MISSION 01:生存者を見付け出し合流せよ その6
しょっぱなから十々瀬さんフルスロットル。
俺若干困惑、しかし平静を保つ年長者の余裕。
「この村には、半年くらい前に越してきたんです」
「完全(?)な村の人じゃなかったんですね」
「はい。妹の体が弱かったので空気の綺麗な田舎にって両親が。それまでも色々な場所を転々としてました。転校した回数は、ちょっと自慢できるくらいです」
でも全然自慢げじゃない。
「お陰で親しい友達とかゼロです、友達作ってもどうせまた転校だから作る気もなくなりましたし、今年だって高校受験なのに……家族は一緒?お姉ちゃんだからって何?何でいつも………、っとすいません。とにかく、いろいろあって私はいつからか登校拒否の引き篭りになりました」
「……」
なんてコメントすりゃいいんだよ。
同情、はしなくもないけど、してもらっても嬉しくないだろうし、かと言って意見を言うのも違う気がする。
そういうデリケートな問題はメンドくさいから関わりたくないのが本音だ。
うん、余計な相の手とかせずに黙って話を聞こう。
「一日中パソコンの前にいましたから、ゾンビ関係のことも、世間の話題に上ってくる前からそれなりに知ってました。同じような人たちが立てた“リアルゾンビパニックが来たらどうする?”みたいなスレも覗いて…、多分、今私が生きている何割かはそのお陰ですね」
昨日の話の情報源はそれらか。
ネットサーフィンも侮れない。
「2ヶ月くらい前です。父が夜、軽い怪我をして帰ってきました。何でも駅で暴れだした人に引っ掻かれたそうで。それを手当して、普通にお風呂に入って、寝室へ。嫌な予感はしたんですけど、あれです、“自分のところは大丈夫だろう”という何の根拠もない自信みたいなの。加えて家族とは険悪でしたので、まあ、そういうことです」
分かる。
自分は大丈夫っていう謎自信。
ダメな時はダメで、死ぬときは死ぬんだけど、それが“今”だとは微塵も思わない心理。
「夜中に母の悲鳴が聞こえて、……私は両親の寝室のドアを封鎖しました」
「封鎖……」
「ドアを開けもせずに廊下にあった戸棚とかでバリケートみたいなのを。起きてきた妹は喚いてましたけど、最善手だったと思います。それから警察へ電話したんですが、結局、朝になっても誰も来ませんでした」
「その頃は電話自体は通じたんです?」
「一応まだ。繋がりにくかったですけどね。……父が“駅で引っ掻かれた”っていう時点でお察しです。こういう田舎の末端ならともかく、町部の交通網は便利ですから」
電車は1日あれば国内なら多分どこでも行けるし、車があれば道路が続く限り進んで行ける。
夜中にゾンビ化したってのもあんまり救いにはならないだろう。
夜は大多数のヒトにとって家にこもって寝る時間だけど、歓楽街へGO!ってヒトや、そこからお仕事本番な職業だって少なくはない。
俺だって夜中の2時くらいまでは何だかんだで起きてるし、コンビニだって行く。
「そこから本格的にサバイバルスタートです」
日常から突然に、何の準備も、覚悟もなくですよ?と、十々瀬さんは肩をすくめてみせる。
「うちはあまり親戚付き合いとかなかったですし、そもそも私に大人のあれこれは分かりませんでした。友達もいない不登校の引き篭りですから、学校関係も全滅で、ご近所付き合いとかも中学生が分かるのかって話です。つまり、両親がいなくなった時点で十々瀬家は孤立無援の状態になりました」
一応職場や古い友人とかいるだけ俺の方がマシなようだ。
……いや。でも、多分そこまでは変わらない。
職場は仕事以外で支えになるようなモンでもないし、古い友人らにはそれぞれの家族やら大切な相手やらがいるだろう。
俺の優先順位はおそらくかなり低いから、助けてって言っても助けてくれる確率は低い。
それが危機的状況なら尚更。
「バスで村役場へとか、町へとかも思いましたが、結局家から動けませんでした。どこかへ行こうにもアテがなかったですし、妹の調子も悪かったですし、……実際は私の性格でそこまで行動的にはなれなかったというのが大きいですけど」
「まあ、アレですね。そこでアグレッシブに行動するのは難しいですよ。自分も多分、そういう状況だったらしばらくは途方に暮れてるだけだと思いますし。仕方ないと思いますよ」
俺なら多分、現実逃避して普通に出社するだろう。
それで会社がやってれば仕事をし、休みだったら改めて途方に暮れる。
社畜とは案外脆い生き物なのだ。
フォローというには些かアレだったが、彼女は、ありがとうございます、と口元だけ微かに笑みを造った。
そしてコップに残った水……じゃなくて砂糖水という名の朝食を飲み干す。
「………ですが、行動しなくても、時間は過ぎて行きますし状況は変わっていきます。バスは程なくして来なくなり、電話も繋がらなくなりました。現実、選択肢は選択しないでいると消えていくんですね」
空になったコップに視線を落として言う十々瀬さん。
実に耳に痛い言葉だ。
そう、放っておいて事態が好転するってコトは無きに等しい。むしろ悪化するってのが今までの経験から導き出した真理だ。
「それから電気、水道と順調に止まり、1週間も経たないうちに妹がいろいろ限界になりました。で、私が目を離した隙に両親の寝室へ入ろうとして……。こじ開けたドアの隙間から引っ掻かれて我に返ったみたいですが、後の祭りです」
彼女の妹にしてみれば、両親を助けもせずに寝室に閉じ込めた、仲の良くない姉との突然の2人暮らし。
しかもライフラインが次々止まっていく極限な状況ともなれば、そういう衝動に駆られるのも無理ないかもしれない。
気持ちはまあ、分からなくはないが……。
「手当して休ませて、看病というかたちで目を離さないように監視しました。で、やっぱりゾンビ化したので階段へ誘導して転がり落ちたところを金槌で。仲は良くなかったけど、憎んでまではいなかったので、それなりにキツかったです」
とか言いながらも別に口調は変わらない。
てかゾンビ化した妹を撲殺って、それは“それなりにキツい”程度のレベルだろうか。
もう何年も会ってない姉で想像してみようとしたが……想像できなかった。
「それからは私1人です。いろいろやりくりしながら今に至ります。………ここまでが、昨日の話の続き、この家の現状と私の経緯です」
そして、と彼女は顔を上げる。
「そして、ここからが“本題”です。もう、これでいくつか不審に思われてますよね?何で今まで家族のことを隠してたとか、いろいろ」
「……それは割と察してますよ。アレですよね?相手がどういう人間か分からないのに手の内を晒すのはNGっていう」
こくりと頷く。
まあ、そりゃそうだろう。しらないオジさん…俺はまだお兄さんだが、とにかく知らない人に対して警戒するのは当然だ。
平和な時でもそうなんだから、こんな異常事態の真っ只中なら尚更だろう。
怒らないで聞いて欲しい、ってのはそういう隠し事をしていたってコトに対してか。
なら別に問題ない。怒るどころか気を悪くもしない。
まあ、ヒトによっては「オレを疑うなんて生意気な!」とか憤るのもいるかもしれないが、俺としては逆に高評価だ。
中学生なのに実にしっかりしているじゃーないですか。
「隠し事なんて誰でもいくつかは持ってるものですし、別に気にしないですよ」
俺だって不利なことは隠すし。
十々瀬さんに対しては別に隠して不利になることもないんで隠し事はないけど、それはそれだ。
「馬銜澤さんが“ダメ”だったら見捨てるつもりだった、と言っても…ですか?」
うん?
よし、何か他にもありそうだ。
しかし何だ、この子はその、なかなかズバっと言うね。オブラートなんて軟弱なものは使わないという剛の者な精神か。
「ダメ、というと?」
「まず、感染しているかどうか試しました。怪我を聞いて、隠しているかどうか確かめるために薬があるとか嘘も言いました」
それだ、ゾンビ何とか薬。
治療法はないとか言ってたのに、最初に会った時に使うかどうか聞いてきた薬。
昨日寝る前にも疑問に思ってたんだった。
……ん?ってことはアレか。
「あの時、薬を欲しがったらアウトだったってことです?薬自体もやっぱり?」
「はい、そんな薬はないです。欲しいと言われたら、適当な軟膏とか渡すつもりでした」
「で、ゾンビになったら始末すると」
「ゾンビになる前に、一旦“死ぬ”のを妹の件で知っていましたから、その隙にやろうかなって」
警戒されてたってレベルじゃないな。
ダメだったら殺そうとさえ思われてたってことか。
確かに単なる隠し事より悪印象な告白だろう。尤も、やはり俺的には逆に高評価。
「なるほど。でもやっぱり気にしませんよ。むしろ感心しましたよ」
「………」
「それに自分で言うのも何ですが、わたしは正直怪しすぎたでしょうし、それなのに色々教えていただけたってので、逆に改めて感謝ですよ」
感染してなくても、俺が彼女に話した自分の経緯はそれだけで怪しさ爆発だっただろう。、絶賛警戒中だった彼女が何でそれをスルーしたのか、そっちの方が疑問だ。
「確かに、馬銜澤さんは予想外でしたね」
十々瀬さんはそう言って少しだけ笑う。
「気が狂ってしまってるのかもと思ったのは確かです。でも、馬銜澤さんは少しだけ混乱したものの、すぐ冷静になりました。あの状況でああいう対応ができるなら、多少は経緯が怪しくても話す価値はあります」
「正直、助かりましたよ。変人だと思われて適当にあしらわれてたら詰んでました」
「それに、私にも予想外にメリットがありましたから。お聞きしましたよね、“謎を解明したいか”って。あれは、馬銜澤さんがこの状況でどういう目的を持って動くか探ったんです」
あの答えはNOだった。
ゾンビの謎も、ずれた日にちの謎も正直どうでもいい。…まあ、分かるにこしたとこはないけど、それを第一目的としたいとは思わない。
パンデミくってる世の中なら、第一目的は“生きること”一択だろう。常識的に考えて。
他は余裕が出来てからでいい。
「解明したいと言ってたら?」
「“頑張ってください”と車のキーを渡しました」
なるほど。
ソレは彼女の期待するものではないと。そして、そうだとしたらソレに付き合うつもりも全くなかったと。
「ということは、車のキーはやっぱりダウトってわけですね。家族とかの事を訊いたのも?」
「はい。同じです。そういう相手がいる人かどうか探りました」
「いる人だったら?」
「なら用はないので、やっぱり“じゃあ早く行ってあげてください”とキーを」
「ちなみに車を使って町に戻ったとして、十々瀬さんはどうなると思ってます?」
「多分、もうここには戻って来ないと思うので、どうでもいいかなと」
それもそうか。
助かるにせよ、ゾンビや生存者に襲われて死ぬにせよ、目的が謎の解明や大切な人を探すことなら村へ戻る可能性は皆無。
何かあったとして、十々瀬さんには車を借りたっていう恩は残っても恨みなんてないわけだし、逆恨みでの村カムバックって心配もないだろう。
しかし、ふむ。
普通に話していたようで、いろいろ探られて…というか、試されていたってわけか。
で、選択肢を間違えていたらサヨウナラだったと。
全くオブラートに包まない、無駄に正直な告白。しかも相手は一回りも年の離れた、いわゆる中坊。
確かに、怒る人なら怒るかも知れない。
怒る人なら。
生憎、俺にはそういう無駄なプライドはない。
全くないってわけじゃないけど、生き死にとか関わってるならプライドなんてポイだ。
「……気を悪くされましたよね?」
「いや特に。しっかりしてていいんじゃないですか。それより今現在、どう評価されてるのか教えて欲しいです。聞いた限りたど、悪くはないかなって思うんですが」
そう答えると、十々瀬さんは微かに目を見開いた。
そして小さく溜息のような息を吐き………、くぅ、とどこかでナニか小さな音が聞こえた。
……ん?何だ今の、
「評価、ですか。そうですね、実は今この時点まで試してました。それも加えて、多分、馬銜澤さんは理想的です」
え?何それ告白?
しかし残念ながら、わたくしロリコンではないのですよ。……って、そういう意味じゃないのは分かってるけど。
「おお、それは良かったです。それで、十々瀬さんがそうまでした理由は何です?」
何となく予想はついた。
今までの会話、経緯、そこから彼女が求めているモノが何かを導き出すのは、頭のよくない俺でも簡単だ。
てか素性調査するってことは要するに、それしかない。
「馬銜澤さん」
「はい」
「お願いがあります。聞き入れてくれたら嬉しいです」
慎重になるのは分かるけど、ちょっとまどろっこしいな。
別に意地悪する気もないし、断るつもりもない。
彼女の求めるモノと、俺が必要だと思うモノは同じ。ならばコレはWIN-WINだ。
ここは年長者的に助け舟を出すか。
「あの、私と、」
「“手を組もう”ってやつですよね?」
あ、セリフ遮っちゃった。
要らない助け舟を出したようだ。
ちょっとの沈黙。
そして。
「“手を組もう”って言うと、悪巧みみたいに聞こえますね」
そう言って手を差し出す十々瀬さん。
「じゃあそっちは何て表現しようとしてました?」
同じく手を差し出す。
「ええと、“一緒に生きていきませんか”と」
握手。
「それもいいですね。でもそのセリフは別の相手と機会に取っておいた方がいいですよ」
「?」
「……あぁ、まあ気にしないでいいです。とにかく、」
まだ聞きたい事も知りたい事も色々あるけれど。それはまあ、おいおいだ。
今は、まずは、とりあえず。
別に示し合わせたわけでもないけど、2人は同時に言った。
言葉自体はよく言うセリフ。でも、意味合いは場合によって全然違う言葉。
それは、単なるはじめましてでも、取引成立のでもない、これから手を組む“相棒”へ向けて。
――――― よろしくお願いします。