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断じて、断じて、これは嫉妬ではないが――――
私の後ろの席の美少女は、頭がおかしい。
名前は、水前寺 ミホナ。
外見は可憐な美少女だ。
これでもかと大きな目と、長いまつげ、天使のような白い肌。
すっと引かれた鼻筋に、ぷるんとしたピンクの唇。
ノーチークなのに、うっすら赤い頬。
そのすべてが優しそうな愛らしい絶妙なバランスで顔に収められている。
肩まで伸ばした黒髪を、ポニーテールにしていて赤いリボンでまとめているんだけど、ポニーテールが似合いすぎて、どこぞのアイドルみたいだ。
完璧で完全な美少女である。
女の身ながら、ほぅっとため息をついてしまうくらいの美しさだ。
しかし、彼女は、ちょっと、いや、致命的に「残念な子」だ。
……中身が。
彼女は美少女なので、周りの男の子は皆とても彼女に優しい。
たとえば、重い荷物を運ぶ当番になったときなどには男たちは我先に彼女の手伝いをしようとする。
彼女は男の子の前では「ありがとう」と謙虚にお礼を言って可憐な微笑みを浮かべる。
ここまではオーケーだ。
そのままでいてくれたら私も目の保養ができるだけ、幸せだった。
しかし、男どもがいなくなったあと、彼女は言ってしまうのだ。
前の席に座る私にはばっちり聞こえるほどの音量で。
とある独り言を。
「うふふ。みんな、私にやっさしーい。ま、当然ねっっ 私がこのゲームのヒロインなんだもん♪」
はじめてそんなミホナちゃんの発言を聞いたとき、私は固まった。そして混乱した。
(え?え?なんで口に出すの? 心の中で、好きなだけ思ってればいいじゃない。
私、性格よくないでーすっ★って世界に向けて発信しなくていいと思うよ。
馬鹿なの?死ぬの?
っていうか、ヒロイン? え ゲームってなに?)
あまりに、衝撃的すぎて、(そして面白そうで)
そのときから、
私は後ろの席のヒロイン(笑)ちゃんから目が離せなくなった。
ミホナちゃんの前の席に座って、早2週間。
わかったことは――そう多くはない。
彼女のなかでは、この世界は乙女ゲームであり、主人公は水前寺 ミホナ。彼女である。
サポートキャラっていう、好感度教えてくれたり、攻略のヒント教えてくれる便利な相談役がいるはずなのにいなくて困惑してる。
乙女ゲームの攻略対象者は、今期の生徒会メンバー。
なので、ミホナちゃんは生徒会の執行部に入っている。
ああ、うん。なんか不思議にイケメン揃いだしねぇ。確かにそれっぽいんだけどね。
でもそんなわけないじゃん。
会計くんとか、ちゃんと地味だよ。目も小さいしメガネだしちょっと出っ歯だよ。現実なんだよ。ここは。
ああ。でも私の心の叫びは届かない。(だって声に出てないし)
ミホナちゃんは今は副会長狙いで、ゆくゆくは逆ハーレムを狙っているらしい……。
頭、痛い。
ミホナちゃん、ここは現実なんだ。
悪いことは言わないから。やめておくんだ。
「とある女子生徒が執行部に入ったくせに男に色目を使って仕事の邪魔をしている」と、まだほんの一部でだが噂になっている。
ミホナちゃんは、そんな噂などまるで気がつかず、毎日満面の笑みを浮かべて、学生生活をエンジョイしている。
ちなみに、男どもは群がっているが、ミホナちゃんに女友達はゼロである。
あ、別に、女子のなかで嫌われているというわけでもない。
美少女すぎて皆気後れしてるだけだ。
でも、奇抜すぎる性格がバレれば、気後れどころではないだろう。
苛めが始まってもおかしくない。
私たちは高校一年で、入学式のあとすぐに席替えがあった。そしてくじで決まった、ミホナちゃんの席は窓際の一番後ろであり、偶然隣がいない(前の席は私)。
そんな、かなり奇跡的な幸運で、私以外のクラスメイトに「ここはゲーム♪わたしはヒロイン♪」と思っていることは、バレてない。だけど……かなり言動が迂闊なので、いつかやらかすのではないかとヒヤヒヤしてる。
私は――悩んでいる。
彼女のおかしさに気付いているものとして、彼女の目を覚まさせてあげるのが、義務というか、人として正しい道なのではないかと。
でも、正直めんどくさい。
なんだか、話通じなさそうだし。逆切れされそうじゃないか。
ミホナちゃんが「私がヒロインだから、嫉妬してそんなこと言うんでしょ?!このモブ!」とか自信満々で言うところ簡単に想像できたよ。やっぱり絡みたくない。だって怖い。
うん。やっぱ、やめよっと。
めんどくさそうなことは、関わらないで、傍観しているのが一番よね。
……なんて、まるでテンプレ傍観主人公なことを思ったのが悪かったんでしょうかね。
ある日、私は予想外のことに巻き込まれた。
まず、靴箱に手紙が入っていた。緑色のタータンチェックのセンスのよい封筒だった。
え。ラブレターかしら、とドキドキしながら開けると、こんな文面だった。
「能見 由紀子さま
あなたにお話があります。今日の放課後、どうか一人で屋上に来てください 水前寺 ミオト」
……誰?
あ。能見 由紀子ってのは、私の名前ね。
よろしく。
けっこうなんでも平均点をとる、平凡な高校一年生よ。
国語と、体育が得意。友達は狭く深く作るほうで最近の趣味は、ミホナちゃん観察……ってどうでもいいか。
それよりも、手紙の主は……
「水前寺 ミオト」
つまり「水前寺 ミホナ」ミホナちゃんの関係者だろう。
手紙の筆跡は、とてもぴっしりしていて、真面目そうな印象をうけた。うん。字の綺麗なひとって印象良いよね。
でも、なぜミホナちゃんの関係者が私に接触してくるの?ただの前の席の女子だよ?友達ですらない。
胸によぎるのは、めんどくさそうな予感と好奇心。
私は、愚かにも、好奇心を優先させてこの呼び出しに応じることにした。
好奇心でそわそわしながら、今日も絶好調のミホナちゃんを見守りつつ一日の授業は終わり、放課後になって屋上にいくと。
そこには――――
首まですっぽりとかぶるタイプのガスマスクを装着して、うちの学校の男子制服を着た少年(?)がたっていた。
ガスマスク。
あれ。ダースベーダーみたいなやつ。しゅこーって息はくやつ。
なに、このひと。
体つきから言っても、私の同年代くらいの少年だと思うけど、よくわからない。
だって、顔見えないし。
「俺は決して、怪しいものじゃありません。」
ガスマスクの第一声がそれだった。とても無理があった。
「いや、滅茶苦茶怪しいじゃないですか……外見」
「じ、事情があって、マスクは取ることはできませんが。これも貴方のためなんです。」
必死な声色で言う彼に私はドンびきした。
ああ。ああ。そうか。私は忘れていた。
彼はミホナちゃんの関係者なんだ。頭がちょっと変なのかもしれない。
ああ。時間を無駄にした。本当に無駄にした。帰ろう帰ろう。
そう思って距離をとる。
「すみません。私、ちょっと用事思い出しました。その用事、どうしても今日中にやらないといけないんで、本当にすみません」
言いながら、じりじりじりじりと彼から離れる。
顔の見えない彼は見るからに狼狽した。
そして、
「お願いですから!!話だけでも!話だけでもきいてくださいっっ!」
叫びながら土下座された。
背筋のぴっしりと伸び、ゆっくりと深く頭をさげる、誠意のこもった土下座だった。
頭のガスマスクがすべてを台無しにしていた感じはしたけども……。
うう。ここまでされて無視したら、極悪人みたいじゃない?
しょうがない。
「ほんっとうに、話を聞くだけですよ?」
私はため息まじりにそう答えた。
「俺は水前寺 ミオト。 ミホナの兄です。」
ガスマスクの彼はそう自己紹介した。
「……私は、能見 由紀子です。水前寺さんとは、ただのクラスメイトなんですが…」
「ただのクラスメイト……ああ。やっぱりそうですよね。
そんな関係なのに、こんなお願いをするのは、図々しいのも百も承知なんですが、ミホナについて、お願いがあるんです。
あいつ、乙女ゲームだとか、自分がヒロインだとか、そういうこと……言ってますよね?」
「……」
とっさにYESと言いそうになって躊躇する。話の内容しだいによってはそう答えてはまずいのかもしれない。
黙る私を無視して、彼は続けた。
「その、こんなこと、頼める筋合いではないって分かってるんですが、
その、ミホナが乙女ゲームってやつをクリアするのを、
助けてやってほしいんです。」
ぺこぺこと頭を下げるガスマスク。
「……俺にできることなら、なんでもしますから。」
苦悩が滲む声だった。
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