オオカミ少年の理由
子供の頃の話だ。“オオカミ少年”とよく揶揄されている男の子がいた。もちろん、野性的でオオカミっぽいという意味ではなく、例の童話の“オオカミ少年”の方。つまりは彼はウソツキだったのだ。
基本的には、それほど迷惑になるような嘘はつかないのだけど、それでも繰り返していけば嫌がられ疎まれる。彼は周囲の子達から信用を失っていった。
罪もない嘘が多かったから、多少は可哀想に思えなくもないけど、ただ一人、それで大きな迷惑を被った女の子がいた。名前は、確かユカリといったはずだ。どんな漢字だったかは忘れてしまった。
そのユカリという女の子は、オオカミ少年の男の子に、酷い嘘を言い振らされていたのだ。
それは、学校のゴミ箱の中に捨てられていた汚れたパンツが、そのユカリという子のものだという、女の子にとってはとても屈辱的で恥ずかしい内容だった。多感な子共時代なら、なおのこと傷つくだろう。
ところが、中学生の二年になると、そのオオカミ少年とユカリという女の子は、なんと付き合い始めてしまったのだった。私にはそれが不思議でならなかった。
「なんで、あんなウソツキな子と?」
それで私はそう問いかけた。しかも、酷い嘘までつかれていたのに。それを聞くと、その子は少し恥ずかしそうな顔をしてから、「ウソはつくけど、ウソツキじゃないの」と、そう答えて来た。
どういう事だ?
私には意味が分からなかった。仕方ないので、恋は盲目の類かと思って、気にしない事にしたのだけど、やっぱり納得はできなかった。
ある時私は、ふと思って、その思い出を同じアパートに住む、鈴谷凜子という大学生の女の子に話してみた。私はこの凜子ちゃんの部屋によく遊びに行くのだけど、まぁ、その時の他愛ない暇潰しの会話として。
この凜子ちゃんには、妙に鋭いところがあって、日常のちょっとした謎を簡単に解いてしまう事があるから、それに期待したという事もあった。
話を聞き終えると、凜子ちゃんはこんな事を私に尋ねて来た。
「綾さん。もしかして、そのユカリという人がウソをつかれたのは、まだその男の子がオオカミ少年と呼ばれる前じゃなかったですか?」
私はその質問を不思議に思いつつも、こう答えた。
「そう言えば、そうだったかもしれない。よく覚えていないけど」
その私の答えに、凜子ちゃんは妙に納得したような表情を浮かべる。私はそれが気になってしまった。
「どうしたの? 何か分かったの?」
「分かったというか、単なる予想ですけどね」
「予想でも良いから、聞かせてよ。気になるじゃない」
それを聞くと、凜子ちゃんはこんな事を言って来た。
「綾さん。オオカミ少年は、普段からウソをついていたら、本当の事を言っても信じてもらえないという寓話ですよね?
じゃ、もしもですよ。もしも、本当の話をウソにしたかったなら、それと同じ手段が使えるとは思いませんか?」
「本当の話を、ウソにする?」
「はい。ウソをたくさんつけば、その人が言った本当の事も、ウソだって事にされるとは思いませんか?」
そこまで聞けば、流石に私にも彼女の言いたい事が分かった。
「もしかして、ユカリについてのウソだけは、本当だったって事?」
「かもしれませんね。そのオオカミ少年の男の子は、恐らく何かで偶然に、その事実を知ってしまった。それでつい、その話を色々な人にしてしまったんだと思います。彼女が傷つくことを分かっていなかったのでしょう。ところが彼女が傷ついているのを知って、後悔したのじゃないですか。
普通なら、もうその時点で手遅れなはずですが、その男の子は、“本当の事”をウソにする手段を思い付いた……」
「んー なるほど。で、ウソをつきまくって自らオオカミ少年になった訳か。それで、ユカリの件もウソだと思わせた。やさしいわね。それなら、女の子は惚れちゃうかも」
もちろん、それは凜子ちゃんが思い付いた単なる予想なのだけど、それでも私は、幼い小さなやさしい恋の物語に、少しだけほっこりなったのだった。
久々に、ほっこりなれるものをと思って書きました。なれましたかね?