなかったとしても、回収くらいはするはずだ。
「ひと部屋ずつ、安全を確保しながら進みましょう」
昨日の山本家でやったチュートリアルをさっそくトライアゲインだ。
ただし今回は応用編のガチ本番。山本家は最初からゾンビの有無とか位置が分かってたけど今回はマジで状況がさっぱり分からない。
「2階建てですが、最初はどちらから?」
バールを握り締め十々瀬さんが訊ねてくる。
そう、この家は十々瀬家のように2階建てだ。
お年寄りなのに2階建てとか…って思わなくはないけど、多分建てた当時は問題なく階段とか上り下りできたのだろう。
いや、まあ元気なお年寄りなら軟弱な若者とかより体力あるんだけど。
「まずは1階からクリアしていきましょうか。ただし、階段の方には常に注意を向けて」
「はい。じゃあそれでいきましょう」
周囲に気を配りながら、少しずつ移動しながら居間をチェックしていく。
改めて、この部屋の様相はちょっと想定外だな。この状態で無人の理由が思い付かない。
そんな事を思いつつ、居間をクリアして廊下に出る。
ここも腐臭はなし。目立った異常は…、
「血の痕、ですね。それに…、」
あった。
廊下の壁に付いた、血の痕。
ただ、そんなベッタリってわけじゃなく、“血に触った手で壁に触れちゃった”程度の痕だ。
拭き取ろうと思えば濡れタオルか何かで一発の血痕。でもしっかりくっきり目立つ血の痕。
なのに、拭き取られずに残っている。
そして蹴飛ばされたか引っ掛けられたのか、壁からずれた半円のコンソールテーブル?と落ちて割れた陶器の花瓶。
中に入っていたっぽい花は枯れ草みたく萎れきって転がっていた。
廊下の先の玄関を見る。
ドアチェーンまでバッチリ掛かっているが、サンダルが乱雑に脱ぎ捨てられ、片方は廊下に落ちている。
酷く慌てて家の中に駆け込んできた、そんな感じだ。途中で花瓶を倒しても、血の汚れが壁に付いても気にならないほどのガチな慌てっぷりで。
「メーカーハウスとかだとアレですよね。1階には基本、リビングと…、」
視線は玄関とは反対側、奥の部屋のドアへ。
十々瀬家とは若干作りとか違っているが、多分“そう”だろう。
「和室、ですね。偏見かもですが、お年寄りは洋間より和室を寝室に選びそうです」
俺と十々瀬さんが最初に始末したゾンビ、村役場職員オブザデッドはこの家の周辺をウロウロしていた。
避難指示か安否確認か、理由は分からない。でも、彼は生前この辺りを見回り、死後も実直?に徘徊し続けた。
いつから彼がゾンビに転職したかは分からないけど、悪いタイミングで富士原さんとご対面してしまったとしたら…。
外にて、豹変した村役場職員オブザデッドに引っ掻かれる富士原さん。
何とか家に逃げ込み、玄関の鍵とチェーンを掛け、パニックになりながらも愛犬のステフィちゃんと共に家の中でも一番の安息の場所である自室へ篭もり、そのまま…。
何となく浮かぶコトの顛末。
もちろん、正解かどうかはもはや神のみぞ知るってヤツだし、まずはちゃんと確かめなきゃいけない。でも、何となくコレで正解な気がする。
それならあの居間の状態とか説明が付くし。
十々瀬さん迫真演技の声も、玄関ドンドンした音も、離れている&もう1枚のドアを隔てた部屋までは届かなかったかもしれないし。
「十々瀬さん」
「はい」
頷く十々瀬さん。
決め付けるのは禁物だけど、想定するのは無問題。
互いの考えは一致している。あとは、どうやって“やる”かだが。
「廊下はそこまで広くないので“やる”には不向きだと思います。外に誘導して始末しましょう」
「玄関を開けておいて、あのドアを一気に開けてそのまま外へダッシュ…ですかね」
「念のため、コンソールテーブルを壁にぴったり戻しておきましょう。引っ掛かったりすると良くないので。花瓶も大きな破片は横へ退けておいた方がいいですね」
「ドアを開けるのは?」
「お任せできますか?」
「OKです。ダッシュに自信は特にアレですけど、距離が距離ですから多分イケると思います」
作戦も決まった。あとは、実行するだけ。
視線を交わし、
「じゃあ、」
頷き合う。
「やりますか」




