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イナカオブザデッド  作者: ロボロフ鋤井
STAGE 02:九十九林の集落
13/21

MISSION 02:安全な拠点を設営せよ その3

「思うに、」


薄暗い十々瀬家のキッチン、塩とコショウで味付けされた茹で小松菜?の最後のひとくちを食べ終えた十々瀬さんが言う。

収穫時に言っていた通り、朝食はホットプレートで茹でた小松菜?とミニトマトっていう、平常時だったらダイエット食みたいなのになった。


ダイエット食っていうとヘルシーでプラスな感じを受けるが、生憎俺はシェイプアップしようとは思ってないし、十々瀬さんも……、露出が少なく身体のラインが出にくい服を着ているから憶測だけど、多分痩せる必要性はなさそうだ。

うん、だからダイエット食というよりアレだな、精進料理?それも違うか。


「思うに?」


こちらも最後のミニトマトを口に放り込み、視線で続きを促す。

正直満足度は微妙だが、それなりには腹は満ちた。ほぼ水分だろうけど。


「タンパク質とか脂質とか、足らないものがやはり多いですね」


確かに。

こういう系の野菜じゃビタミンとかは摂れても、タンパク質とかは無理そうだ。脂なんてもっと無理。真逆の存在に等しい。

タンパク質に脂質、あとは確か炭水化物だったっけ?米とかで摂れるのは。

要するにカロリー的なモノが足らない。糖分はまあ、砂糖があるみたいだから今のところセーフか。

確かそのへんの栄養素がカロリー的なアレだった気がする。理科だか生物だかで習ったハズだけど、正直あんまり覚えてない。


「肉とかですか。あと米も?」


頷く十々瀬さん。

足らないとは言いつつも今はこの食事に満足のようで、言葉とは裏腹に表情がちょっと明るい。やはり空腹は敵だな。

もはや見慣れた淀んだ目も、相変わらずハイライトさんは不在なものの、最初より幾分穏やか風味だ。微々たるもんだけど。


「多分、生きていく上では必要になると思うんですが」


というか、かなり早い段階で欲しくなると思う。

米も肉もその他いろんな食べ物も、昨日まで(俺的には)はそのへんに溢れていた。

コンビニ、スーパー、外食すれば基本的に肉がメインで野菜はどっちかというと付け合せ的な立ち位置だっただろう。

それぐらい手軽で、幾らかのカネさえあればいつでも簡単に手に入っていた。


それが一転、ご覧の有様。

例えアタッシュケース一杯のキャッシュがあっても解決しない、実にキビシイ食糧問題到来だ。

どっかの漫画でモヒカンな人が言っていた「カネなんて今じゃケツ拭く紙にもなりゃしねえ!」的なアレが、まさかの現実に。

ベジタリアンな食事も今回はともかく、このメニューで昼も夜も明日も明後日もってのは正直死ねる。


「となると、ハンティング?」


「多分、動物自体はいると思います。何といっても田舎ですから」


獲物はいる。でも狩るのは無理と。

肉の本場、そして銃が日用品な某国とかなら最低限一家に一丁ライフルくらいならあるだろうし(偏見)、休日にハンティングとか珍しくもないはず。

それに彼らは元より狩猟民族だ。荒野のカウボーイだ。

いざとなれば多分、血というか遺伝子というか、そういうアレの赴くままに鹿くらいなら余裕で狩りそうだし、野牛も捕まえそうだし、ワイルドに丸焼きとかで食いそう。


しかしここは銃刀法違反な日本。

銃を持つのは自衛隊に警察、あとは猟友会に、違法なところでは“ヤ”の付く自由業者。

その中でも猟友会くらいしかハンティングなんてやったことがないだろう。

自衛隊も、サバイバル訓練とかならあるかもしれないが……。


「ゾンビを倒した農具で鹿とか猪を狩る…のは無理ですね。勝てなさそうですし、それ以前に普通に逃げられますね」


地方公務員オブザデッドを倒したデルタホーの渾身の一撃が脳天にヒットすれば小鹿くらいならイケそうだが、そこまで接近できるわけがない。

親鹿とかイノシシは接近しても無理っぽい。熊に至っては逆にバラバラにされそう。この辺には生息していないことを祈るのみだ。


「はい。それに大きな動物だと、もしかするとゾンビより危険かもしれないです」


「なら罠みたいなものでウサギとか鳥とか小動物系を……、うん、これも知識がないとダメそうですね」


自作は無理だし、例えプロ用の道具一式があっても使えそうにない。

ザルと棒と紐を使ったシンプルで古典的なヤツなら用意できそうだが、実用的じゃなさそう。

捕まえられたとして、スズメとか小鳥がせいぜいだろうし、暇があったらやってもいいかなレベルか。

捕まえたら捕まえたで、今度はお肉に加工するってエグめの作業が待っているのはまあ、今は考えないことにする。取らぬ狸の何とやらだし。


「肉……、動物から離れて、魚とかならどうですか?」


肉よりは難易度が低そうだ。

ピラニアとかならアレだけど、日本の川、しかも上流にいるようなのでキケンな魚はいないだろうし、調理も動物をヤルよりは全然気が楽なはず。

それにハンティングとは違い、釣りなら俺でも友人とかに誘われて何度かやった事もある。

けっこう昔の話に加え、マトモに釣れた記憶もないけど。


「馬銜澤さんは魚釣り、得意なんですか?」


「釣りなんてアレですよ、テキトー針に餌付けて待ってれば何とかなりますよ。多分」


「……」


「正直、自信があるかと言われたら答えはNOですね。はい、シロートです」


無言の圧力、なんてつもりはなかっただろうけど、淀んだ目でじっと見詰められるのは、思いのほか心にくるモノがある。天然の自白剤か。

早々にシロートなのを白状すると、しかし十々瀬さんは別に落胆した様子も見せなかった。


「私は完全に未経験です。親も釣りはしませんでしたし、道具も多分ないと思います」


「どこかで運良く道具一式が手に入って、かつ釣れそうな川とか見付けたら挑戦してみる、くらいの感じですかね」


ただ、釣れそうと言っても山奥の渓流や、草木の生い茂った場所、足場の悪そうな岩場とかは危険だから却下。見晴らしが良くて安全な場所っていう条件ならだ。

加えて、集中しててゾンビとかの接近に気付かず……ってパターンは有り得そうでアレなんで、1人が釣りしている間はもう1人が周囲を警戒、くらいの保険も必要かも。


うん、釣りもアレだな。

ザルと棒の罠と同じく、条件が整って余裕があったらやってみる程度に考えといた方が良さそうだ。

安定供給はもちろん、それで獲物がとれるかどうかすら微妙なライン。現実的ではない。


「やっぱり缶詰とかレトルトのやつを探すのが一番現実的、でしょうかね」


缶詰なら賞味期限も長いし、開封さえしなければ冷蔵とかしなくても大丈夫なはず。レトルトも同じくだ。

ただ、パンデミくって既に何ヶ月も経ってるらしいし、非常食として誰でも最初に思い付くアイテムゆえにどれだけ残っているか微妙かもしれない。


「米もそうですけど、民家探索はしなきゃいけなさそうです。住人が早めに死んでいてくれたら、多少は残っているかもしれません」


生き残ってれば、または暫く生きていた場合、既に消費されてる可能性が高いからって、他人が早く死んでることを願うとか世も末だ。

ま、パンデミくって実際いろいろ終末感だけど。


それはともかく、やはり民家探索は必須か。

いずれは、とは思っていたけど、食糧事情的にも早々にやらなきゃいけなさそうだ。

しかも、おそらく1軒2軒じゃ済まない。畑の野菜みたいに放っておけばまた生えてくる的な希望は皆無の、消費したら二度と復活しない資源なのだ。


「ですね。ただまあ、簡単には難しいかもしれませんね」


民家探索は危険が伴う。

無人が理想だけど、中にはゾンビがいるかもだし、生存者がいるかもしれない。

どっちにしても危険だ。気軽にお邪魔できない。


「課題は多そうです。でも、やっていかないと」


そう言うと、もう何も乗っていない俺の皿を自分の皿に重ねて持ち上げ、十々瀬さんは片付けに席を立つ。

手伝おうかと思ったけど、使った食器は以上の2枚。

運ぶのも洗うのも人手は必要なさそうだ。


「あぁ、すいませんね。それと、ごちそうさまでした」


「謙遜なしで本当に“お粗末さまでした”、ですね」


「はは、それはまあ、ノーコメントで」


俺の本心バレバレなノーコメント(隠すつもりもないが)を受け、洗い場へと背を向ける十々瀬さん。


食事内容はアレだったし問題は割と山積みな感が否めないけど、それでも悪くはないと思えなくはないような、まあ、何というかそんな雰囲気で、この生活での“はじめての朝食”となったのだった。





時刻はまだまだお昼前。

本来なら会社でパソコンと睨めっこしている時間帯。


新入社員の頃は常に早く家に帰りたいと思っていたものだが、いつからか何も考えずに仕事をするようになっていた。

会社の一員としての自覚というより、慣れとか惰性とかそういう類のヤツだろう。人間もまた環境に適応する生き物なのだ。


……このパンデミくった終末感な世の中でもそうなるのかは、正直まだ分からないけど。




差し込んだキーを一段階、カチリと回す。

目の前のスピードメーター的なやつに明かりが灯り、電子音と共にナビが起動し始める。そして、ガソリンメーターに残量が表示された。


「ガソリンは……半分以上残ってますね。ハイブリットのマークもあったし、多分暫くはイケそうです」


「エンジンは掛かりますか?」


「あんまり乗ってないとダメ的な事は聞きますけど、それは確かバッテリーがどうとかですからね。電源が点いたんで、……やっぱり掛かった。大丈夫、走れますよ」


ブレーキを踏みながらキーをもう一段階回すと、昨日ぶりに聞くエンジン音。

俺としては全然懐かしくもないが、助手席の十々瀬さんにとっては多分、感慨深いだろう。表情は特に変わらなかったが。



――――― あの後。

そういや1軒すでに状況が分かってるお宅があったと思い出し、とりあえず最初の民家探索のターゲットにしようということになった。

この楽設村最端のバス停にあった家、山本家だ。


住人は2名で両方とも(片方は最初から)無力化しており、室内もそこそこ探索済。またルート的にも徒歩で特に問題もなく来れた程度には安全。

まさに最初の民家探索としては最適のチュートリアル的な物件だろう。


「あまり飛ばさずに行きますね。大丈夫だとは思いますけど、何か飛び出してきたり、踏むとパンクするようなモノが落ちてたりするとアレですから」


「私は運転に関しては何もできないので、馬銜澤さんに全部お任せします」


シートベルトをしっかり締めて答える十々瀬さん。

山本家訪問について、この十々瀬家の車を使うことを提案したのは彼女だ。


『 下草 』の山本家。

徒歩でもまあ、行けなくはないが、それなりに時間は掛かるし何より有用なモノを発見しても人力じゃあまり多くは運べない。

加えて前回危惧していた野生動物の脅威を含め、万が一、道中で何かに遭遇しても生身より車のほうが確実に安全だ。

ガソリンの消費とエンジン音によるゾンビホイホイの可能性というマイナスを差し引いても、車を使う選択は悪くないはず。消費だっておそらく距離的にも微々たるもんだ。


ちなみにこの車、どっか外国メーカーのセダンっぽいやつだ。

俺は車に全然詳しくないからアレだけど、割と高級車っぽい気がする。十々瀬さんに何て車か聞いてみたが、「さあ。何て車でしょうね?」との事だった。

ただ、エンジン方式が流行り?のスマート式(ボタン押せば動くタイプ)じゃなく、キーをぶっ差して回す式だったことから、もしかすると古い型とかなのかもしれない。

どうでもいいけど。


後部座席を倒して荷物を置くスペースを多く確保し、空のプラスチック容器やペットボトル、ビニール袋を積み込んだ。

もちろん、いざという時のためのデルタホーとバールも積載済み。例のランタン型ライトと、充電池を入れた懐中電灯も持った。

家の鍵も掛け、お出かけ準備はパーフェクトに問題なし。

エンジン音を聞きつけてゾンビが現れるってこともなかった。


「じゃ、出発です」


アクセルをゆっくりと踏んで車を発進させる。

小川に架かる短い橋を越え、メイン道路へと。左に行けば村の深部ってか役場方面、右に行けば『 下草 』、そしてもっと進めば……。


「………車はちゃんと動きました。燃料もあります。行こうと思えば隣町とかでも行けるかもしれませんね」


他に通る車なんてないのに律儀にも停止線で一時停止すると、十々瀬さんは前を見詰めたまま、呟くように言う。


「ですね」


今朝、車のキーを差し出した時、彼女は俺を“確かめて”いた。

今の言葉にはもう、そういう意図はないだろうし、惑わすつもりもないだろう。ただ純粋に、出来るか出来ないかって可能性を口にしただけだ。

かなりポーカーフェイスで、付き合いだってまだまだペラペラに薄い“相棒”だけど、それくらいは分かる。


そしてもちろん、俺は迷わない。


「ま、行かないですけどね」


運が良ければハイリターン、程度の可能性を求めてハイリスクは冒さない。

当初の予定通り安全な選択を、無難な道を。石橋を叩いて叩いて、結局渡らず引き返す決断も時には必要なのだ。


十々瀬さんはこちらを向くと、「はい」と小さく頷き、微かに笑った。




「最初の探索です。いいものが見付かるといいですね」





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