MISSION 02:安全な拠点を設営せよ その2
頭を砕かれたゾンビは、それきりピクリとも動かなくなった。
あんなに元気いっぱいでお腹から腸をぶらんぶらんさせて動く死体っぷりをアピールしてたのに、今はもう動かない死体。
諸行無常、でも虚しさとかはない。これが、これこそが死体の実に正しい姿なのだ。
「それにしても、誰が何でこんな事をしたんですかね」
デルタホーの刃先に付いた血を地面にこすりつけながら、訊いてみる。
質問、というよりはむしろ、単なる話題提供だ。回答に期待はしていない。
“安心できるカタチ”になったそのゾンビの胴体には、ワイヤー。
この『 九十九林 』で最初に出会った拘束済ゾンビだ。
十々瀬家前であのゾンビを始末し、俺たちはその足でこのゾンビの始末に向かった。
ワイヤーで拘束させてるからよっぽど安全とは思ったんだけど、十々瀬さん曰く「不安の元は、それがほんの僅かな可能性でも排除すべき」との事。
で、別に反対する理由もないってんで、結果、このゾンビは頭蓋骨を陥没させて横たわっている。
「いろいろ想像することはできますけど、答え合わせはできそうにないですね」
返ってきたのは予想通りの回答。
“バールのようなもの”、なんて曖昧なモノでない正真正銘のバールを手にした十々瀬さんは、ゾンビの服でそれに付着した血とか肉片をぐりぐり拭っている。
殺害現場みたいでなかなか酷い絵面だ。かくいう俺もそう変わらないけど。
「でも、やっぱり2人とも役場の人みたいです。ほら、ここ」
バールの先でつつく箇所、作業着の左胸部分に血でドス黒く汚れたマークが見える。
杉の木っぽいロゴマークで、彼女曰く村章らしい。
「役場の職員が、何でまたこんな場所で2人もゾンビしてるんですかね」
疑問は尽きないが、彼女がさっき言ったように謎が解けることはないだろう。
だからこの問いかけにも先はない。
それでも口に出すのは、そこに会話できる相手がいるからだ。
「安否確認とかで村を廻っていたのかもしれません。私もいずれは来るかと思ってましたから。結局来たのは馬銜澤さんでしたけどね」
そういや最初に顔を合わせた時、そんなような事を言ってたような気がしないでもない。
「有り得そうですね。普段は一人暮らしのお年寄りを見回る系の」
「それで、どこかのタイミングでゾンビ化していた誰かに噛まれたとか」
「じゃあこのゾンビを拘束したのはさっきのゾンビかもですね」
「同僚を始末することはできず拘束するに留めておいた、けど自分も結局噛まれてて、または拘束する時に噛まれて、間もなくゾンビ化。……凄く有り得そうです」
「ま、十々瀬さんの言うように答え合わせできないから、どこまでいっても想像なんですが」
想像だけなら何でもできる。
もっとドラマチックなストーリーだって頑張って考えれば思い付くかも知れない。やったって意味はないからやらないけど。
「ですね。とりあえずコレにおいてハッキリしていて、かつ重要なのは、1つ脅威が消えた、っていうことでしょうか」
「それはバッチリ達成ですよ。昨日の時点なんでアレですけど、『 下草 』から十々瀬さんの家まで、出会ったのはこのゾンビ以外だと、例の老夫婦だけですから」
「山本さん夫婦、でしたっけ。いずれ、その2人もどうにかしたいですね」
十々瀬さんは名も無き村役場職員オブザデッドを、相変わらずの淀んだ目で見下ろしながら呟くように言う。
彼女の言う“どうにかする”はイコール始末するってことだ。
その目の威力も相まって、何とも言えない悪役感がにじみ出ている。実際は別に悪人じゃないんだろうけど。
で、件の山本さん夫妻、ハナゑさんは側溝インザデッドだし、達三さんは介護ベッドオンザデッドだ。
正直、脅威はないと思うけど……ワイヤーで拘束されたこのゾンビをもヤッたことだし、ゾンビの数を確実に減らえるのは確かだし、うん、反対はしない。
「………ですが、」
それなりに綺麗になったバールを両手に持ち替え、視線を死体から俺に戻した。
「まずは、お疲れ様です、馬銜澤さん。早速ですけど、次の作業に取り掛かりましょう。……朝食の確保です」
◇
食料の確保。
十々瀬家周辺をウロついていたゾンビを倒したことにより、警戒は必要なもののそれなりに周囲を出歩ける状況になった。
かといって、まばらに見える民家にお邪魔しての食料探しはまだできない。
家の中が確実に無人ならいいが、ひょっとするとゾンビがいるかもしれないし、殺気立った人間が包丁とか握り締めて会敵即殺な覚悟で潜んでいる可能性だってあるのだ。
十々瀬さんが今まで2階の窓から観察していた限りでは、この付近で人の営みっぽい動きとか感じは皆無だったらしいけど、それでも警戒はすべきだろう。
「これ何ですかね?」
「小松菜、だと思います。多分ですけど」
というわけで、富士原家の家庭菜園を荒らす野菜泥棒2名。
番をしていた(?)ゾンビは排除したので盗り放題だ。
お客の畑を荒らすとか、ビジネスマン的に最悪の行為だけど、肝心の富士原さんはクレームしに来ない。
前述に漏れず、富士原家住人もパンデミック後に見た記憶がないと言うことだし、昨晩は暗かったんで分からなかったが、畑には雑草とか伸びていて暫く管理されてないっぽく、やはり長期不在って線が濃厚のようだ。
「虫に食われてますね」
暫定多分小松菜的野菜を摘んでいく。
雑草もそうだけど、虫食いが酷い。売り物にはもちろん、おすそわけにも無理だろう。
虫が食ってるから安全なお野菜です、とか売り文句もあるけど、限度ってモンがある。
「気にしなければ大丈夫ですよ」
遠まわしに大丈夫か伺ってみたら、十々瀬さん割と豪傑な回答。
現代っ子は虫食い野菜とかダメだって思っていたけど平気なのか。ちなみに俺はあんまり気にしないタイプ。
腐ってなけりゃ見た目が多少悪くてもOKだし、食えると言われたらゲテなモノでもイケる自信がある。
てか、冷静に考えるとエビとかカニも海にいる虫みたいなもんだし、ナマコとか冷静に考えなくても血統書付きのグロさだ。
そう思えば大概のモンは食える。まあ、あんまりにもあんまりなモノ(例:ゾンビ肉とか)は無理だけど。
「それはそうですが。いや、十々瀬さんは結構たくましいですね。それとも慣れてるとか」
「慣れてはないですけど、選り好みしていたら餓死一直線ですから。選択肢がないだけっていうやつです」
豪傑気質ではなく、生存にストイックなのか。
まあ、両親への判断とか妹への対処とか、何となく分かる。
「確かに。ところで野菜を採ったはいいですが、料理とか得意なんです?」
「そうですね。材料と器具と環境と、レシピが揃っていれば多分できるかもしれないと思いたいです」
「つまり?」
「正直なところ、得意とか以前にやったことがないです。そもそも引き篭りに料理の腕を期待するのは間違いですよ。馬銜澤さんは料理はできますか?」
「具のないラーメンや焼きそばなら」
一人暮らしも長いし、実際、自炊を考えた事だってあるにはあったが、メンドくさいのと現代社会の便利なお惣菜事情により、結局我が料理スキルは微塵も向上していない。
基本、米だけ炊いておけば後はスーパーとかでおかずを買えば事足りるのだ。
「それは……料理とカウントできるかどうか難しいですね。ちなみに、実はボーイスカウトとかやっていた、なんて事があったりしますか?」
「ボーイスカウトとか映画の中でしか知らないですよ。実際何なんですかね、アレ。スカウトって言うからには、どこかでスカウトされた少年たちがサバイバルを習わされるんでしょうか」
「謎ですよね」
「本当に謎の集団です」
互いに少し笑う。
女性だから料理できるとか、男性だからキャンプ術を会得しているとか、そういうのはもう時代錯誤というわけか。
人にはそれぞれ得手不得手があって、だからみんな違ってみんないい、とかそういう感じ。
うん、そういうことにしておこう。
互いのサバイバルスペックの残念さが確認できたところで、小松菜?もそれなりの量を収穫できた。
まだまだ残っているが、今後のことも考えて全て収穫はしないでおく。
「ホットプレートに水を張って茹でようと思います。生で食べられるかもしれませんけど、念の為に」
「それがいいですね。他にも何か探します?」
砂糖水よりマシとはいえ、朝食が茹で小松菜?だけってのもアレだ。
富士原家の家庭菜園を見回すと、小松菜?が畑の大部分を占めているものの、他にも野菜っぽいものが何種類か植わっている。
見て分かるのはミニトマトと、あれはネギか?いやニラ?…多分どっちかだろう。
「そうですね。栄養バランス、とかは全然分からないので置いておくとしても、何種類かあった方が多分いいですから」
「問題は採り尽くしたら、ですよね。いずれは栽培も視野に入れないとアレですかね」
勿論、農業は未経験だ。
アパートの部屋には観葉植物すら置いてなかったし、植物なんて水やっとけばいいんじゃないの?って程度の認識でいたし、野菜を育てる自信は皆無。
「かもしれません。まあ、それはおいおい考えましょう。とりあえず暫くはここや、他の畑の野菜で凌げそうですし」
田舎の強みだな。
都会でも家庭菜園くらいならあるにはあるけど、建物や人の数に対して少なすぎる。
この楽設村も農業が盛んってわけでもなさそうだが、それでも農地の面積の方が家とかより圧倒的に広いだろう。
そして店に陳列された商品とは違い、ここの野菜は土から生えて生きてるわけだし、すぐに腐って食べられなくなることもない。
備蓄とは違うけど、これはなかなかのアドバンテージだ。
やりようによっては、確かに暫く…ひょっとするとかなりの期間は持つかも。
……。
暫く、か。
ふと思う。
果たしてその“暫く”がどのくらいの期間になるのか。今は想像もつかない。
特に俺たちが選んだルートは、ゾンビのいない安息の地を求めて旅に出ることではなく、ゾンビの謎とかを解明することでもなく、安全な拠点を作って“なるべく長い間、生き永らえる”こと。
恐らく全ルートで最も危険度の少ない選択だろうけど、解決には全く向かわないルートでもある。
ヘタしたらそれこそ最期の時まで、ってことにもなりかねない。むしろ可能性は高そう。
ふむ。
まだ危機感はそんなでもないけど、冷静に考えるとアレな状況だな。
目をやる先には、ミニトマトを若干嬉しそうに収穫する(そういや空腹が限界なんだっけ)十々瀬さん。
その“暫く”を共に過ごす予定の相棒だ。
…うむ。
はてさて、これから一体、どうなるんだろうかね。