MISSION 02:安全な拠点を設営せよ その10
―――― 夜。
和室に戻って布団に入ったはいいけど、今までの生活リズム的なアレでなかなか寝付けなかった俺はその日のことを考えた。
明かり採りの小窓は所詮小窓でしかなく、月が出てるっても部屋を照らせるレベルには程遠い。まあ、つまるところほぼほぼ真っ暗だ。
物思いに耽るにはうってつけ…というか、それくらいしか何もできないし。
うん、改めて文明人にはキツいねコレ。
で、ある意味眠れるまでのヒマ潰しに、改めてこれまでの事を思い返してみたわけだ。
事故ってゾンビに出会ってハイライトのない田舎JCに助けられて。衝撃の事実を聞かされて、その娘と相棒になって。
ゾンビは4体も殺…、倒したし、1件強盗的なアレをしたし。
控え目に言っても“濃すぎる”イベントラッシュだった。
……改めて、俺の順応性ヤバいな!
自画自賛じゃないけど、これも隠れた才能…、いや、違うか。
おそらくアレだ。
大災害直後の妙な興奮的なアレ。度を超えたヤバい現実をアタマがまだ完全に理解しきれてない状態。
おそらく傍目からじゃ分からないし、自分自身も気付いてないけど心拍数的とかアドレナリン的なやつは、それまでの日常より数割はアップしているだろう。多分。
それとも、この現状をあながち「悪くもない」と感じてしまっているのか。
十々瀬さんじゃないが、今の世の中は生きてりゃそれだけで上等な状況。
学歴とか収入とか社会的地位とかもリセットされて、しがらみとかそういう云々からは完全に解放されている。
どうせ定年まで勤めあげても課長くらいがせいぜいで、寝るために家に帰るだけの生活が今まで生きてきた年月以上に続く人生。恋人もいないし友人も疎遠だし、夢も希望も特にないとくれば、まさに生ける屍同然だ。
ある意味ゾンビだね、今までの俺。社畜オブザデッド。俺オブザデッド。
でも、今は違う。
真の意味のゾンビオブザデッドさんたちが徘徊する終末世界。かつての高学歴もエリートも、社会的地位が凄かった面々も、あうあう呻きながらエンドレス散歩。
心を喪った生きる屍の方がまだ肉体的な意味でもフレッシュだし、自意識持ってるってだけで上等だ。
つまりアレだね、十々瀬さんの言う通り『自分は特に何もしてないのに周りが勝手に下がったんで、自動的に繰り上がった』状態。
ウチの上司らも多分今頃はあうあうゾンビってるか、生きてたとしても死の恐怖に怯えながら細々とサバイバルってるだろうし。もはや職場の上下関係とか皆無だろう。
いやはやホントに諸行無常。虚しいもんですな。
…まあ、かく言う自分らも未来は微塵も明るくないし、いつ死ぬか分かんないサドンデスな状態なんだけどね。
明日はどっちだデッドオアアライブ。
…。
……。
少しだけ眠くなってきた。
そう言えば、十々瀬さん。
改めて、帰り道でのアレはどういう意図だったんだろうか。
あの時は何となく納得したというか雰囲気でアレだったけど、実際ホントにあの暴露の理由が分からない。
意味もなく…って事はないだろうし、ジョークって線も薄い。多分、真実なんだろう。
でも、下手すりゃいろいろ台無しになってた暴露だけに、どうしてあのタイミングでぶっちゃけたのか。
こう、1人になり、冷静に考えてみると…考えれば考えるほど分からなくなる。
言葉の通り、本心から自分の過去までちゃんと知っておいて欲しかったからか。
まだ俺が信頼を寄せれる相手なのかどうかを“試して”いたのか。
単純に元引き篭りのコミュ症なんで、人間関係の構築方法とか駆け引き的なアレをよく分かってなかったのか。
うん。
分かんね。
いやはや、最近の子って何考えてるのか分かんないよね。
俺もまだまだ若いから最近の子の範疇だけど。
しかしまあ、何だかんだで俺の方も初対面から比べると言葉遣いとか態度とか、アレになってきてるからヒトのコトは言えないか。
それとも、“それ”が狙いだったとか?
早い段階で互いの本性をぶっちゃけさせ、後で「こんなはずじゃなかった」ってなるのをを防ぐとか。
恋人時代はラブ盲目アバタもエクボ状態でも、結婚していざ一緒に新生活…ってなったら価値観とかアレで緑の紙、とかそういうヤツ。
もしくは音楽性の違いで解散するバンドとか。…それはまた違うか?
でも、そういうのだとしたら大成功ですよ十々瀬さん!
…。
……。
………。
本格的に眠くなってきた。
やっぱ眠気を誘うにはムズかしいコトを考えるのが一番だね。
脳ミソがオーバーヒートして「もういい!無理するな!もう休め!!」ってなるもん。
……あぁ、それにしても仕事のノルマ的なアレから解放されてるってだけでも、
ストレスフリーな、
眠り…が…、
……・・・・・・。
◇
「斜向かいの家と富士原さん家、ですか」
翌日。
塩昆布ご飯と茹で小松菜のミニトマト添えで朝食を終え、熱くて薄いお茶で一服。
洗い物を終えた十々瀬さんはタオルで手を拭きながら頷く。
何だかんだで食事の準備と片付けは十々瀬さんに任せっきりだ。そのうち当番制とかにしないと悪いな。
「はい。この拠点を安全な場所にするためには、とりあえず近くにゾンビが確実にいない状況にするべきだと思うんです」
「確かに、斜向かいの家は割と近所ですからね。富士原さんトコも近いし、畑は重要だし。ゾンビとかいて、変なタイミングで出てきたらマズいか…」
「逆にその2軒をどうにかすれば、それなりに周囲は安全と言えるようになるかと」
斜め向かいの昭和的な家。山本家よりは新しいけど、それでも築30年くらいは余裕で経ってそうな家だ。
メイン道路沿いにあり、十々瀬家からの距離は直線で多分15mほど。お隣さんとしては少し遠いが、ご近所さんの範疇では十分ある。
そしてお客の…富士原さんの家。
これは十々瀬家と同じような近代的な家だ。ただ、ここよりは少しだけ年季が経っている。
おそらく老婦人な富士原さんが従来の古くて広い日本家屋から、機能的な現代住宅に建て替えたのだろう。
ここもメイン通り沿いにあり、十々瀬家からは20mも離れていない。
「森に入ってく道の先にある家はどうなんですか?」
メイン通り沿いにはまだ見ぬ役場方面に行く方向に何軒か集中して建っていた気がするが、アレらはかなり離れていた。
しかし、通りから十々瀬家に入っていく道の先、森の直前にあった山を背にした家はそこそこ近い気がする。と言っても100mは離れていそうだけど。
「あそこは多分、無人です。私たちがここへ越して来た時には1人住んでいたみたいですが、町の施設へ入りましたから」
「ご近所付き合い的なので聞いたんです?」
「いえ。いつだったか息子夫婦とかいう人たちが来て、お世話になりましたと。…対応したのは母ですし、多分、何もお世話してないんですけどね」
「まあ、それは社交辞令的なヤツですよ。都会とかだとないかもですけど、こういう田舎なら引っ越しの挨拶とかちゃんとしてそうだし」
しかし、なるほど。ゾンビ関係なく空家になった家なのか。
探索してもいいけど、普通に引き払った家となれば食料品とかは期待できなさそう。日用品も場合によっては怪しいな。
「ちなみにご近所付き合いとかは私にはさっぱりです。挨拶とかは親が引っ越した時にしたとは思いますが…」
「ですよね。俺だって近所に引っ越しの挨拶とかした事ないし、十々瀬さんの場合は親がやる仕事だし、そんなもんです」
お茶を飲む。
ご近所付き合いか。
この村は余所者に優しい村だったのか、厳しい村だったのか。今となっては知る術もない。
「これを見てください」
十々瀬さんがスマホを机に置く。
そこには殆ど森で囲まれた航空写真が写っていた。いわゆるゴーグルマップってやつか。
「これは…“ここ”ですか」
「まだネットか使える頃に、画像保存しました。ポイントマークがあるのがこの家です」
改めて家が少ない。両手で十分数えられるほどだ。
バス停の近くの2軒の空家とワイヤーゾンビがいた廃倉庫。
そこから道沿いに南下して富士原家。斜向かいに1軒、そしてポイントマークの十々瀬家、空家になったという1軒。
メイン通りをもう少し南下すると3、4軒ほどが集中してあり、そこから先は道しか見えない。『 九十九林 』の集落はそこで終わりか。
「家、改めて少ないですね」
「田舎の、しかも端っこですから。でもこうなった場合はそれがメリットです。人口が少ないならゾンビになる数も知れてます」
まだ未探索な家1軒あたり2体のゾンビがいるとして(ただし富士原家は1体)、10~12体くらいか。
いや十分多いし脅威…だけど、町とかよりは遥かにマシか。
俺が住んでたアパートとか、半径10m以内でも2、30人は余裕でいそうだし。
航空写真を見るとメイン通りから外れた山の中にも屋根がある。
西側に小さいのが1つ、東側には少し拓けており、いくつか建物っぽいのがある。
「『 九十九林神社 』、『 森林組合分室 』ですか。…これは?」
「私も行ったことがないので分かりませんが、神社と何かの事務所みたいですね。そこそこ離れてますし、山道を通らないと行けないので今のところは後回しでいいかと思います」
これが映画とかなら重要なナニカがあったりしそうだけど、まあ普通に神社と事務所だろう。
もしゾンビが居たとして、ここまで来るには山道を踏破しなきゃならないから確かに危険度は少なそう。いずれは安全か確認するかもだけど。
「そうなると、やっぱりとりあえずは近所の2軒、ですね」
「はい。2階から観察した限りでは、生きている人間が生活している様子はなかったです」
「いるならゾンビ、ですか」
「とっくに逃げていて空家、という可能性も十分ありますけど。いるなら恐らく“そう”ですね」
両家にゾンビがいるとして、富士原家には1体、もう1軒は不明か。
ただ、家の大きさ的に大家族オブザデッドがいるとは考えにくい。いいとこ夫婦オブザデッドくらいなはずだ。
「分かりました。やりましょう。なるべく早い段階で安全を確保しときたいですからね。それに、食料とかもいざって時のために余裕を持っておきたいですから」
足らなくなってから探索するというのは素人的に考えても悪手だ。
資源不足の焦りは油断に繋がるし、体調不良や悪天候とか予期せぬアクシデントが重なったら目も当てられない。
逆に余裕があれば周到に準備できるし、トライアンドエラーも可能だし。
まあ、最初から別に反対するつもりもなかったけど。
何だかんだ、十々瀬さんの提案する事は間違っていないのだ。
はい、と頷く十々瀬さん。
その声はいつもと違って決意に満ちて…はないか、いつも通りの抑揚のない感情の篭らない声だ。
でも決意は十分っぽい。言い出しっぺだし。
「となると問題は、“いつ”“どういう方法で”ですね」
スケジュール的には…特に何もないな。予定ゼロ。
完全に任意のタイミングでOKな事案だ。先方のアポは取りようもないし、飛び込み営業みたく、アポなしでお邪魔するより他ない。
俺的には作戦さえ決まればいつでもいい。
後回しにして事態が好転するようなモンでもないし、やるならさっさと終わらせときたい問題でもあるし。
十々瀬さんに視線を戻すと、彼女はひとくちお茶を飲み、相変わらずの調子で言った。
「……思い立ったが何とやら、ということでどうでしょう?」
おお。
攻めるね!




