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イナカオブザデッド  作者: ロボロフ鋤井
STAGE 02:九十九林の集落
19/21

MISSION 02:安全な拠点を設営せよ その9



夕飯はご飯と冷蔵庫にストックしてあった茹で小松菜の醤油掛け、そしてミニトマトだった。


昼と比べると実にショボいが、食料の節約は必須だし、夕食は実際あんまり大量に摂らなくてもいいらしいことを平和な時代にも聞いていたし、まあ、そういうことだ。

それでも米があるって凄いね。

絶対葉っぱオンリーよりもお腹膨れるし。今後も探索時には最優先で回収しよう。



で、食事が終わりハミガキも終える頃には太陽さんもグッナイして、外にはすっかり夜の帳が下りていた。

今日は月が出ているようで、人工の光が失われたこの世界では星がロマンチックにも程があるほどキレイに輝きまくっているだろう。

正直どうでもいいけど。



「今日は、お疲れ様でした」



相変わらず抑揚がないながらも、何となく和らいだ風味な声でそう言いながら十々瀬さんが向かいの席に座る。

ロウソクの灯りしかない室内、互いの手元には常温なお茶の入った湯呑がある。

こういう雰囲気だと湯気の立ち上る熱いコーヒーが似合いそうだが、夜って時点で電気は使用不能。

それでもカセットコンロとか使えばできなくもないけど、まあそこまでは特に必要ないだろう。


「俺の方こそ、勉強になりましたよ。これで明日以降、あんまり迷惑をかけずに生活していけそうです。最初の頃はアレかもですけど、そう大した時間もかからず慣れますよ」


まだ日中が曇りの日バージョンとかのレクチャーは教わってないけど、それも応用的なアレで何とかなるはずだ。


「そう言ってもらえると嬉しいです。基本的には食料が尽きない限りは同じような1日の繰り返しですから」


「はは、何だかちょっと前の社畜な日常とは完全に別物ですね。まあ、こっちの方がある意味人間らしい生活なのかもしれませんけど。…ゾンビさえなければ」


ロウソクに視線を下ろし、お茶を飲む。

十々瀬さんも同じようにひとくち。


……ふう。

アレだね。炎の光ってのは何となく落ち着くね。火事とか、あんまり激しいのは別として。



ちなみに十々瀬さん曰く、「夜は寝る時間」との事。

ロウソクだって無限じゃないし、そのロウソクの灯り程度じゃ殆ど何もできないし、テレビもパソコンも何にもない。スマホ弄るにもネットは繋がらない。

何もできないしやる事もないなら、あとは寝るだけ。当然っちゃ当然だが。


しかし本来?ならまだ会社から帰宅もしてないような時間、子供だって寝るには早すぎる時間だ。それが日常になればいいかもしれないけど、今の俺にはこの時間におやすみなさいはハード過ぎる。


それを考慮してくれたのか、そういうワケではないのかは知らないが、こうしてお話タイムな時間をとってくれた。

まあ、風呂やトイレ以外はほぼ一緒にいたし、会話も十分してたんだけど。



「社畜…ですか。馬銜澤さんは確か、保険のお仕事をしていたんですよね」


「はい、ペットの保険会社“(株)小さな家族ライフ生命”のC地区営業担当、馬銜澤 田ろうです。いや…“でした”かな?」


「ちなみにですが、どんなお仕事だったんですか?」


「あー、まあアレですよ。ペット保険の外交員…つまり保険の勧誘とかやったり、ウチの場合は事故があった場合も下請けとかないから損害の評価というか確認にも行ったりしましたね。事務仕事もそれなりに」


事務所のデスクやパソコンには付箋が大量にへばり付き、処理しなきゃいけない書類とかもいろいろ溜まっていた。

今週中が期限のヤバい案件とかもあったけど、まあ今更どーでもいいか。事故って目覚めた時点でいつの間にやら超大幅タイムオーバーしてたし。

営業に行ったっきり帰ってこない俺の代わりに誰かがやってくれたかもしれないけど、もはや神のみぞ知るレベルだ。


「この村にもそれで来たんですよね。近所の…確か富士原さん、でしたっけ」


「そう、富士原さん家のステフィちゃん。加入を検討したいという電話があって、まずは商品の詳しい説明を…というわけで。一応その資料はカバンの中に入ってるんですけどね。出番はもうなさそうです」


「以前は犬の鳴き声、たまに聞こえてましたよ。甲高い鳴き声、小型の室内犬ですよね?でも、気付いたら聞こえなくなってました。それどころじゃなかったのでいつからかは分かりませんけど」


「富士原さんと一緒にどこかへ逃げていったか、それともまだ家の中にいるか。後者だったらまあ、確実に……ですね」


富士原家の横には家主のものだろう軽自動車が置いてあった。

他に駐車場らしいのもなかったし、バスとか他の誰かの車に同乗して逃げたのでなければ、富士原さんは今も家の中にいるのかもしれない。

それが人間のままかどうかは別として。


「動物がゾンビになったという話は聞かないですし、飼い主に食べられたか、置いて行かれたのなら普通に餓死か、でしょうか」


飼い主がゾンビになって襲いかかってきた場合、土佐的横綱ドッグやドーベル番犬マンとかなら応戦できてもポメじゃ無理だろう。逃げるにしても室内じゃ限界がある。

そうなれば時間の問題で飼い主とアレな意味でひとつになる運命だ。


「飼い主の過失だと保険金支払対象外ですね。餌をやらずに餓死はもちろん、お腹が空いたから食べちゃったとかそれ以前の問題ですよ」


約款にもちゃんと書いてある。

第何条の何項だったかは覚えてないけど。ただ具体的に「ペットを食べた場合は対象外」とは書いてなかったので、突っ込まれるとやや不利か?

でもそこは一般常識としてご容赦願いたい。家畜とペットは別物なのだ。


「それってもう、保険どころの話じゃないですよね」


「いや、今時のお客はアレですから。某国の電子レンジ猫みたく、斜め上なクレームもあるかもですよ?」



笑みを浮かべ冗談めかして言う俺、分かりにくく笑う十々瀬さん。

不謹慎なジョークに不謹慎な笑い。でも誰も咎めないし、それでいいと思う。


お茶をもうひとくち。

あんまり濃くない…むしろ薄いけど、あっさりしてて俺的には好みな味だ。

アパートで暮らしていた時は、お茶と言えばペットボトルのお茶だった。アレはアレで悪くなかったが。


……。



「仕事…。どんな感じなんですか?仕事をするって。……こんな世界になって、多分そういう仕事はもうなくなってしまったから、もし良かったら教えてくれませんか」


一拍おいて十々瀬さんが訊ねてきた。


そうか。

こんな世の中、十々瀬さんは就職活動することも、こういう“仕事”に就くこともないのか。社畜なんて完全に死語になってしまうのだろう。

それがラッキーなのかそうじゃないかは別として。


「どんな感じか…ですか。そうですね、まあぶっちゃけ楽しくはないです。むしろ楽しいことを仕事にできる人間なんて殆どいないんじゃないですかね」


趣味を仕事にとか、まず無理だ。

それには特別な才能とかいろいろ必要になる。


「基本的にはめんどくさい事や我慢しなきゃいけない事の連続で、一部以外は定年までそれの繰り返しです。俺の場合は出勤したらパソコンでいろいろやって、営業に出て、お客に文句言われたりなんだりしながら日が暮れて、事務所に戻ってまたパソコンですね。サービス残業を終えたらアパートに戻ってコンビニ弁当。で、疲れて寝て、最初に戻ると」


最初は苦痛だったし、何の為に生きてるんだろ?とかほんのり悩んでみたりもした。

でもそのうち考える事もやめ、惰性で生きられるようになっていった。まあ、いわゆる順応したってヤツなんだろう。

逆に休日になったらやる事ないなーとか思っちゃってたくらいだ。

うむ、立派に調教された社畜の鑑ってヤツだな!


「それは…大変そうですね」


「要は慣れですよ、慣れ。そうなれば後は何だかんだ惰性でイケるもんです」


「それでも私には、ちょっと無理そうです」


「十々瀬さんがですか?いやいや、そんなことは…、」


そこまで言って言い淀む。

十々瀬さんなら難なくこなしそうだと思ったけど…例のぶっちゃけ話が本当ならキツいか。

今の彼女はこういう世界になったからこそ生まれた十々瀬さん。平和な世の中なら、それまで通り引き篭ってるだろうし、高校も行けたかどうか怪しいくらいだ。

高確率でそのままニート…いや、家事手伝い?になっていたかも。



俺の考えを察したか、しかし十々瀬さんは小さく笑った。



「そう思うと…、馬銜澤さんにとっては違うかも知れないし、いろいろ不謹慎かもしれませんが…私にとって“こう”なったのはそう悪くなかったかもしれないですね」


「というと?」


「少し前までは、学校に行って勉強して、交友関係を広めて、就職して働いて。あとは結婚でしょうか。子供がいた場合だと、その子供の教育まであったかもしれませんね。そこまでやって、…それでも“普通”でした。やっと“一人前”でした。逆にそこまでこなさないとダメだとさえ言われかねませんでした」


俺は…アレだな。

就職と労働までは何とかOK。結婚は…うん、出会いさえあればそのうちしたかもしれなくもない。

35歳を過ぎたら婚活とかね。したんじゃないかな?多分。


「私には、少なくとも以前の私には到底無理そうです。最初の時点で躓いてますから。きっと高校も行かず、コミュ症に磨きが掛かり、そのまま家に篭っていたでしょう。疎んでいた妹に、逆にお荷物だと疎まれるようになったかもしれませんね」


ですが、と続ける。


「ですが、今は違います。生きているだけで…生き残っているだけで“凄い”事です。学校もなければ職場もない、“一人前”の基準は限界まで引き下がって、生き残っているだけで誇れる世の中です。私には学も才能もないですけど、この世界では一人前の人間だと胸を張れます」


反論とかは…する必要も、しようとも思わなかった。事実だし。

実にネガティブかつポジティブな考え方だ。

確かに、前の生活の方が安全だし生きてくだけなら割と安牌だけど、“生きている”って実感しながら生きているのは今の世界だ。

いいか悪いかはまあ、アレだとして。


戻れるもんなら戻りたいけど、それもできない現状、切り替えていくしかない。

切り替えるんなら完全なネガティブより、なんちゃってポジティブの方が全然マシだろう。


「生きているだけで一人前、ですか。確かにそうかもですね。俺のペット保険の知識なんてもう何の役にも立たないし、それまでの学歴も肩書きとかもあってないみたいなモンです。でも、それならなるべく長生きしなきゃ…ですね」


今の目標は、管理職への昇進でも給料アップでも、マイホーム購入でもなく、長生きすること。

前者の目標は途中でダレたり諦めたりできるかもしれないが、この目標は文字通り“命の限り”、“死ぬまで”頑張らなきゃならない目標だ。

取捨選択の余地はなっしんぐ。実に分かりやすいし、ある意味シンプルかつ潔いね。




「はい。だから馬銜澤さん。改めて、これからもよろしくお願いしますね」



「こちらこそ。正直いつまで行けるかアレですけど、前向きに“生き”ましょう」




笑みを交わす。

ポジティブなのか、ネガティブなのか。やっぱり本当に分からない。

敢えて言うなら後ろ向きにポジティブか?…それも違うか。


まあ、とにかくだ。

楽設村、九十九林での本当の生活が、これから始まる。


相も変わらず前途は見通し不明な霧の彼方。

ナイトメアに多難になるのか、想像するよりイージーモードか。

さっぱりぱりの明日はどっちか行方不明だ。



それでも何となく、何とかなりそうかもと思うのは…向かいに座る、分かりにくい笑顔の相棒がいるからなのか。


はてさて。どーも、どうなんだろうね。




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