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イナカオブザデッド  作者: ロボロフ鋤井
STAGE 02:九十九林の集落
17/21

MISSION 02:安全な拠点を設営せよ その7



少し遅めの昼食は、塩昆布ご飯と介護食のペーストハンバーグ(1袋を半分こした)だった。


ああ、それと茹で小松菜&ミニトマトもか。

朝と比較して、かなり文化的で栄養的にも良さげな内容だ。米に肉と野菜、カップラーメン1個より実に健康的。

ちなみにペースト状のハンバーグは新食感だったが、味は別に普通だった。




「では、家での過ごし方について実践しながら説明していきますね」



戦利品の搬入作業が終わると、十々瀬さんのオリエンテーション的な説明が始まった。

と言っても、掃除当番とか家事当番的なやつじゃない。

いわゆる、この世界、この家の機能を使って生活する方法だ。


今朝のゾンビ戦から山本家探索は特別なイベントであり、基本的には十々瀬家とその周辺で日々を過ごす事になる。

普通の世の中なら別にテキトーにやってりゃ生きていけるけど、パンデミくった今の世の中では、それ相応のやり方ってのが必要不可欠。テキトー即ち死あるのみ。

人生経験は俺の方が若干上かもだけど、サバイバる経験は十々瀬さんが圧勝なんで俺は生徒に甘んじる。年長者のプライドとか、そんなのクソの役にも立たないしね。



「まず、家にはソーラーパネルがあり電気を使うことができますが、それは日中の日が当たっている時限定です。夕方以降はもうダメですし、曇りの日や雨の日も使えません」


居間の壁にあるコンセントには、今は電気ケトルが接続されている。

さっきまでも炊飯器 → ホットプレートと続けざまに相手をしてくれた頼れるコンセントさんだ。


「その電気が使えるコンセントはこことキッチンの2箇所です。ですが使える電力には制限があるみたいで、使える家電は一度に2つが限界ですね。基本的にキッチンのは冷蔵庫に使ってますから実質自由に使えるのはこのコンセントくらいになります」


お湯が沸いたようだ。


「冷蔵庫ですか。でも、夜には電源切れちゃうんじゃ?」


「はい。そこで氷と保冷剤の出番です」


こちらへ来てくださいと、電気ケトルを持ってキッチンの方に移動する。

そして流し台の傍に置いてあったバケツにお湯を移した。


「ちなみに壁のコンセントも特に用がなければお湯を沸かすか何かを充電するかしています。電気代とか関係ないし、使えるうちはフルに使わないとですから」


そう言いながらキッチンの床に並べられたペットボトルを取り、空になった電気ケトルに注ぐ。


「これは汲んできた水のストックです。生水はペットボトルにマジックで“生”と書いてありますから、そのまま飲まないようにしてくださいね」


「医者も薬局もないし、お腹を壊すとヤバそうですもんね。健康第一、了解です」


「そう、健康第一です。…で、これがその冷蔵庫です」


ケトルを流し台に一旦置き、下段の冷凍室を開けてみせる。

ひんやりとした空気が漏れる中を見ると、保冷剤と水を凍らせた500mlのペットボトルがぎっしり入っていた。


「電気が使える間に保冷剤とか水を凍らせます。そして、」


今度は上段の冷蔵室を開ける。

今はまだ通電しているので内部のライトが点き、ほんのり冷たい空気が漏れた。

中には水のペットボトルと、今朝収穫した小松菜とミニトマトが入っていた。

他に小分けのプラスチック容器が2つあり、どうやらそっちには茹でた小松菜が入っているようだ。


「電気が止まったらそれらをこっちに移します。クーラーボックスじゃないですけど、ひと晩くらいは何の問題なく冷やせますし、それ以上でも、2日くらいなら多分いけます」


「なるほど。断熱効果とか凄そうですもんね。いや、いいアイディアですよ」


冷蔵庫が使えるってのは大きい。

常温保存だとアレな野菜も余分にストックしておけるし、食べかけ状態の食料の保管も、そのへんに置きっぱよりも全然いいだろう。


「実を言うと、そうやって使うのは久し振りなんですけどね。冷蔵したい食料以前に食べ物が既に尽きてましたから」


「…あー、まあ、今後はそうはならないですよ。バッチリ使っていきましょう」


そういやそうだった。砂糖水とか飲んでたくらいだし。

今、冷蔵庫に鎮座する小松菜&ミニトマトは、水以外では冷蔵庫的にも久々のゲストってわけか。思う存分面目躍如していただきたい。


「ですね。それと、飲み水は冷蔵庫にある水を使ってください。床に置いてある、“生”と書いてないペットボトルの水も沸騰はさせてますけど、常温で置いてありますから」


「そういうのは何に使うんです?」


「食器を洗ったり、ハミガキや手洗い、うがいをする用です。生水以上、飲料水以下ってところですね」


「なるほど。…でもバケツに入れるのはちょっとアレな気が」


さっき沸かしたのはそっちの用途に使うんだろうけど、バケツはアレだ。

ペットボトルに移し替えるまで冷ますつもりだと思うが、もう少し鍋とかそういう手はなかったのか。


「ああ、これはまた別用途です」


今度はこちらへと、お湯の入ったバケツを手にして再び移動する。

キッチンの横にあるドアを開けると、洗面所と風呂場があった。

洗面所の床にはペットボトルが数本。“生”と書かれていないのは、さっき言ってたハミガキとか洗顔用だろう。

洗濯機の横にもペットボトルが何本か置いてあり、こっちは“生”と書かれている。


「それは洗濯用ですね。大体4日に1回くらい、“節水&さっと洗いモード”で使ってます。その間は冷蔵庫はオフになりますけど、15分で終わるので問題ないです。……これからは洗濯物も2人分ですから、2日に1回くらいのペースで使うことになりそうですね」


「洗濯できるんですね。そういやこの服、2日目か……」


「さっき馬銜澤さんも言ってましたけど、この生活は健康第一です。それには清潔でいないと、ですから。馬銜澤さんのその服もあとで洗濯しましょうか。替えの服は……」


「持ってないんですよね。この村へも泊まる予定とかなかったですし」


「父のを探します。殆どは寝室のクローゼットなので今は入れませんけど、幾つかは確か他の場所にも置いてあったはずですから」


「サイズ、どうですかね」


「そうですね……」


十々瀬さんはそう呟くと、俺の頭のてっぺんから爪先までじっと見詰める。


「多分、ウエストがちょっとあれかもですけど、ベルトで何とかいけそうな気がします。背は…少し裾を折れば」


十々瀬パパの方が俺よりガタイがいいって事か。

でも言い方からすると若干程度だろう。俺も別に身長が低いってわけじゃないし、日本人の平均的な身長くらいは……まあ、別に対抗してるわけじゃないけど。


しかし、衣類か。

何げに必需品。衣食住って言うくらいだし。

食と住は現状何とかなってるけど、衣がないじゃーないですか。

上着とスボンはまだともかく、ワイシャツとか下着を何日も着続けるのはちょっとアレだ。

ネクタイはまあ…必須じゃないからいいか。


山本家の探索では全然思い付かなかった……けど、思い付いたところでどうせダメだったか。

達三さんの服とか、多分サイズが全然合わないだろうし。

下着に至っては、サイズ以前にあった自体か怪しい。おそらく達三さんは一応回収しといた“アレ”を常用してただろうし。


「お願いします。下着とかもあったら嬉しいです」



「はい。……あ、でももしあれなら」


「……介護用オムツは最後の手段で」


「下着、頑張って探してみますね」


「ホント、すいませんけどお願いしますね」



何ともアレな空気が流れかかったが、そこは剛の者である十々瀬さん。

何事もなかったかのように説明を再開した。


「それで、このお湯の用途ですけど、“お風呂”です。と言っても、量が量ですからどっちかというと…そうですね、“行水”?という感じですね」


風呂場の折戸を開けると、また何本ものペットボトルが置いてあった。

必要なのは分かるけど、多いなペットボトル。普通の家庭にそんなにあるもんなのか?


俺のアパートには…回収日に出し忘れ続けて満タンになった袋があったな。余裕で30本以上ありそう。

1人暮らしでゴミ分別とかすると缶やビン、ペットボトルってそんなに出ないんだよね。

少しだと専用のゴミ袋代もアレだし、また来週でいいやとか思ってると地味に溜まっていって…な結果だ。しょうがないね。

うん、そう思えば普通の家庭でもこれくらいはあるか。


ただ、十々瀬家のペットボトルは移動するスペースとか目立つ場所には一切置いてなく、必要な場所だけに整頓されて置いてあるから邪魔だとは感じない。

十々瀬さんは掃除とか得意なタイプと見た。


「湯船にお湯を張るとか無理なので、沸かしたお湯を水で足して使います。沸騰していた熱湯も水を混ぜたらかなりぬるくになってしまいますけど、身体を洗う程度なら問題ないですよ」


「シャワーより節水なお風呂ですね…」


「それはどうしようもないです。水を大量に持ち込むのは大変ですし、沸かすのはもっと大変ですから。この“お風呂”は基本的に身体を清潔に保つことだけが目的なので」


田舎だと井戸水と薪の風呂とか想像するが、十々瀬家は近代的な住宅。

ああいう田舎モノのテレビ番組とかマンガのようにはいかないのだろう。

逆に限定的とは言え電気が使えるし、要塞的な意味で考えると建物の信頼性はこっちが上だ。それに薪の風呂なんてあったって使いこなす自信はない。


「まあ、それもそうですね。…それで、実際にお湯を持ってきたってことは」


「そういう事です。練習も兼ねてやってみてください。その間、私はお代わりのお湯と着替えを探してくるので」


やはりか。

いやでも急にそんな言われてもだ。確かに実践も兼ねてとか言ってたけども。


「いや、まだ風呂に入るには時間帯がアレな気が…」


「電気が使える時間は限られていますから、夜だとお湯が使えません。ですから、お風呂も基本的に朝か昼になるんです」


「…あ~、そういう事ですか」


風呂は夜ってのが今までの常識だったが、言われてみればそうなるか。

どうしても夜にってなったら、現状では水風呂か山本家で手に入れたカセットコンロを使うしかない。

水風呂はちょっとマジ行水だから勘弁だし、貴重なカセットコンロを消費するわけにはいかないだろう。

それに、今は風呂場の上の方にある換気用小窓とかから明かりが射しているけど、夜には真っ暗だ。ロウソクを持ち込むわけにもいかないし…そう考えるとやはり日中しかダメか。



「分かりました。じゃあ、お先に失礼しますね。あと、何度もアレですけど着替えの件はすいませんけどお願いします」


行くしかないか。

昨日も風呂なんて入れなかったし、歩いたりビビったり労働したりでそれなりに冷や汗とかもかいてる。

出勤前に制汗スプレー的なやつはやったけど、その効果だってもうダメだろう。

いわゆる、そろそろヤバいかもだ。お客の前とか出れない感じ。


それに、あんまり風呂?に入らないでいると十々瀬さんに「馬銜澤、洗ってないイヌの匂いがするぅ。ヤダくっさ~い(笑」とか言われかねない。言いそうにないけど。

冗談はともかく、同居人が不潔なのは思春期JC的に…JCでなくともアレだろう。俺も相方が浮浪臭を漂わせてるとかイヤだし。


「はい。脱いだものは洗濯機の中に放り込んでおいてください。私の入浴が終わったら一緒に洗濯しますので」


洗濯も日中限定、家事的な事はほぼ終わらせなきゃならないって事か。

あ、でも待てよ。


「そういうのは大丈夫なんです?」


「……?」


「いや、よく色んなアレで耳にする“一緒に洗濯しないで”的な、です。家族でもアレなのに、他人の俺のと一緒とか大丈夫かなと」


俗に言う“パパのと一緒に洗濯しちゃNoThankYou”なアレだ。

世の娘を持つパパはいつの日かこう言われることに怯えながら懸命に生き、そして実際に言われて書斎とかの隅っこで独り男泣きするものだという。…上司談。


まあ俺はパパって年齢じゃないし、加齢臭とかもきっとまだセーフなはずだけど、それでも気にするかもしれない。

理解ある年長者的に、そして紳士的に気を遣ったつもりだったが…。



「言われるまで思いもしませんでした。……ありがとうございます、でも、気にしないです」



微かに目を細めるだけの分かりにくい微笑みで応える十々瀬さん。

逆にこちらに気を遣って…って様子じゃないから、言葉の通りなのだろう。

その理由がこんな時代にそんなコト言ってられないってのか、性格的にそういうのを気にしないタイプなのかは分からないけど。




あと、全然関係ないけど…、あの日の遠く哀しい目をした上司の顔がその背後に浮かんで消えた ―――― 気がした。





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