壱
壱
『次の世こそ……。
共に生きられる世を……』
阿井輝和平の夢は、いつもそこで終わる。
だが、誰かが泣いていた印象以外は何も覚えていない。
おそらく毎回同じ夢なのだろう、と和平は思っていた。しかし、実際に毎回同じ夢なのかどうかは不明だった。そもそも和平は夢の内容を覚えていなかった。そして、和平自身が所詮夢だと割り切って、ほとんど気にしていなかった。
だから、夢を見ている本人である和平でさえ、毎回同じ夢を見ているかどうか断言は出来なかった。物心がつく頃からずっと続くことなので、夢はこういうモノだという認識で片付けられていた。
ただ、この夢のせいで和平の寝起きはいつも憂鬱だった。
泣いている誰かの感情が流れ込んでくるような感覚。それとも、もっと別の何かの想いか。まるで夢の中の登場人物達の感情とリンクして、和平自身も非常に悲しい気分になる。夢から目覚めた時の気分はとにかく最悪だった。
陰鬱そうに眉間にしわを寄せ、枕元にある眼鏡を取った。
レンズで視界が矯正されて初めて世界がハッキリと形を成す。
寝起き特有の鬱な気分を溜め息にして吐き出す。しかし、この少年の顔から完全に鬱の影は晴れなかった。寝起きに限らず和平は大体憂鬱な気分でいることが多かった。
阿井輝和平。特徴と言えるのは、高校二年になりながらも、未だに中学生にしか見えない小柄な体躯。重力を逆らうように跳ねてしまう癖っ毛。それ以外は特筆するような点は何もないつまらない眼鏡少年だ。身体が小さい分、あまり体育は得意ではないが、かといって勉強が得意という訳ではない。
和平はいつだってつまらない表情をしていて、陳腐で面白味の欠片もない灰色の青春を過ごしていた。心のどこかで特別な何かを望んでいながらも、現実に諦めて怠惰に日々を送る毎日。何の希望も持たず、達観にすら至れない日々を退屈に生きる。
彼は極端な例ではあるが、ほとんどの青少年が彼に近い悩みを抱えている。特別を望みながらも、結局は特別になりきれない。物語の主人公が『普通でありたい』などのたまっているが、あれは彼等自身が特別だから言える台詞だ。普通である者は、『特別でありたい』のが当然なのだ。
しかし、初恋が破れた時、和平は『特別でありたい』という想いを諦めた。
思い通りにならない現実に叩き伏せられて、惰性だけで日常を送ることを選んだ。
「……はぁ、だりぃ……」
今日も気だるい溜め息を吐き、吉高神高校へと向かった。
陰鬱な和平と対照的な清々しい晴天だった。爽やかな朝日を見上げながら、和平は小さく舌打ちをする。日陰者にとって朝日は気持ちのいい物ではないらしい。
和平が住む吉高神市は東北地域にある田舎だった。田舎といって見渡す限り田畑が続くようなものではない。適度に田舎、適度に都会、郊外に行けば山川に囲まれた昔ながらの原風景、駅前に行けば雑居ビルが立ち並ぶ都会らしさもある。ちょうど和平が住む辺りは、昔ながらの武家屋敷が立ち並んでいる地域だった。
「……あっ……」
武家屋敷通りを歩いていると、少し前に和平と同じ吉高神高校に通う女子生徒の姿が見えた。彼女を見た瞬間、和平の胸は締め付けられた。
女子生徒は艶やかな黒髪のポニーテールを左右に揺らしながら、堂々とした様子で歩いていく。挙動一つ一つが研ぎ澄まされ、凛とした武人らしい雰囲気を纏った少女。下手な男より格好いいタイプなので、後輩の女子から異様なまでに人気だった。
彼女の名は、御剣小鈴。
阿井輝和平にとって幼馴染であり初恋の女性だった。
幼馴染といっても仲が良かったのは中学生の頃までだった。思春期になると同時に疎遠となり、今では挨拶どころか目を合わすことも稀だった。
平凡極まりない和平と違い、小鈴は昔から特別な存在だった。勉強もスポーツも常に首位を独走し、他の追随を許さない実力を持った選ばれた存在だった。年齢を重ねるほどに住む世界が違うと思い知らされてきた。
誰よりも近くにいたからこそ小鈴との違いを思い知らされ、和平は淡い想いを抱くことさえ諦めた。
初恋を捨てて、自分は特別でないと認め、世界の色を失った。
「小鈴……」
「……おはよう」
小鈴が挨拶をした相手は、和平ではなかった。
彼女の挨拶は、少し前を歩いていた吉高神高校の友人達に向けられていた
小鈴が声を掛けた友人グループは、男子一人に女子二人。そこに文武両道の御剣小鈴も加わり、四人になって一緒に登校していく。両手に花だった状態に、更に超高級な花束まで放り込まれた。
同じ通学路を歩く男子生徒及び小鈴を慕う後輩女子達が殺気を孕んだ目でグループ唯一の男子を睨み付けた。無論、和平もそんな中の一人だった。
和平は舌打ちをし、嫉妬と羨望の混じった視線で彼等の様子を見つめていた。
「あぁ、おはよう、御剣」
男子生徒は周囲の視線に気付かず、にこやかに小鈴に挨拶を返した。
上坂吐夢、吉高神高校二年。和平と小鈴の同じクラスメイト。取り立てて目立った特徴もなく、飛び抜けたイケメンという訳でもないのに、何故か最近になって一部の美少女にモテ始めた男子。
何故、彼が最近になってモテだしたのかは不明だが、凡人にはない何かを持つ特別な存在なのだろう。小鈴みたいな卓越した才能ではないが、物語の主人公になり得るような特別な何かを持つ者。当たり前のように小鈴の隣にいられる男。
「コリンちゃんだ! おっは~♪」
小鈴をコリンと呼んだのは、吐夢の義理の妹、上坂来夢。明るく活発でクラスの中心にいる人気者で、極度のブラコン。血の繋がらない上、誰に憚ることなく兄ラブと主張する妹。漫画やゲームの中にしかいないと思っていたある意味ファンタジーな存在だ。
そんな義妹を持っている吐夢は周囲の男子勢から大変妬まれていた。しかも、最近は小鈴とも仲良くなり、恋愛フラグだけでなく夜道で刺されるフラグも立てまくっていた。
いつか刺されればいいのに、と和平は心の底から思っていた。
「おはようございます、小鈴」
友人グループ最後の一人は、友衛美優。錯綜する日本文化の中では絶滅が危惧されている大和撫子。小鈴と一番親しく付き合いの長い友人。小鈴の幼馴染であった和平とも面識はあったが、あまり一緒に遊ぶことはなかった。和平にすれば、とても古い知人といったところだ。
最近になって吐夢と一緒にいる姿がよく目撃されるようになった。美優は誰にでも柔らかい物腰で接するが、吐夢に対しては特に贔屓している感があった。
御剣小鈴、上坂来夢、友衛美優の三人はそれぞれ異なった魅力を持ち、吉高神高校でも屈指の人気を誇る美少女達だった。それを一人の男が独占しているというのは、一体どんなファンタジーだというのか。モテモテ君はさぞや愉快で楽しそうだが、傍から見ている方としては不愉快極まりなかった。
和平は忌々しく溜め息を吐きながら、少し離れて小鈴達の様子を窺っていた。
「来夢、コリンちゃんという呼び方は止めろ」
「えぇ~? 何で? 可愛いじゃん? それとも、リンちゃんの方がいい?」
「どっちも止めろ。恥ずかしい」
「でも、一部の後輩からはリン様って慕われてるじゃん?」
「おもに『リン様同盟』と『リン様を影から見守る会』ですね」
「御剣って、本当に後輩に慕われてるよな。何気に面倒見もいいし。でも、来夢には結構厳しいな」
「私は後輩には甘いが、弟子には厳しい」
「差別ッ!?」
「愛の鞭と呼べ」
「ちょっと、コリンちゃん! そういうこと言うと、コリンちゃんを慕っている後輩女子から目の敵にされるんだけど!」
「あぁ、それが目的だからな」
「酷しッ!?」
「特に危険なのは『麗しの御剣先輩に近付く虫を駆逐する会』ですね。無謀にも小鈴に告白してきた男子を始末するのが主な活動内容らしいですから。まぁ、今の標的はおもに吐夢君ですけど」
「……ははは、怖いよ、彼女達は……」
「将足る者は敢えて命じるまでもなく、ただ一言呟くだけで願いを叶える優秀な部下を持つものだからな」
「鬼だよ、この人!」
「失礼なことを言うな。私は鬼より強い」
女三人集まれば姦しい。
男一人を真ん中に美少女達が楽しそうに話していた。
見ていると虚しくなる。和平は深く溜め息を吐いて立ち止まり、小鈴達が見えなくなるまで、一人立ち尽くしていた。
選ばれた特別な存在。そして、そうではない普通でちっぽけな自分。
比べれば比べるほど、考えれば考えるほどに暗澹たる気分になっていく。こんなことを考えている時点で駄目なのだ、何か自分を変える行動をしなければ、とそう思っても身体は動かなかった。
「……小鈴。お前はもう僕のことなんて……」
その日、阿井輝和平は遅刻した。
普通でありたかった。
生まれながらに背負わされた運命を投げ出したい。
鬼祓い、現代においても跳梁跋扈する魑魅魍魎を調伏する者として生まれた御剣小鈴は、自らの宿命を呪っていた。何故、自分だけがこんな非業な運命を背負わされているのか、その理不尽さを嘆いていた。
御剣家は、百鬼夜行の首魁アテルイとその残党を討ち滅ぼすための鬼祓い一族だった。
蝦夷の覇王と謳われた最強の悪鬼アテルイ。千の剣戟を受けても、万の矢雨を受けても、なお討ち果たすことが出来なかった不滅の鬼神。御剣家の始祖の手によって辛うじて封印出来たが、その魂は未だに不滅だった。
だが、アテルイの一番恐ろしさは、その不撓不屈の強さではなかった。
アテルイは全ての魑魅魍魎を束ねる百鬼夜行の首魁だった。その統率力によって、本来なら群れるはずのない物の怪達を束ね、時の朝廷が送りこんだ軍勢を幾度となく退けた。朝廷軍は各々が一騎当千の鬼祓いの武士や陰陽師だったが、アテルイによって統率された百鬼夜行は高度な戦略によって、そのことごとくを返り討ちにしていた。
御剣家の始祖によってアテルイは封印されたが、アテルイが束ねていた魑魅魍魎は未だに滅ぼすことは出来なかった。御剣家の使命は、アテルイが統率していた百鬼夜行を全て調伏することだった。
そして、御剣小鈴には、もう一つ重大な使命を背負わされていた。
小鈴が呪っているのは、御剣家の使命ではなく、小鈴個人に背負わされた使命だった。
「……どうして、どうして私だったんだ……?」
幾度となく問う。
決して答えの出ない問いを何度も自分に問う。
永遠に続く拷問のような自問を繰り返し、どこにもない奇跡の答えを探し続ける。
「カズちゃん……、私は……」
「悪い、御剣! 一匹逃した!」
切迫した少年の声によって、思考の海に溺れていた小鈴は現実の地に這い上げられた。
小鈴の前方には飢えた獣のような悪鬼が迫っていた。
狂った悪鬼は一直線に小鈴の方へと向かってくる。
周囲の風景は吉高神川の河原であったが、普通の吉高神川とは明らかに違っていた。周囲がまるで怪物のハラワタの中にいるように真っ赤に染まっていた。
ここは『逢魔の夜』と呼ばれる赤黒い靄に包まれた鬼の領域。
現実世界と隣り合わせとなっている異界、鬼の結界の中だった。
妖怪達は人間達を自らの領域に引き込んで殺す。いわゆる神隠しという現象のほとんどが、この逢魔の夜に引き込まれることだった。
小鈴達は妖怪に引き込まれたのではなく、自らの意志でこの領域にいた。
現代においても跳梁跋扈する妖怪達を全て滅ぼす。
それが鬼祓いの使命だった。
「…………」
死装束の上に鬼祓いの白羽織を纏った小鈴は、迫ってくる鬼を見つめる。
今、小鈴が立っている場所は、川沿いの畦道。赤黒い巨躯の鬼は、河川敷から畦道向かって上ってきていた。
鬼にとっては、今の小鈴はただの小娘にしか見えないのだろう。小鈴は鬼祓いの白羽織を纏っていても、霊力の放出を最小に抑え、武器も構えずに棒立ちをしているだけだった。しかも、先程まで考え事に集中して、今になってようやく鬼の接近に気付いた。
容易に殺せる小娘と思って、鬼は小鈴の目の前で剛腕を振り上げた。
小鈴はすっと瞳を閉ざす。
鬼には死を覚悟して目を閉じたように見えただろう。
だが、実際は鬼の考えとは真逆だ。死ぬ覚悟ではなく、殺す覚悟を決めたのだ。
「邪魔だ、消えろ」
小鈴は美しい双眸を開き、つまらなそうに呟く。
鬼はこれから叩き潰れる少女の姿を想像して下卑た笑みを浮かべ、丸太のような剛腕を振り下ろす。だが、鬼は振り下ろすべく腕が無くなっていることに気付いていなかった。それどころか、自身の身体がどれだけバラバラにされていることさえ気付かなかった。
鬼は何が起こったのか理解することなく、血の海へと沈んでいった。
小鈴が何をしたのか。言葉にすれば、非常に簡単だ。
今、彼女が手にしている刀で膾斬りにしただけだった。鬼が斬られたことに気付かないほどに素早く。
だが、先程まで小鈴は何も手にしていなかった。それどころか、刀はおろか武器らしい物を何一つ持っていなかった。では、この淡く輝いている刀はどこから現れたのだろうか。
この刀は、小鈴の霊力によって具現化された物だった。
霊力によって物質を強化する術は数多くあるが、霊力だけで物質を具現化させられる者は少ない。この武具顕現術は、鬼祓いを生業とする御剣家の中でも小鈴しか使えなかった。
そもそも武具顕現術は小鈴が生み出したオリジナルの術だった。しかも、小鈴の膨大な霊力があって初めて可能な術であり、誰にも真似は出来なかった。小鈴は齢十七にして、誰にも真似できない術を生み出せるほどの天才だった。
小鈴はこの武具顕現術を密かに『武霊灯』と呼んでいた。
何故密かに呼んでいるのかというと、以前親友にこの術の名前を打ち明けて笑われたことがあったからだ。
「うわっ……、こりゃ酷い……」
先程切迫した声をあげていた少年、上坂吐夢は原形すら残っていない鬼の死体を見て顔をしかめた。
彼もまた鬼祓いの白羽織を纏っているが、小鈴のように死装束を着込んでいる訳ではなかった。彼が着ていたのは田村車前草の紋が入った黒い紋服だった。白羽織に黒紋服、本来はそれが鬼祓いの正式な装束であるが、小鈴はある時を境から死装束を着込むようになった。
「……酷くない。鬼に情けなど掛ける必要ない」
「いや、だからって、これはやり過ぎだと思うけど……」
吐夢は蒼ざめた顔で呟くが、小鈴に睨まれて口を閉ざした。
「この程度の雑魚を逃すなんて修行が足りない」
「いや、ちょっと油断しちゃってさ……」
「戦いの最中で油断するな、この戯け」
「うぅ……」
上坂吐夢は、御剣小鈴のように鬼祓いの家系に生まれた者ではなかった。
彼は後天的に霊能力、鬼祓いの力に目覚めた存在だった。数週間前、バイト帰りに『逢魔の夜』に迷い込んでしまい、鬼に殺されかけていた時に能力に目覚めたのだ。
絶体絶命のピンチに秘められた能力に覚醒する。
まるで物語の主人公のような少年だった。
そして、能力に目覚めた吐夢は、鬼の気配を察知して駆け付けた御剣小鈴と出会い、彼女の美しさに惚れこんで鬼祓いを目指すようになった。
小鈴は当初、吐夢が鬼祓いになることに反対していた。しかし、色々と紆余曲折があって、仕方なく吐夢を鬼祓い見習いとすることになってしまった。
「うわっ! こりゃ酷い!」
「……兄妹だな、お前達は」
「ふぇ? 何が? っていうか、コリンちゃん、これはやり過ぎじゃない?」
小鈴をコリンと呼ぶ人物は、上坂来夢以外にはいない。
来夢もまた吐夢同様に後天的に能力に目覚めた人物だった。吐夢が鬼祓いになるなら自分もなる、と言い張って今に至る。
巫女装束を可愛らしく改造したような衣装を着て、まるでコスプレイヤーのようにも見えるが、これでも術者としての能力は御剣家の術者以上だった。上坂兄妹の潜在的な力は、一流の鬼祓いに匹敵していた。彼らが鬼祓いになることを断りきれなかった理由の一つに、彼らの優れた才能があった。
「……確かに、これはやりすぎですね。最近、ちょっと様子がおかしいですよ?」
そう言ったのは、正当な巫女装束をした友衛美優だった。
美優の家、友衛家は御剣家と同じく旧くから吉高神地域を守護する鬼祓いの一族だった。美優は幼い頃から小鈴と一緒に修行を積んできた鬼祓いだった。そして、小鈴の武具顕現術の命名を聞いて、それはない、と斬って捨てた厳しい親友。
「そんなことはない。私はいつもと変わらない」
「そうでしょうか? 最近、特に荒れている気がしますけど? もしかして、まだ吐夢君や来夢ちゃんが鬼祓いになったことが気に入りませんか?」
美優の言葉に、吐夢と来夢は不安そうな顔をした。
小鈴は彼等の顔を見て、険しかった表情を少しだけ緩めた。
「……違う、そういうんじゃない。確かに最初は反対していたけど、今は吐夢も来夢のことも認めている」
「じゃあ、荒れている理由は、阿井輝君のことですか?」
「……ッ!?」
小鈴は再び険しい表情に戻り、仲間達に背を向けた。それは言葉にしていないが、明確な肯定と取っていいだろう。
「……阿井輝? 阿井輝和平のこと?」
「あ~、阿井輝って同じクラスのあの根暗っぽい奴?」
事情を知らない上坂兄妹は、ここで何故クラスメイトの名前が出たのか理由がわからなかった。彼らはまだ鬼祓いになったばかりなので、鬼祓いの常識には疎かった。
この吉高神において、阿井輝和平の存在は特別だった。
だが、和平本人はその事実を知らない。
鬼祓いにしか知らない秘密。
「根暗とか言うな。ちょっと口数が少ないだけだ。昔は明るかった」
「昔はって……、昔は仲良かったの?」
「…………あぁ、そうだ。御剣家と阿井輝家は切っても切れぬ関係。生まれた時からの付き合いだ」
「切っても切れぬ関係? 阿井輝も鬼祓いと関係あるのか?」
吐夢は不思議そうに問う。
彼はまだ鬼祓いになって間もないが、和平と関わったことはなかった。それに、和平が鬼祓いという話も聞いていなかった。
「いいえ、阿井輝君は鬼祓いではありません。ですが、御剣家にとって……、この吉高神にとって重要な存在です。……そろそろ吐夢君達にも話しておく必要がありますね。阿井輝君の話は少し長い話になるので、場所を変えましょう。小鈴もいいですか?」
「…………勝手にしろ。やるなら、お前達だけでやれ」
小鈴は仲間達に背を向けたまま、そう言った。彼女の背中からは有無も言わせないプレッシャーがあり、声を掛けることさえはばかられる雰囲気だった。
「御剣……」
吐夢はどこか悲しげな小鈴の背中に手を伸ばしたかったが、今の小鈴に優しくすると逆に傷付けるような気がして、小鈴に触れることは出来なかった。
「お兄ちゃん……」
「吐夢君、戻りましょう……。今は小鈴を一人にしてあげてください……」
「あぁ、わかったよ……」
行き場を失った手を虚しく握りしめ、吐夢は小鈴に背を向けた。しかし、小鈴の様子が気になり、帰る途中で何度も振り返り、彼女の様子を見てしまった。
何故か、心配で堪らなかった。普段の彼女なら、何が起こっても大丈夫だと思える凛々しさがあるのに、今の彼女は泣き出しそうな子供のように見えた。吐夢が初めて出会った時の御剣小鈴は、強く美しく完璧だった。それなのに、今は全く別人に見える。
まるで今の小鈴はただの女の子みたいで、彼女を守りたい、と吐夢は強く想った。
だが、吐夢には遠くから小鈴を見つめることしか出来なかった。
「鬼に情けなど……」
小鈴は誰にも聞こえぬ呟きを洩らし、赤黒い靄が晴れていく夜空を見上げた。
晴れた靄の向こうに浮かぶ三日月は、まるで鮮血を啜ったかのように紅く輝いていた。
続




