MISSION 02:安全な拠点を設営せよ その1
明日はどっちだ!な世界で生きていく上で必要なもの。
衣食住は当然だとして、それは“仲間”だ。
1人では出来ない事も2人いれば何とかなったりする。
作業効率は単純に2倍に…とまではいかなくても、それなりには上がるだろうし、それぞれの得手不得手でフォローし合うことだってできるかもしれない。
それに、やっぱり不安な状況だと1人より多人数の方が安心できる。
ただ、十々瀬さんのセリフじゃないが、人が増えればバカが混じる確率が高くなるってのは確かで、誰がどういう人か把握できないくらいに多人数すぎてもよろしくない。
パニックものの映画とかだと、安全が破綻するのは大抵が内部のイザコザが原因なのだ。リアルとフィクションは違うって言っても、多分コレに関しては合っているだろう。
それは勝手な行動だったり妬みとか愛憎だったり、はたまた良かれと思ってやった行動の末だったり。悪意はもちろん、正義感が原因になったりもする。
例え頭が良くても、そういうのは押し並べて“バカ”と言わざるを得ない。あくまで主観的なアレだけど、人生とは自分の物語。その認識でいいだろう。
要するに、こういう状況下で必要な人材の条件は、単純な頭数より相性。求めるのはスペックよりフィーリングだ。
十々瀬さんは多分、そういう面では悪い人材ではなさそうだ。多分。
……欲を言うなら中学生のお子様より、映画の主人公みたく頼れるナイスガイとか男勝りなパワー系姐御の方が良かったけど。
ま、それは相手も同じだろう。文句は言いっこなしだ。
「で、」
握手の手を離しながら言う。
「協力し合うというお互いの意思確認ができたはいいですが、差し当たってどうしましょう。情報共有はもうあらかた済んでますよね」
ゾンビ映画とかだと何をするんだっけ。
他の生存者を探すとか、ゾンビのいない場所をどーとか、大抵はそんな感じだった。
「それなんですが、実は最初にやりたい事は決まってるんです。本当にもう限界が近かったので、すぐにでも取り掛かりたいです」
「その限界って、」
……くぅ
言いかけたその時、再び聞こえた小さな音。
さっきは分からなかったが、今度はバッチリ察した。察したが、うん、言うべきか?
「この家に残っているのは、調味料だけなんです。非常用に備蓄なんてしてなかったですし、食べ物を節約するのは限界がありましたから」
向こうから何の音かの説明はないまま、でも間接的によく分かる回答をしてくれた。
そりゃ朝食が砂糖水になるわけだ。
OK、腹減って主に腹部から奏でるリズムは健康の証だから、別に恥ずかしがる必要は……別に恥ずかしがってないな。
「ってことは、食料の確保ですかね」
「それも含めて、です。空腹も限界ですし、こうやって平静ぶっていますけど精神的にもわりと限界です。閉じ込めてあるとはいえ、ゾンビになった両親は同じ階の寝室にいるわけですし、外は例のゾンビがいますから」
そりゃそうだ。
いくら肉親だっていっても、リアルモンスター(ゾンビ)ペアレンツじゃ同居は勘弁願いたい。家庭内暴力どころか命がヤバイいし。
かといって“家出”するのも今のご時世じゃ危険だろう。特に外には目に見えてキケンな大人が約1名あうあう徘徊してるわけだし。行き先のアテがないのも致命的。
この家に居続けたのもどっちがマシかを比べた上の消去法な選択だったのだろう。
思えばそんな状況でよくもまあ耐えられたもんだ。俺なら無理だな。発狂する。
「私は“安心”が欲しいです。この家を安心できる場所にしたい。危険や不安を取り払って、まずはここを安心して落ち着ける場所にしたいんです」
「ああ、なるほど、いわゆる拠点ってやつですね」
拠点。
家だったり職場だったり、つまりは拠る場所。
出発地であり帰還する場所であり、休息できるセーフポイントだ。
確かにそれは必要だ。実によく分かる。
しかし。
安息の地を探し求めに出るんじゃなく、ここをその安全な場所にしたいのか。
確かに探索ってのは危険が付き物だし、何だかんだでこの家は今日まで過ごした…、過ごせた“安全”な場所。
加えて勝手知ったる我が家っていうのはそれだけで安心感もあるだろう。
でも、2階には彼女のご両親がゾンビでいらっしゃるとの事。
一応は閉じ込めてあって、今日までその封印は解かれてないようだけど、それはかなりのマイナスポイントだ。
今までの話から察するに、十々瀬さんはゾンビでも家族は一緒に居たいとかいうタイプじゃなさそうだが……。
頷く十々瀬さんに、少し間を置いて再度確認する。
「その拠点としてここを、ですか」
「もちろん、ここが私の家だから、なんていうのじゃないです。ちゃんと推すだけの理由がありますよ」
俺の声色からいろいろ察したのだろう、そして回答も準備万端だったようだ。
彼女は立ち上がると棚に置いてあった電気スタンドを取り、プラグを壁のコンセントに挿した。
「え、電気は止まったって、」
音もなく、電気スタンドに淡い光が灯る。
「太陽光発電です。天気のいい日中限定ですが、少しなら電気が使えます。……衣食住って言いますけど、多分、まず欲しいのは飲み水ですよね。この家のすぐ傍には小川があって、そして電気ケトルが使えます」
「……水か」
それは盲点だったかもしれない。
食べ物は2、3日なら食べなくても何とかなるけど、水はヤバい。
「いくら水の綺麗な田舎でも、小川の水をそのままなんて無理です。ゾンビの隙を見て水を汲んで沸騰させて、それを絶やさないように備蓄してます。……危険ですけど、こればかりはどうしても必要でしたから」
太陽光発電の家ってのはそれなりに見掛ける。
でもアパート暮らしの俺には縁のない話だし、どこをどーいう仕組みで、どんな条件で使えるかなんて微塵も知らない。
でも確か、災害とか起こった後にはよく“停電時でも電気が使える”とか何とか宣伝してた気がしないでもない。
今回のも長期的かつ元に戻るか不明だけど、停電には違いないだろう。面目躍如ってやつか。もしまた世界が平穏を取り戻した暁にはバカ売れするはず。多分。
「なるほど、いや、それなら納得です。確かにここは拠点にするだけのメリットがありますね」
他にも条件のいい太陽光発電の家とかあれば話は別だが、それを探し求めるよりは、確かに今あるココをどうにかした方が楽だし現実的だ。
ただ、そこに彼女の感情は考慮してない。ゾンビ両親とこのまま同居ってのは実にアレな状況だし、その辺はどうなのだろうか。
まあ、それは俺がどうこう言うもんでもないし、よし、とりあえずスルーしとこう。
「はい。でも、それでも別の方法を、と言うのでしたら考えますよ」
そして、もちろん、と続ける。
「もちろん、これはもう馬銜澤さんを試してもいないですし、意見が違うなら決別というつもりもないです。でも、一緒に何かするなら、目的は合わせないといけませんから」
「異議なしですよ。ここを安心して居られる拠点にしましょう」
「良かった。ありがとうございます」
あんまり表情は変わらないものの、そう言う十々瀬さんの声は幾分嬉しそうだった。
若干だけど口元も綻んでいる。
「にしても水ですか。食べ物は思い浮かんだんですけどね。水はそこまで考えなかったです。言われると確かに最重要だ」
「インターネットで見た“ゾンビパニックになったら”という話題で、鉄筋のマンションとかに立てこもれば安全、みたいな意見があったんです。それの反論、というか問題点として誰かが“でも水とかどう調達するの?”って書き込んだのを覚えていたので」
「ああ、それもネットで」
「私の知識とか、殆どそんなものですよ。実際、その問題点を言われるまでは私も普通に立てこもれば大丈夫って意見に同意でしたし」
「……予想ですけど、都会とかだと…いや、都会以外でも結構な数の人が、そうやって立てこもったんじゃないですかね」
「まだネットが生きてる頃ですが、たくさん居たみたいですよ。ペットボトルの水とか保存食とか買い込んで立てこもりを決めた人。鍵を掛けて篭っていれば、身の安全で言えば確かに安全ですから」
うん、実にやっぱり予想通り。
正直、俺だってもしアパートで暮らしてる状況でそうなったらやりそうだ。
「その人たちは?」
「そういう状況になってすぐ、ネットは使えなくなりましたから分からないです。でも、想像は付きます」
「まあ、篭城戦ってのは補給とか援軍とかが来るのが前提の作戦ですもんね」
マンションやらアパートに住んでいるって事は、水も食料も調達は店だ。
でもパンデミくったら外でお買い物なんて無理。通販だって当然無理だろう。そうなれば手持ちの資源でどうにかするしかない。
それで数日中に助けが来たならいいけど、もっと遅くなるor来なかったら悲惨だ。ストックが尽きたら死亡のデスゲーム。
減りゆく水や食料を眺めながら、電気の点かない暗い部屋でなるべくカロリーを消費しないように体育座り。
助けが来ることを切望しつつ、来ない現実と過ぎていくタイムリミットに気分はブルーからブラックへ。
焦燥感、沈黙と孤独の波状攻撃は、より一層死へのカウントダウン的な恐怖を演出してくれること請け合いだ。
身体に入れるモノがあれば出るモノもある。つまり、トイレにも気を付けなきゃならない。
流せなくなったら匂い的にも衛生的にも広くない部屋だと地獄だろう。
で、そんな状況に陥りながらも、今更外には出られない。
出るくらいなら篭城なんてしてないし、その頃になれば同じような境遇の人間が、ゾンビよりキケンな敵になりかねない。
購入できず、生産もできないなら奪うしかないのだ。
うん、そうなったら略奪ヒャッハーに対応できない人は自殺しそう。
そして部屋への篭城を選ぶ人は俺の独断と偏見的に考えて、争い事とかニガテなタイプ。
おそらくだけど、篭城の挙句に絶望し自殺した人は多いんじゃないだろうか。
「ちなみにそれを書き込んだ人はホームセンター推しでした。理由はお察しの通り、大量に何でも揃っているから、です」
「映画とかでも定番ですよね。でも実際はどうかって思いますけど」
定番なだけに、きっと多くの人が思い付き、そこを目指すだろう。
いくら在庫がたくさんあっても、利用者が多くて商品の補充がなければすぐになくなる。
店にモノが溢れているのは補充あってのことであり、商品は無限に沸いて出るものじゃない。
そしてやっぱり、人が多ければバカの混じる率も上がって……。
奪い合いの争いが起こること必至だ。優秀なリーダーでも現れれば…、ダメだな。それでも反抗したりするのが出てきそう。
いや、優秀なリーダーと優秀な仲間がキチンとその他を管理して、危険分子を排除していけばワンチャンあるかも。
「…っと、話が少し脱線してきました。すみません、戻しましょうか」
「ええと、ここを拠点にする、は決まったとして。そう、具体的に何から取り掛かるかですよね。やっぱそうなると、まずはアレですか」
十々瀬さんは安心が欲しいと言った。
てことは、まず取り掛かるべきは危険の排除。となれば答えは出ている。
「はい。最初に表のゾンビを始末したいと思います」
決然と淡々と、瞳は相変わらず淀んでるけど、その回答は淀みなく。
にしても、やっつけるとかじゃなく始末ときたか。やっぱり十々瀬さん、いちいち言葉選びがアレな子だ。
俺は頷くと席を立った。
思い立ったが吉日、彼女もすぐにやりたいって言ってたし、やるならさっさとやるべきだろう。
俺の体力も彼女と違ってまだ充実してるし、コンディション的にも行動するなら今だ。
危険な事はなるべくしたくないし、怖いのもキモいのも嫌だけど、そうも言ってられない。
……それに、このままだと俺も朝食が砂糖水になりそうだし。
「ですね。じゃあ、ちゃちゃっとやっちゃいますか」
◇
作戦は至ってシンプルだ。
まず、ゾンビを道路上へ誘導。これは十々瀬さんが2階から道路に茶碗を投げ、音で引き付ける。道路に散らばっていた陶器の欠片の理由はコレだったようだ。
で、俺がゾンビにダッシュで近付き、手にした得物で相手の脚をフルスイング。
機動力を奪い、後は十々瀬さんとフルボッコリンチアタックにて彼を“安心できるカタチ”に加工する。
ちなみに“安心できるカタチ”ってのは、十々瀬さんの談。
動く死体なゾンビを殺すには、頭部の切断か破壊が必要なようで、まあ、そうするって事。
例の妹さんもちゃんとそうやって加工しといたそうだ。実にワイルド。
道路上なら何かに躓いてコケるっていう、ゾンビものに限らず映画とかでよく見るありがちなシチュエーションになる心配も少ないし、ゾンビの限界が早歩きに対してこちらはダッシュ可能。
十々瀬家への退路も、玄関に加えて今回は勝手口も確保済みだ。そしてゾンビは学習能力とかないみたいなので、失敗しても再トライできる。
玄関のドアノブに手を掛け、もう片手には十々瀬さんが家の外にある物置から持ってきたという“デルタホー”とかいう農具。
1mちょっとの木製の柄の先に三角の刃が付いた、草取りに便利そうなアイテムだ。ちなみに値札が貼られたままになっており、お値段3,480円。
これが安いのか高いのか相場なのかよく分からないが、武器的に考えてL型レンチよりも優れているのは間違いないだろう。
「………」
息を殺してドアスコープから道路を見る。
ゾンビの姿は見えない。
ガシャンという茶碗の割れる音。作戦開始だ。
しかしゾンビの姿は見えない。
「………」
もう一度、ガシャンという音。今度はガラスっぽかった。コップでも投げたのだろうか。
しかしゾンビの姿は見えない。
「………」
ほう、これはなかなか焦らしなさる。
さっさと現れるか、もう二度と現れないかどっちかにして欲しい。
ゾンビでしかも優柔不断とか、もうアレだ。いいとこゼロ。
全く本当に、
……来た!!
昨日はそれどころじゃなかったんで分からなかったが、格好は倉庫でワイヤーに繋がれていたおっさんとお揃いっぽい。
同じ会社の作業員なのかもしれない。……どうでもいいけど。
ドアを開き、そのままダッシュ。
一気にゾンビに近付いて、その足に向けデルタホーを思いっきり振り抜いた。
柄から手に嫌な感触が伝わり、しかしそれは確かな手応え。左足の脛的な場所を叩き折られたゾンビは、バランスを崩して仰向けに転倒する。
俺はデルタホーを振り上げ、
………コレが無傷な顔なら迷ったかも、とか思いながら、
視界の隅に玄関から出てくる十々瀬さんを映しつつ、
ゾンビのスプラッタフェイスに、三角の刃を振り下ろしたのだった。