第12話 越の風華・第ニ部 ~契約の箱伝説殺人事件~
越の風華3部作の第二部です。
第一部日本編、第二部西洋編、第三部世界編です。
ギリシア神話、日本神話や歴史に隠された謎を推理小説に仕立てました。ミステリーファンのあなたの推理は・・・?
《大和太郎事件簿・第12話/越の風華・第二部》
〜契約の箱(失われ聖櫃)伝説殺人事件〜
『三ぜん世界一同に開く梅の花、艮の金神の世に成りたぞよ。梅で開いて松で治める、神国の世に成りたぞよ。』 (明治25年旧正月、大本教教祖・出口なお 大本神諭・初発の神勅)
※著者注;
松:大本教では「政治」を意味する。
竹:「竹は害国に備えることである」と出口王仁三郎は言っている。すなわち「武力」の意か?
梅:大本教では「教え」を意味する。
越の風華・第二部;プロローグ
BC1360年頃 古代の地中海沿岸地域
紀元前1360年ころ、現在のエーゲ海にあるサントリニ火山島が3度目の大爆発をした。
大爆発(広島型原爆100万個、ビキニ型水爆1000個分に相当すると推定される)を起こす前から火山噴火は激しさを増し、地中海沿岸地域の空は小さな噴火の噴煙に覆われ、太陽が見えなくなっていた。
サントリニ島の火山灰層はバラ色の軽石が出土する第1層とその上のポゾラナ層と呼ばれる第2・第3層があり、第1層はBC1410年頃のものと推定されている。一方、ポゾラナ層の厚さは40mある。なお、第1層の下には黒い溶岩層が広がっている。サントリニ島の断崖を海側から眺めると断層がはっきりと見える。
イタリア・ポンペイのベズビオス火山の噴火とは異なり、火山灰の中からは人骨などは発見されていない模様で、爆発以前に住民たちは島を脱出していたと推定される。
そして、その大噴火は現在のヨーロッパ、北アフリカ、小アジア(中近東)地域の気候・自然現象、文明に様々な形で影響を及ぼしていた。
例えば、エジプト文明のナイル河流域・テーベ(現ルクソール)では、アメンヘテプ4世が歴代の王が崇拝したアメン・ラー神を排し、太陽神・アテンを唯一神とする宗教改革を断行した。それは、サントリニ大火山島からの噴煙に覆われたエジプト地域では太陽がかすんでしまったため、王は太陽の再出現を願ったからである。
そして、自らの名前をアメンヘテプ(アメン神は満足するの意)からアクエンアテン(アテン神の栄光)に改め、都をナイル下流のアケト・アテン(現テル・アル=アマルナ)に移した。
しかし、改宗から10年くらい後のBC1350年ころ、アクエンアテン王の死によって王位に就いたツタンカーメンは再び多神教であるアメン信仰へ復帰させ、メンフィスに首都を移した。この頃、火山噴火も沈静し、太陽が再出現したからである。
一方、紀元前20世紀ころに発生し、イギリス、スペインからギリシア地域までのヨーロッパに広がっていた巨石文明がBC1350年ころに途絶えてしまう。
現在のフランス大西洋海岸の町・カルナックには最大幅130m、長さ3kmに及ぶ約3000個の列石群が残されている。1個の石が高さ1m〜6mくらいある列石群である。墓石とする説もあるが、メンヒル(立石)だけでなくドルメン(テーブル状組石)などもあり、地下水の霊気などの通路とされるレイラインではないかとの説も唱えられている。そして、その列石群は夏至に太陽が昇ってくる方向に連なっていると謂う。
また、サントリニ島から東方に1000Km離れたアラブ人とイスラエル人が暮らす中近東カナンの地では地震と津波に襲われたようである。現在のシリアとトルコの国境付近にあるウリガト遺跡から発掘された粘土板にはBC1370年頃に地震と津波があったことが書かれているらしい。ウリガト遺跡は地中海に面したミネト・エル・ベイダ(白い入江)と呼ばれる港の近くの丘にあるらしい。エジプトで発見されたアマルナ文書の中にも、この頃、ウガリト(現在のシリア)で大火災があり、町の半分が壊滅した記術が残されているらしい。
『カナン』とは、地中海特産のホネ貝から採れる赤紫色の染料に由来し、『紫の国』を意味する。
ところで、エーゲ海・ミノア文明の中心地であったとされるクレタ島の遺跡・クノッソス宮殿には牛や怪獣グリフィンの壁画が残されている。怪獣グリフィンはスフィンクスの原形とも言われている。
なお、エーゲ海・サントリニ島では火山灰の下からミノア文明のアクロティリ遺跡が発見されている。
サントリニ・クレタ島の人々は他の地域に移住し、カナンの地では『ペリシテ人』と呼ばれ、ユダヤ人と対立したとされている。
※著者注記;
サントリニ島の火山大爆発はBC1360年頃とBC1450年頃、BC1628年の三つの説がある。
BC1360年説はサントリニ島の火山灰層の炭素14法による推定では、第1層に埋もれていた石造家がBC1410年ころのものとされている。すると第2、3層の火山灰は地中海地域での津波を伴った地震があったBC1360年頃(シリアのウガリト粘土板文書)と推定される。
一方、BC1450年説はクレタ島のミノア神殿から出土した容器がナイル川沿いのエジプト遺跡からの出土したBC1500年ころの陶器と同一物と考え、サントリニ噴火をBC1450頃と推定したものである。
BC1628年説は古木の年輪と氷河の分析から、この頃に太陽光線が火山灰に遮られた可能性があり、これがサントリニ大噴火であると推定された。
筆者はBC1360年頃説が一番信ぴょう性があると思っている。
越の風華87;
2013年1月10日(木) ブラッククロス本部の十人会議
「筑紫琴を見つけてゴルゴン三姉妹の一柱であるメドーサを復活させる件は、如何なりましたか?ナンバーセブン計画を成功させるには必須の活動ですが。」とナンバーセブンが訊いた。
「その件に関しては、すでに手を打ちました。現在、筑紫琴を製作させています。そして、ゴルゴンのメドーサを再臨させるためにキプロスとトルコの海峡で実験を行いましょう。メドーサの首へと導いてくれる『円鏡の楯』に相当する機器はすでに製作してあります。」
「誰に筑紫琴の製作を依頼したのですか? また、どのような物を製作させているのですか?」とナンバーセブンが訊いた。
「イタリア・ミラノのバイオリン工房です。宗像大社の葬祭遺跡から出土した五弦の鳶尾琴に似たものを製作させています。2月20日ころに出来上がってきます。メドーサ復活の件はその時にお話ししましょう。ソロモン王が隠した聖櫃が見つかれば、神の力を受けて、歴史ある我が結社・ブラッククロスの悲願である『神の計画による世界統一』は我々の時代に実現が出来るでしょう。ビッグストーンクラブに負ける訳には行きません。
また、先ほど、不幸な緊急連絡がありました。日本の偽似パルテノン神殿に祀られていたアテナ神像が焼け落ちたと云うことです。早急に再製作し、お祀りする指示を出しました。アテナ神像の右手には勝利の女神ニケ神像があります。キプロスとトルコの海峡からメドーサの首が戻ってきた後、一緒に眠っていた勝利の女神ニケ様にも本来の場所に戻っていただかなければなりません。ニケ神霊が帰るべき場所はアテナ神の右手にあるニケ神像でなければなりません。サモトラキ島のニケ像にもどられては『オリーブの栄光』は成立しませんからね。」とナンバーワンが言った。
越の風華88;
2013年1月14日(月) 午後2時 中国、香港島ビクトリア・ピーク(?旗山)
ピークタワーの屋上展望台・スカイテラスからの景色を眺めている他人同士を装いながら、二人の男が背を向けて話している。その近くには他の人はいないが、二人は周囲の状況を確認しながら話している。
「竹下統合幕僚長からの伝言です。ご両親はすこぶる健康、安心されたし、と云うことでした。」
「そうですか、安心しました。」
「尾行者や監視者はこの周辺には見当たりませんね。」と周辺に気を配りながら、旅行者風の男が言った。
「そのようですね。」
「それで、情報は?」と旅行者スタイルの大和太郎が訊いた。
「南キプロスのパフォス市にある『春雷』と云うギリシア人庸兵組織が武器調達を活発化させています。昨年の11月に装甲車50台、トラック50台、機関銃500丁、拳銃1000丁、ロケット砲100門を調達したようです。私の所には機銃を装備した高速艇10隻の注文がありました。更に12月中頃には、水中スピーカとロボットアームを装備した6人乗りの潜水艇2台の追加注文もありました。引き渡し期日は2月23日です。場所はエーゲ海に浮かぶ無人島ですが、『春雷』の庸兵訓練基地があります。漁船などは危険を感じて島には近づかないようです。何の目的で潜水艇が必要なのかは不明です。私が販売する武器は船艇に関するものがほとんどです。私は商船大学を卒業し、造船会社の営業マンもしていましたから、船に関する知識には自信があります。そのため、武器商人の世界では『海洋艇のヤマギワ』として名前が通っています。武器商人の世界ではお互い助け合って仕事をしています。それぞれに得意とする物品の調達ルートを握っているのです。」と香港で、表向きは雑貨商人として山極亮輔を名乗っている的場史朗が言った。
「それで、その『春雷』と云う組織の狙いは何ですか?」
「それが不明です。庸兵組織『春雷』の背後には大きな組織、あるいは国家が依頼人としてあるようです。これだけの武器を調達する費用はかなりですから。このことを自衛隊の情報部が掴んでいればいいのですが。『春雷』自身が調達した武器を使うのか、どこかの組織に流すのかは不明です。」
「『春雷』の背後に居る組織は不明な訳ですか・・・。」
「ええ。中東地域で何かが起きるのかも知れません。『春雷』以外にも中東地域の武装集団が武器調達を活発化させているとの噂も流れてきています。香港地域だけに限りませんが、ロシアの情報部員の活動が最近目立っています。来年にある黒海沿岸のソチでの冬季オリンピックを狙ったテロを防止するため、情報収集をしているようです。黒海に船で侵入するにはトルコのイスタンブール近くの海峡を通過しなくてはなりません。これは、トルコ軍が相手となり、かなりのハードルです。『春雷』の狙いは冬季オリンピックではなく、むしろ、中東のシリア、イスラエル、エジプトのどこかではないかと思われます。」
「キプロス島を支配する狙いでは?」と太郎が言った。
「キプロス島を抑えるにはもっと多くの武器が必要です。国家レベルの軍隊が動かなければならないでしょう。また、そのような事態が発生すれば、欧米が黙っていません。欧米がシリアやイスラエル、イラク、イランなどを攻撃する為なら意味がありますが、中東の動乱を狙うテロ集団がキプロスを抑えてもその戦略的価値は小さいとおもいます。スエズ運河を抑えれば別ですが・・・。」
「北キプロスはトルコ系住民で南キプロスはギリシア系住民が多いと聞いています。この二つの民族間の紛争は沈静しているのですか?」
「現在のところ、落ち着いています。」
越の風華89;海に浮かんでいる死体
2013年2月24日(日) 午前7時ころ 神奈川県葉山町の海岸にある葉山マリーナ埠頭
午前6時ころ、早朝からヨットの整備を行うために葉山マリーナに来た男性がヨットを係留している海面に浮んだ死体を発見した。
110当番通報を受けた神奈川県警察の刑事たちがパトカーで到着し、現場検証を始めていた。
周辺には海を覗き込む野次馬の人垣が出来始め、警察官が整理している。
死体は白人男性で、スーツ、ネクタイ姿のまま、仰向けで海面に浮かんでいる。
海面から引き揚げられた死体のスーツのポケットから写真付きの身分証明証が出てきた。
身分証明証にはアメリカ海軍第7艦隊所属のリチャード・クリントン中尉と書かれている。
「係長、アメリカ海軍に連絡しますか?」と阿木山刑事が言った。
「いや、今、アメさんに来られて現場を掻きまわされては困る。連絡は我々の検証が終わってからで良いだろう。ところで、検死官はいつ到着するのか?」
「ご自宅を6時半ころに出られたそうです。そろそろ到着される頃です。」
「そうか。しかし、溺死かな・・・。」と土田係長が呟いた。
越の風華90;
2013年2月26日(火) 午前10時ころ 神奈川県警察本部・捜査一課
「アメリカ海軍によると被害者のクリントン中尉はノイローゼだったそうだ。そして、アメリカ海軍から自殺で処理したい、との要請が本部長に提出されたとの事だ。死体解剖はせずにアメリカ本土の遺族に遺体返還したいそうだ。アメリカは土葬が基本だからな。気持はわかるが・・・。」と坂上課長が言った。
「またですか。まあ、想定していましたがね。」と土田係長が言った。
「後頭部に打撲痕がありました。あれは致死殺人ですよ。ほんとうにノイローゼだったのかな?」と阿木山刑事が言った。
「本部長はアメリカさんの意向通りに事件を処理するつもりらしい。」と坂上課長が言った。
「警察庁も承認するのですかね・・・。」
「多分な。いつもの通りだよ。」
「また、神奈川県警の士気が落ちますね・・・。しかし、(被)害者の上着の襟の隠しポケットに入っていたSDカードのデータ写真に記録されていたアンコール・ワットの平面図が気になるな。」と土田係長が言った。
「確か、その図面のThe Cruciform Cloister(十字回廊)に赤丸印がしてありましたね。そして、図面の余白にあったAn Elijah’s prophecy(エレミアのある予言)の走り書きは何を意味するのかですね。」と阿木山刑事が言った。
「FBIの捜査官も遺体確認のため現場に来ていたが、自殺処理に納得しているのかな?」と土田係長が呟いた。
越の風華91;
2013年2月26日(火) 皇居の桜田門前にある警察庁庁舎内の応接室
半田警視長、宝達奈巳(青山深雪)、青山東雲、大和太郎の4人が応接セットのソファーに座って話し合っている。
テーブル上には弾武典の姿を大きめに引き伸ばした写真が置かれている。
「これが東雲さんと奈巳さんから依頼のあった弾武典の写真です。弾武典の著書『ザ・修験』の出版社から貰った写真です。社内で記念撮影した時の写真とのことですが、左が出版社の編集長で右側の男が弾武典です。」と半田が言った。
「弾武典は死んでいる可能性があります。」と太郎が付け加えた。
「そうですか。死亡しているのですか・・・。彼の意識がこの地球に残っていれば良いのですが・・・。兎に角、霊視してみましょう。お静かにお願いします。」と奈巳が言った。
奈巳は写真の中の弾武典を見つめながら、自分の脳波の波長を弾武典のそれに合せるべく同調を始めた。
奈巳は写真の上に右手をかざして印を切り、小さな声で何かブツブツと呪文を唱え、胸の前で両手の印を結んだ後、5分くらいの沈黙が続いている。
奈巳は自分が鷺山地区へ行った時に感じたイメージと意識を岐阜市鷺山の天津教岐阜分社地域に集中させた。
そして、奈巳の頭脳には弾武典の意識が感じ取れはじめていた。
奈巳は鷺山地域に残る弾武典の意識波動を見出し、そこからそのほかの弾武典の波動を導き出そうと試みたのである。
「どこかの山中ね。仕込み杖の刀を持った修験装束の山伏たちに襲われたのね。仲間が斬り殺されている。そして、刀を持った山伏たちに囲まれたこの男は舌を噛み切って、意識が亡くなり、そのまま気道閉鎖で窒素死したようね。そして、この男は、今は月の砂漠に居るのね・・・。あら、夜の地球が見えたのね。そして、見えている情景は日本列島。オレンジ色の光が京都から北陸へ走り、そこで2方向に分かれたわ。一方は長野から東京を通り茨城県から青森へ走ったのね。私が十和田湖で見たあの光ね。もう一方は岡山県を通り、真直ぐに九州の大分県までは走ったのね。北斗七星の形を描いたオレンジ色の光。何か意味がありそうね。そして、月島次郎の意味は・・・?『三輪の鳥居』と『月神の呪文』の組み合わせの意図は・・・?高城六郎、月島次郎、風祭武文の3人が『三輪の鳥居』。赤城牛、鈴木虎、藤井兎、中村竜、諸山巳、栗橋馬、山上羊、日野猿、大嶋鳥、土谷犬、酒井猪の11人が『月神の呪文』。なるほど、どちらも真中の人物が要ですか・・・。『三輪の鳥居』は月島次郎。十日戎と初子日を最初に追加して13にすれば『月神の呪文』は諸山巳が真中の7番目になる訳ね。1から13までの真ん中の数字が7ですか。しかも、素数。諸山巳とは、三諸山のこと。それは奈良の三輪山のこと。月島と月神。諸山巳が三輪。お互いがクロスしているのね。そして、月島次郎が岐阜市鷺山の天津教分社に現れる。なるほど、九州佐賀県の生月島と岐阜市鷺山と筑波山が一筋の霊ライン上に乗るのね。筑波女命が月神のアルテミスであるから、月神の霊ラインが三輪の鳥居。諸山巳が三輪神社の三ツ鳥居と云うことね。三輪の祭神・大物主は海を支配する神ポセイドンと云う訳ね。それは日本神話に於いては、海原を納める為に天下ったスサノオ命ということですか。そして、筑波山頂から筑波女命である月神・アルテミスが鹿島神宮の白鹿を射る呪文を唱える訳ですか。その意味は鹿島神宮の神様である建御雷命の出現をなくすこと。月神と鹿島、だから月島ね。建御雷命の何を恐れていたのかしら?しかし、あなたは月神の呪文を唱える前に死んでしまった。また、高城六郎、月島次郎、風祭武文を殺す意図はあなたにはなかった。むしろ、この3人は生きていなければ呪文の意味がない。生月島の隠れキリシタンが願う救世主の再臨が三輪のスサノオの再臨、すなわち復活を生み出すための呪文。ギリシアのアテネの守護神の座をポセイドン神と競い勝利したアテナ神を抑え込むための『月神の呪文』の儀式を岡山県玉野市の工場内に建設した疑似パルテノン神殿で行い、ポセイドン、すなわちスサノオを復活させるのがあなたの狙いなのね。そして、十日戎の意味は戈を立てておく十字架の意味になり、救世主キリストを磔にすることを意味し、救世主の復活を阻止する訳ね。それが、この男、弾武典の考える呪文の意味ですか・・・。伊勢神宮から白山奥宮への霊ラインの事は何も意識にないと云う訳ですか。なるほど・・・。しかし、諏訪大社の上社前宮と西宮市の須佐乃男神社結ぶ霊ラインの事はこの人は何も知らないようですね。」と宝達奈巳は弾武典の意識を感じ取った。
そして、奈巳は自分が感じた弾武典の意識に残る計画を他の3人の男性に話した。
「それでは、誰が諏訪大社と須佐乃男神社で高城六郎氏と風祭武文を殺害することを決めたのですかね?そして、月島次郎も天津教岐阜分社で・・・。」と太郎が言った。
「この件に関して別の映像が見えました。小さな漁船かクルーザーの船室内で白人男性と話し合っている映像でした。日本地図を示しながら弾武典氏がその白人男性に何かを説明していたようです。話の内容は判りませんが、弾武典氏が指さしているのは九州の生月島と岐阜市と筑波山でした。」
「その白人男性はこの男ですか?」と半田警視長が横浜のホテルで若井友恵が死んだ事件に関係したハンス・マルクスの顔写真を見せた。
「違いますわ。」と宝達奈巳がアッサリと言った。
「その男の背後に黒い十字架の影は見えましたか?」と、宝達君広が襲われた事件を思い出した大和太郎が訊いた。
「見えていません。」と奈巳が答えた。
「謎の白人か・・・。しかし、弾武典と関係する白人とすればブラククロスだが・・。ブラククロスの関係者ならば、奈巳さんには黒い十字架の影が見えるはずだが、見えていないのか・・・。諏訪大社・岐阜天津教分社・西宮須佐之男神社を結ぶ霊ラインでの殺人を計画したのはこの白人男なのだろうか・・? 他の人物としたら、誰なのか・・・? その狙いは・・・? 確か、鹿島神宮と諏訪大社を結ぶ霊ラインの延長線上にはエーゲ海のサントリニ島も在ったな・・・?」と太郎は考えを巡らせた。
「その白人のモンタージュを作りたいのですが、今回もご協力いただけますか?」と半田警視長が宝達奈巳に向かって言った。
「ええ、構いませんわ。」と奈巳が言った。
越の風華92;
2013年2月27日(水) 午後3時ころ 東京・溜池のアメリカ大使館の応接室
大和太郎と日本駐在FBI捜査官のジョージ・ギャリソンが話している。
過去の事件の思い出話をした後で、太郎が話を変えた。
「ところで、ご依頼の内容は?」と太郎が訊いた。
「2月24日の日曜日にアメリカ海軍第7艦隊所属の中尉が神奈川県にある葉山マリーナの海面に浮かんで死んでいました。後頭部に打撲痕がありましたが神奈川県警察本部とアメリカ海軍は中尉が自殺したとして事件を処理しました。日本の警察にいろいろと調べられて、アメリカ海軍などの情報が明るみに出ては困りますからね。日本の警察内部には他国の情報部員がうろうろしているようですから。」とギャリソン捜査官が言った。
「その海軍中尉さんのお名前は?」
「リチャード・クリントン中尉です。これが、その顔写真です。」とギャリソンが顔写真を太郎に手渡した。
「年齢は?」
「29歳です。表向きは第7艦隊所属ですが、FBI本部からの情報ではアメリカ海軍情報部の潜入諜報員だったようです。階級は中尉です。海軍の上層部の数人とFBI上層部の数人しかその事を知らされていません。今回、死因究明の指示がFBI本部よりFBI日本駐在部にあり、私の上司と私にその事実が知らされました。」
「海軍のスパイですか・・・。何かを調べていたのですか?」
「アメリカ海軍横須賀基地に潜入している他国や外部組織の情報部員や破壊工作員などを見つけ出す任務に当たっていました。サイバー情報の漏えい防止などは他の捜査部門が行っているようです。」
「アメリカ海軍とFBIは、この中尉さんは殺されたとみている訳ですね。」と太郎が言った。
「この図面がクリントン中尉の上着の隠しポケットに入っていました。この図面は、彼が所持していたSDカードの中に入っていた写真データをプリントしたものです。」と言いながら、ギャリソンがA4サイズのプリント図面を太郎に渡した。
「『十字回廊』に『エレミヤの予言』ですか・・・。この平面図に描かれている場所はどこですか?」と太郎が訊いた。
「アンコール・ワットです。」
「カンボジアにあるアンコール・ワットですか?第一回廊から第三回廊までの三重の回廊に囲まれているのですか・・・。そして、五つの祠堂があるのですか・・・。たしか、石造建築でしたよね。」と図面を見ながら太郎が言った。
「そうです。」
「それで、私の役目は?」と太郎が訊いた。
「私の補佐役です。例によって、日本国内の調査では、土地鑑あり、日本文化が良く判っていて、日本人からいろいろな情報を得ることができる人物が必要です。FBIでは太郎の実力を十分承知しています。もちろん、守秘義務を守れる人物であることも、前回に協力してもらった事件で証明されていますからね。あなたにはクリントン中尉の日本国内での足取り捜査に協力してもらいます。海軍横須賀基地内での操作は私と上司が行います。事情があって、上司の名前はお教えできませんが、了承して下さい。」とギャリソンが言った。
「判りました。」
「報酬は月額150万円です。調査実費に関しては別途請求して下さい。当面3か月の契約です。必要に応じて契約延長をお願いするものとします。」
「ところで、この絵の男性ですが、何か気が付きませんか? これは昨日、警察庁で作成したモンタージュ画ですが。」と太郎が上着の内ポケットから紙きれを取り出し、宝達奈巳が霊視した白人男性の似顔絵を見せた。
「これは・・・。クリントン中尉の顔とそっくりですね。」とギャリソンが驚いたように言った。
「やはり、そう見えますか。」
「この人物は誰ですか?」とギャリソンが訊いた。
「弾武典と云うK国の秘密情報機関KISSの工作員と小さな船で密会をしていた人物の似顔絵です。現在、弾武典はすでに死んでいると思われます。」
「クリントン中尉がKISS要員と密会していた・・・?」
「何か、情報をお持ちかどうかと思いましてお見せしました。」
「クリントン中尉が二重スパイであったとでも・・・?」
「いえ、そう云う意味ではありません。しかし、KISS要員と密会していたとなると、何かの情報入手活動を行っていたと考えられます。その情報入手活動の目的が何であったかをご存じではないかと思いまして。」と太郎が言った。
「そのあたりの情報は海軍からも上司から何も聞かされていません。単に潜入諜報員とだけしか聞かされていません。海軍情報部もすべての情報を我々FBIに開示している訳ではありませんからね。海軍情報部に質問してみます。この似顔絵のコピーを取らして下さい。」とギャリソンが言った。
「ええ、どうぞ。」
越の風華93;
2013年2月28日(木) エーゲ海にある無人島・庸兵組織『春雷』の訓練基地会議室
「これが、ミラノのバイオリン工房に造らせた紫色の光を発する五弦の竪琴です。日本にある鳶尾琴を参考に製作させました。ある日本政府の関係者を通じて、日本の宗像大社にある五弦琴とこの竪琴を添わせて音波を共有する呪術を施し、調律師に音色を合わせさせました。さて、紫の光を発する点だが、アポロン神の神託では紫に光る竪琴を自分で見つけよ、と云うことであった。しかし、その竪琴がすでに存在するとは言われていない。自分で作っても良いと解釈できる。要は紫色の光を発する竪琴の音色でニケは眠るのである。そこで、この竪琴には電池で光る紫色の光源を3か所に取り付けてあります。そして、新しく購入した潜水艇に乗ってキプロスとトルコの海峡に潜り、海底に眠るメドーサの首を探します。早速ですが、3月1日から探索を始めましょう。潜水艇を運ぶためのサルベージ船は準備されていますよね?」とナンバーワンが竪琴を見せながら言った。
「はい。港に準備してあります。」と庸兵組織の男が言った。
「しかし、広い海峡の何処を探せばいいのですか?的を絞らないと、無駄な時間が過ぎてしまいます。」とナンバーセブンが訊いた。
「鹿島神宮ですよ、ナンバーセブン。日本へ行った時、鹿島神宮境内にある要石をあなたも見たでしょう。そして、要石は鹿島灘の見目浦の水中磐座と繋がっています。また、見目浦にはメドーサの分霊が眠っています。」とナンバーワンが言った。
「仰っている意味がよく判りませんが・・・。」とナンバーセブンが言った。
「鹿島神宮は北緯35度58分にあります。そして、その緯度はトルコとキプロスの間を通っています。D大学の藤原教授の話によれば、メドーサの霊魂は鹿島灘の見目浦に眠っている。そして、夢予言者のジーン・ディクソンが霊視した『紫色の光に照らされた、ピラミッド形の頭で黄色と黒の縞模様をした蛇』が東方には知恵があると諭していた話です。この、霊能者ジーン・ディクソンが見た映像の意味を考えれば良いのです。黄色と黒の縞蛇は海蛇です。すなわち、海中磐座に眠る蛇の頭髪を持ったメドーサは荒ぶる神ゴルゴン三姉妹であり、それはエジプトのギーザにある三大ピラミッドの傍に居るスフィンクスです。紫色の光で海底を照らしながら潜水艇を北緯35度58分に沿って走らせれば、アレキサンダー大王が持っていたメドーサの首と霊魂は現れると云うことを、ジーンの霊視映像は意味しているのです。明日は、アメリカ人霊能者のキャサリン・ヘイワード女史に潜水艇に同乗してもらい、神霊メドーサの姿を確認していただきます。」とナンバーワンが言った。
「なるほど、紫色の光を発する竪琴とは、そのような意味があったのですか。しかし、メドーサを見たら我々の体は石に変えられてしまうのでは?」とナンバーセブンが心配そうに言った。
「ペルセウスに首を落とされたメドーサにはその能力はなくなっています。メドーサの首が身体に戻された時、その荒ぶる能力は復活するのです。そして、我々がゴルゴン三姉妹の荒ぶる能力を用いて世界を戦いの昆乱の中に導くのです。そして、その後に我々・ブラッククロスの統一世界が実現するのです。それが、すなわち世界革命であり、神の計画なのです。ローマ法王に関するマラキ予言にある『月の半分』、『太陽の労働』に続く『オリーブの栄光』が実現するのです。」とナンバーワンが言った。
「しかし、首の無いメドーサの身体は何処にあるのでしょう?」とナンバーセブンが訊いた。
「鹿島神宮境内の要石が教えています。要石、あれは目玉です。」
「要石が目玉?」
「要石は一つの眼です。メドーサの身体を持っているのは、一つの眼を三人で共用しているグライアイ三姉妹。ギリシア神話に登場するゴルゴン三姉妹と姉妹の関係にある老女・グライアイ三姉妹です。一つの歯と一つの眼を三姉妹は共用しています。」
「では、グライアイ三姉妹は何処に居るのですか?」
「日本は世界の縮図です。鹿島神宮は、もともとは香島神宮と言いました。香島神宮と香取神宮は一体です。日本地図での香島は世界地図の位置では中国の香港島に相当します。そして、香取神宮はマカオです。かつてイギリスの領地であった香港島にはビクトリア・ピークがあります。ビクトリアとは、二人乗りの4輪馬車を意味します。そして、かつてポルトガルの領地であったマカオには媽閣廟があります。媽閣廟には海を守る女神・阿媽が祀られています。すなわち、香港島とマカオにグライアイ三姉妹が居るのです。たぶん、メドーサの身体は媽閣廟にあるのでしょう。」とナンバーワンが推理した。
「ところでナンバーワン。アポロンの神託である『月の半分』はメドーサの復活予言であり、『オリーブの栄光』は知恵のある女戦士・アテナ神による世界への恵みと平和、すなわち、我々ブラッククロスによる世界守護『パックス・ブラッククロス』の実現でした。しかし『太陽の労働』の意味が判っておらず、計画が立っていませんが・・・?」とナンバーセブンが言った。
「そうです、それが気になります。『太陽の労働』とは太陽が何かの働きをすると云う意味なのですが、何の働きをするのかです。他のメンバーの皆さんは、この件に関して意見がありますか?」とナンバーワンが、この会議に出席しているテンメンバーズたちに訊いた。
「ノストラダムス予言には、『メシアの法は太陽によって引き継がれる。』とあります。メシア、すなわち救世主が現れる手助けをする事が『太陽の労働』と云う意味ではないでしょうか。」とナンバーテンが言った。
「我々は過去、メシアの誕生を防ぐ計画を進めました。東方三博士への13兆円相当国債の提供、ケルビム再現の使いとなる日本女性の拉致(注:鞍馬月光参照)などに失敗しました。我々が打つべき手は何が残っているのでしょう?『太陽の労働』が実現することを防ぐか、或いは、我々の主導する『太陽の労働』を実現させなければなりません。神の計画の実現のために我々が打つべき手は何が残っているのでしょう?」とナンバーワンが訊いた。
「・・・・・。」しばらくの沈黙があった。
「『太陽の労働』の実現は無くとも、最後の『オリーブの栄光』を手にするのは我が結社・ブラッククロスでなければなりません。そのためには世界を混乱に導くゴルゴン三姉妹の復活は我々の手で実現する必要があります。アテナ神が都市国家アテネの守護神となったように、我結社・ブラッククロスが世界を守護するのです。」とナンバーワンが決意を述べた。
越の風華94;メドーサの首を求めて
2013年3月1日(金) キプロス島北部の海底
『円鏡の楯』の役目をさせるための特別に製作した『紫色の光を放つパラボラ鏡面反射板の円形サーチライト』で海底を照らしながら、6人乗り潜水艇が北緯35度58分の海中を西から東へと進んでいる。潜水艇内でハープ演奏家が弾く竪琴の音曲『月光のセレナーデ』が水中スピーカから海中に響き渡っている。
潜水艇内に居るのは、トゥーレ財団のカール・クリューガー、霊能者キャサリン・ヘイワード、ハープ演奏家、操縦士の4人である。
海面を進んでいるサルベージ船と海中にある潜水艇は有線で繋がっている。サルベージ船の操船室では潜水艇からの5秒ごとに発せられる指向性音波を受信し、その位置方向を知ることができる。サルベージ船と潜水艇との距離は有線が繰り出されている長さで測っている。サルベージ船の位置の経緯度はGPS装置で認識し、この経緯度に潜水艇位置情報を加えることによって潜水艇の経緯度を知ることができる。
そして、潜水艇内のスピーカを通じて現在の位置情報がもたらされた。
「現在、潜水艇は目標地点の北緯35度58分、東経32度48分に到達した。」
「こちら潜水艇。現在位置、了解。」
「あれは何んだ。」と、潜水艇の操縦士がサーチライトから放たれる紫光に照らし出された物体を見つけて叫んだ。
ゴツゴツした大きな岩影際の砂地に少し埋もれた状態で横たわる大小二つの物体が見える。
「古代の沈没船の残骸の一部かもしれませんね。軽い材木は朽ちて流され、海底に残されているオリーブオイルなどが入っていた油壺と飲料水用の水甕ではないでしょうか。」といち早く物体の正体を見極めた霊能者・キャサリンが言った。
「水甕か・・・。」と呟いたクリューガーは、D大学の藤原教授が話していた甕依姫の話を思い出していた。
「甕依姫が荒ぶる神・メドーサの心魂を鎮め、改心させたのだったな。しかし、それが事実だとしても、私はメドーサを復活させる。まずは、メドーサの首を見つけることだ。」とクリューガーはあらためて自分の決心を確かめた。
「油壺と水甕を捕獲して下さい。」とクリューガーが言った。
「了解しました。」と言ってから、操縦士は遠隔操作マニピュレータを操り、潜水艇のロボットアームを動かして海底に横たわる油壺と水甕を掴み、捕獲ケースに取り込んだ。
ロボットアームが大きい方の水甕を掴んだ時、黄色と黒の縞模様をした海蛇が中から現れ、岩影に逃げて行った。
越の風華95;メドーサの首の行方
2013年3月1日(金) キプロス島北部の海上のサルベージ船
海面に浮き上がった潜水艇の捕獲ケースから油壺と水甕がサルベージ船の甲板に引き上げられた。
油壺の中から藻のような海草で汚れた一翼の羽根彫刻が出てきた。その汚れを取り除くと、ずっしりと重たい羽根彫刻は黄金に輝いた。それは、長さ20cm、幅4cm、厚さ1cmくらいの大きさの金隗彫刻であった。
そして、水甕からはメドーサの首を模したと思われる直径10cmくらいの大きさの丸く白い大理石彫刻が泥にまみれて出てきた。頭部は蛇の毛髪に彫られている。
「これが、アレキサンダー大王が戦闘防護布に着けていたメドーサの首のレプリカなのか・・・? アテナ神像の胸に飾られていたメドーサの首本体に宿っていた霊魂を分霊し、戦場で身に着けていたという品物か? そして、この黄金の羽根には勝利の女神・ニケの神霊が宿っているのか。いや、ニケの神霊はメドーサの首に宿っているのだったな。アテナ神像の胸に飾られていたメドーサの首本体はこの海域には無いのか・・・? どこにあるのだ・・・?アレキサンダー大王はパルテノン神殿のアテナ神像の胸に飾られていたメドーサの首を何処に隠したのだ・・・? 円鏡楯がメドーサの首のある場所に導いてくれるのだったな・・・。パラボラ鏡面反射板の円形サーチライトでは円鏡楯にはならないか。『円鏡楯とエーゲの海はギリシアの東方にある。エーゲは波のこと。勝利の女神・ニケの心魂はメドーサの首の中にある。』だったな。」とカール・クリューガーはアポロンの神託を思い出していた。
そして、キャサリン・ヘイワードが口を開いた。
「これらの彫像から、神霊の姿は霊視できません。しかし、黄金の羽根彫刻からは強い波動を体に感じます。それが何であるのか、私には判りません。単なる彫刻でないのは確かです。そして、そこにある大理石彫像からは赤紫色のオーラがゆらゆらと立ち昇っているのが見えます。油壺や水甕が海中にある時はこのような波動やオーラは感じなかったのですが・・・。」と不思議そうにキャサリンが言った。
「黄金の羽根彫刻から出ている波動とはどのように感じるのですか?」とクリューガーが訊いた。
「私の体全体を震わせます。私の左手を握ってみてください。」と右手に羽根彫刻を握っているキャサリンが言った。
「何も感じないですが・・・?」とキャサリンの手を握ったクリューガーが言った。
「それでは、このマイクロホンが捕える音を聞いて下さい。」と言って、キャサリンは潜水艇から引き揚げてあったマイクを左手で握り、マイクアンプの電源スイッチを入れ、音量を上げた。
「スー、スー、スー」とスピーカが静かに鳴っている。
「なるほど、眠り声みたいですね。」とクリューガーが言った。
「ところで、メドーサの首を模した大理石の彫像から出ている赤紫色のオーラ。その意味は何ですか?」とクリューガーが訊いた。
「赤紫色のオーラ。それは、新しい生命を意味します。生まれたばかりの赤ん坊が発するオーラの色も赤紫です。」とキャサリンが言った。
「新しい生命か・・・。やはり、メドーサは生まれ変ってしまっているのか・・・。しかし、ゴルゴンのメドーサに戻すことはできるはず。美人であったメドーサを蛇の毛髪を持った怪物ゴルゴンに変身させたアテナ神の力が必要だろう。さて、そのアテナ神も何処に居るのだろう・・・。なんとしても、香港とマカオでゴルゴン三姉妹を復活させるのだ。」とカール・クリューガーは思いを巡らせた。
「ヘイワード女史、その大理石彫像と黄金の羽根彫刻を私の船室へ運んでもらえますか?」とクリューガーが言った。
「ええ、いいわ。」と言ってキャサリンが彫刻と彫像を同時に左右の手に握った。
その時、キャサリンの頭脳に霊視映像が広がった。
その映像は天井から床を見下ろす俯瞰映像であった。
「これは・・・。見えている映像は誰かの意識ね。それも空間に浮かんでいる意識。それは死者の魂・・・。ここは、どこかの宮殿内だわね。今は夜ね。篝火が四隅に置かれているわね。誰かの遺体を運ぶために金泊が張られた黄金の葬送4輪馬車が置かれているのね。高さ3m、幅1.5m、奥行4mくらいかしら。屋根の四隅には黄金で作られた高さ25cmくらいの勝利の女神・二ケ像が立っているところを見ると有名な戦士の葬送馬車らしいわね。直径10cmくらいの円柱16本によって屋根は支えられているので馬車の室内がよく見えるわね。あら、馬車の中に横たわっている遺体を一人の男性が眺めているわね。古代の衣服を着ているところから推察して、時代は紀元前ね。ローマ時代かギリシア時代と云ったところかしら。あら、何か声が聞こえたのかしら・・。周囲を見まわしているわね。何が聞こえているのかしら。この映像意識の人物がこの男性に話しかけているのかしら・・・。とすると、この映像の魂は馬車の中の遺体の主。誰かしら・・・?今、私の手に握られている品はアレキサンダー大王が身に着けていた物品。とすると、この意識はアレキサンダー大王・・・。とすると、ここはBC323年頃のバビロンの宮殿内。遺体はエジプトのミイラと同様に布切れが巻かれているわね。防腐処理を施してあるのね。まだミイラに被せるアレキサンダー大王の仮面や櫃は出来上がっていないのかしら・・。それとも、櫃は別の場所に置かれているのかしら・・。遺体ミイラの胸上にゴルゴンの首を模した大理石彫像と黄金の羽根彫刻が置かれているわね。それが、今、私の手の中にあるのね。そして、足元には大小二つの壺が置かれている。これは、先ほど海底から引き揚げた壺と水甕と同じ形ね。この壺には兜を被った戦士の顔を象った蓋があるけれど、海中から引き揚げた壺には無かったわね。海底に埋もれてしまっていたのかしら。それとも海流に流されたのかしら。まあ、それはそれとして、この壺と水甕の中にあるのはアレキサンダー大王の体から取り出された目玉や内臓類かしら。すると、この二つはカノープスの壺。このカノープスの壺に大理石彫像と黄金の彫刻を入れてキプロスの海に沈められた。それは死んだ大王がこの男性に伝えた遺言だったのかしら?」とキャサリンが思った時、霊視映像は消えた。
船室に入ってからキャサリンはその霊視内容をカール・クリューガーに話した。
「その男はプトレマイオス一世だろう。子供のころからのアレキサンダーの友人であり、将軍であったプトレマイオス。アレキサンダーの遺体を盗んで、エジプトのシワにあるゼウス・アモン神殿に運んだ男だ。アレキサンダーはアモン神殿で『あなたは神の息子』と神託されて喜んだとされている。そして、アレキサンダー自身、シワの神託所に葬られることを望んでいた、とプトレマイオス1世は言っていたらしい。大王の遺体はバビロンからシリアの港に運ばれ、シリアを出た船はアレキサンダーの遺体を葬るギリシア北西の地マケドニアのペラに向かったと誰もが思っていた。しかし、その船はキプロス島の北の海で暴風雨に襲われた。海神ポセイドンの怒りを恐れた船乗りたちは、暴風雨の荒波を鎮めるためにアレキサンダー大王の力を借りようと思いたち、プトレマイオスの制止するのを無視し、ゴルゴンの首を模した大理石彫像と黄金の羽根彫刻をカノープス壺に入れ、アレキサンダー大王の内臓と共に海へ投げ入れたのかもしれないな。あるいは、今しがたヘイワード女史が見た霊視映像の中にあるように、アレキサンダーの魂がプトレマイオスに『キプロスの海中に投げ入れよ』と命じたのかもしれないね。そして、その船はギリシアではなく、北エジプトのリビア高原に面したアレキサンドリアの港へ向かった。この当時、アレキサンドリアの名前を冠した町は世界に70ケ所以上あったとされる。現在、アレキサンドリアの名が残されている町はナイル河の三角州の西端に残されているほか、数か所だけですがね。その船が向ったアレキサンドリアとは現在のエジプトのマトル辺りでしょう。そこから陸路でシワまで遺体は運ばれた。」とカール・クリューガーがキャサリン・ヘイワードに自分の推理を説明した。
「なるほど、シワのアモン神殿にメドーサの首はあるのかも知れないな。アテネのパルテノン神殿に祀られていたアテナ神像の胸元に飾られていたメドーサの首。ゴルゴン退治に向かうペルセウスがアテナ神から授けられた円鏡楯と鎌剣もアレキサンダーの遺体に添えられた可能性もあるか・・? それとも、アレキサンダー大王がエジプト征服を祈願してペルシウムにあったと思われるアモン神殿にメドーサの首を奉納したか・・? ゼウスの子、アテナ。そして、ゼウスを祀るアモン神殿。ゼウス神のシワ、ゼウスの子神のクレタ島、ゼウスの兄弟・ポセイドン神のサントリニ島を結ぶ南北一直線の霊ラインはミノア文明・ギリシア神話の遺産。とすると、ゴルゴンの首が眠る、ギリシアの東方にあるエーゲの海とはゼウスの子・ペルセウスが眠る場所にある訳か・・・?それは、ゼウスの子であるペルセウスが眠る場所と噂されるエジプト北東部・地中海に近いペルシウム遺跡か・・・? エーゲの海ということは、ペルシウム遺跡近くの海岸線の海の中か? それとも、ギリシア神話時代には海中であったが現在は砂漠地帯になると云うことか? いずれにしても、 この海域と同じ経度、すなわち真南にあるペルシウム遺跡にゴルゴンの首はあるのだろうか・・・? アレキサンダー大王は何処にメドーサの首を祀ったのかだな・・・。あのパルテノン神殿のアテナ神像の胸に飾られていたメドーサの首を何処に祀ったのだろうか。
そう、アポロンの神託によれば、アテナ神の円鏡楯がエーゲの海に導いてくれる。そこにゴルゴンの首がある。円鏡楯とエーゲの海はギリシアの東にあるのだったな。
デルフォイに神託を下し給う主なる神は、言葉を語らず、真実を隠さず、ただ印を見せ給う(ヘラクレイトス・BC6世紀)・・・か。
今回の神託では、その印はゼウスとその子・ペルセウス。そして、『お前は私の子種である』とエジプトのシワにあるアモン神殿でアモン(ゼウス)神から神託を請けたアレキサンダー大王の3人と云うことになるか・・・?そして、アレキサンダー大王伝によると、ボイポス(アポロン)神の姿で現れたアモン(ゼウス)神が託宣したのだったな。『プロテウスの島の対岸に名声に輝く町を建設せよ』と。プロテウスの島とは何処にある島なのか・・・?エジプト海岸から見える近しい島などないが・・・。とすると、プロテウスの島が見える岸とは何処になるのだろうか?確か、その島はかつて英雄プロテウスが住んでいた、彼の墓があるパロスと云う名前だったな。また、『その地は、永遠のプルトン(アイオン・プルトニオス)が宰領し、五つの丘の頂きから宇宙を動かしている。』のだったな・・・。その地はギリシアの東にあり、その島はギリシアの東にある島。ギリシアの東にはエーゲ海があると云うことか・・・? 宇宙を動かす五つの丘とは何処にあるのか・・・? アレキサンダー大王が町を建設し、聖域へ通じる門を完成させた時、文字がかかれた碑文石が落ちていた。その碑文石から無数の蛇が出てきて出来上がっていた建物の中に入って行ったのだったな。そして、1年の最初の月の新月の日に聖所を建設した。それは1年の最初の月の25日であった。聖所には生贄を奉げる祭檀があった。と云うことは・・・。」とクリューガーは推理を巡らせた。
※著者注:ペルシウム遺跡・要塞
エジプト・スエズ運河の地中海口側の30km東南東寄りにある歴史的遺跡。
スエズ運河で陸地が分断されていな時代にはペルシア(シリヤ)軍などはここからエジプトに侵入攻撃していた。そのため、古代エジプト時代、この地には長い要塞城壁が設けられた。
日本ではBC525年のペルシア対エジプト戦争の戦場遺跡として有名であるが、BC2000年頃にはエジプト王朝の要塞が築かれている。ペルシウム(Pelusium)の名は古代ギリシア語の都市を意味するPelosに由来すると謂われているが、エジプト・コプト語ではペルアムン(Per・Amun:アモン神の家)と呼ばれている。ギリシャ語名はペルシオン(Pelousion)である。
また、占星術の生みの親であるカルデア人のカルデア語名やユダヤ人のヘブル語名ではSin(道徳的な罪の意)と呼ばれている。
アレキサンダー大王はここからエジプトに侵入し、ペルシア軍を攻略し、エジプトを支配下に置いた。ローマ時代にはアレキサンドリアに次ぐ軍港としての外国から侵入に備える軍事拠点でもあった。
カルナック神殿にあるセティ一世の記録では『ホルス神の道』と呼ばれる要塞とされている。
ホルス神は、冥界の神・オシリスとその妻で死者の保護者神・イシスの子であり、天空の神とされる鳥・ハヤブサの頭部と人間の身体を持つ神である。
余談であるが神殿遺跡に残されているヒエログリフなどの絵文字では、エジプトの神々は人間身体に動物の首頭を持つ姿としいて描かれている。ミノア(クレタ)文明ではミノタウロスという牡牛の首頭をもつ半人半獣が登場する。
ギリシャ神話に登場するゴルゴン退治の英雄ペルセウスとの関係を述べた文献・伝説などは見つかっていないが、歴史的にはかなり古くから村落・都市があった土地と思われる。なお、英雄ペルセウスはゴルゴン・メドーサを退治した後、空飛ぶ馬ペガサスに乗って飛び去ったとされる。また、ペルシア王家の祖先はペルセウスの子とされている。
因みに、アレキサンダー大王が火の海にしたペルシアの神殿都市『ペルセポリス』はギリシア語であり、ペルシア人の都市、あるいはペルセウスの都市と云う意味になる。
※著者注:アレキサンダー大王伝
一般にヨーロッパではアレキサンドロス大王物語と表現されている。
アレキサンドロスの甥であるカリステネスと云う人物はアレキサンドロスの遠征に従軍し、その記録を残した人物とされている。カリステネス作とされる『マケドニアのアレキサンドロスの生涯』の中では、アレキサンダー大王がシシリー島からイタリア・ローマまで遠征したと云う記述が残されている。(第1巻・第29節) (著者;アレキサンダー大王のヨーロッパ遠征の史実は公識に認められていない。ノストラダムスは諸世紀二巻41番の中でペルシア発祥のマスチフ狩猟犬を登場させている。マスチフ犬はアレキサンダー大王がヨーロッパ遠征のときに連れていた軍用犬とされている。)
史実としての記録にはアレキサンダー大王のヨーロッパ遠征は無い。
しかし、カリステネス伝にはアレキサンダー大王がイタリアのローマまで行ったと書かれている。
船でシシリー島に渡り、更にローマに行った。ローマ人は戦わずにアレキサンドロスを迎えたと記している。イタリアから船で戻った地はリビア高原の近くのカルタゴで、そこからシワのアモン神殿を目指したと書かれている。(第1巻・29〜30節)
また、アレキサンダーはエジプトの国王であった呪術が使えるネクナテボンと云う人物の子種とされている。ネクナテボンは神の啓示に従ってエジプト王国がペルシアに滅ぼされるより前にペルシオン(ペルシウム)を通りマケドニア王国のペラに逃れ、マケドニア国王ピリッポスの后であるオリンピアスと密通してアレキサンダーを生ませた人物として描かれている。その啓示した神がエジプトのアモン神ことゼウス神であるとしている。そして、エジプトのシワに遠征したアレキサンダー大王がアモン神殿で『アモン(ゼウス)神の子種である』と云う神託を受けたとされている。(第1巻・第1節〜第30節)(著者;霊的には、ネクナテボンの肉体に憑依したゼウス神がアレキサンダーを産ませたと云うことであろう。)
また、プロテウスの島(パロス島)の対岸にアレキサンドロスの町を建設せよ、とも神託している。
越の風華96;
2013年3月1日(金) 午後1時30分ころ 神奈川県葉山マリーナ周辺
太郎とFBIのジョージ・ギャリソンが死亡したリチャード・クリントン中尉の足取り調査のための訊き込み活動をしている。
そして、二人は葉山マリーナ近くにある日本料理店H茶屋へ昼食を取るために入った。
金曜日であったが店内はほぼ満席であった。
受付横にある待合椅子に座って待たされている間に太郎が受付の女将に近づいた。
「この人物ですが、2月23日の土曜日に、この店に来ていませんかね?」と太郎が受付に居た中年女将にクリントン中尉の写真を見せて訊いてみた。
「先週の土曜日ですね・・・。」と言いながら女将が写真をながめた。
「この方、夕方6時から予約をされていた方ですね。たしか、予約をされたのは日本人女性の方でした。」
「二人で来店したのですか?」
「ええ、この写真の男性と女性のお二人でお見えになりました。」
「その女性の方の名前は判りますか?」
「しばらくお待ちください。」と言いながら女将は予約ノートを調べた。
「確か、5番テーブルへご案内いたしました・・・。お名前はシロヤマ ヤスコ様ですね。」
「シロヤマ ヤスコさんですか。漢字と連絡先は判りますか?」と太郎は手帳にメモをとりながら訊いた。
「個人情報の守秘義務がございますので、それはお教えできません。」と女将が言った。
「実は、この人はアメリカのFBI捜査官です。」と言って、太郎はギャリソンを紹介した。
ギャリソンがFBIの捜査官証を提示し、太朗がこの写真の男性の死亡事件の捜査中であることを話した。
すると、女将は話を続けた。
「お名前の漢字は判りません。連絡先は電話番号だけですが、080−○○○○―○○○○ですね。」
「その二人は日本語で話していたのですか?」
「いいえ。英語でした。私も簡単な英会話はできますから、英語かどうかくらいは判ります。」
「どのような話をしていたか覚えていますか?」
「いいえ、お客様のお話の内容は訊かないようにしておりますから。」
「そうですか・・・。でも、固有名詞とか地名とかは二人の口に出てきませんでしたか・・・?」と太郎は食い下がった。
「固有名詞ですか・・・?」
「何か?」
「さあ、気が付きませんでしたけど・・・。」と女将が言った。
その時、女将が手にしている写真を覗き込んだ仲居の女性が言った。
「この外人さん、先週、そこの葉山マリーナで死んでいた人ですよね。その時間に私も朝の散歩をしていたのですが、死体が発見された現場で、警察が来るまでの間に海面に仰向けに浮かんでいる死体を見ました。左眼の下に大きめの泣き黒子があるのですぐに昨日のお客様だと判りました。その時、警察の方に何か知らないかと訊かれました。」
「何かご存じですか?」と太郎が訊いた。
「うちの店に来られていたお客さんだと、警察の方にはお話しました。」
「二人が話していた内容とか、何か覚えていますか?」
「私、外国語はダメですから、何も判りませんわ。」
「そうですか。」と太郎が残念そうに言った。
「でも、瀬戸内海の話をされていたのじゃないかしら。『しまなみ海道』とかの言葉が聞こえた記憶があります。外国人がペラペラ喋っていても日本の地名などを言うときはゆっくりしゃべるでしょ。それで、聞き取れたので印象に残っています。」
「しまなみ海道、ですか・・・。なるほど、たぶん、広島県と四国・愛媛県を結ぶ瀬戸内海の自動車道ですね。」
「他に何か地名などは覚えていませんか?」
「いえ、それくらいです。」
「そうですか。」
「お酒は飲んでいましたか?」
「お車でのご来店だったようで、ノンアルコールのビールを3本くらいお召し上がりでした。」
「どんな車だったかは判りますか?」
「いえ、駐車場まではお見送りしませんので、判りかねます。」と女将が言った。
「そうですか。どうも、ありがとうございました。」と太郎が言った。
暫らくしてから席が空いたので、女将が太郎とギャリソン二人を中庭の窓際テーブルに案内した。
越の風華97;
2013年3月1日(金) 午後3時ころ JR鎌倉駅前の喫茶店
大和太郎は日本料理店・H茶屋で訊いた電話番号のシロヤマ ヤスコと云う女性に電話した。
太郎が予感した通り、鎌倉に住んでいる巫女の白山泰子であった。
そして、クリントン中尉の事を聞くために鎌倉駅前の喫茶店で会う約束をしていた。
泰子、太郎、ギャリソンの3人は4人掛けのテーブルに座り、英語で話している。
「お元気そうで何よりです。こちらが電話でお話したFBIのギャリソン捜査官です。」と太郎が言った。
ギャリソンが英語で挨拶し、FBI身分証明証を提示した。
「英語会話がお上手ですね。」とギャリソンが訊いた。
「私は女子大学の英文科を卒業しております。大学時代に英会話の勉強もいたしました。また、鎌倉のお寺や神社の観光に来られた外国の方々のガイドを行ったりしておりますから、そこそこの英会話はできます。」と泰子が答えた。
「なるほど。理解できました。」とギャリソンが言った。
「この写真を見てください。」と太郎は言って、クリントン中尉の顔写真を泰子に見せた。
「ええ、この方が先日にH茶屋でお食事をご一緒したトム・マクレガーさんですわ。」
「この人物がトム・マクレガーと名乗ったのですか?」と太郎が訊いた。
「ええ、そうです。」
「この人物はリチャード・クリントンと云って、横須賀にあるアメリカ海軍に所属している海軍中尉です。」と太郎が言った。
「トム・マクレガーは偽名と云うことですの?」と泰子が訊いた。
「少なくとも本名ではありません。」
「そうですか。私は騙されていた訳ですか・・・。」と泰子が呟いた。
「いえ、彼は騙したつもりはなかったと思いますよ。」とギャリソンが言った。
「どう云うことですの?」と泰子が訊いた。
「彼は、特殊な任務に就いており、本名を言う訳にはいかなかったのでしょう。トム・マクレガーが彼にとっての任務上の名前であったと推察できます。」とギャリソンが言った。
「特殊な任務とは?」
「それは、申し上げられません。お許し下さい。」とギャリソンがあやまった。
「それでは、横浜のレッド・シューズプロ社にお勤めと云うのも嘘なのですね。」と泰子が言った。
「横浜のレッド・シューズプロ社に勤めているとクリントン中尉は言っていたのですか・・。」と太郎は、過去の事件を思い出していた。
「それで、お電話では、そのクリントン中尉さんが事故でお亡くなりになったと云うことだったと記憶しておりますが、どういうことですか・・・?」と泰子が訊いた。
「詳細はお話できませんが、先週の日曜日に葉山マリーナでクリントン中尉の遺体が海に浮かんでいました。何かの事件に巻き込まれた可能性があります。前日の土曜日に白山泰子さんが近くの日本料理店でご一緒に食事されていたとの情報を聞きましたので、クリントン中尉のお知り合いとして、少しお話を聞きたいのです。」と太郎が言った。
「どのような事でしょうか?」
「彼とお知り合いになったのはいつごろですか?」と太郎が訊いた。
「昨年の10月に瀬戸内海の大三島に行きました。その前日、大和探偵さんと岡山県玉野市の玉比口羊神社でお会いいたしましたわね。」と泰子が言った。
「ええ。確か、10月15日か16日ころだったと思います。駐車場でお会いしましたね。白山さんは白色のフェラーリにお乗りでした。」と太郎が言った。
「玉比口羊神社に参拝した後、自家用車を運転して広島県の大三島に向かうため県道62号線を西に向かって走っていました。そして、T企業団地口まで来た時でした。企業団地側からクリントン中尉の運転する乗用車が勢いよく県道に飛び出して来て私の運転する車に衝突しそうになりました。私の車のバンパーとクリントンさんのバンパーが少し擦れ、傷が付きましたが、衝突はしませんでした。その時、初めてクリントンさんにお会いたしました。バンパーの修理代をクリントンさんに出して頂くと云うことでその場はお互いの連絡先を確認しただけで別れました。お互い、済ませなければならない用事を抱えているという事情がありましたから。また、それほどの事故では無かったので、警察には届け出ていません。クリントン中尉さんは米軍の横須賀基地に勤務されており、私が鎌倉に住んでいることもあって、お詫びの印と云う事で昨年の12月下旬に横浜のレストランでお食事を御馳走になりました。その御返しと云う事で先日、私が日本料理店にお誘いいたしました。そのお店は時々利用しております。」と白山泰子が言った。
「あなたがクリントン中尉を誘った訳ですか・・・。そうしますと、クリントン中尉と会ったのは、2月23日の土曜日が3回目と云うことでしょうか?」と太郎が訊いた。
「ええ、そう云う事になりますわね。でも、12月の中旬ころ、鎌倉の鶴岡八幡宮でクリントンさんを見かけましたわ。急ぎ足で歩いておられたので特に声はかけませんでしたけれど。そうすると、クリントンさんを見たのは4回と云う事になりますわね。」
「なるほど・・・。ところで、彼は誰かを尾行していたような雰囲気はなかったですか?」
「特にそのようなことは感じ無かったですわ。そうそう、12月下旬にお食事をした時にそのお話をしましたわ。すると、業務の合間に鶴ヶ岡八幡宮を見学しただけだと仰っていましたが、なんとなく違和感はありましたわ。何か秘密にしたい事でもあるのかなと思い、そこでその話は切り上げました。」と泰子が言った。
「そうですか。ふーん。やはり、彼には何か違和感がありましたか・・・。」と太郎が呟いた。
「ところで・・・、クリントンさんと食事をした正確な日ですが・・・、12月19日の水曜日でしたわ。その週の12月13日の木曜日に関東地区神社巫女連絡会が鶴岡八幡宮であり、その会議に出席しています。その時にクリントンさんの姿を境内でお見かけいたしました。」と携帯電話端末に入れてあるスケジュール表の過去データを見ながら、白山泰子が言った。
「そうですか。12月13日と12月19日ですね。ありがとうございます。ところで、あのー、岡山県玉野市でクリントン中尉と白山さんの車が接触した時、クリントン中尉の車が飛び出して来たとの事ですが、かなりスピードが出ていたのですか?」と手帳にメモを録りながら、太郎が訊いた。
「はい。私の側の信号機が赤信号から青信号に変化したので、わたくしは車を発信させたところ、クリントンさんの車が赤信号を無視するように交差点に入ってきました。幸いにも、交叉点は三差路でしたので、お互い、上手く衝突を避けられました。」
「それで、何故にクリントンさんは急ぐ必要があったのですかね、何か聞きましたか?」
「いいえ。何も聞いていません。しかし、私の車が信号待ち停車していた時、別の乗用車が1台企業団地側から走ってきました。その車も青信号から赤信号に変わる直前に国道62号線に入ってきました。でも、その車は普通のスピードでした。たぶん、クリントンさんはその車に着いて行きたかったのでしょう。その時はそう思いました。」
「なるほど・・。でも、その車を追跡していたような風ではなかったですか?」と太郎が訊いた。
「そういう見方もできるかも知れませんわね。私には真相はわかりませんわ。」
「そうですか。ところで、葉山マリーナ近くの日本料理店で食事中には何か変わったことはありませんでしたか?」
「特に何もありませんでしたわ。」
「たとえば、彼の携帯電話が鳴ったような事はありませんでしたか?」
「携帯電話ですか?ああ、ちょっと電話をかけてきますと仰って席を外したことがありましたわ。女将さんに席に案内されてすぐでした。5分くらいで戻って来られました。お店の外に行かれたと思っておりましたが・・・。」
「携帯電話でしたか?」
「携帯電話だと思いましたが、掛けているところは見ておりませんので、確かではありませんわ。お店の受付にあるピンク電話をお使いだったのかも知れませんわね。電話されているところは見ておりませんので。ああ、そう云えば道路を挟んで、お店の向い側にも公衆電話ボックスがありましたわね。」と泰子が言った。
「誰に電話を掛けたのかはお話されましたか?」
「いえ、電話の件の話は何もしておりませんわ。必要以上にプライベートには立ち入るのは失礼だと思っていますから。」
「そうですか。」
「クリントンさんは誰かに殺されたのですか?」と泰子が訊いた。
「現在のところ、はっきりしていません。」
「クリントンさんは情報部の方でしたの?」と泰子が推理して訊いた。
「なぜ、そう思われるのですか?」と太郎が訊いた。
「先ほど、特殊任務と仰しゃったので、そうかなと思っただけです。それに、対人関係には興味がありそうな話ぶりでした。軍人さんと云う雰囲気はなかったですわね。人材派遣のレッド・シューズプロ社の社員の方と云うほうがお似合いですわ。」と泰子が答えた。
「あはっ。白山さんは鋭いですね・・・。」と太郎は頭を掻いた。
「クリントン中尉は海軍情報部に所属していました。」とジョージ・ギャリソンが言った。
「やはり、情報部員ですか・・。それで、事件で・・・。お気の毒に・・。」と泰子が呟いた。
太郎は泰子の話からある人物の姿が頭の中に浮かんでいた。
それは、東松山市のGパークタウンに住んでいた中村竜であった。
「中村竜は疑似パルテノン神殿で黒鵜族に襲われて以後、消息が判らなくなったが、今でも生きているのだろうか?クリントン中尉は中村竜を追いかけていたのではないだろうか?中村竜が横須賀軍港巡りをしながらアメリカ軍基地の動向調査をしていたことはCIAもFBIも知っていた。当然、アメリカ海軍情報部も知っていたはずだ。だから、中村竜を追ってクリントン中尉は岡山県玉野市のT企業団地に現れた。あのAV総業を調べていた可能性が大きいな・・・。これは。ギャリソンにアメリカ海軍から情報を聞き出してもらう必要がありそうだな。しかし、12月13日に鶴岡八幡宮でクリントン中尉が追いかけていた人物が居たとして、それは誰だろう?やはり、中村竜なのだろうか?中村竜が関係していたT企業団地にあるAV総業の工場内には偽似パルテノン神殿があった。古代ギリシアの神話か・・・。そう云えば、12月12日にカナダのトゥーレ財団の人物たちが京都D大学の藤原教授を訪問していたな。古代ギリシア神話に登場する極北の島・トゥーレ。その人物たちはパルテノン神殿に祀られていたアテナ神像と勝利の女神ニケ、そしてメドーサの首に興味を示していたのだったな・・・。12月13日に鶴岡八幡宮に現れ、クリントン中尉が追いかけていた人物とは彼らか・・・。もしも、クリントン中尉が持っていたアンコール・ワットの平面図とその人物たちとが関係しているとしたら、どう云う事になるのだろう・・・?判らない・・・。何だろう?考えが飛躍し過ぎているのか・・・?ギャリソンに海軍情報部からクリントン中尉が追跡していた人物、あるいは組織の情報を手に入れてもらう必要があるな。クリントン中尉は弾武典と密会して、何の話をしていたのだろうか・・・?海軍情報部からは、まだ密会情報についての回答は来ていないとギャリソンは言っているが、本当かな?」と太郎は考えを巡らした。
「ところで、クリントン中尉がトム・マクレガーと名乗った時の連絡先とは何処ですか?」とギャリソンが訊いた。
「お待ちください。メモを見てみます。」と言いながら、泰子は携帯電話を取り出して、メモしたデータを確認した。
「横浜市中区山元町○○−○○−303ですわね。お電話は090−○○○○−○○○○です。」
3人の話が終り、白山泰子との別れ際に大和太郎が唐突に、そして遠慮がちに言った。
「今度、今日のお礼にお食事を御馳走させてください。」
太郎の泰子への質問の仕方がなんとなくギコチナイと感じていたギャリソンが
「あっはっはっはあ。」と声を上げて笑った。
泰子も「クスクスクス」と笑った。
その時、喫茶店内にはフランキー・ヴァリの歌う『君の瞳に恋してる(Can’t take my eyes off you)』が静かに流れていた。
♪You’re just too good to be true ♪
♪Can’t take my eyes off you ♪
♪・・・・・・・・・・・・♪
♪I love you baby ・・・・・♪
♪・・・・・・・・・・・・・♪
越の風華98;
2013年3月1日(金) 午後4時30分ころ 葉山マリーナ近くのH茶屋前道路の向い側
「クリントン中尉はこの公衆電話を利用したのですかね。」と太郎が言った。
「中尉の遺留品の中には携帯電話は無かった。とすると、この公衆電話を利用した可能性がたかいかな。しかし、白山嬢の話では、連絡先の電話番号は携帯電話の番号だった。先ほど車の中からその番号に電話したがスイッチは切られた状態だった。どこかに捨てられたか、それとも彼が隠したのかどうか。」とギャリソンが言った。
「この公衆電話とクリントン中尉の携帯電話の2月23日午後6時ころの電話履歴をFBIで調べられますか?」
「まあ、警視庁に協力してもらい、調べてみます。」とギャリソンが言った。
「この階段を上ってみますか?」と太郎が、葉山マリーナを見渡せる旗立山と云う小高い丘への登り階段を指差した。
そして、二人は階段を登り、3分くらい、丘の上に出た。
西の海上には江の島が見えている。
眼下の葉山マリーナに係留されている白いヨット群を眺めながら太郎が言った。
「遺体発見現場で殺されたのですかね。あそこに浮かんでいるヨットかクルザーの中で殺されて海に落とされたのですかね・・・。」
「食事後、白山嬢を鎌倉まで送って行き、再びここまで戻ってきて誰かと会っていた。その誰かが電話の相手と推理してみますか?」とギャリソンが言った。
「取り合えず、その線で調査を進めてみますか・・・。」
「あと、海軍情報部からクリントン中尉の具体的な行動範囲、調査対象人物などについて確認を取っておきます。」とジョージ・ギャリソンが言った。
越の風華99;
2013年3月5日(火) 午前10時ころ 東京のアメリカ大使館・応接室
ジョージ・ギャリソンと大和太郎が英語で話しあっている。
「2月23日午後6時ころの電話履歴だが、H茶屋のピンク電話、H茶屋前の公衆電話、それとクリントンの携帯電話も使用された記録はなかった。午後6時ころにはクリントンは電話を掛けていないという事ですな。それと、クリントン携帯電話だが、それほど利用していない。利用回数は月に10件くらいです。それも、海軍情報部ではなく、レッド・シューズプロ社がほとんどだ。レッド・シューズプロ社への専用電話だったのかも知れません。残りは、白山泰子と自動車修理会社へ掛けたくらいです。あと、数件は現在詳細情報を調査中だ。何もない可能性もあります。結論は出ていません。」とギャリソンが言った。
「クリントン氏が白山さんに電話をかけてくると言ったのは嘘だったのか。誰かとH茶屋の前で会っていたと云う事ですかね?」と太郎が言った。
「その可能性もあるな。ところで、海軍情報部からクリントン少佐についての報告が入りました。」とギャリソンが言った。
「クリントン氏は少佐ではなく中尉ですよね。」
「殉職と云う事で2階級特進して少佐になったようです。」
「そう云う事ですか。」
「クリントン少佐はC国情報部が行っている日本国内での破壊工作活動に関する情報収集を行っていたそうです。その一環として日本では赤城牛と名乗っているアメリカ国籍の馬小平と云う東洋人の男を追跡調査していたそうだ。赤城牛は群馬県高崎市に住んでいたようだが最近は姿を見せなくなっており、その行方を探していたらしい。かつて、赤城牛は青森県にある三沢空軍基地周辺や海軍横須賀基地をビデオ撮影しているところを目撃され、アメリカ海軍情報部の調査対象とされたらしい。」
「赤城牛ですか。その人物の名前は知っています。KISSの弾武典が計画していた儀式の一員でした。」
「岡山県玉野市のAV総業の工場内にある偽似パルテノン神殿での儀式ですね。」とギャリソンが言った。
「ジョージはあの事件をご存知でしたか。」
「ええ、CIAからFIBに情報が来ています。また、中村竜も関係していましたからね。」
「ところで、C国による破壊工作活動とはどのようなものですか?」と太郎が訊いた。
「C国は日本との有事・戦争を想定して、日本国内を混乱させるための実地訓練を行っているのではないかと海軍では考えているようです。その根拠は、日本国内の企業工場での爆発火災、貨物船などの爆発火災のあった場所にC国特殊工作員と思しき人物が出入りしていたとの情報があるらしいのです。事故に見せかけた破壊工作はC国秘密情報機関・特殊工作部の任務と思われます。」
「C国としては『治にいて乱を忘れず』、と云う事ですかね。」と太郎が言った。
「いや、C国にとって経済戦争は武力戦争へ繋がる事案であり、現在も戦中そのものと考えている節があります。他国が少しでも油断すれば、C国は更なる攻撃の手を打ってきます。」
「戦宣布告していない現在も戦闘状態にあるとの認識ですか・・・。」と太郎が呟いた。
「アメリカとしても日本との安全保償条約がありますから、C国の動きには注意をはらっています。当然、アメリカ国内の治安維持を担うFBIにとっても日本の国内の治安維持・テロ防止に貢献することは任務の一環です。また、アメリカ国内でも同様の事件が発生しないように防衛することもFBIの任務の一環です。」とギャリソンが言った。
「クリントン少佐は赤城牛とコンタクトがあったのですか?」
「ええ、上手く知合いになっていたようです。相手に素性は知られて殺された可能性もありますが、現在のところ、事実は不明です。」
「クリントン少佐は初対面の人とうまく付き合う能力に優れているようですね。白山泰子さんと初めて会った後、2回目には食事をしていますよね。」と太郎が言った。
「ええ、そのようですね。海軍の人事調査書を見せてもらいましたが、相手に取り入る術に優れたものを持っているとの評価でしたね。相手から信用されやすい性格と云うことは、潜入諜報員に向いていると云うことです。」とギャリソンが言った。
「赤城牛と知り合いで会ったとすれば、弾武典と会った可能性もありますね。そして、上手く取り入った、と云うことでしょうか・・・。」
「K国情報機関KISSの弾武典ですね。そして、オメガ教団、ブラッククロスとも繋がっている男・弾。」とギャリソンが言った。
「すでに死んでいますが・・・。」と太郎が言った。
「弾武典は死んでいる?」とギャリソンが訊いた。
「ええ、私が黒鵜族と呼んでいる日本を守護することを目的とする秘密組織に殺されたようです。」と太郎が言った。
「日本を守護するための秘密組織があるのですか・・。黒鵜族ですか・・・。」
「実体はよく判っていません。それで、クリントン中尉が持っていたアンコール・ワットの図面の意味は判っているのですか?」と太郎が訊いた。
「たぶん、赤城牛か、彼と繋がっている人物から入手いた情報と思われますが、海軍情報部でも何故にクリントン少佐があの図面データを持っていたのかは不明のようです。」
「赤城牛と繋がっていた人物とは?」と太郎が訊いた。
「オメガ教団の副教祖・楯山和弘と云う人物です。楯山和弘はアメリカ海軍情報部がマークしているファウスト薬品株式会社の創業者クルト・ボルマンと日本やアメリカでたびたび会合を持っている人物です。」
「クルト・ボルマンと云えばブラッククロスのメンバーの一人だな。アメリカのニューハンプシャー州・ウォルフボロの大邸宅であったブラッククロスの会議を主催していた人物だったな。」と太郎が言った。
「そうだ。太郎もあの時は居たのだったな。」とギャリソンは2年前に太郎と太郎の友人である私立探偵のスティーブ・キャラハンたちとクルト・ボルマンの別荘に忍び込んだ事を思い出していた。(第8話・連邦の光芒)
「図面上に書かれていたメモの文字は英語だった。とすると、あのアンコール・ワットの図面はクルト・ボルマンが持っていたものなのか・・・?」と太郎が呟いた。
「そう、あの時の会議でクルト・ボルマンはナンバーファイブと呼ばれていたな。そしてナンバーファイブ計画の責任者だった男だ。」とギャリソンが思い出したように言った。
「弾武典とクリントン中尉はお互いに何の目的を持って会っていたのだろうか。クリントン少佐はブラッククロスではなかった。ふたりは九州長崎県の生月島、岐阜市の鷺山、茨城県の筑波山を結ぶラインに関する話をしていたのだった。岐阜市の鷺山では月島次郎が殺されていた。弾武典は月島次郎を殺す意思はなかったようだが、オメガ教団は殺してしまった・・。青山東雲さんの説では、筑波女大神は月の神・アルテミス、筑波男大神は弓と音楽の神・アポロンと云う事だった。筑波山も月に関係している訳か・・・。しかも、弾武典は『月神への呪文』なる儀式を疑似パルテノン神殿で行う計画を立てていた。月神、すなわちアルテミス神へ何を願ったのだろう・・・? 岳内太朗の前で苦し紛れに俺が推理した様に、太陽による復活ではなく、月による復活を願ったのだろうか?子は陰の極まりで新月を意味する。あとは明るくなっていくだけ。弓は三日月に通じる部分はあるな。兄のアポロン神に騙された女神アルテミスは弓で鹿を射殺したつもりであったが、それは恋人のオリオンであった。鹿は藤原一族が祭祀する鹿島神宮を意味するのか? それは、暗闇の世界によるブラッククロスの支配を実現させるつもりだったのか。長崎県の生月島は隠れキリシタンの町だった。独裁支配のK国では宗教は禁止されている。弾武典はK国の隠れキリシタンだったのか?クリントン中尉もクリスチャンだろうから、二人は話が合ったのか・・? 中尉は潜入調査目的で弾武典に近づいたとして、何処で接点を持ったのかだな。そして、どのような理由で近づいて行ったのか・・? 白山泰子さんとは交通事故があった。あの事故は故意とは思えないが、その後、車の修理や食事に誘う事を理由にうまく彼女に近づいている。なにかの事故を演出し、そこからうまく理由をつけて弾武典に近づいた。情報部員としての特技を身に付けていたということだろうか。そして、月が関係する霊ラインの情報を手に入れた。それと、アンコール・ワットは結びつくのか?無関係と云うこともあり得るか・・。アンコール・ワットの平面図写真データは、ブラッククロスのナンバーファイブであるクルト・ボルマンが持っていた図面の写真を撮った可能性もあるな。すると、クルト・ボルマンは日本に来ていた事になるか。中尉がアメリカまで行ったのかもしれないが・・・。クルト・ボルマンと弾武典はナンバーファイブ計画では関係があった。しかし、面識があったかどうかは不明だな・・。間に入るのはブラッククロスの連絡役であるハンス・マルクスであるのが通常ルートだろう。しかし、ハンス・マルクスは日本政府に目を付けられているからな・・。そうか、白山泰子さんは鎌倉の鶴岡八幡宮でクリントン中尉を見かけたと言っていたな。その日付は12月の13日だった。その時、クルト・ボルマンは来日していたのかもしれない。京都の藤原教授を12月12日に訪問していたトゥーレ財団の人物のひとりはクルト・ボルマンだったのか・・・?藤原教授に確認してみるか・・・。確か、奴の写真は事務所に保管してあったな・・。ここのところ多忙続きだったから、久しぶりに京都にでも行って気晴らしの散歩をしてみるか、銀閣寺から哲学の道あたりで・・・。」と太郎は考えを巡らいていた。
「何か判りましたか、大和探偵。」と黙り込んでいた太郎にギャリソンが話しかけた。
「クルト・ボルマンが日本に来ていたとか云う情報は海軍情報部から出ませんでしたか?」
「オメガ教団の楯山和弘に会いに来日したクルト・ボルマンをクリントン少佐が尾行していた云うことですか?」
「楯山和弘とは関係ありませんが、クルト・ボルマンが日本に来ていたのかどうかですが・・?」
「その様な話は聞いていませんが、可能性はありますね・・・。海軍情報部も必要な情報と思われる事しかFBIには開示してくれませんからね。クリントン少佐の仕事を引き継いでいる海軍情報部員がいるでしょうから、FBIが不必要に動くことを嫌っているのでしょう。アメリカのFBI本部へ調査依頼してみましょう。クルト・ボルマンが来日していたかどうかですね・・・。」とギャリソンが答えた。
越の風華100;契約の箱を求めて
2013年3月3日(日) ブラッククロス本部の十人会議
世界各地から集まったナンバーワンからナンバーテンまでの十人が円卓の席に着いて会議を行っている。
「私は日本の鎌倉でみた神殿の光景が忘れられません。皆さんも昨年の11月に日本へ行った時に見学した日本の神殿です。鎌倉・鶴岡八幡宮の神殿、あれは、正しくイスラエルのソロモン神殿の聖櫃が置かれていた至聖所の祭檀を表しています。この写真を見てください。長い階段を上がった所にある神殿の入口上方の軒下に取り付けられていた扁額に書かれていた文字です。」と言いながら、会議室の大スクリーンに映し出されている『八幡宮』の金文字をナンバーワンが指さした。
「この文字は日本語では『はち』と読むらしい。しかし、この『八』の字は二羽の鳥が向かい合った形に描かれています。これは、聖櫃の蓋に飾られていた金で作られたケルビムです。そして、この『八』の文字は日本語では『ヤー』とも読めるらしい。『ヤー』とは『ヤーウエ(YHWH)』の愛称です。また、『幡』の文字は『まん』と読むらしいが、『はた』とも読み、旗印を意味します。ですから、『八幡』と書いて、『ヤーの旗印』を意味する。『八幡宮』とは、『ヤーウエの御印を祀るお宮』。すなわち、モーゼ十戒の書かれた石板を納めた聖櫃を祀る神殿を意味します。
※ケルビム:
人間の顔と羽根を持った想像上の動物(人?)の複数形。単数はケルブ。
二匹のケルビムは契約の箱の蓋の左右両端に向かい合う形で飾られています。大きい羽根を前に広げて、蓋を覆い隠しています。蓋は『贖いの蓋』と呼ばれます。したがって、ケルビムの体がどのようなものなのかは不明です。(旧約聖書に体形は書かれていない)
シナイ半島のシナイ山で神・ヤーウエが描いた神と人との契約である十戒の石板はモーゼによって破壊されました。しかし、モーゼは神が命じるままに新しい二枚の石板に文字を彫りました。その石板が納められっているとされる聖櫃はイスラエルのソロモン王の時代にソロモン神殿に祀られていました。しかし将来、12部族で統一構成されているイスラエル王国が分裂し、さらに、バビロン王国によって征服されることを予言者のアヒヤから聞いたソロモン王が何処かに持ち去り、それを隠された。その隠された聖櫃の在り処を神が教えているのが日本の鎌倉にある鶴岡八幡宮でしょう。ここに在るぞと・・・・。」とナンバーワンは言いながら、スクリーン上に映し出されている世界地図のアンコール・ワットの場所を指で押さえた。
「何故に、そう思うのですか?」とナンバーセブンが訊いた。
「鶴岡八幡宮に祀られている八幡神は、日本の九州にある宇佐八幡宮から京都にある石清水八幡宮に遷り、更に石清水八幡宮から鶴岡八幡宮に遷ったと云うことです。ご承知のように、日本が世界の縮図となるように神が世界の大陸を造られた。宇佐八幡宮は国東半島の付け根にあります。そこはエジプトのギーザに当たります。国東半島はシナイ山のあるシナイ半島に相当します。宇佐八幡宮を根城とした仁聞菩薩が国東半島で神業をし、その成果を宇佐神宮にも持ち帰っていたと云う話です。京都の石清水八幡宮のある男山は、世界地図で云えばエルサレムにある神殿の丘だと言いたいところですが・・・。イスラム教の岩のドームがある神殿の丘は紀元前20年にヘロデ王が建てた神殿があった場所です。だが、鶴岡八幡宮のある鎌倉は、カンボジア王国のアンコール・ワットがある場所に相当します。鶴岡八幡宮の南には源平池があります。そして、アンコール・ワットの南にはトンレサップ湖があります。源平池がトンレサップ湖と見為せます。ヤハウェの神魂である十戒の石板がエジプトからイスラエル、そしてカンボジアに遷移したことを示す為に、神は日本の地にその足跡を描かれたのでしょう。それが宇佐八幡宮から石清水八幡宮、鶴岡八幡宮へと神が遷された意味でしょう。古代イスラエルの予言者エミリヤが言っています。『終りの時、神が契約の箱の在り処を示される』と。」とナンバーワンが言った。
「確かに、スクリーンに映し出されている日本地図の男山の位置は、世界地図のエルサレムとは少しずれていると思われますね、ナンバーワン。」とナンバーセブンが言った。
「その通りです。通説では、ソロモン神殿は現在のエルサレム市内の神殿の丘にあったとされています。しかし、確たる証拠がある訳ではありません。歴史学者の推測です。現在、神殿の丘に残っている土台は紀元前20年にヘロデ王によって建てられたエルサレム神殿のものです。へロデ王はキリストの誕生を知り、幼子であったキリストの殺害を命じたユダヤ王国最後の人物です。神殿の丘にソロモンの神殿があったと書かれた書物が見つかっている訳ではありません。大本教教祖のひとり・出口王仁三郎が唱えた日本地図は世界の縮図と云う説を信じるなら、日本地図の京都八幡市にある男山の位置に相当する世界地図の場所はこのあたりです。」と言って、ナンバーワンは大スクリーンに映し出されている世界地図のシリア国を指差した。
そして、ナンバーワンは続けた。
「このあたりです。ソロモン王が掌握していた古代イスラエル王国の領土は、北は現在のシリア、南はガザ地区までに及んでいたと私は推測しています。ここ、シリア国のアレッポ城、あるいはパルミラ遺跡あたりでしょう。私が男山の石清水八幡に祈りを捧げたとき、不思議にも、清水の中に神殿のある姿がイメージの中に現われました。清水はオアシスの水か、城の外堀の水か、川の水のことでしょう。聖なる岩がある『岩のドーム』の地下には清水が湧く『魂の井戸』があるのだが・・・。私には、ソロモン神殿は『岩のドーム』がある神殿の丘には無かったような気がするのです。しかし、今、我々にとってソロモン神殿が何処にあったのか、と云う事は問題ではありません。日本の鶴岡八幡宮は世界地図上では『アンコール・ワット』の神殿であると云うことが重要です。そこの場所に、ソロモン王は聖櫃を祀ったのでしょう。アンコール・ワットとはサンスクリット語で『王都の神殿寺院』と云う意味です。12世紀前半に建設されたようです。鶴岡八幡宮も12世紀後半に神仏習合の八幡宮寺として創建されています。世界貿易でイスラエルに大きな富をもたらしたソロモン王は大きな貿易船団を持っていたことでしょう。イスラエル王国が滅ぼされる前に、その船団でカンボジアの地まで聖櫃を運び、ソロモン王の指示で建設された神殿の祭檀に安置した、と云うのが私の推理です。アンコール・ワットはソロモン王が紀元前に聖櫃を遷すために建設した神殿跡に造られたのです。その証拠に、アンコール・ワットは外堀、周壁、宮殿建築物と三重で構成されています。ソロモン神殿も、玄関に当たる廊、拝殿に当たる聖所、本殿に当たる至聖所の三重構造で構成されていました。すでに聖櫃はアンコール・ワットの地には存在しないかも知れません。しかし、アンコール・ワットの地下に秘密の閉ざされた部屋があり、現在もそこに眠っている可能性もあります。
ビッグストーンクラブはアラビアの砂漠地帯で聖櫃を探しているようですが、まだ見つけていないようですね。我々はアンコール・ワット(Angkor Wat)を探してみようではありませんか。英語の発音では、アンコール(Uncore)とは再び呼び出すことです。ワット(Wat)とはエネルギーの単位です。『アンコール・ワット』とは、すなわち、神力の復活です。失われた聖櫃を我々ブラッククロスが発見するのです。アレキサンダー大王が隠したメドーサの首を見つける事も重要ですが、失われた聖櫃、すなわち『契約の箱』が我々の手に入れば、ブラッククロスの願いが叶います。皆さん、如何でしょう。」とナンバーワンが行動提案を行った。
出席者一同はナンバーワンに賛同した。
そして、ナンバーワンが言った。
「それでは、この件の実行責任者はナンバーファイブにお願いすることとします。すでに、ナンバーファイブにはアンコール・ワットに関する事前調査を依頼してありました。」
「承知しました。」とナンバーファイブが答えた。
「ところで、今後、ナンバーセブン計画はどのように進めますか?」とナンバーセブンが発言した。
「現在、ゴルゴン三姉妹のひとりであったメドーサの首の所在場所を推理しています。近いうちに結論を出すつもりです。荒ぶる神・メドーサの首が見つかり、現代世界に蘇る時はもう真近です。その時、世界は混乱の渦に巻き込まれます。メドーサの復活で、七つの丘のローマは燃え上がり、その後に、契約の箱を手に入れた我が結社・ブラッククロスが世界を統一するのです。」とナンバーワンが強い意志を込めて言った。
※(著者注記):契約の箱(モーゼ十戒が彫られている石板の納められた箱)の歴史
なお、契約の箱にはヤハウェの神霊が宿っているとされている。
出エジプトの旅で出発に際して、モーゼは契約の箱に
「主よ、お立ちください。あなたの敵は散らされ、あなたを憎む者は
御前から逃げ去りますように。」、
また、止まる時には「主よ、お戻りください。イスラエルの幾千万の民の
もとに。」と言ったとされる。(民数紀10章35〜36)
すなわち、イスラエルの主ヤハウェは、夜には幕屋の至聖所に留まっていた
ことになる。夜、モーゼは主から何らかの指示を受けていたことだろう。
(年代は推定)
BC1410年 エーゲ海のサントリニ火山島1回目大噴火。
BC1360年 エーゲ海のサントリニ火山島3回目大噴火でミノア(クレタ)文明断絶。
BC1360年 エジプトのアメンヘテプ4世がアメン神を排し、太陽神アテンを唯一神
とする。自身をアクエンアテンと名乗る。
BC1350年 アクエンアテンが死亡。ツタンカーメンが王位に就き、アメン神復活。
都をテーベからメンフィスに遷す。
BC1350年 モーゼ、エジプト人の工事現場監督を殺し、ミディアン地方に逃走。
BC1335年 ツタンカーメン王が急死し、ホムエルヘブ将軍が王位に就く。
BC1312年 モーゼ、ユダヤ人奴隷を解放(出エジプト)するためにエジプトの都
に戻る。
BC1310年 古代エジプト、第19王朝ラメセス一世即位。ペル・ラメセス(現タニス)
を建設し首都とする。
BC1310年 エジプトのユダヤ人奴隷、モーゼに従い出エジプト(エクソダス)開始。
BC1309年 モーゼ、シナイ山でヤハウェ神から十戒石板を授かる。
BC1306年 幕屋(天幕の神殿)を建て、石板の入った契約の箱を至聖所に安置。
(出エジプトのユダヤ人たち、40年間アラビヤの荒野を彷徨する)
BC1250年 出エジプトのユダヤ人、ヨルダン川を越えてカナン(イスラエル)に入る。
BC1240年 モーゼ、ユダヤの子孫たちが世界の国々の中に散らされる、と予言。
BC1237年 カナンのモアブの地でモーゼ死去、墓所は不明。
BC1030年 契約の箱を略奪したペリシテ人に腫れもの流行。契約の箱が返還される。
BC 976年 ダビデ王、12部族の統一国家を樹立し、エルサレムを首都とする。
BC 953年 ソロモン(平和の意)王、シオン山の仮聖所にあった契約の箱をモリヤ山
のソロモン神殿(第一神殿)に安置。(7月23日から7日間に亘り祭檀
奉献式典を実施)
(著者注記;ソロモン神殿(第一神殿)はエルサレムにあったとさ
れているが、ソロモン時代のエルサレムがどこにあったかは不明。
バビロン捕囚から解放された後の南ユダ王国時代のエルサレムが現在の
エルサレムと思われる。)
BC 940年 シバの女王、エルサレムのソロモン王を訪問
この頃、カナンの陸路『王の道』、シナイ半島東側のアカバ湾からの海路
『海の道』の二大国際交易路を通じてソロモン王は多大な富を得ていた。
BC 927年 予言者アヒヤ、将来のイスラエル王国分裂を唱える。
BC 922年 ソロモン王死去
BC 922年 イスラエル王国、北王国(十部族)と南ユダ王国(二部族)に分裂
BC 722年 アッシリア軍の攻撃で北イスラエル王国滅亡。
BC 597年 バビロニア国に南ユダ王国が敗北、第一バビロン捕囚
BC 586年 南ユダ王国滅亡、エルサレム崩壊、第二バビロン捕囚
BC 581年 予言者エゼキエル、UFOを目撃
BC 572年 エゼキエル、エルサレム神殿の再現と12部族再集結を予言。
BC 572年 バビロニア国へは契約の箱が持ち出されていないことが判明。(行方不明)
BC 570年 予言者エレミヤ、エルサレム神殿はヤハウェの神殿ではないと唱える。
契約の箱は終りの日に主がその在り処を示す、とも予言。
BC 538年 ペルシア軍、バビロニアを滅ぼす。ユダヤ人は解放されエルサレムに戻る。
BC 515年 エルサレムに第二神殿を建設、完成。(南ユダ王国時代のエルサレムの地)
BC 356年 マケドニア王国にアレキサンダー、誕生
BC 343年 エジプト人による王朝消滅(ペルシアの支配下に)
BC 338年 アレキサンダー王子(18才)のマケドニア王国、ギリシア全土征服完了
BC 336年 アレキサンダー王位(20才)に就く
BC 332年 アレキサンダー大王、エジプト無血征服完了
BC 331年 アレキサンダー大王、ペルシア征服完了
BC 326年 アレキサンダー大王、インドのインダス川に到達
BC 324年 アレキサンダー大王、スサ(現イランのデズフル近郊)の王宮に帰還
BC 323年 アレキサンダー大王、バビロン(現イラクのアル・ヒラ)で死去(33才)
(第113オリンピア紀の最後の年:アレクサンドロス大王伝第3巻35節)
(※1オリンピア紀=4年)
BC 304年 アレキサンダー大王側近のプトレマイオス、エジプトに王国を創設
BC 20年 ヘロデ王、ローマ帝国の庇護で、パレスチナにユダヤ王国建設。
エルサレム第二神殿を大改築し、大きくする。
エルサレム第二神殿基台の基礎壁が現在の『嘆きの壁』
BC 4年 イエス・キリスト誕生。ヘロデ王死去。
東方三博士、エルサレム近郊のベツレヘムを訪問し、イエスに三宝物
(乳香、黄金、没薬)を献上。
AD 1年 アレキサンダー大王死亡から324年(4年×81オリンピア紀)後
(アレクサンドロス大王伝第3巻35節;乙女マリアにより神の言葉が
肉になった年。???)
AD 30年 イエス、ゴルゴダ(骸骨の意)の丘で十字架磔刑される。
AD 802年 アンコール王朝成立
(AD12世紀〜13世紀前半にアンコール・ワット建設)
AD1431年 アンコール王朝滅亡
越の風華101;メドーサの首の所在推理
2013年3月4日(月) 某所、書斎
いろいろな本を読み、世界地図を見ながら、ナンバーワンがメドーサの首のあり場所を推理している。
「アレクサンドロス大王物語が事実と仮定するか・・・。単なる物語と考えられていたホメロスの叙事詩『イリアス』・『オデッセイ』が事実と考えたドイツ人・シュリーマンはトロイ遺跡を発見した。このアレクサンドロス大王物語が事実とすれば、パロス島に住んでいた英雄・プロテウスとは誰なのだろう・・・。アレキサンダー大王が陸地から見たパロス島とは何処にあるのだろう・・・。現在のパロス島はギリシアの南東、サントリニ島の北にあるな。紀元前7世紀ころは地元産の大理石彫刻が盛んな島だったようだな。先史時代からローマ時代に造られたというメドーサの大理石像が発見されているのか。ソロモン王の神殿もこの島から運ばれた大理石を使ったという話だな。アレクサンドロスがイージスに縫い込んで胸に着けていた大理石のメドーサの首はこの島で作られたのかもしれないな。しかし、島々に囲まれ、陸地からは見えない。アレクサンドロス大王物語に登場するパロス島にはプロテウスの墓があるともいう・・・。プロテウスなる名前を調べるか・・・?いやまてよ。プロテウスとはギリシア神話に登場する英雄ペルセウスの事か・・・。そして、アルゴス王の娘ダナエに神ゼウスが産ませた子はペルセウス。ダナエの息子に殺されると云う神託を信じたアルゴス王は娘ダナエと生まれたばかりの赤ん坊を木箱に入れて海に流した。その木箱はセリポス島に流れ着き、赤ん坊は漁師たちに育てられた。その赤子が成長し、メドーサの首を取った英雄・ペルセウスになる。ペルセウスはアテナ女神から円鏡の楯と鉾を授けられていた。すると、パロス島とはセリポス島のことか。では、セリポス島とは何処にあったのか・・。セリポス島に戻ったペルセウスは母・ダナエを奴隷にしたセリポス島の王にメドーサの首を見せて、その王を石に変え殺した。石になった王様か・・。アレキサンダー大王もゼウス神が王様の后に産ませた子と神託された。ペルセウスと同じ様に英雄になった。しかも、メドーサの首のレプリカをイージスに縫い込み、胸に飾って戦った英雄・アレクサンドロス。
アポロンの神託では円鏡の楯がメドーサの首に導いてくれる、と云うことだった。その場所はギリシアの東のエーゲの海だった。メドーサの首は勝利の女神・ニケが護っている。その正確な場所とは何処なのか・・・? 円鏡の楯が導く、とはどう云う意味なのか・・・?
円鏡の楯はアレキサンダー大王が率いていたギリシア・マケドニア軍の兵士が持っていた楯だな。
戦場に向かう兵士の楯。それは兵士を護る道具。兵士たちの無事を願う儀式、それは勝利を願う儀式でもあるが、その儀式を意味するのか・・・。その儀式はパルテノン神殿に祀られているアテナ神への祈り。アテナ神はゼウス神の頭から鎧・甲を身に着けて誕生した女戦士。ゴルゴン退治に向かうペルセウスに剣と勝利の女神・ニケを与えた知恵と戦の神。
アレクサンドロスはマケドニアの港から戦艦に乗ってカルタゴ、シシリー、イタリアに向かった。
史実の記録には無いイタリア・ローマの降伏。後に誕生したローマ帝国がかつてのローマ人たちが降伏した記録書を燃やしてしまった可能性もあるな・・、ローマ帝国の名誉のために。
船上の兵士たちのために、アレクサンドロスは勝利を海神ポセイドンに願う儀式をした。戦艦上でそれは行われ、メドーサの首とニケの首を海神ポセイドンに捧げたのか・・・。このギリシア神話の本によると、古代の船乗りたちは、航海するに当たり、ポセイドンに供え物を奉げ、安全を祈願したと云うことだが。その場所は、何処になるのだろう・・・。アレクサンドロスの気持ちになって考えると・・・。
アレクサンドロス大王はエジプトのシワにあるアモン神殿でゼウス神から神託を受けたのだったな。そして、パロス島の対岸には五つの丘があり、永遠のプルトンが宰領するその地にアレキサンドロスの町を建設するように神託した。プルトンとは誰だろう。永遠の命があるのは神。五つの丘がある地とは?それがギリシアの東のエーゲの海にあるとすれば・・。サントリニ島か・・?サントリニ島は五つの小島からなるな。そして、まだ火山噴火がなかったアトランティスの首都であった時代には海神ポセイドンが祀られていたアクロポリスの丘。エジプトのシワの真北にはサントリニ島があるな。そして、その延長線上にあるのはサモトラキ島。サモトラキ島で勝利の女神・ニケの大理石像が発見された。戦艦の舳先に舞い降りたばかりのニケ神像。ニケもゴルゴンによって石にされたのか・・? BC2世紀ころのロドス島で作られたとされるが、確証はない。しかも、その首はなかった。BC4世紀にアレクサンドロスが切り取った可能性もあるか・・・? ニケの首とメドーサの首は同じ場所にあると云う事か? ホメロスの叙事詩・イリアスによれば、海神ポセイドンはサモトラキ島の最高峰のフェンガリ山(月の意)でトロイア戦争を見物していたとあるな。偉大な神々の儀式が行われた島・サモトラキか・・・。
では、シワ、サントリニ、サモトラキを結ぶ霊ライン上にメドーサの首があるのか・・? サモトラキ島の対岸の陸地にはギリシア都市・アレクサンドロポリ(アレクサンドロスの町の意)がある。その古代史に照らして、1919年、新たに命名さえた都市名・アレクサンドロポリ。昔はトルコ語でデデ・アガッシュ(聖人の樹)と呼ばれた町か・・・。パロス島の対岸にアレクサンドロスの町を建設せよとゼウスの神託がアモン神殿で降された。すると、パロス島とは現在のサモトラキ島と云うことか・・。では、メドーサの首は何処にあるのか?勝利の女神・二ケが護るメドーサの首はエーゲの海にある。ギリシア兵・マケドニア兵を率いるアレキサンドロスは円鏡の楯を持って戦場で戦っているはずだな。アポロンの神託にある『円鏡の楯が導く』とは『アレクサンドロスが導く』と云う意味か・・・。アレクサンドロスがパルテノン神殿のアテナ神像の胸に飾られていたメドーサの首を持ち出し、サモトラキ島のニケの首と共にエーゲの海に沈めた・・・。サモトラキ島のニケ大理石像はBC2世紀ころの作とされているが、アレクサンドロスが生きた時代はBC4世紀だが・・・。パルテノン神殿のアテナ神像を模してローマ時代に造られたアテナ神像の右手に乗っていたニケ像の首は無かったな。そうか、アレクサンドロスはギリシアのパルテノン神殿のアテナ神像にあるニケ像の首を切り落とし、メドーサの首とニケ像の首をいっしょにエーゲの海に沈めた。それが、アポロンの神託『勝利の女神・ニケが護るメドーサの首』なのだろう。それは、カルタゴ軍との海戦の勝利を願ってのこと・・・。 それは、何かの神託があり、その儀式を行ったのか・・・。それは海神ポセイドンへの捧げものだった。ゼウス神の子・ペルセウスがアテナ女神に捧げたメドーサの首を、ゼウス神の子・アレクサンドロスは海神ポセイドンに捧げたのだろうか? メドーサ、もともと彼女は美人であった。しかし、ポセイドンがアテナ神殿で美女・メドーサと事に及んだため、神殿を穢されたのを怒ったアテナ神によって怪物ゴルゴンに変身させられた美女。その美女・メドーサをアレクサンドロスは海神ポセイドンに捧げ、海戦の勝利を祈願したと云うことか・・。そして、エーゲの海とは明石の海のこと。ニケの首と共に、メドーサの首は明石の海に眠ると推理できるか・・・。明石の海、それは北緯35度58分上にある。そして、シワ、サモトラキ、サントリニに共通するのは東経25度30分。この北緯線と東経線が十字に交差する場所、ギリシアの東にあるエーゲ海中にメドーサの首は在ると云うことか・・・。この地図によると、そこは、火山爆発が起こる前にはポセイドン神殿があったとされるサントリニ島のすぐ南の海だな。その海中を探査するか・・・。」
越の風華102;
2013年3月7日(木) 午前10時ころ 京都D大学・藤原研究室
太郎は、昨年の12月に藤原研究室を訪問していたと云うトゥーレ財団の人物の風体・特徴を確認するためにD大学教授の藤原大造と大学院博士課程に在籍する研究員の鞍地大悟を訪問していた。
大学は春休みに入っており、大学構内は閑散としている。
「この写真を見てください。12月にここに来たトゥーレ財団の人物ですか?」と太郎はクルト・ボルマンの顔写真を藤原大造と鞍地大悟に見せた。
「違いますね。」教授と研究員が同時に答えた。
「そうですか。」と太郎は落胆するように言った。
「誰ですか、この人は?」と鞍地が訊いた。
「クルト・ボルマンと云う薬品メーカーの社長です。詳細は説明できません。」と太郎が言った。
「クルト・ボルマンと云う名からするとドイツ人ですね。ドイツの薬品会社ですか・・。」と鞍地が呟いた。
「アメリカが本社の世界企業です。」と太郎が言った。
「ドイツと云えば、東方の三博士の件はどうなりましたか?」と教授が太郎に訊いた。
「ドイツのケルン大聖堂に眠る東方三博士の遺骨の件ですか?」と太郎が訊いた。
「いえ、13兆円相当のアメリカ国債の行方です。」と教授が言った。
「気になりますか?」と太郎が訊いた。
「ええ。あの後、鞍地君と一緒になって少し推理してみました。」
「どのような推理ですか?」
「私の研究テーマである『旧約聖書とキリスト教とギリシア神話の関係に関する一考察』との関連です。」と鞍地が言った。
「どう云うことですか?」と太郎が訊いた。
「どこから話しましょうか・・・。イエス・キリスト(英語:Jesus・Christ)の意味から話しましょう。キリストはヘブライ語でメシア(救世主)を意味する古典ギリシア語・クリストス(Khristos)の英語読みです。イエス(Jesus)はヘブライ語のヨシュア(ヤハウェの救いの意)が古典ギリシア語に転訛した言葉の英語読みです。すなわち、イエス・キリストとはギリシア語なのです。日本では戦国時代や江戸時代にはポルトガル語読みのゼウスを使っていました。なぜ、ギリシア語であり、ポルトガル語ではゼウスと発音していたのでしょうか。イエス・キリストはは神がマリアに産ませた子でした。神の子です。父なる神の名は何かです。ヤハウェでしょうか?ヤハウェを神とするユダヤ教ではキリスト教の新訳聖書を聖典とは認めていません。モーゼが書いた旧約聖書が聖典です。キリスト教が広まる以前には、今のポルトガルとスペインがある地・イベリア半島にはギリシア神話が広がっていたと思われます。古代ギリシア時代にはイベリア半島とアフリカ・モロッコの間にあるジブラルタル海峡は『ヘラクレスの柱』と呼ばれていたようです。『ヘラクレスの柱』とは、ヘラクレスがその怪力で山を砕いて太西洋と地中海を繋ぐジブラルタル海峡を造り出し、この海峡の両端に二本の記念柱を建てたことによります。ギリシア神話に登場する英雄ヘラクレス、それは神・ゼウスが人間の娘に産ませた子です。ですから古代のポルトガル人にとって神はゼウスなのです。神・ゼウスが人間の娘に産ませた子にはゴルゴン退治の英雄ペルセウス、そしてエジプトのアモン神ことゼウスがマケドニアの王后に産ませた英雄アレキサンダー大王がいます。イエスは神がマリアに産ませた子。その神の名は不明です。イエスは神ヤハウェの救いの意味を持ちますが、ヤハウェは神の名前ではなく、モーゼたちユダヤ人が神と呼ぶ代わりにヤハウェと呼んだだけです。『我は在りて有るもの』と神が唱えた。その言葉をYHWHと書き、ヤハウェと発音しただけです。東方の三博士は占星学を知る学者、あるいは占星術師であったと思われます。日本人が運んだ日本円にして13兆円相当の国債に意味があるのではなく、13と云う数字に意味があるのでしょう。ケルン大聖堂にある東方三博士の遺骨に13の意味を重ねる訳です。それは東方三博士が世界を統一するユダヤ人の王の誕生を祝った事が現在も有効であるとすることです。それが、13兆円をケルンに運ぶ目的です。」と鞍地が説明した。
「世界統一の王がユダヤ人であるということですか?」と太郎が訊いた。
「占星術では生まれた土地を読み解くだけです。東方三博士が言ったユダヤ人とはユダヤの地で生まれた人と解釈するのが妥当でしょう。そして、その時のユダヤの王ヘロデは救世主の誕生と考えた訳です。それが、イエス・キリスト(救世主のイエス)と理解されて今日に至っています。しかし、イエス・キリストは神の意思に従って、人の罪を背負って十字架に磔にされました。それが救世の行いという意味から救世主と理解されているのです。しかし、真の救世主は神なのです。『イエス・キリスト』がギリシア語と考える時、父なる神はギリシア神話に登場する神であるはずです。そして、人間の娘に子を産ませた神とはゼウスと云う事になります。ギリシア神話の背景にはミノア(クレタ)文明があります。それはプラトンの書物にあるアトランティス文明の世界です。」と鞍地が言った。
「鞍地さんも藤原教授に劣らず大胆な発想をしますね・・・。しかし、アレキサンダー大王がゼウス神の子ですか・・・。」と太郎は目をパチクリさせた。
「アレキサンダー大王は、マケドニア・ギリシアを出発して小アジア地域のトルコから中東のイスラエルの地・ガザを征服します。そこからさらにペルシウム要塞を通過してエジプトに入り、ペルシア軍を追い払いました。ルクソールからギザを通り、アレキサンドリア、マトル、そしてシワに至ります。余談ですが、アレキサンダー大王の甥であるカリステネスと云う人物が伝えたとされるアレクサンドロス大王物語(マケドニアのアレクサンドロスの生涯)では、アレキサンダー大王はシワに向かう前に、イタリアのシシリー島やローマに遠征したことになっています。歴史上の公式記録にはありませんがね。そして、シワのアモン神殿でアレキサンダーは神ゼウスの子であると神託を受けます。シワからルクソールに戻り、さらなる東征を続けペルシアを征服しインドの西の端にあるインダス川流域を攻めました。ガザ、バビロン、スーサを攻め落としたアレキサンダー大王は、当然、モーゼによる出エジプトの話やソロモン王の話をユダヤの予言者などから聞いたことでしょう。アレキサンダー大王はギリシアの哲学者アリストテレスを師として学んだ人物ですから、知識欲も旺盛だったでしょうね。そして、当然のこと『契約の箱・失われた聖櫃』が行方不明であることも聞きつけたことでしょう。あるいは、いろいろと調査させてその行方を聞き知ったのではないでしょうか・・。」と藤原教授が言った。
「アレクサンドロスは契約の箱の行方を知っていたのですか?」と太郎が驚いたように言った。
「何故にアレキサンダー大王がインドからさらに東を目指したのか、その理由です。」と藤原教授が言った。
「アレクサンドロスは契約の箱を求めて東征を計画したのですか?」
「最初はマケドニアと敵対するペルシア攻略が目的でした。しかし、ソロモン王が隠した契約の箱の行方を知ったアレキサンダー大王はそれを探しにインドの向こうの地へ出かけるのです。」
「インドの向こうの地とは?」
「カンボジアです。」
「まさか、アンコール・ワットではないでしょうね!」と太郎は、クリントン中尉の持っていた図面を思い出して、大声を出した。
「その、まさかです。しかし、同郷のマケドニア人将兵たちの反対でアレキサンダー大王はインドから止む無くスーサまで帰還し、その後にバビロンで熱病に罹り死去しました。残念であったことでしょう。」と教授は平然として言った。
「アンコール・ワットの建設はAD12世紀ころで、アレクサンドロスの時代のはるか後ですが・・・?」と太郎が訊いた。
「アンコール・ワットは確かにソロモン王の時代にはありませんでした。しかし、世界と貿易を行っていたソロモン王は貿易船団とそれを護衛する軍船を持っていました。契約の箱に宿るヤハウェの神託を受けたソロモンは、密かにカンボジアの地に神殿を設け、そこに契約の箱を安置したのでしょう。神の教えに背くイスラエルの民を罰するべくイスラエルを滅ぼすために、ヤハウェは契約の箱を安全な場所へ移動させたのです。その地がカンボジアです。」
「なぜ、アンコール・ワットの地なのです。」と太郎が訊いた
「ソロモン王の時代、アンコール・ワットの地は海岸近くにありました。現在のような奥地ではありませんでした。しかし、年月は地形を変えます。アンコール・ワットの地は『東方のエデン』 と云う本では超古代にはスンダランドと呼ばれる文明発祥の地にあり、スンダランドからインダス文明やメソポタミア文明、クレタ文明へと文化が繋がっていった、と述べています。そのスンダランドの中央部がアンコール・ワットの地です。アインシュタイン博士が『世界の文化はアジアに創まり、アジアに還り、それはアジアの高峰、日本に立ち戻らねばならぬ。(大本の教え)』と述べた根拠がスンダランドの研究です。」と教授が言った。
「どうして、教授はアンコール・ワットの地に契約の箱があると思うのですか?」
「日本は世界の縮図です。その壁に張ってある日本地図と世界地図を見比べてください。日本の鎌倉の地、鶴岡八幡宮はカンボジアのアンコール・ワットがある地に相当しています。アンコール・ワットの南にあるレサップ湖は鶴岡八幡宮の南にある源平池に相当します。鶴岡八幡宮の祭神である八幡大神はエジプトのギザに相当する九州宇佐八幡宮から出発し、中東シリアのパルミラに相当する京都八幡市の石清水八幡宮に遷ります。パルミラは岩から清水が湧き出すオアシスの地。そこにソロモンは神殿を造った。パルミラはソロモン王時代のエルサレムの地であったと私は考えています。パルミラは地中海やメソポタミアを結ぶ東西貿易の中継点として栄えた都市と謂われています。そして、石清水八幡宮からさらにカンボジアのアンコール・ワットの地に相当する鎌倉市の鶴岡八幡宮に八幡大神は勧請されました。確か、大和君の意見では、八幡大神は契約の箱に宿る神・ヤハウェの日本での姿でしたよね・・・。」
「シリアのパルミラにある神殿遺跡がソロモン神殿の在った場所と云うことか・・・。そして、クリントン中尉が持っていたアンコール・ワットの図面の持ち主が鎌倉の鶴岡八幡宮を訪問しており、その人物をクリントン中尉は12月13日に尾行していた。それは、クルト・ボルマンかもしれない。あるいは、カール・クリューガーとデニス・ホワイトか。それとも、この3人共と云う事か・・・?彼らは契約の箱がアンコール・ワットあると思っているのか。契約の箱に宿るヤハウェに何を依頼するつもりなのだろう。教授が考えているように、イエスの父はヤハウェで、そのヤハウェはゼウスと同一神なのだろうか?」と太郎は推理を巡らした。
「ああ、トォーレ財団の人の姿は東側正門の守衛所にある監視カメラ映像に残っているかも知れませんよ。6か月前くらいまでの映像はデジタルデータで保管しているらしいですから、昨年の12月の映像ならきっと残っていますよ。画質は荒いから顔がはっきり判るかどうか判りませんが・・・。」と鞍地が言った。
越の風華103;
2013年3月9日(金) 午前10時ころ 東京のアメリカ大使館・応接室
ジョージ・ギャリソンが大和太郎に報告している。
「12月13日ころのクルト・ボルマンの行動ですが、FBI本部からの報告では、ビジネスで韓国に出国していました。アメリカを出発したのが12月9日です。帰国したのは12月15日です。韓国内での行動については調査させましたが、不明です。帰国時も韓国からアメリカまでの直行便の飛行機を利用していました。」とギャリソンが言った。
「日本には立ち寄っていないと云うことですか・・。」
「表面上はそうです。」
「表面上?」
「韓国から日本へ渡るにはプサン港から山口県下関へのフェリー船が利用できます。日本の税関での記録を調べましたが、この近辺の日付ではフェリーを利用した形跡もありませんでした。」
「やはり、日本には来ていないのですか・・・。」
「いえ、そうとも限りません。密入国と云う手段があります。韓国の何処かの海岸から漁船や
クルーザ、エンジン付ゴムボートを利用して日本の海岸に渡ることが可能です。日本の海上警備隊に見つからないように夜陰に乗じて対馬海峡を渡れば十分に可能です。当然、日本側に受入れ者がいると云う前提になります。」
「日本側の受入れ者はオメガ教団の楯山和弘ですかね。」と太郎が言った。
「クルト・ボルマンが日本に来ているならば、まあ、そういう可能性が大きいですね。それから、11月15日から11月23日までの間も韓国にビジネスで出張しています。おなじく、韓国内での行動は不明です。」
「クルト・ボルマンをマークしている海軍情報部では何か掴んでいないのですかね?」と太郎が訊いた。
「海軍情報部にも聞きましたが、クルト・ボルマンに関する新しい情報は無いとのことでした。まあ、何か掴んでいても、FBIに情報開示してくれるとは限りませんがね。我々が独自で情報を集めるしかないようですね。」とギャリソンが言った。
「11月15日から23日か・・・。クリントン中尉と白山泰子さんが岡山県玉野市で車の接触事故を起こしたのは10月16日だったな。その1か月後にも日本に来ていたのか・・・?かなり頻繁に来日していた事になるな。例の疑似パルテノン神殿での儀式に関係していた可能性があるか。ブラック・クロスは何を狙っているのだろう・・・?」と太郎は考えを巡らせた。
「何か思い当たることでもありますか、太郎?」とギャリソンが訊いた。
「クルト・ボルマンの他にカール・クリューガーとデニス・ホワイトと云う人物がいるのですが、ブラック・クロスの人物なのかどうかが不明です。クルト・ボルマンが昨年の12月13日に日本に来ていたとして、この二人も12月12日には京都に現れていました。12月13日にクルト・ボルマンはこの二人に鎌倉で会っていたと仮定しますと、どのような展開が見えるかなのです。」
「どういう事ですか?」とギャリソンが訊いた。
「12月13日にクリントン中尉はこの3人を鎌倉で尾行していたのではないかと云う推理です。それが、アンコール・ワットとどう繋がるのかですが・・・?」と太郎が言った。
「クリントン中尉を殺したのがその3人と云うことですか?」
「いえ、彼らではなく、楯山和弘かその配下のヒットマンではないかと・・・?」と太郎が言った。
「オメガ教団のヒットマンですか・・・。」とギャリソンが考えるように言った。
「ところで、クリントン中尉、いやクリントン少佐とレッド・シューズプロ社の関係は何か報告がありましたか?」と太郎が訊いた。
「情報収集活動のため、便宜上、レッド・シューズプロ社に派遣社員として籍を置いてだけとの情報です。その他の詳細情報はありませんでした。」
「レッド・シューズプロ社はたぶん、アメリカ海軍情報部の出先機関でしょう。レッド・シューズプロ社の誰かとコンタクトを取っていたはずですよね。」と太郎が言った。
「そこには踏み込まない事にしましょう。我々の身の危険にも関係してきますから。」
「そうですね。それで、クリントン氏がトム・マクレガーとして利用していたマンションの部屋は調べましたか?」
「まだです。」
「ちょっと行ってみませんか?部屋の中に入れればいいのですが・・。」と太郎は言いながら、アメリカで探偵業を営んでいる空手仲間のスティーブ・キャラハンの言葉を思い出していた。
「CIAや海軍情報部などの潜入諜報員は組織に届け出ていないプライベートな住居を一つ、二つ持っているぜ。」
「海軍情報部で調べ終わっているかも知れませんが、行ってみますか。情報部と連絡を取ってみます。」とギャリソンが太郎の言葉を受けて言った。
「それは止めましょう。海軍情報部では部外者には調べられたくないでしょうから。それに、クリントン氏が情報部にマンションの事を知らせていない可能性も考えられます。プライベートで利用しているだけだったかもしれません。我々だけで調査してみたいですね。」と太郎が言った。
「判りました。我々だけで行ってみましょう。今からで大丈夫ですか、太郎?」とギャリソンが言った。
「ええ、行きましょう。昼食は横浜で取りましょう。」と太郎が答えた。
越の風華104;宣誓供述
2013年3月9日(金) 午後2時ころ 横浜市中区山元町のマンション
横浜市内で昼食を取った後、太郎とギャリソンは根岸森林公園近くのスターズハウスと云う名の賃貸マンションの1F管理室を訪問していた。
この地域には米軍関係の施設や米軍根岸住宅があり、アメリカ人も少なからず住んでいる。
「アメリカ大使館駐在のFBIの者ですが303号室のトム・マクレガーさんの事で来ました。この写真の方がマクレガーさんですよね。」と太郎がマンション管理室の窓越しにクリントン中尉の顔写真を見せながら言った。
そして、ギャリソンがFBIの身分証明証を管理人に提示した。
「どういうことでしょうか?」と男性の管理人が訊いた。
「実は、トム・マクレガーさんが先日お亡くなりになりました。」と太郎が言った。
「ええ。ほんとうですか?」と管理人が驚いたようにいった。
「この話は、初めてお聞きになりますか?」と太郎が確かめるように訊いた。
「ええ。根耳に水です。」
それを聞き、太郎は、海軍情報部はこのマンションの存在を知らない可能性があるなと思った。
「それでは、ただ今、アメリカ大使館のジョージ・ギャリソン氏が、アメリカ大使館を代表して正式にトム・マクレガーの死亡をお伝えいたします。現在の時刻は3月9日午後2時5分です。」
と太郎が言い、あらかじめ打ち合わせておいた様にギャリソンに英語で死亡報告を言わせた。
「何と言われたのですか?私は英語が良く判りませんので。」と管理人が訊いた。
「先月、2月24日にトム・マクレガー氏は不慮の死と遂げました。ここに、アメリカ大使館を代表して、彼の死亡を、当マンションに対し報告します。そして、アメリカ本土にいる彼のご家族への報告のため、室内の臨検を要請いたします。と、このギャリソン氏が話されました。303号室の扉を開けていただけますか?」と太郎が管理人に言った。
「臨検とは?」と管理人が訊いた。
「室内を調べ、遺品などを確認することです。死亡したご家族への報告をするためです。」と太郎が説明した。
「判りました。それでは、3階まで御案内します。」と管理人が言って、予備の鍵をキーボックスから取り出し、管理室から出てきた。
管理人立会いの下、太郎とギャリソンは3LDKの室内を調べ始めた。
「私は管理事務がありますので、管理室に戻ります。臨検が終われば管理人室に報告してください。」と言って、管理人は一階へ戻って行った。
太郎とギャリソンは室内を調べ続けた。
そして、衣類納戸に置かれていた上着の襟の隠しポケットあったSDカードを見つけた。
そのカードをパソコンに装着し、内容を確認した。
そこには、クリントン中尉がもしもの時に備えて残しておいた、宣誓供述が音声で入っていた。
それは以下の言葉であった。
『本日は2012年5月16日、現在、午後3時です。私、リチャード・クリントンは、ここ横浜市中区にあるヨハネ山手教会のハロルド・ペテロ・スタントン神父の前で宣誓供述を行い、その言葉をここに録音いたします。なお、私はアメリカ合衆国の情報部員として国家に忠誠を誓う者であります。現在、スパイ活動を通じてK国情報部員の弾武典に接近し、テロ関連の情報収集活動を行っています。しかし、相手から極秘情報を入手するために、アメリカ合衆国が持っている一部情報を相手に与え、交換条件として、弾武典が有しているC国および秘密結社ブラッククロスに関する情報を入手しました。今後、様々な状況変化に伴って、このこと明るみ出て、私が二重スパイの汚名を着せられる原因となる可能性を想定し、この録音を、私の無実を証明する証拠とします。私が弾武典から得た情報を先に述べます。今年の3月に○○化学の福岡工場で発生した火災爆発事故はC国の特殊工作部隊によるものであり、8月にも日本国内の企業工場が標的にされるとの情報を入試しました。C国は日本との有事に備えて、破壊活動の実践演習を繰り返しているとのことでした。背後で協力しているのはオメガ教団であるとの証言でした。また、ブラッククロスの狙いはヨーロッパ地中海地域における混乱を引き起こすことであり、その事によってカソリック教会の世界での影響力低下を誘発することであり、現在、ナンバーセブン計画が進められているとのことでした。弾武典はK国情報本部からの指示を受け、ブラッククロスに協力しているが、本音はK国の独裁政権の崩壊と国民の自由解放を願っているとのことでありました。また、K国国民の幸福をアメリカ合衆国がもたらしてくれる事を望んでいるとの言でもありました。そのために、私との情報交換に応じたとのことでした。私から弾武典に与えた情報は海軍情報部がキャッチした弾武典の生命に関する情報です。それは、弾武典の命がオメガ教団の楯山和弘とブラッククロスのクルト・ボルマンに狙われている、と云う事でした。その理由を弾武典は知りたがりました。そこで、私はその理由を教えました。それは2012年3月23日早朝に関東甲信越などの都市で発生した同時多発殺人事件でした。茨城県北茨城市、茨城県鹿島市、東京都府中市、群馬県榛名町、長野県松代市、富山県滑川市、石川県鶴来市の7都市で黒いスーツ姿の男が7人殺害されていた事件です。これは弾武典の所業ではないかと疑った楯山和弘とブラッククロスのクルト・ボルマンの二人は秘密裏に弾武典を始末する計画を立てていました。表向きはブラッククロスに協力しているように見せかけて、その裏では弾武典がブラッククロスを裏切っているのではないかと考えた訳です。また、クルト・ボルマンはナンバーファイブと呼ばれた計画に関し、日本での失敗の責任は弾武典にあると思っていたようです。そして、影の軍団に弾武典の居場所を密告し、影の軍団に弾武典を殺害させようとしていたのでした。影の軍団とは何者なのかは不明です。その情報源はアメリカ本土でクルト・ボルマンを監視・盗聴していた技術諜報班でありました。弾武典は私の話を平然と聞いていました。そして、その情報に対するコメントは何もありませんでした。今後、弾武典がどのように行動するかによって、このことが公になっても、私は二重スパイではない事をここに記録しておきます。アメリカ海軍情報部・中尉、リチャード・クリントン供述。・・・・・・・。
以上の宣誓供述を私、ヨハネ山手教会の神父であるハロルド・ペテロ・スタントンは2013年5月16日、午後3時15分に確かに聞きました。この内容に関し、私はリチャード・クリントン中尉からの要請なしに公表することはありません。ここに、神の御名に於いて、お誓いいたします。以上。供述者、リチャード・クリントン。証人、ハロルド・ペテロ・スタントン。』
録音を聞いた太郎とギャリソンは顔を見合せた。
そして、太郎が口を開いた。
「影の軍団とは岳内太郎と云う人物が率いる組織です。私は黒鵜族と呼んでいます。黒鵜族は日本国を外敵から守ることを使命としたある種の結社であり軍団でもあります。」
「影の軍団・黒鵜族ですか・・・。C国による8月のテロ計画については、FBI日本支部に匿名で情報提供がありました。現在、追跡調査中の案件です。クリントン少佐からの情報だったのですな。」とギャリソンが言った。
「弾武典は、確か・・・2012年の5月6日に筑波山で岳内太郎たちに殺されたはず。オメガ教団の楯山和弘が黒鵜族に弾武典の居場所を教え、彼を殺すように仕向けた訳ですか。弾武典は得意な能力を持っていたから自分たちでは殺せないと思ったのかな。弾武典は、自分に危険が近づいている時は、それを事前に感じ取る霊的な能力を持っていたはずだが・・・。岳内太郎はどのような手段を使って弾武典の霊的能力を封印したのだろう・・・?」と太郎は思った。
二人はその他の部屋も調べたが、SDカード以外の目ぼしいものは出てこなかった。
1階の管理人室に立ち寄って調査が終わったことを告げ、太郎とギャリソンはマンションを出て、横浜駅前行きのバス停に向かって歩き出した。
そして、歩きながら太郎は考え事をしていた。
「しかし、何故にクリントン中尉は白山さんに自分のプライベートな住居の住所を教えたのだろう?白山さんに惚れていたのかな・・・。そう云えば、レストランで食事をしているところのツーショット写真が一枚、パソコンに残されていたな・・・。あれは、たぶんレストランの給仕に撮ってもらったものだろう。あのテーブルの上にあったのはフランス料理だな・・。」
「このSDカードは海軍情報部に渡すことになります。」とギャリソンが突然に言った。
「判りました。それで、今後の私の行動はどうなりますか?」と太郎が訊いた。
「我々の使命はクリントン中尉を殺害した犯人を特定することです。それを続けます。オメガ教団の楯山とブラッククロスのボルマンを追跡することになりますが、それは別のFBI捜査官が担当しています。影の軍団に関してはFBI本部の方針決定を待つことになるでしょう。」とギャリソンが言った。
「と云うことは、アンコール・ワットの図面の出所を追及すると云う事ですね。」
「そういう事になりますかね。しかし、五里霧中ですね・・・。」とギャリソンが自信なさそうに言った。
「午前中にお話ししたカール・クリューガーとデニス・ホワイト云う人物とが昨年の12月中旬前後に来日していたかどうか、FBIで調査できますか?」と太郎が言った。
「調べてみましょう。」とギャリソンが言った。
越の風華105;メドーサの首とニケの首
2013年3月13日(火) エーゲ海・サントリニ島付近の海上
サルベージ船がサントリニ島南方の北緯35度58分の海上に浮かんでいる。
砂地の海底には、ところどころ岩礁がある。
その岩礁を避け、紫色の光で海底を照らしながら、潜水艇が海底を静かに進んでいる。
潜水艇の前面は透明で大きなアクリル板で作られている大窓になっている。
潜水艇内でハープ演奏家が弾く竪琴の音曲『月光のセレナーデ』が水中スピーカから海中に響き渡っている。
ハープ演奏家の他にカール・クリューガー、霊能者キャサリン・ヘイワード、潜水艇の操縦員が潜水艇内にいる。デニス・ホワイトはサルベージ船上に残っている。
キャサリン・ヘイワードの手にはキプロス島とトルコの間の海底で見つけた長さ20cmの羽根を象った金隗彫刻が握られている。
有線で繋がっているサルベージ船からの声が聞こえた。
「潜水艇の現在位置は北緯35度58分、東経25度30分です。」
そして、サルベージ船と繋がっている潜水艇の中でクリューガーが叫んだ。
「あそこに何かが埋まっている。」とクリューガーが右手前方を指さした。
「どこですか?」と潜水艇の操縦士が訊いた。
「丸く白い石のようなものが埋まっているだろう。ほら、あそこだ。」
「なるほど。接近してみます。」と潜水艇の操縦士が言った。
岩礁近くの砂地から頭の天辺を出すような形で白い石らしいものが2個見えている。
その場所から5mくらいの距離まで潜水艇近づいた時、キャサリンが叫んだ。
「黄金の羽根が震え出したわ。かなり大きく、小刻みに震えているわ。」
「とうとう、来たな。ところで、キャサリンさん、霊的な何かが見えますか?」とクリューガーが訊いた。
「何も見えませんわ。」
潜水艇操縦士は遠隔操作マニピュレータを操り、潜水艇のロボットアームを動かして海底に埋もれている大理石で出来た丸い石を掘り起こして掴み、捕獲ケースに取り込んだ。
そして、潜水艇は海面に浮上し、サルベージ船の甲板に引き上げられた。
捕獲ケースから二つの大理石の頭が取り出され、木の台の上に置かれた。
一つの丸い大理石は、髪の毛が何匹もの蛇の形に彫られ、口は何かを叫ぶように開いている。それはメドーサの首の彫像。
もう一つの丸い大理石は、編み上げられた数本の髪が首の横まで垂れたところで切れている。頭上の髪は中央で左右に分るように編んである。
「これが荒ぶる神・メドーサと勝利の女神・ニケか・・・。」とクリューガーが呟いた。
その時、雲間に隠れていた太陽が顔を出し、二つの大理石の彫像を照らした。
そして、強い西風が船上を駆け抜け、木の台上に置かれていた二つの彫像が甲板上に転がり落ちた。
その時、霊能者・キャサリンの手に握られている金隗の彫像・黄金の羽根が太陽の光を反射してメドーサの首を照らした。
その瞬間、キャサリンには、今まで小刻みに振動していた黄金の羽根が静止したように感じられた。
そして、西風が吹き抜けて行った船の東側の海上を眺めたキャサリンが叫んだ。
「赤紫色のオーラに包まれたビーナスが誕生しているわ。海面に浮かぶ大きい貝殻の上に二本脚で立っている大きな裸体のビーナス。身の丈は100mくらいあるわね。長い金髪を風になびかせてビーナスは立っています。そして、今、三ツ叉の槍を持った海神が海の中から現れました。そして、天空から現れた背中に羽根の生えたは白馬・ペガサスに跨りました。そして、ビーナスの手を取り、ペガサスに乗せました。今、サントリニ島の方角に向かってペガサスは海上を走り始めました。」とキャサリンは自分だけに見えている霊視映像を周りに居る人間たちに聞こえる様に説明した。
その言葉を聞いたクリューガーが呟いた。
「何と云うことだ。藤原教授が言っていた様に、荒ぶる神・メドーサは甕依姫によって改心してしまっていたのか・・・。そして、甕依姫とは、勝利の女神・ニケだったのか・・・。」
「ナンバーセブン計画は暗礁に乗り上げるのか・・・?」とデニス・ホワイトは呟いた。
「なるほど、アレクサンドロス大王はパルテノン神殿から持ち出した荒ぶる神・メドーサの首と勝利の女神・ニケの首をエーゲ海に住む海神ポセイドンに捧げる儀式を行った時、メドーサを美女に復活させてポセイドンに返すことを約束した訳か。その見返りにアレクサンドロスは何をポセイドンに願ったのだろう? カルタゴやシシリーなどとの海戦に勝利することだけを願ったのだろうか?」と、クリューガーの頭の中ではある種の疑問が沸き起こっていた。
越の風華106;
2013年3月15日(木) 午後1時ころ 東京のアメリカ大使館・応接室
太郎とギャリソンが話している。
「調査報告によると、カール・クリューガーとデニス・ホワイトと云う人物が昨年の12月に日本へ入国したという記録はないそうだ。アメリカ本部での調査でもカール・クリューガーとデニス・ホワイトと云う人物が出国した記録はなかったそうだ。カール・クリューガーとデニス・ホワイトと云う名は偽名かも知れないな。」とギャリソンが言った。
「そうですね、偽名と云うことは考えられますね。」と太郎が言った。
「それから、クリントン少佐の殺害犯人の捜査の件だが、本日午前中に、アメリカ海軍からのFBI本部に報告があった。海軍での別動調査班の捜査で犯人が判明したそうだ。FBIとしても、捜査の中止を決定しました。」
「誰が犯人だったのですか?」
「その報告は来ていない。本日までの太郎への捜査協力費残金は月末に指定の銀行口座に振り込まれるように手配をする。この用紙にサインをしてほしい。」とギャリソンが言った。
越の風華107;
2013年3月20日(水) 午後2時 中国、香港島ビクトリア・ピーク(?旗山)
双眼鏡を手に持った旅行者の風体をした大和太郎と香港で表向きは雑貨商人として山極亮輔を名乗っている的場史朗がビクトリア湾の対岸にある九龍半島の街並み等を眺めながら話している。二人は背を向けて、周囲の状況を確認しながら話している。
「昨日、ビクトリア湾に浮かんでいるクルーザ船の中で日本人とアメリカ人の射殺死体が発見されたそうです。」と的場史朗が言った。
「名前は判っているのですか?」
「新聞記事によると、二人ともパスポートを所持していたそうです。日本人はタテヤ・カズヒロ。アメリカ人はクルト・ボルマンと云う名前だったそうです。」
「ええっ、クルト・ボルマンと楯山和弘ですか・・・。」と太郎は驚いたように言った。
「知り合いですか?」と的場史朗が訊いた。
「日本国内であったアメリカ海軍中尉殺人事件の参考人です。日本の警察は動いていませんでしたが、私はFBIに協力して、犯人の捜査活動をしていました。しかし、アメリカ海軍が犯人を特定したと云うことで、捜査は終了しました。」
「クルト・ボルマンと楯山和弘がその中尉さんの殺害犯人で、海軍が報復したと云う事ですかね・・・。」と的場史朗が言った。
「クルト・ボルマンと楯山和弘が死んだとなると、アンコール・ワットの謎は判明しないか・・。あるいは、アメリカ海軍情報部はその謎を掴んでいるから、二人を殺しても問題はなかった・・・。と云う事なのか・・・? アンコール・ワットの十字回廊とエミリヤの予言の意味は何なのか・・・?」と太郎は考えを巡らせた。
「さて、本題に入ります。」と言って、的場史朗は話を続けた。
「ギリシア人庸兵組織『春雷』が例の潜水艇を使ってエーゲ海で何かを探しているようです。場所はキプロス島とトルコ国との間の海中とサントリニ島の南の海中です。何かを見つけたかどうかは不明です。ただ、どちらの場合も、西洋世界では有名な霊能者のキャサリン・ヘイワードと云う女性が潜水艇を乗せているサルベージ船に同乗していました。また、その海底探索の目的も不明です。」
「その情報は確かなのですか?」と太郎が訊いた。
「武器商人たちが交渉相手の素姓を確かめ、代金を支払う能力があるかどうかを調べる時に協力してもらう情報屋が数人います。守秘義務を心得た人物たちです。その一人の情報屋に『春雷』に売り渡した高速艇や潜水艇の行方を確かめてもらいました。漁船をチャーターしてサルベージ船を追跡したようです。信用出来る情報です。」と的場史朗が言った。
「10隻の高速艇と50台の装甲車などに関してはどうですか?」と太郎が訊いた。
「それはまだ『春雷』の基地に保管されたままの様です。本日の情報は以上です。それでは、長居は禁物ですので、帰ります。」と言って的場史朗は太郎から離れて行った。
太郎は双眼鏡を覗いたままで立っていた。
「霊能者を使って何かを確認すると云うことは、何かを霊視させるということか・・・。キプロスとトルコの間の海峡といえば、藤原教授がメドーサの首のあり場所として、トゥーレ財団の人物に教えた場所だな・・・。何か繋がりがあるのかな・・・。」と考えながら、太郎は対岸にある九龍半島の街並みをボンヤリと眺めていた。
越の風華108;
2013年4月1日(月) 午前11時 D大学藤原研究室
「アンコール・ワットの十字回廊とエミリヤの予言の意味ですか?」と藤原教授が訊き返した。
「ええ。先日、教授は契約の箱がアンコール・ワットにあるのではないかと仰っていました。何か思い当たるような事はありませんかね、教授。」と太郎が言った。
昨日にあったD大学空手部のOB会に出席するために京都に来ていた大和太郎は、東京に帰る前に藤原教授を訪問していた。
「エミリヤの予言と云えば、大和君も知っているように、『失われた聖櫃の行方は終りの時が来れば、神が教える』と云うことですかね。他にも予言をしていますが、十字架が関係するとなれば、終りの時でしょうか・・。」と教授が言った。
「何故に、アンコール・ワットの十字回廊なのですか?そこに聖櫃があるのですか?」と太郎が訊いた。
「さて、それは断言できませんが可能性はあるということです。中央にある祠堂は3重の回廊に囲まれています。これはソロモン神殿の聖櫃が置かれた至聖所と同じ形態です。本来なら十字回廊ではなく中央祠堂に契約の箱は置かれるべきです。では、何故に中央祠堂には置かれていないのかです。先日も話したように、ユダヤの王ソロモンは国際貿易船団を持ち、それを護衛する軍船群も持っていたと謂われています。BC10世紀、その船でカンボジアの地まで運ばれてきた可能性が考えられます。アンコール・ワットはインドの寺院をまねて創健されたと謂われていますが、ソロモンの時代には簡易な神殿であったとして、時代とともに朽ち果てた。そして、AD12世紀になって、その同じ場所にアンコール・ワットが建てられた。ソロモン王は当然に神殿が朽ちることは判っていたことでしょう。とすれば、神殿が朽ち果てた後も聖櫃が残る場所を造ったことでしょう。それは地下の部屋です。参道が寺院の西側に伸びているのはイスラエルの方角から来る人物を待っているのではないでしょうか。それは神の子・アレキサンダー大王ではなかった。また、十字回廊は西側参道から入って正面にあり、第一回廊と第二回廊の繋ぐ場所にあります。十字回廊は英語ではThe Cruciform Cloisterです。Cloisterは日本語訳では中庭を囲む回廊の意味ですが、アンコール・ワットの十字回廊は禊を行う沐浴場です。ただ、沐浴池は4つあり、田の字を描くような配置になっており、4つの沐浴池を仕切る通路が十字形を描いているためにCruciform(十字形)という英語が使われているだけです。日本語のイメージでの庭を囲むような回廊とは異なります。沐浴をすると云うことは清めると云うことです。鹿島神宮で云えば神様に参拝する前に禊を行う御手洗池と同じです。ところで、アンコール・ワットと云えば、七つの頭を持った蛇神・ナーガが有名ですね。ナーガは人間の顔、コブラの首、蛇の尾を持った半人半獣のインドで崇拝された神です。そのナーガが何故に東南アジアに広まったのかです。一般にナーガは七つの頭を持つとされていますが、九つの頭を持ったナーガ像がアンコール・ワットに繋がる古代道にある橋の欄干に残されています。」
「八岐大蛇ならぬ、九岐大蛇ですか・・・。」と太郎は呟いた。
越の風華・第二部;エピローグ
2013年10月26日(土)・夕刻 埼玉県さいたま新都心の高層ビル群地域
世界のトップ選手が集まった国際自転車ロードレース『さいたまクリテリウムbyツール・ド・フランス』の第一回大会が行われている。55人の選手が参加し、1周2.7 Km を20周する高層ビルの谷間で行われる周回ロードレースである。フランス以外でツール・ド・フランスの名前が使われたレースが行われるのはさいたま市のこのレースが初めてである。
『ツール・ド・フランス(フランス一周の意)』と云うロードレースは毎年7月、フランスのパリを出発点・終着点にして、ヨーロッパのアルプス山脈を通過する道路を23日間掛けて走破する世界的自転車レースで、一位になった選手には『マイヨ・ジョーヌ』と云う黄色のジャージを1年間着用する権利が与えられる。1903年が第一回大会であった。
そして、この日のレースが2013年の自転車シーズン最後の国際レースであった。
レースの終盤には、レース開始当初から降っていた小雨も上がった。
さいたま新都心の高層ビルから西方を眺めると外秩父連山が見える。
夕陽が外秩父連山の上空に浮かぶ紫雲の背後に隠れ、夕焼けが広がっている。
しかし、この日の夕焼けは少し変わっていた。
通常の日にはオレンジ色の光を発する西方の空が、紫雲の背後で緑色掛った黄色に輝いて見えていた。
黄緑色に縁取りされている大中小の三つの紫雲が山並みの上に浮かんでいる。
この日の正午、武蔵国一の宮・氷川神社で『剣の舞』の奉納神業を行った巫女の国華こと白山泰子と青山深雪こと宝達奈巳が高層ビルのレストランで食事をしながら外秩父連山を眺めていた。
「美しい夕景ですね。」と白山泰子が言った。
そして、霊能者・宝達奈巳が自分に見えている霊視映像を静かに話し始めた。
「今、あの秩父連山の上にアルプス山脈の菊理姫様が微笑んで立って居られます。」
「どのようなお姿をされていますか?」と泰子が訊いた。
「足首まで垂れている黄色い布衣を着た金髪の貴夫人です。もちろん、お美しい方ですよ。きらきらと輝いておられます。」と奈巳が言った。
「そうですか。素敵なお方なのですね。」
「ところで、あなたも巳年生まれでしたわね。」
「そうですが、それが何か?」と泰子が訊いた。
「他の神社に比べて、氷川神社の参道が2kmと長いでしょ。」
「そうですね。」
「祭神の須佐之男命様には大蛇を退治した逸話がありますでしょ。」
「ええ、それが・・?」
「実は、大蛇が氷川神社の参道を護っておられます。」と奈巳が霊視した話をした。
「長さ2kmの巳様ですか・・・。大物主様ですね。」と泰子が呟いた。
「『剣の舞』奉納をお願いした理由の一つはあなたが巳年生まれだったからですわ。今日の神業は、私がお勤めをしています南宮大社の二の宮で樹下神社、古くは十禅師神社と呼ばれていましたが、そのご祭神である大己貴命様の神託によるものでした。」と奈巳が言った。
「南宮大社と云えば、5月5日に行われる蛇山神事が有名ですが、神事の意味は何なのですか?」と泰子が訊いた。
「何でしょうね。御神輿に乗って世の中を御神幸されて帰環される神様をお迎えする蛇山。御神輿に乗られるのは一の宮の金山毘古神、二の宮の大己貴神、三の宮の木花咲耶姫神とニニギの命様です。蛇山の頂には龍の頭、龍の尾を意味する剣、そして松の木が飾られています。神事の意味は私にも良く判りませんわ。ただ、建御名方命をお祀りされている諏訪大社も南宮とも呼ばれ、『ミシャグジ』と云う蛇が関係する神事を行っていますわね。御名方は南方でしょうかね。それは北方を暗示しているのかも知れませんわね。」と奈巳が言った。
「大蛇と云えば、今、ここから下に見えている自転車レースの自転車が連なって走っているあの光景は、大蛇がうねりながら走っているように見えますわ。」と泰子が言った。
「ほんとうに、そうね。ホホホホホッ。」と奈巳が微笑んだ。
この頃、大和太郎は埼玉県比企郡鳩山町の水沼家の門前から外秩父連山の後方に輝く夕陽を眺めながら、能登半島を訪れた時の事を思い出していた。
「この美しい夕陽の感じは何処かで出会った気がするが・・・、どこだったかな・・・? ああ、そうか、能登の宝達山麓にあった手速比売神社の下社拝殿の黄色壁を見た時のイメージだ。あの時、社殿が黄金に輝いている様だったな。そう思って見ると、この夕焼けも黄金色に見えるな。手速比売命は大国主神の妻神で、諏訪大社の祭神である建御名方命の母神でもあったな。建御名方命は鹿島神宮の祭神である建御雷命に協力を誓った神様でもあるな。」
黄緑色の夕焼け空を反射して黄金色に輝く雨上がりで濡れている路面の上を銀輪輝く自転車の集団が音を奏でて駆け抜けていく。
沿道の観衆には銀輪の車軸に取り付けられているベアリング(軸受)が奏でる音がドップラー効果を伴って聞こえている。
『ジャー、ジャアーッ、ジャー、ジャアーッ。』
レース終盤、3人の選手が集団を抜け出し、団子状態にあった自転車の群は長く伸び始めた。
ビルの上から俯瞰してレースを見ていた奈巳たちにとって、その光景は、とぐろを巻いてじっとしていた大蛇が突然に走り始めたように見えていた。
そして、最初から先頭集団の真ん中に身を潜め、体力を温存していた黄色い『マイヨ・ジョーヌ』を着たクリストファー・フルーム選手が初めて先頭に立ち、追いすがるスプリント王者・サガン選手と世界選手権覇者・コスタ選手を振り切り、そのままゴールを駆け抜けた。
レース全体の平均時速は43Kmで通常のクリテリウムでの平均時速40Kmを上回った。
このさいたま新都心には氷川神社参道の一の鳥居がある。その2km真北には氷川神社本殿がある。氷川神社の主祭神は須佐之男命、稲田姫命、大己貴命である。
さいたま新都心の広場に設けられた特設会場で自転車レースの表彰式が始まった瞬間、氷川神社本殿から三の鳥居、二の鳥居を通り、一の鳥居に向かって1尽の疾風が大きな樹木の枝をなびかせ、北から南に一直線に参道を駆け抜けた。
『ザワザワザワ、ビューイーッ。』
越の風華・第二部〜契約の箱伝説殺人事件〜
完
(2014年6月20日 午後3時23分 脱稿)
目賀見勝利
参考文献:
アトランティスの発見 竹内均 ごま書房 昭和53年2月 初版発行
エジプト古代文明の旅 仁田三夫ほか 講談社 1996年11月 第1刷発行
ユダヤ歴史新聞 同編纂委員会 日本文芸社 平成11年4月 第1刷発行
アレクサンドロス大王物語(伝カリステネス) 橋本隆夫訳 国文社 2000年7月 第1刷発行
アレクサンドロス大王の軍隊 ニック・セダンカ著 柊史織訳 新紀元社 2001年1月初版
TBSビデオ新世界紀行 謎と不思議の旅・古代地中海伝説
地球の歩き方 マカオ ダイヤモンド・ビッグ社 2008〜2009年版
地球の歩き方 香港 ダイヤモンド・ビッグ社 2009〜2010年版
地球の歩き方 ギリシア ダイヤモンド・ビッグ社 2011〜2012年版
古代世界70の不思議 ブライアン・M・フェイガン編 北代晋一訳 東京書籍 2003年10月初版
いちばんやさしいギリシア神話の本 松村一男監修 西東社 2013年7月 第1刷発行
増補三鏡 出口王仁三郎聖言集 八幡書店 2010年4月 初版発行
ギリシア・ローマ世界における他社 地中海文化を語る会編 彩流社 2003年9月発行