序
序
「殺すよ……。君が私の幼馴染でも……、君が私の大好きな人でも……」
それは最低の告白だった。
もう私の言葉など届かないと知っている。
だけど、それでも私は君が好きだと伝えたかった。
この手で君を殺してしまう前に、君のことが本当に大好きだったと言いたかった。今更伝えても遅いということはわかっている。だが、それでも君に告白したかった。
ずっとずっと君が大好きだった。
ただ、泣き虫だった君の手を引っ張っていられるだけでよかった。
私はそれだけで幸せだったのに、もう二度とあの日々には戻れなかった。
戻りたい。
あの幸せな日々に戻りたい。
幸せを当たり前のように享受できた日々に戻りたい。
どうして私は鬼祓いに生まれ、君は鬼として生まれてしまったのだろう。互いに殺し合う関係として生まれてしまったのだろう。
私は鬼祓いとしての使命を教えられ、君を殺すためだけに育てられた。
君は鬼を宿すことを教えられず、私が君の監視役と知らずに育ってきた。
この運命は私達が生まれた時から決まっていた。
だから、最初から好きになってはいけなかった。
私は君を好きでいてはいけなかった。
それなのに、私は君を嫌いになることは出来なかった。
この気持ちを止めることが出来なった。
私は愚かだ。そして、無力だ。
どれだけ鬼を殺す力を持っていようと、自分の運命を殺すことは出来ない。
結局、私は鬼祓いとしての自分の運命に逆らえない。
鬼として覚醒してしまった君を放置すれば、多くの人が死ぬことになるだろう。それだけは私の鬼祓いとしての矜持が許さない。
私は鬼祓いとして、人々を守るために君を殺さなければいけない。
だけど、本当に私が守りたいのは……。
「……どうした、鬼祓い? 俺を殺すんじゃなかったのか?」
「君はもう本当に鬼になってしまったんだね……」
「そうだ。あの少年は俺を封じる器として生まれ、それ以外の役割は与えられていなかった。封印が破られた今、我が器だった少年の魂はこの世にもあの世にも存在しない。
我が名はアテルイ。蝦夷の覇王にして、百鬼夜行の首魁。この地の鬼を束ねる王として、汝に問う。……俺を、全ての鬼を駆逐する、それが鬼祓い達の選択か?」
百鬼夜行の首魁アテルイ。
我が先祖が封じた悪鬼羅刹の王。
遥か昔、我が先祖は命懸けでこの忌まわしき悪鬼と戦ったが、想像を絶する強さを持つアテルイを倒すことは叶わず、千年の時を封印することが精一杯だった。
我ら子孫の使命は、いずれ復活する百鬼夜行の首魁を討つための力を蓄えること。
アテルイを殺す方法はただ一つ。黄金の霊刀、破邪王切でアテルイの首を刎ねるしかない。だが、この霊刀を扱うためには特別な資質があり、これまで霊刀を扱える者は現れなかった。我が一族はこの破邪王切を代々受け継ぎ、この霊刀を使える者が生まれるのを待ち続けた。
そして、千年の歳月を経てようやく生まれた破邪王切の適格者が私だった。
破邪王切は何故、よりにもよって私を選んだのだろうか。誰よりもアテルイを殺したくないと思っている私を……。
まさか、それが破邪王切の意志なのだろうか。
殺すために生まれた霊刀も、本当は私と同じで殺したくないと願っているのか。
だとしても、私は鬼祓いとしての生き方を変えられない。
「私達は共に生きていてはならないッ!!」
「そうか、それがお前達の答えか……」
ごめん……。
ごめんね……。
私は誰よりも君が好きだったよ……。
君を殺したら、私も死ぬからね……。
もし、来世があるのなら、その時こそ君と……。