MISSION 02:安全な拠点を設営せよ その5
空き巣……いや強盗か。
○月×日の正午頃、若い男女2人が民家に押し入り老夫妻を撲殺、室内を物色して……とか、若干そんな気分になりながらも探索と回収を進める。
介護日誌にあったレトルト食品は12袋ほどあり、マヨネーズ的メーカーのロゴが眩しい介護食シリーズ(ペースト状で噛まなくてもOKだそうだ)を発見した。
内容は卵粥が3つに肉じゃが2つ、すき焼き3つ、残り4つはハンバーグだ。
お粥はともかく、他の品はペースト状って想像もつかないが……達三さんは生前、お肉がお好きだったって事だけはよく分かった。
……ああ、多分だけど死後もか。食べる機会もなく終わっちゃったけど。
台所の食器棚の引き出しにあったのはこれくらい。
冷蔵庫は一瞬開けてみて後悔して閉めた。何がとは言わないが黒かった。
流し台の下にある戸棚の中にはプラスチック容器がいくつかあり、中には白い粉と茶色がかった粉があった。
白いのは塩と小麦粉、茶色っぽいのは砂糖か。“三温糖”って書かれた未開封の袋があり、ビニールの覗き窓?から同じ色のが見えていたんでそう推測した。
何が“三温”なのか意味不明だが、まあ、砂糖には違いないだろう。多分。
その他はパスタの乾麺300g入×2と、開封済の塩昆布、未開封の塩昆布×2、菜種油の450gボトル×3、醤油、未開封の減塩醤油、料理酒、開封済の増えるワカメ、小袋パックのだし、そしてイワシの水煮缶×8。
山本さんがもう少し若ければインスタントラーメン、カップ麺的なものとか期待できたかもしれないが、残念ながらそういう系は見付からなかった。
しかし逆に日本人の魂、古き良き主食たる米はそれなりに残っており、プラスチック製の米びつに1kgくらい残っていた他にも未開封の2kg袋が3つも見付かった。
未調理だと食えたもんじゃない強固な装甲を誇る米も、十々瀬家ソーラーパワー&炊飯器にかかればたちまちホカホカご飯と化すだろう。
やはり電気の力は偉大だ。ソーラーパネルの株がまたしても上がってしまったか。
めぼしい食料はこれくらいか。
米があるなら梅干とか味噌もありそうだったが、多分それは禁域と化した冷蔵庫の中。もはや確かめるすべも……なくはないけどもう開けたくない。
それと流しやテーブルの上に置いてあった調味料系は容器が年季がかった色&汚れとか色々アレだったので回収しないことにした。
あとはお菓子の類だが、ハナゑさんは歯が悪かったからか、ご老人御用達な煎餅系は見当たらず、饅頭系も消費済ゆえか見付からず、3つほど飴玉があった程度だった。
圧倒的に甘味が足らず、砂糖水大好き?十々瀬さんはさぞヘコんでいるかと思いきや…、
「お茶っ葉がたくさんありますね。馬銜澤さん、これも貰っていきましょう」
「お茶ですか」
「家のも残り少ないですし、カロリーにはならなくても飲むならただの水より味が付いていた方がいいですからね」
「でも、甘くないですよ?」
「……?」
「砂糖水は……」
「食べ物があるなら砂糖水なんて飲みませんよ。それに、飲み物は甘くない方がいいです」
なるほど、苦党か。
◇
食料品を車に積み込み、次は日用品の盗……じゃなくて回収だ。
台所で食料品回収時に見付けておいたカセットコンロとボンベ×2は最優先で回収、電池はテレビのリモコンとかからも徹底回収、薬は救急箱ごと回収、介護用オムツは……一応回収。
洗剤、石鹸、……入れ歯用洗浄剤は流石に不要か。
ティッシュにトイレットペーパー、その他よく分からないけど生理用品。
大量に御香典とか祝儀袋的な封筒が見付かったが、まあコレらはおそらく今後の生活においては要らないだろう。
でもちょっと思うトコロがあり、未開封5枚入のを1セットだけポケットに入れた。
ちなみに財布と貯金箱、通帳とかもあったけどスルーした。
今じゃケツ拭く紙にも……ってわけでもないけど使い道ないし、それに一線は越えたらアカンというか、まあ山本さん夫妻の脳天かち割ってる時点でアレだけど…とにかくアレだ。
矜持?ってやつですよ。……ちょっと違うか?まあいいや。
十々瀬さんが冷蔵庫に向かった時はちょっと焦ったが、開けたのは上段の冷凍室。
でも冷凍食品だって確実にダメに……とか思う間もなく、さっさと保冷剤を回収してドアを閉じた。
中のゲルは完全に溶けて、ぶよんぶよんのダルダルになった保冷剤だったが、彼女曰くコレはなるべく欲しかったとの事。
よく分からないけど、彼女がそう言うなら必要なのだろう。
鍋とかフライパンなどの調理器具の類や食器は十々瀬家にあるもので足りているのでスルー。
刃の少し欠けた年季の入った包丁は一応回収。これは調理器具としてではなく武器用だ。
対ゾンビとしてはあんまり役に立ちそうにない武器だが、ないよりマシだしサブの武器としてなら使えなくはないだろう。
ちなみに十々瀬家の包丁は調理用だそうだ。
台所で見付けたその他に有用そうなモノで、焼酎の4ℓペットボトルがあった。
もちろん中身はない。恐らくだけどかつて達三さんが元気な頃に晩酌とかで飲んでいたヤツなんだろう。ひょっとするとハナゑさんが酒豪だったかもしれないけど。
とにかく、この大容量ペットボトルは色々役に立ちそうだ。
酒の匂いが残ってないかキャップを開けて嗅いでみたところ、特に問題なかったし。
それらを車に積み、時計を見ると14時10分過ぎ。
回収すべきものを行きの車の中で話し合ってきた甲斐もあり、作業は実にスムーズに進んだようだ。まだまだお日様はサンシャインだし、疲れらしい疲れもない。
腹は減ったけど。
「大体こんなもんですかね。一番欲しかった食べ物もそれなりにありましたし、上々ってヤツじゃないですか」
車に背を預けて笑みを向ける。
ちょっと予定よりは早いけど、もう戻ってもいいかも知れない。で、戦利品をイタダキマスする。
「ですね。じゃあこれで……あ、もう一度だけいいですか」
何か思い付いたか、帰宅に待ったがかかる。
「いいですけど、ここなら別にまた来れますよ?あんまり重要度の高くないやつなら次の機会とかでも」
今頃思い付くって事はそういう事だ。
優先順位は下、生活必需品じゃないなのだろう。暇潰しのグッズとかだったら急ぐ必要はない。
そもそも囲碁セットとか回収してきてもらってもルール知らないし。
しかし、予想に反し「それもそうですね」という応えは返ってこなかった。
「いえ。できれば今、回収したいです」
◇
「いや、正直思い付かなかったですよ」
帰りの車の中。
あんまり広くない曲がりくねった道路は特にそうしなくても安全運転なスピードで走らざるを得ない。
酔いやすい人ならKO必至だろう。
「馬銜澤さんはアパート暮らしだったんですよね。それなら当然かもしれません。私の家でも、“まだ”なかったですから」
もう一度で入った山本家で十々瀬さんが向かったのは奥の殺風景な部屋だった。
壁の上に掛かった山本家先祖代々の白黒写真がアレで、あんまり物色したくなかった場所であり、事実、押入れにもカビ臭い来客用っぽい布団くらいしかなかったハズレ部屋と思っていたのだが…。
「ロウソクにライター、マッチが大量ですね」
そう、古い家には仏壇がある。そして仏壇といえばロウソクなのだ。
俺はアパート暮らしで実家も分家?でまだホトケさんはいなかったし、十々瀬家にも仏壇がなかったんで失念していた。
仏壇のない家だとロウソクなんて非常用にあるかどうかレベルだし(現に俺のアパートにはロウソクなんて1本も置いてない)、ライターもタバコを吸わない人にとって必需品でも何でもない。
マッチなんてこの現代社会においてはいつの時代の遺物?(偏見)だ。
仏壇の小さな引き出しの中には大量の短めのロウソクとマッチ、ライターが仕舞ってあった。
線香の点火用とかに使うのが正しい用法だろうけど、夜は(電池を使わない限り)真っ暗になる今の世の中では立派な照明器具だ。
十々瀬家のロウソクは非常用のだったらしく、在庫もそんなになかったらしい。
確かに“今すぐ”欲しい必需品だ。
「それと線香もです」
ロウソクと点火用品だけでなく、十々瀬さんは線香も回収した。
で、理由を訊くと逆に線香の匂いは苦手かどうか訊かれた。何でも芳香剤の代わりに使えるかも、との事らしい。
「ああ、まあ、嫌いな匂いじゃなかったですね」
全てを回収し終えて帰る間際、十々瀬さんは1本だけ線香に火を点け香炉に立てた。
匂いとか、湿気ってないかとかの確認ってだけでお参りってワケではなかったのだろう、特に手も合わせなかったし、木魚とかチーンってする金属のアレも鳴らさなかったけど。
その時嗅いだ線香の香りは…何ていうか、いろいろちょっぴりセンチメンタリズム?的な感じがした。
山本さん夫妻とは生前何の関わりもなかったし、こんな世の中なら家宅侵入も物品持ち出しも仕方ない事なんだけど…それでもまあ、恐らく歴史ある山本家はこれで終わってしまったワケで…。
その最後を見届けた身としては、何となくアレなわけですよ。合掌的な。
あの線香は山本家先祖だけでなく、あの夫婦にも捧げた南無阿弥陀仏だったってコトで。
ま、自己満だけどね。
実際、こっちはこっちで十々瀬家は十々瀬さんで終わりだし、馬銜澤家もアレっぽいし。人ン家の事をどーこー言ってる立場かってヤツだ。
「……山本家はこれでもうスッカラカン。見た感じ、結構昔からある家っぽかったですけど。何とも諸行無常ってやつですねぇ」
「盛者は必衰ですよ」
相も変わらず無表情&抑揚のない声で言う十々瀬さん。
うん、実に未来ある若者らしくない。
実際こんな世の中じゃ未来はあんまりなさげだし、十々瀬さんは元引き篭りのドロップアウターなんだけど。
……でも。
改めて思う。
昨日から今日、十々瀬さんの言動や行動。
そして自分の両親と妹、家族にした対応。頭で“もうダメ”だと分かっていても実際に行動するのは難しい。
そう簡単に割り切れるものじゃないと思う。
でも行動した。割り切った。……たった1人で。
いやいや。
こんな子が何故ゆえ引き籠もりなんてやってたんだ?って話だよマジで。
この精神力&行動力なら何があっても飄々と人生やっていけそうじゃん。
友達とかそんなにいなくても平気そうだし、例えいじめとかに遭っても淡々と対処して切り抜けそう。
アレか。嫌になったとかじゃなく、何か悟った系なのか。
「十々瀬さんは」
そう思ったら、口に出ていた。
「何でしょう」
「強いですね」
我ながらベタな台詞だ。でもまあ、本心。
それが悪いとは言ってない。むしろ好感が持てるくらいだ。そこんトコロは誤解なきよう、
「……ふふっ」
で、返ってきたのは小さな笑い声。
道路に気を配りつつ、助手席を見ると十々瀬さんは微笑んで…いや微笑みには満たないな。
ただ、少しだけ目を細め、口元は微かに綻んでいる。
「いや、冗談じゃなくて」
「すいません。でも……、」
「あと、別に変な意味じゃないですよ?ただ、ええと…いろいろ大変だったのに、しっかりしてるので…」
「いろいろ、ですか。確かに“いろいろ”ありましたね」
「……ええと」
濁して言ったけどトラウマ的な…いやでも自分で普通に喋ってたし。
でも自分で言うのと改めて他人の口から言われるのじゃ違う的なアレかも、
「……」
「……」
若干の沈黙。
やがて十々瀬さんは少し考える素振りをして、「そうですね、」と再び口を開いた。
「馬銜澤さんは、“中二病”ってご存知ですか?」