MISSION 02:安全な拠点を設営せよ その6
「“中二病”、ですか」
「はい。“中二病”です」
十々瀬さんの口調は変わらない。
抑揚がない、というか、聞きようによっては穏やかな口調とも取れる声だ。
「アレですよね。『俺の右手と右目が疼いて封印が目覚めたら邪悪なグロが平気な二重人格者なんだ…』的なやつ。昔クラスにもいましたっけ」
懐かしいな。元気かな貴橋君。
それまで流行りのJPOPを聴いていたのに、突然洋楽とよく分からないビジュアル系なバンドに目覚めたと思ったら意味もなくナイフを学校に持ち込んで生徒指導室に呼び出されたっけ。
あと何か変なノートに暗黒すぎる歴史という名のヒストリーを刻んだとかなんとか。大学時代に一度だけ行った中学同窓会でその事について弄られ、最後にはブチ切れてたな。
「そう、そういうのです。そして私は内容に少し違いはあるけど、“それ”に罹っています」
中二病に?十々瀬さんが?
……冗談。
むしろ対極じゃん。
現実的だし、ちゃんとしてるし、記憶の中の貴橋君のヤバい(笑)言動や行動とビタ1ミリも似た点がない。
「いやいや、冗談ですよね?十々瀬さんは中学生なのに凄くしっかりしてるじゃないですか。いつでも冷静だし判断力もあると思うし、全然中二病じゃないですよ」
「ゾンビや、そうなってしまった家族に対する対処、馬銜澤さんへの対応とかですか?」
「そうです。いや、自分が中坊の頃とは大違いですよ、もし中学生の自分が同じ立場になったら…多分、泣き喚いて誰でもいいから助けてプリーズと、まあ悲惨なくらい無様な感じだったと思います」
そうだ、普通そうなる。
それに「フッ、俺みたいにグロ画像とか見ても全然大丈夫な異端児は世の中に理解されなくても、」とか中二ってるボーイも、リアルに目の前で肉親がゾンビになったら一気に現実へカムバックだろう。漏らすかも知れない。
「はい、それが普通です。普通の、現実的で一般的な中学生。そして“普通”に考えて、こんな中学生は多分いませんよ。マンガやアニメのキャラクターじゃないですし。つまり、私はいわゆる“キャラ作り”をしている、という事です」
「えぇ……」
「“中二病”ですから。“そういう”キャラになりきっているというわけです」
酷い暴露を聞いた。
キャラ作りって……えぇ……。
「例えば口調。私の話し方や言葉遣い、微妙に変ですよね。尊敬語とか滅茶苦茶な丁寧語モドキです。実際、引き篭り中学生に正しい敬語は無理です。でもそんなテキトーな丁寧語でも、年齢以上に、何となく知的に、しっかりしている“ように”見えますよね?多少の誤用も“ですます調”で誤魔化せますし」
「えぇ……」
「性格もです。物怖じせず、常に冷静に考える、でも決めたら行動に迷いはない…のは“キャラ作り”。本来の私は暴力とか絶対無理、怖い事や嫌な事があったら毛布にくるまっていつまでもメソメソ泣いているタイプのヘタレでした」
「いやでもそれって暴露しちゃダメなやつじゃないんですか?それに中二病は自分が中二病だって思ってないと思うんですけど」
私は中二病なのでそれっぽいキャラ作りをしています、なんて言うヤツは中二病じゃない気がする。
自分が他人とは違う特別な存在だと思い込んでるから中二病なわけであって、身の丈にあった自分をちゃんと理解している時点で“そう”はならない。…はずだ。
「確かに中二病は自覚したら恥ずかしくなって治ります。でも、私は分かったうえで中二病になりましたから、自覚で治ることはありませんし、治さないでいるつもりです」
「ええと……つまり、何でまたそんな?」
ちょっとアタマがこんがらがってきた。
アレだ、中二って単語がゲシュ何とか破壊。崩壊だったっけ。…どっちも違うか。
「そうですね……。例えばもし私がゾンビを前にしたらへたり込み、腰を抜かして動けなくなる子だったらどうします?逃げろと言っても『怖い動けない』、じゃあ戦えと言っても『ヤダできない』と喚くばかりで役に立たなかったら?」
「それは…」
助ける!とは即答できない。
特に親しい間柄とかならともかく、初対面でそんな感じの相手を危険を冒してまで助けるかと言われると…ちょっとアレだ。
仲間としても足手まとい以外の何者でもない。
「逆に後先考えず、身の丈に合わない人助けや原因の究明を第一にしていたら?感情的で自分や仲間の命より善悪や倫理を基準に行動する子だったら?」
それは…、正直、一緒にいるといらない危険とかに見舞われそうだ。
そして彼女の言う“そういう子”とは、同じく彼女が前に口にした“バカ”ってヤツなのだろう。
対する彼女が作ったという“キャラ”は、その対極。
……ああ、なるほど、そういう事か。
例え話のお陰ですっと理解できた。やはり古今東西、例ってのは重要だ。
「殆ど反射的に両親を隔離した夜は大変でした。罪悪感とか不安とか、後悔に恐怖。ちょっと目も当てられないくらい怯えたり泣いたりしながら毛布に包まって、それでも考えました。頼るものがなくなった状態ですから、それはもう必死に」
ガタガタ震えながら怯えて泣くモウフインザトトセさん。
想像できねえ。それはもう既に別人だよ。
「死にたくない、別に生きていたって何かあるわけでもないし、今までだって惰性で生きてきたけど、それでも死ぬのは嫌。死なないためにはどうすればいいか。今まで通りはできない、それだと死ぬ。変わらなければ死ぬ」
「……」
「でも、その時は私の覚悟もまだまだで、妹の説得も上手くいかず…あの結果になりました。妹が死んでゾンビになるまでの間、お話しした時は普通に機を窺ってたみたいな感じで言いましたが、実際はいろいろいっぱいいっぱいでした」
だよね。それが普通だって。
“それなりにキツかった”とか今朝は淡々と語ってたけど、まあ、そういう事だったか。
「それから私は本格的に変わることにしました。足手まといの序盤とかでモブ的に死にそうな自分から、パンデミックな世の中でも生きていけそうな自分に。この“私”はマンガや映画で見た、理想の、それっぽいキャラの集合体みたいなものです」
「つまり、少し前まで十々瀬さんはその“足手まとい”的な人間だったと?いや、何て言うか、今の十々瀬さんからは想像できないですね」
「はい、そう思ってもらえてるなら大成功ってやつですね」
俺の「強いですね」に笑った理由はそれか。
思い描いた通りの自分になれたなら、そういう評価を貰えたらな、そりゃ嬉しいに決まってる。
確かに十々瀬さんが“こう”じゃなかったら相棒にはならなかっただろう。
そしてきっと十々瀬さん自身、俺に会う前にダメになっていたかもしれない。
生きるための“キャラ作り”。確かに命がかかってりゃ、治すも治さないもないよな。
「でもやっぱり“中二病”とは違うと思いますよ」
しかしやはり俺の中の“中二病”とは貴橋君みたいなアレであり、十々瀬さんのは違う気がする。
現実にはいないような冷静沈着、クールなJCキャラを演じているのだと言われれば確かにアレな気がしないでもないが、やはりもっとこう、イッちゃってる設定でなければ。
これは貴橋君のダークネス名誉(笑)の為にも譲れない。
「…そうでしょうか」
小首を傾げる十々瀬さん。
「まあ、どちらにせよ“前の私”に戻ることはないですし、前の私を知っている人はもうどこにもいません。この私が、私だけが、唯一無二の“私”です。これからは……、いえ。これからも、ですね」
「いや、さっき暴露しちゃったじゃないですか」
「でも、そんな私は想像つかないんですよね?真偽を確かめるすべもないし。…つまりはそういうことです」
「わたしが他の誰かに話したら?その人は信じるかも」
「そこで私が『へえ、気弱で優柔不断な私ですか、面白い発想ですね』とかとぼけてみるというのはどうでしょう」
「そうきますか」
なるほど、そうくるか。
真実はとっくに失われて、本人以外に暴ける者は誰もいない。
まあ、もしこれから先誰かに会ったとして、そんな事を話すなんて機会はないだろうけど。
何だか少し楽しくなり、思わず笑ってしまう。
「ちなみに馬銜澤さんも私の中では“中学生の小娘相手にも対等に、丁寧語で話す割と紳士的なお兄さん”ですよ。それ以外の顔を知らないですし。…実際は、多分ですけど少しは違いますよね?」
「それはまあ……はい。でも、性格は元から割とこんなですよ」
口調はアレだ。
営業担当者のそれっぽい丁寧語。あと一人称は「わたし」じゃなくて「俺」だし、仕事以外では子供相手に丁寧語なんて使わない。
仕事以外では子供と話す機会自体がないけど。
「もし大変だったら普段通りに戻してくださいね。それとも、馬銜澤さんも今後とも“そういうキャラ”で貫き通しますか?」
「ちょっと考えときます」
口調を変えるか否かはタイミング次第で。
正直、このままでもそこまで苦にはならない。社会人、しかも一人暮らしだと誰かと喋る大半は仕事用の丁寧口調だし。
「それにしても、やっぱり何でまたここまで思い切り暴露したんです?前の十々瀬さんってのに戻る事はないって言うなら、無理に喋る必要もなかったんじゃ?最初のアレも、『そうです、私は強いんです』でも良かったような」
実は中二病でこの性格もキャラ作りの賜物でした。
でもこのキャラを貫き通すから心配しなくてヘーキですよ、とか誰得情報。逆に混乱するだけな気がする。
嘘か誠か、ミステリアスな自分を演出…ってわけでもないし。
しっかりしてるねーって褒めたら謎の昔話&裏話をされた感じだ。
正直、持て余す案件。
「いえ。強い事、強くある事、強くあろうとする事。似ているようで全然違います。実際、私は強くあろうとはしていますが、強いわけじゃないですし」
おお、何かこのセリフはどことなく中二な香りがする。
分からないけど分かるような、でも冷静に考えるとやっぱ分かんない謎格言。
あれか、実際は弱いからこそ強くあろうとする的な?
そこんとこを理解してよプリーズ、ホントの私をルックミーと言外に言ってるんだよ的な?
なるほど、それなら割と中二病っぽいかも。
ちょっぴりそんな事を思っていると、十々瀬さんは「それに、」と続けた。
「馬銜澤さんには、本当の“私”を知っておいて貰いたかったですから」
…。
……。
相棒としてだね!
いや、言葉選びがアレだよホント。狙ってんのかって。
「ええとですね、」
「はい」
やはり他意はなさそうだ。
あまりそういうセリフは、と言おうと思ったけど、逆に何かアレなんで止めておく。
「まあ、いろいろアレですけど、十々瀬さんが今わたしが見て感じている通りの十々瀬さんでOKっていうのと、あと誠意はバッチリ伝わりましたよ」
「なら、話した甲斐がありました」
「だから、“俺”もそれに応えられるようにしようと思います。……おいおいにですけど。あと、実際そう衝撃の事実とかないですけど」
僅かな沈黙。
てかさ、実際出会ってまだ2日目なんだけど。むしろ時間的には24時間も経ってないし。
それなのに何だこのアレは。
パンデミックな世界を生き抜くために手を組んだ事は間違いないし異論とかもないけども。
こういうぶっちゃけた話とか衝撃の告白は最序盤のイベントじゃないよね普通。
もうちょっと過ごした時間的なアレとか、危機的状況を脱してからとかあるでしょうに。
特に何も問題なく終わったチュートリアル的な最初の探索の帰りの車内でとか、もうね。
現実はそうマンガやドラマ的な順序やお決まり展開なんて関係ないし、信用されてるのは別に悪い気はしないけど。
「はい。それでも、嬉しいですよ」
木々に囲まれた山道が拓け、『 九十九林 』が、十々瀬家が見えてきた。
さてと。
やる事はまだまだある。
ちょっと頑張ってみますかね。