kyo u hu no 大(魔)王
ある日、遅ればせながらキョウフの大(魔)王が降臨した。そこは、現代、日本、東京のとある場所。
王様はかつての約束を果たそうと、この地上に滅亡をもたらすため降り立ったのだが…
そこから始まる物語ですが、下記についてご注意ください。
・体裁が崩れて表示されるかもしれません。不手際ですみません。確認しだい直しますのでご了承ください。(←一応一度手直しを入れました。同じPCで行っているので、他の状況では見え方がどうなるか、また携帯での確認を行っていないのでそちらの見え方もわかりません。今後手直しをするかもしれませんが、重ねてご了承ください)
・作中の内容はフィクションとしてお取り扱いください。一部宗教や歴史に絡んだ記述がありますが特定の宗教や歴史の解釈について誹謗もしくは推進する意図はありません。生死についての記述などもありますが、作中の全てのことにおいて価値観の押し付けや否定などをすることはありません。
・また、そのことも含めまして、お読みになる際は、自己責任でお願いいたします。
物語の前にいろいろ言って、気分を重くさせてしまっていましたら、ごめんなさい。でも、結果的に読み手と書き手の双方が不快なことにならないためにも必要と思ったので記載させていただきました。
「意味あって、意味なし」「可愛く」つまり軽妙さがコンセプトで描きだした物語世界ですので、それほど強くご不快に思われる要素はないと思いますが、どうぞお読みになる際はお気をつけください。
ご一読ありがとうございます。
では、お読みいただける方は、どうぞ、この下へお進みください。魔王や天使やクレープ屋さんらが登場する物語世界、一時、笑顔でお楽しみいただけましたら幸いです。
どうぞ~。
kyo u hu no 大(魔)王
「なんじゃ」
うるさい。 のーーー。
ガチッ Rururururu が消えて、再び安息の眠りが訪れようとする…が、待て。
マテ、よ?
「うううううん? わしゃ、なんで…」
がばっ うおっほ
「いやーーーん、寝坊してもったーーぁ」
今は西暦2012年某日、そんなこんなで世界は平和☆
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「ふ、ふふ、ふふーん。よおーし、今日もおひげが、最高潮★」
ステキおひげを、手で撫で終えて、金箔で縁を覆った豪奢な姿鏡を覗き込んでいた王様は、さっと手を払うと翻す赤マントも鮮やかにさささっとポオズを決めて見せた。
「わしってサイコー」
念のためっ、と金の塊りをひとつ、いまの最も流通する金銭へと交換をして、どこでも言葉が通じるおまじないを自分に施して、それで出かけるまえの準備万端!
んふふふふ。さ、世界を滅ぼしに行くかな。
西暦2012年某日、地球の平和はそろそろやばいかもしんない。
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地球。
日本。
東京。
「ほお、しばらく見ん様になった間に、ずいぶんと人も物も増えたもんじゃて」
王様はきょろきょろと辺りを見回しながら、地上に降り立っていった。
これぞ、いまこそ、魔王降臨っ!
約束したとき目安とした2千年紀の終わりには少し遅れてしまったが、問題はない、いまからぱぱっとささっと何もかも消してしまえばいい。
その瞬間をどこで、行うか、自らの勝利を堪能するかが、問題といえば問題なのだ。
「ほおーーー。しばらく見ん様になった間に、ずいぶんどでっかい塔が立ったもんじゃてーー」
大魔王様、意外とご関心。人類もここしばらくの間にだいぶいろいろ頑張ったのかもしれない。
降り立った場所は、ちょっとひらけた、人もものもここだけなぜだか少ない場所。
硬い足元、緑のかすかな匂い、それから、------あま~い匂い。こ、これは……!
はうあーー、わしゃ甘いもんには目がないのじゃあーーー、
「ど、こ、か、な」
弾む足取りで、匂いのもとを追う王様。
某日、某所、5、4、3、 …カウントダウン停止。
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世界の行く末はほんの僅かだけ延びたかもしんない。
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匂いのもとは、クレープというお菓子だった。
小さな赤と白の縞柄の屋根がかぶる店先で王様、軽やかに足を止めて、その美しくお菓子が作られる工程をうっとりと眺めていた。
「おじさん、変わった格好してるねー。クレープ食べるの?」
「ひとつおくれ」
「なに味? いろいろあるけど、--おじさん外国人だよねえ。日本語上手いけどメニューわからない?」
「メニュウ、とな?」
「これこれ」
いって、王様の前に店に来ていた少女の手に、銀色のコインと引き換えにできたお菓子を渡してから、屋根と同じ赤白縞柄の服を着た娘が示したのは、小さな店の横がわに張られた一枚の板。
ほおお?
精細な絵つきでいくつも娘が今焼いていたようなお菓子がのっている。
こっから選べばいいのか、と真剣に見入ることしばし、屋根と同じような赤色と白色の美しい色合いのひとつを気にいってこれを示した。
「これは苺レアチーズクレープ。バニラアイスと、レアチーズのケーキと、苺のソースがかかってんの。ソースは生苺をジャムにして作った特製だよ。これでいいの?」
頷いた王様に、鼻歌交じりに娘がお菓子を作っていく。王様が求めた形のお菓子へと、形が次第に出来上がっていくのだ。
それを感心して王様は眺めていた。
「器用じゃの。美味そうじゃ」
「ちょっと待ってねー。すーぐできるから、よ、ほっ。はいできた、お代は五百円です。今日は気温が高いから、アイスが解けないうちにどうぞ」
「おお、ありがたい」
そういって王様が差し出したものに、娘はしばし固まった。
そしてそのまま、首を傾げつつ、あー、と出しづらいといった感じで声を出した。
「最高額のドル紙幣は、ちょっと困るかなー。えっと今のレートはいくらだろ。おつり、足りるかな…」
と困ったようにぶつぶつ言って、エプロンのポケットから小さな四角いものを取り出して、なにやら始めてしまう。
それに固まる王様。わしの菓子はどうなるんじゃーーーーー。
「あ、えっと解けるか、じゃあお先にどうぞ。食べてて」
「いいのか?」
「どうぞどうぞ。おつりはちょっと待ってねーーー」
と再びなにやら始めてしまう娘だが、色合いの明るい紙に包んだお菓子を王様に渡してくれたので、それをうけとって食べ始めた。いまだ王様の手の中に一枚の紙幣が残っているのだが、無用心な娘にちょっと呆れつつ…
が、
それどころではなくなった。
は、
ら
しょーーーーーー
「美味」
うま、うま、うま……
「なんじゃこりゃ」
王様、感激。 大、感激。すごい、美味すぎる。
涙が出てきた。溢れて止まらない、この味をどう言葉で言い表していいものだろうか、いや言葉など不要。だが、叫びたい。世界の果てに届かんばかりでさけびたい。
「うまーーーーーーー」
叫びじゃ足りなかった。踊った。コサックダンスは王様の得意とするところだ。
靴音も軽快に、手元のお菓子の一滴も落とさず、うまい、と連呼しながら、喜びにむせび泣きながら、踊った。
すると、どうしたことだろう。王様の純粋なる喜びの雄たけびに呼応したのか、複数の人だかりができはじめていて、娘がこまったように王様と人だかりを見比べつつ、手元の四角いものを操っている。
王様は皆まで言わせるつもりはなかった。
娘に語りかける。
「娘よ、焼くがいい、作るがいい、その味を世の者に知らしめるがいい。おぬしのそれが終わるまでわしは待つ、いくらでも待ってやろう! さあ、さあ」
娘は困ったように、でも、ありがとっ! と声をあげると、列を作って並び始めた客たちを、一旦四角いものを脇において相手しはじめた。
それを少しはなれたところで見やりながら、王様は思う。
この店と娘と、それからこの近くの場所と人と物はちょっと残そう。
王様は真にすばらしいものを賞賛できる美徳を持っていると自負して長いことたつ。その信条はいくら訳があろうと曲げられるものではなかった。
せっせとクレープを焼く娘の様子を眺めて、ひとつ頷き、腕を組んだ。
地球の命運は、クレープの列に通ず。 …娘よ、焼き続けよ、そして皆、並べ!
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暑い日のクレープは格別だ!
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「ごめんねー、ありがとねっ。はいこれお釣り。それから待ってもらって、お客さんも呼んでもらったから、御礼によかったらもうひとつ、クレープご馳走するけど」
「なに? よいのか、そんなことで」
「よいのよいの。今日は新しいお客さんもいっぱい来てくれて、助かっちゃった。みんな美味しいって言ってくれてたし」
そりゃ当然だろう。美味しくないわけがないし。なにせ王様のお墨付きだ。
うむ、と頷いて、王様は、なにがいい?と 板を見て聞いてくる娘に、では、と相対した。
なにがいいかなーっと。
板を覗きながら、王様のかかとは地をたたいて弾んでいる。
ぷりんぱ風味、というものを食みながら、王様は歩き出していた。
娘は釣りについて懇切丁寧に説明をして、貨幣価値というものを王様に教えてくれていた。
その娘によれば、今王様の手元にある一枚の紙幣を崩した残りは、あとクレープを百八つは食べられる、というのはかなり大げさだけど、他にもいろいろお菓子を食べても大丈夫なくらいあるらしい。
呼び名から価格の大小まで教えきった娘はそういって、あんまり高額紙幣簡単に見せちゃ駄目よ、と念を押していた。
王様を害せる人間などいるわけがないのだが。
…そうあの大天使をのぞいては、そうそうそのような存在などいないのだ。
むかーーーーー…。
うっかり思い出したら、むっしょうに腹が立ってきて、王様はこの苛立ちを抑えるためにも次なる甘いものを目指して歩き出した。
手の中の残った紙くずは、娘に言われていたとおり途中の編み編みのゴミ籠に捨てる。
ふんっと苛立ちとともに。
______王様よ、なにかそろそろ忘れかけてないか?
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こっちはとても有難いんだけど…地球の命運よ、今はどこらへん?
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苺大福、ういろう、抹茶パフェ、
あんみつ、みたらし団子、栗きんとん。
東京某所、和スイーツフェスタ、という、とあるデパート地下の催事場にて。
和、すいーつ と呼ばれるものらしいそれら甘いお菓子を食べつくして、王様は大変満足していた。
この時代のお菓子のなんと美味いことか。しばらくの間に、人類のお菓子の発展は思いのほか進んでいたらしい。
歩いて歩いて、見た目も味も様々のお菓子を食べつくしたころ、王様はふと思いついた。
他の物はどうなっとるんじゃろーーー。
これだけ、甘いものの目覚しい発展があったのだ。他のものだってなにかしら、王様の興味を満足させるだけの成長振りがあるかもしれない、と考えた。
そう考えた王様の目が、ちょうどふっと目にしたもの。
ーーーーー『八階、ギャラリーにて、 世界の絵本展 開催中 』
と書かれた幕が掲げられている。 無論王様はたまたま降り立っただけのこの地の文字は読めない。だが親切に幕の下のほうには、いくつかの本がひろげられたかたちで、描かれている。
本か…… 本は大好きである。すばらしいものを尊ぶ王様にとっては本はそれ自体が一種の芸術であるといえた。知識の積み重ね、そこを苗床とし育まれるもののなんと多いことか……。
それを見上げている王様に気付いた壁際に立っていた店のものの一人が、八階にて今日まで開催しておりますよ、と声をかけてくる。
今日までか、とうなずいて、王様はそのものに促されるまま、開催場所にいけるという箱の中にはいった。
もうかなり長く寝ていた王様の知識欲は留まるところを知らない。
ちょっとのあと、少々顔を青くして八階といわれたところで開いたドアから外に出た王様は、うっかりとんでもないものに乗ったと浮き立つような妙な感覚を思い出しちょっと後悔しながら、周りを見回した。
本。本。本。 と唱えながら見た王様は、衣服やら装飾品やらの置かれた場所の向こうに、先ほど描かれているのを見た本の絵と同じ物が壁に掲げられている場所を見つけた。
あそこか。
近づいていった王様は、受付から案内を受けて半分に切り取られた紙片と、数枚の紙束とともに中に入り、白い壁に仕切られた空間を歩き、そこに掲げられたいくつもの精緻な絵を見ていった。
………なんということか。
王様は先ほどから、感涙が止まらなかった。
このような、 このような …
王様の手には、今、一冊の絵本が握られている。
その表紙には『手袋を買いに』、とタイトルが、そして幽玄なる色彩の筆の走りで、柔らかくも絆、そして人の温もりや冬の寒ささえ感じる力強い絵柄が描かれていた。
王様にはこの国の文字が読めない、が、それを超えて並ぶ文字から幾つかの文字列から行間から紙面からさえも訴えてかけてくるメッセージすら感じられるのであった。
その美しきこと。読めぬがゆえの理解の制限と、読めぬがゆえの制限なき理解と。何ものも『読む』力を損なわせはせぬ、絵本というその世界の広がりよ。
ああ、 …
目を閉じ涙をようやく止めようとしていたところに、お客様、と横合いから声がかかる。
見ると一人の場内の係りのものと同じ服を来た娘が立って、王様の様子を窺うようにハンカチを持った手を差し出しながら、覗き込んでいた。
「こちらで、よろしかったらお休みになれますよ。どうぞ」
「うむ……すまない」
泣いていた目はまだ、視界の鮮やかさを取り戻していない。危なっかしい足取りながら、娘が差し出していた花のにおいのする花柄のハンカチは丁重に断って、自分の真っ白なハンカチを取り出すと目を押さえて歩き出した。
「どうぞ」
そういってテーブルと椅子がそろいの場所に座したところで前に出された、緑色の液体の入った茶を飲み干すと、王様はふっとため息をついた。
泣いた後は、--そうそう泣くことなど今までなかったのだが--、水ものがほしくなるものだが、一息に飲んだそれは暖かく、優しい味で、心の中まで柔らかくほぐしてくれるような気がした。
今まで飲んだことがなかったものだが……
「これは…?」
カップを持って王様が聞くと、娘は緑茶といって日本では良く飲まれるお茶なんですよ、といってもういっぱい注いで持ってきてくれる。
有難くそれを受け取って、今度は一口をゆっくり含むと、またふわりとした柔らかさのある味わいが口の中に広がって、今度は満足のための吐息を吐き出した。
「美味いな」
「ありがとうございます。…落ち着かれましたか?」
「すまんかったな。どうも気持ちの高ぶりを抑えられんで…迷惑をかけてしまった」
「いえ、こういう言い方は失礼なのかもしれませんけど、なんだかわかります。私も絵本を読んだり、感動することがあると泣いてしまうんです。だからお客様の気持ちは良くわかる気がしてしまって」
「そうか…」
いっぱいの緑茶をゆっくりと飲み干すと、王様は丸い形をした取っ手のない陶器のカップをテーブルにおいて、手に持ったまま持ってきてしまった本をテーブルの上から取り上げた。
ぱらり、ぱらり、とページをめくっていく。すると絵が、文字が脳に王様の心に直接飛び込んで、形成してしまう。感動を。
またじんとしてきた目元を指の背で押さえて、王様は、コホンと、咳払いをするとともに立ち上がって世話になった娘に礼を言った。
「ありがとう、世話になった。この本は元の場所に戻しておけばいいかな」
それは展示コーナーと書かれていた、たくさんの絵本が台の上に置かれていた場所から持ってきてしまったものだった。
聞けば、そこにある本は来場者が好きに手にとって中身を閲覧してよいものだといっていて、そのとき王様はひどく感銘を受けたものだった。
笑顔の娘は戻しておきます、と王様から本を受け取ると、あちらで展示物と同じ本や絵葉書などの小物の販売もやっていますから、良かったら覗いていっていってください、といって、きれいな礼をしながら王様を見送った。
販売コーナーで先ほどの本と同じ絵本と、その一場面を小さくして一面に描かれた絵葉書というものを手に入れてから、王様は機嫌よく絵本展をあとにした。
-----うっかり忘れてまた箱型の乗り物に足を踏み入れてしまったのは、そのあとのちょっとしたエッセンス的出来事。
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さあ、地球の結末の未来はさらに遠のいた、もうこの定期あおり挿し込み設定すら、必要でないのでは、と思われた諸君、あ・ま・いっ! ☆!!
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さて、都内某所。王様は、またてくてくと歩き出していた。
そろそろもう日が翳り始めている。
もうそろそろ、この世に終焉をもたらさなければならない時間だ。
とはいっても、そうしないことに決めた場所が、いくつかできた。さきほどのクレープ屋しかり、デパートという店の地下の大量のお店群しかり、世話になった展示場の娘のいる店しかり、
あのような絵本が生み出されるに関連する世界の中の場所しかり、 …短時間の間にずいぶん増えた、と王様は思う。
この世界には、意外と消え失せてはならないもの、消えてはならない思いといったものがあるのかも、…多いのかもしれない。
王様が思っていた以上に。
そう思い、王様はなぜ自分が、世界を滅ぼそうと考えたのかを思い出す。
それはおよそ-----およそ何年前の話だろう。
覚えていない。だがひとつ、覚えている。
あれは、ノートルダムという男がずっこけた道端での出来事だったのだ。
そうしてことは原因となった過去へと遡る-----
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わしと大天使は言い争いをしていた。それはとても激しく、人気の乏しい広野の道端であったといっても、偶然通りがかった一人の男がそれの激しさに驚くあまり、転んで呆然と聞き入るには十分のことであったのだ。
大天使は言った。
「おまえはノーテンキすぎる」
わしは言い返した。
「おまえは根暗すぎる」
わしらは一歩も譲らなかった。 正直に言うと、言い争いを始めた理由は覚えていない。が、わしはこの世のすべてがなくなってもさして問題ではないと主張して、大天使は、才知の溢れる人の種が支配権を持つこの世界がなくなってしまえばこの世から楽しいことが何もなくなってしまう、それでは我々にとっても大変困ることになる、とその真逆のことを唱えていた。
わしらは朝から初めて、夕暮れの迫るときまでそのことを言い争い続けていたと思う。
やがて。
大天使は、きつい表情でその根暗にじめじめした顔立ちをさらにユーモアの余地のない状態にしながら、その言葉を口にした。
「ならば、やってみるか? おまえがほんとにこの世界からすべてを消して、今と同じようにノーテンキに振舞えていたなら私はおまえが正しい主張をしていたと認めよう」
「ほう?」
わしはその言葉に、頷きを返しながらも、大天使の言葉に胸中笑い声を上げていた。
ばかな。そんな勝ち負けのはっきりした勝負をもちかけるなんて。
そもそもこの男は全てにおいて一つとして気にいったと思ったこともないほど、そりの合わないやつだったが、その鼻を今度こそ明かせると思ったものだった。
わしゃ思案をしているふりを装って、大天使のこのばかげた提案と闘争心を煽った。
「そうさな…」
「自信がないのか?」
「いやいや、自信がないとは言っていないよ。しかしだな、おまえにはおまえの主を無視できない事情があるように、わしにも、わしの信念としてこれは長く残していくべき価値あるものだ、と思っていたものは、例えそれが消えたとしてわしがそれまで通り笑っていられるのであろうとも、残さねばならない理由がある。わしは自分の信念には忠実でなければならん」
そうでなければわしの頑固さこそが、その世の存在の理由になっている魔界が消えてしまう。
--実のところ、少々破損してぶうぶうと万事に細かいアスタロト辺りに言われるほうが完全に消えるよりも面倒な気もするのだが。面倒ごとは自分を変える理由までにはなりはしないが、ただただ好きじゃない。
そして仮に魔界もしくは地球自体が消えれば、大天使の主が作った『空間世界』の今保たれているバランスがかしぐ、そうなれば大天使の主も望まない目覚めを強いられる、それは大天使にも望むところではないということで、この辺りは簡単に意見の一致を見た。
「そうか…ならば主の眠りを妨げないように、地球は消え失せさせず地球の中の人が作り上げた世界だけを消し去ることにしよう。そしてお前が残す価値があると意見を持ったいくつかは残すことはよしとしよう。だがいくつかだ、千も二千も残すことは駄目だからな。それと」
「なんじゃ」
「消えさせた後に、いまいちど再生させることは決してまかりならん。失われた命を元に戻すために時間軸を狂わせることは主の最も厭うひとつだ。それはよいな」
「いいだろう」
そんなこんなでわしと大天使の賭けが始まった。--始まろうとした。そのとき、道端に転んだまま話を聞いていた男が、声を上げなければ。
「お、お待ちください!」
なんじゃ? なんだ? とその存在を気付いた瞬間から忘れていたわしと大天使が、ふりむくと、男は、跪いて深く頭を下げてこちらに向って、震えながらも声を張り上げていた。
「な、名のある天上のかたがたとお見受けいたしますどうぞそのお話は待ってください。 いくらなんでも何の猶予もなく、いきなりの滅びのご宣言はあんまりでございますゆえっ!」
そういった男の言葉にわしと大天使は顔を見合わせて、同時に首を傾げた。
「聞こう。なぜいきなりはあんまりなんじゃ?」
「猶予もなく、という真意は?」
どちらがわしの言葉かというのは、すぐわかるな。説明しなくても、陰気な問いかけのほうが大天使じゃ。
「それは、人の世にも流れというものがあるからです。人と同じように人が築く世界もまた生を過ごし発展いたしますし、この世界はまだほんの小さな子供のようなもので、成長しきる前に、その生を終えるべき年に達する前に無理に終わりにされてしまうのは、どんな生き物にとっても同じく無情のことでございます。それは人にとっても世界、という存在にとっても同じこと。
どうぞそのお考えはもうしばらく後まで、お控えください。この世界が真にその生を終えるときがくるまで。どうぞ」
そういうと男は下げていた頭をさらに深く地面につくようになるまで、引きさげて、わしらの言葉を待つようにその身を硬くして動きを止めた。
ふうむ、とわしらはひげを撫で、大天使は角ばったあごに手を当てて、考え込んだ。
男の言ったことには一理もニリもあった。だったら答えは決まりきっている。
わしは大天使を一度見ると、その頷き代わりの視線を受けてその男に答えた。
「わかった。頭を上げろ、跪く必要もない、立て」
「いえ…私はこのままで」
「そうか? 苦しそうな体勢だが--魔王に跪くぬしのような裏表ない人種はなかなかいないと思うんだがの」
数瞬間があいた。それからがばりと頭が上がった。
口が、ぱくっと開いて閉じてを繰り返したあと、がばっとひらくと素っ頓狂な声が響いた。
「ま、ままま、ままま、魔王様っ!?」
「そうじゃー?」
「うっそ? え、魔王様?」
先ほどとはずいぶんと趣の変わった若者の声が、--多分こっちが地だろうが別に構わない、言葉は言葉だ伝われば大概のことはよーし--問いかけてくるのに、頷き返すと、
わしはポオズをとって魔王の雄姿というものを見せてやった。
「わしは魔王じゃーーー」
「うっそお……」
「信じられんのも無理はないがな人の子よ、あやつは正真正銘昔堕天してから魔の王などという世俗的な名乗り方をはじめた地底世界の統率者だ」
「……」
口を挟んだ大天使と若者がやり取りをするその間、わしは失礼な大天使の言葉は聞き流し存分に魔王の姿を堪能できるようにポオズを取り続けてやった、視線は斜め上じゃ。絵画ではおなじみだな。
あまりのすばらしさにか呆然としていた若者に、大天使がぽんと肩に手を置くと、教会に通いたくなる気持ちがわかるだろ、と声をかけていた。
呆然としたまま頷く若者。どいつもこいつもすてきなポオズの価値がわかってないのっ! もっとも原始的な芸術じゃろってからに、な!
「そちの言い分はよくわかった。世界が成長しきり終わりを迎える時期と考えると、そうだな……2千年紀の終わりごろ、多少前後するかもしれないがそれほどで期限はどうか」
大天使の言葉に呆然と頷く若者。…こやつあんがいと芸術がわかっているのかもしれない、わしの様子に魂を抜かれておるわ。
ま、その言葉に反論はないので頷くと、大天使もまた頷き返して、
「ではわたしはそろそろ天上界へと戻ろう。主の様子も気になるしな」
「どうせ寝ているだけだろ、あのひとは」
大天使が言うのに、そう言い返してから、流れるように続けていた一気集中のポオズを止めて、集中しきったあまり若干覚えた疲労からたまには寝るのも悪くないかもしれない、と思い、
「わしも戻って寝るか。目覚ましを世紀末にセットしとけば、寝すぎることもないだろうからな」
「寝坊するなよ」
「するか、誰かじゃあるまいしそこまで寝てばっかりもいられないわ」
そう言い返して、ではな、とわしと大天使は同時に姿を消しかけ、ふと思いついて--天上の、と魔王の立場ではいえないところが歯痒いが--芸術を解したかもしれない若者に名を問いかけた。
若者は状況に飲まれていた自分を取り戻すと、ノートルダム、と名乗り再び深く頭を下げてわしと大天使を見送った。
広野に茫洋と辺りを見回す若者がひとり残される。
そして
世界は滅亡の時を迎える。
今、ここに恐怖の大魔王現れたり。西暦2012年某日某所に降臨す。
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っていうのは困る。うん困る。これが現代に生きるものの感覚かと。ノートルダムさん、なんでもうちょっと先のある説得の仕方をしてくれなかったの、---え? 世界の成長と終わり説は本気だったし、やることやったし、その先のことまで責任もてないよ、って、 え?
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というようなことを、王様はお台場の観覧車に腰掛けてちゅっぱちゃぷすという名の飴を口の中でまわしながら、つらつらと思い出していた。
この観覧車という乗り物は、思い出しつつ考え事をするのにちょうどいい。
エレベータという移動用は小型乗り物は、馬車などと同様で移動用、つまり実際的な使用目的があってのことで、多少の乗り心地の不便さなど仕方ないものだが、乗っている間の面白さ楽しさを追求した観覧車という乗り物は、たしかにそこから見える景色がきれいで、気持ちの悪さのないゆったりとした風に乗る揺れ方が、ひどく心地がよかった、
---さきほど打ちあがった花火に思わず立ち上がったときの揺れ方には、ちょっとドキビクっとしてしまったが。
そういうわけで王様は、袋で十二種類入ったものから赤勝ちの覆いがかかった一本をぬきだして、口の中で二種類の味が解け一体化する感覚を味わいながらなめ続けつつ、考え続けていた。
くりりっと白い棒を回転させて飴を口の中でまわしながら、組み立てたひとつの仮説をおさらいした。
このまま大天使との約束であるこの世の滅亡を実行に移せば。
まず沢山の命が失われる。だが命はいずれ、やがて何がしかの形で終息するものだ、それがどういった失われ方になるかに、大天使も自分も重きを置いたことはなかった。通りすがりだった人間の男に命が尽きるときが来るまで不自然に手折ってはならないと言われ、それはそのとおりだと納得もしたものだが、そういわれてふと思い返してみれば、すべての命にそれは当てはまらないだろうか。
今ここで、世界に終わりを迎えさせれば、命はその到達を見ずに無数に失われることになる。人の命も、人の世界に根付いた多くの草や木の植物の命も、動物の命も--そして人が作り出した、無数の物物の『命』も。
王様は思案しつつ、布でできたバッグから透明な素材の小さな袋に入った物を取り出してみた。
それは道を歩きながら通りかかった王様に、『キャンペーン中ですぅ』といって渡されたもの。聞けば少し先に販売を開始する予定のものを、一足早くお試しの品と話題づくりに配布しているものだそうだ。中身はお茶で、昼間出してもらって飲んだものとは違い、西洋でよく好まれて飲まれている紅茶…ブラックティーらしい。
それから、とさらに内側のポケットから横長の紙を一枚取り出してみる。
これは途中の路上で、ギターという楽器を手に歌っていた少年から、立ち止まって聴いているうち涙がまたもやこぼれて止まらなくなっていたら、歌い終わったときに渡されたもの。--誰か知り合いと一緒に、と二枚を手渡されて首を傾げつつ聞いたところによると、近いうちにそこに書かれている場所でライブ…こうやって路上で通りすがりのものに聞いてもらうためでなく歌を聴くために集まった大勢の前で歌を披露する場に立つのだという。
ぜひ聞きにきてくれ、と恥ずかしそうに言った少年に、恥ずかしがるなばか者、そんなすばらしいものを持っていながら、と鼓舞した王様だった。
それにこのバックはそうやって道行きながら自然と手に物が溢れやや難儀していたとき、通りかかった半ばくらいを生きた女性に、販促品のもらい物だし何度も使っているものだけど、だからもしよかったら気にしないで使って、といって手渡されたもの。新品でなく貰ったものだといってもきちんと洗って畳まれていたらしきそれは、ぱりっと折り目正しく使い勝手よさそうで、王様は有難く貰い受けた。わからなかった販促品、という言葉の意味を例によって尋ねてみれば、ある商品をたくさん売るために工夫で、要はおまけ、のことよ、と笑って答えられた。
なるほど、このようなおまけをつけるのは古今東西あることだが、うむ、こんな丈夫そうで質のいいカバンをなあ、と感じ入っていると、そのほうがものの溢れた現代ではかえってごみが出にくくなるし沢山の人にバッグにかかれた商品名も見てもらえるでしょ、と朗らかに笑って言われ、それにまたなるほどなあ、と唸った王様だった。
そんなことを思い出し、布製のバッグから溢れそうになっている飴玉の大袋や祭りの会場で手に入れた風車というきれいな静謐さを持つ玩具、本にあいだに丁寧に挟んだ絵葉書に、どこそこのなにが開かれるという案内のチラシという紙や、 …そういったものを目に留めて、王様はふと息を吐いた。
こういったもののすべてが失われるのだと。命が、人の人が関わるもろもろの命が--それが生きることなく、費やしてきた時に蕾もつ花を咲かせることなく、笑顔が再び見えることはなく、---そう考えると泣きたくて泣きたくて、 …涙が零れ落ちてきそうで、どうしようもない気持ちになった。
これが死か。…いや、死以上に救いのなきことなのかもしれぬ。つなぐことなく、絶えて、何もなくなる。これが滅亡というもの。
あまたの終わりを見てきて、自らもまた執着をしてこなかった『せい』の最期。初めて今、その痛みを思い知った気がした。
きっとこの時代だからというわけではない、いつの時代にも存在していたのだろうに、自分がおろかにも頑迷であったばかりにそれに気付くことすらなく、そうして時を過ごし--あのような約を結んでしまった。
馬鹿なことをした。なにが笑って、ノーテンキでいられる状況だということか。
もしこのまま約を実行したなら王様は二度と笑えず、泣けもしない、王様の心は怒ることも何かを感じることも二度としない--そう思う。そうやって生きていくことが果たして本当に生きていくととになろうか。
そう思う。
だが今更約束をたがえることができようか。王様の頑固さには、信念には魔界の存在がかかっている。
今までならばその存在さえやがては滅するときが来るものとしか思わずにその滅びをも受け入れていただろうと思う、だけど今の王様には、
魔界に生き根付く命もまた尊いものに思えてならなかった。
そしてその命は王様の肩にかかっている。絶やすわけには、いかなかった。
王様は思い悩んだ。そうして、観覧車が頂点にたどり着こうとするころ、ひとつの結論を出していた。
大天使に会いに行こう。
もはやすべて解け、中がすかすかした白い棒になった飴の果てを見て、王様は決めた。
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今は今しかない。遠い未来滅ぶことがあったとしてもそれは今滅ぶことと同じではない。今の、今生きる、今感じられるすべての『命』を王様は思い知り、そうして立ち上がる。 今は西暦2012年某日、魔王が降臨しその目的に疑問を持った日
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「お前か…」
王様を一目見ると、記憶にあるままの陰気な表情で大天使がそういって迎えいれた。
王様はこれまで、陰気としか思ったことがなかった大天使の表情を見て、ふと思った。
--このものも自分と同じ、長い生の果て今を今と感じられなくなった、目に見える様子は違ってもまるで自分と鏡のような、時間の流れから浮きだった存在。
王様はため息をついた。
その様子を見て、大天使は、手元で書き物をしていたのをふと止めて、王様に聞いてくる。
「どうした、いつもノーテンキなお前らしくもない。寝坊をしたことでも落ち込んでいるのか」
もちろん大天使は約束を覚えていた。
それに、王様は首を振って言い返す。
「いや…なあ、大天使よ。お前はここしばらくの間に、地上に降りてすごしたことがあるか?」
いぶかしげに、王様を見ながら大天使は答えた。
「定期的に見て回っているぞ。しっているだろう?」
「そうでなく、地上に降りそこに、そのときばかりはともに同じ時間を同じ場所で生きるひとりとして、過ごしたことがあるか、と聞いたのだ」
「なに…?」
「言葉を交わし、同じ風俗に染まり、楽しみ泣き笑い…、ときには同じ目線で怒り、--そうやって生きたことがあるか」
いぶかしげな目のまましばらく王様を見やっていた大天使だが、それからそらすと再び手元の書き付けていたものへと目線を戻した。
「いや…お前の言っている意味が『暮らす』ということなら、そういうことは、お前が寝ていた間にはなかったな」
「そうか」
「それが何かあるのか? 私は今忙しいんだがね。--この破滅の計画書を書き上げてしまわないとならない」
「計画…? なにをだ」
「忘れたのか、地上を人の世を滅ぼす、約束の計画書だ」
そういって大天使は再び筆を持つと、すらすらと紙面に何事か書き付けていく。
「お前があまりにも起きてこないんでな、このままだと約がたがえられ、魔界は滅び--そうなれば主は無用に起きなければならなくなる。どうしたものかと思っていたのだが、そういえば、どちらが実行に移すと取り決めはしていなかったなと思い出し、なら私が実行に移せばいいかと思ってな」
そういうと大天使は、紙の一枚を取り上げ、王様に差し出してくる。
「大体計画はできている。この約を結んだときお前が残すべきと思った物に関しても、お前のことだから、もうその案は頭の中でたっていたのだろうし、それをそのままに実行するような指定にしてある。とはいえせっかく本人が来たのだから、確認をして、サインをしていけ」
王様はその手元の書に目を落とした。そこには---そこには、今の王様には目を覆いたくなるような悲惨な結末に向う世界の様子が克明に、それとは対照的といえるほど無味乾燥な言葉で書かれている。
これが眠りにつく前に約を結んだときの王様が選んだもの。自分の、選択の結果。
目を覆いたくなるひどいものであっても、だからそらしてはならない、これが王様の行った結果だった。
「大天使…」
王様は一瞬目を閉じ、そして大天使に語りかけた。
「わしはこの約を覆そうと思う。わしの命と引き換えに」
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王様は自分の望みを知っていました。そしてそれから目をそむけることができない人でした、そして王様はそれを実行する力もまた持っていました。
王様は---魔界だけでなくこの地上を人の世界を守りたいと考えていました。
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「なんだと……」
大天使は驚愕とともに、だがまだそれにも到達しきらない低い声で、王様に言葉を返した。
王様は、いたずらに無意味な言葉を発するひとではないと、大天使は知っていて、それゆえに驚き、またそれゆえに信じられなく思って聞き返していた。
王様はそれに、真剣に、だが至極落ち着いた表情で頷き返した。
「そうだ、わしはこの約をたがえようと思う。自分が間違っていたと行う前に気付いたからだ。だが」
「だが、お前が約をたがえれば、『空間世界』が捻じ曲がってしまう。魔界が消え、バランスが崩れ、残そうとした人の世にも影響が出て、バランスを保つためには至高の力が必要となり、それゆえに主も起きなければならなくなる。 …自らの命を使うといったのはだからか」
大天使は立ち上がると厳しい表情で王様に相対した。
王様はそれにもただ頷きを静かに返した。
約をたがえることで、魔界が滅びる。 それを王様の命を使えば防ぐことができる。
滅びることを防ぎ、それからのちは同化した王様の命が魔界という世界を支えていくだろう。
王様の命は長い年月をその意思ひとつで魔界というひとつの世界を支え、結果としてもっと広い世界『空間世界』におけるバランスを保つことにも使われていたために、命自体が不思議な力を帯びるようになっていた。
それは大天使が主とよぶ至高の存在にももしくは通じる力の片鱗だったのかもしれない。
そして今、王様は一つ一つの命の重みを知り、自分の命もまたその重みを感じている--それが結果的に命が帯びる力へとより大きな力を加えることになるということを今の王様はわかっていた。この力なら、滅びそうになる魔界を支えその世界を長く維持していくことに不足はない。
王様にはその覚悟もあった。
それを感じたのだろう。大天使は、息を吐き出して、また深く椅子に腰掛けた。
その目が横がわに流れる。--そこにはたくさんの花束に彩られた大きな長四角の石の箱。おそらく大天使が自ら摘み取って、主へとささげたのだろう。その花々が、天上のいつでも真昼の陽光の中に色鮮やかに彩を添え、そうして華やかな心安らぐ甘やかな匂いを放っている。
しばらくの間それに目を向けていた大天使は、やがて王様の方を振り返ると、疲れたように問いかけた。
「いったいなぜそのようなことを言い出す。この世にお前がお前であることを損なう価値などない、それがお前の考え方ではなかったか。持ち前の頑固さはどこへいった?」
「そうだな。だがおまえだってな、大天使よ。人の世がなければ楽しいこと、生きることの意味さえもかすむほどにそれがなくなってしまう、ということを証明したかったのではなかったか?」
「…そうだ …だがそうではない。友を失う気はなかった。友を失い、そうしてまで証したい価値あることだったのかと、--自信がなくなってきた」
「ほお、大天使ともあろうものが」
口調は茶化すようでいながら、王様はそんな気持ちは微塵もなかった。ただしずかに、自分もまた友を思う気持ちを、自らの知った心境を伝えようと言葉を声にしてつづる。
「その価値は十分にあったのさ、大天使よ。お前が思う以上に、--そしておそらくはお前がわしを友と呼び惜しんでくれる以上に、それがあった。いつの日か、別の形、より恐ろしい形で、それがくる日が来たのかと思うと、想像もしたくない。
お前さんが言い出し、あの賭けにのってだから本当によかった。感謝しておる。ありがとう」
「……魔王よ」
魔王と大天使はいまひとつのテーブルに据えられた石の椅子にそれぞれ座り、茶とともに心のうちをも酌み交わしていた。
「美味いな…」
そういうと大天使はもう一口口をつける、その香気の溢れる湯気をも一口に吸い込むように、ゆっくりを味わう。そのカップの縁からは、かわいらしく糸が一本たれ、端の意匠を凝らした紙が優しい時間を後押しするように風にひらひら揺れている。
魔王の持参したカバンの中に入っていた試供品の紅茶だった。大天使に用意してもらった湯でそれぞれのカップに入れた茶葉の入った袋にかけるようにそそいで、いれたもの。
今年の秋ごろに出されるというそれを、二人で口を突く手味わっている。そしてテーブルの上には、ほかにもバッグの中身が広げられていた。
ちゅっぱちゃぷすに、風車。絵本、絵葉書、などなど
大袋の中から、青が目立つ覆いの一本の飴を取り出して酸味と甘みのフレーバーを賞味し、風車を立てて風に遊ばせしゅると風をきるかすかな音色と凛とした風情に目を和ませ、王様が手土産として贈った絵葉書の精巧に写し取られた絵の技術に感心し、絵本を手にとって、その物語に涙を流し…
それから一息ついて茶を一杯ともに味わっているところだった。
王様は大天使に伝えようとしていた。自分が得た至上の普遍さ、その価値のことを。
「このような物が地上にあったとは…」
「茶があることは知っていただろう?」
「知っていた、飲んだこともある、が、多分本来の意味で知らなかったんだろうな。たとえ飲んだことがあったとして、こうして人と飲み交わし楽しみの時間のなか息をつく、あるいは一人の時間であってもその味わいや温もりといった効果を十分に楽しみ息をつき、そういった味わい方でなかったら、知らぬ、とそう変わらんのかもしれない。それは、これが何かの場面を想定しながら作り上げられたものだからなのだろうな…今はじめて茶というものを、そう、嗜んだという気がする。
惜しいことをしていた、ずっと。見ているだけで、たまに言葉という形を取った音を発することがあるだけで、知っているという気になっていたことが。
いまになって、それを知り、そして共有できるだろうお前を失うのか…」
大天使は、ぱらり、と絵本を開いて、それを見ながらためらうように歯噛みし刻むようにつぶやいた。
王様はそれにはこたえられない。自分の命の価値を認識しなおした王様は、自分を惜しむ残され悲しむであろう大天使の気持ちをよくわかり、かける言葉がなかった。
それがわかっていながら自分の知りえたことを伝えた残酷な自分、だが友を思うからこそ伝えていきたい思い。
だからただ座し、目を閉じ、このひと時、一口、すべてを受け入れ受け止める。真向かい、時を重ねあい、相対する。
「魔王よ」
やがて同じように時を享受していた大天使が口を開いた。呼ばれた王様は、なんだ、と答える。
そして言われた思いがけない言葉に、閉じていたその目を見開き、がちゃんと中の茶が跳ねるほどカップをテーブルに勢いよく置いていた。
「な、なんじゃと?」
「私も共に行こう。お前ばかりの今回の責はない、私は私の分の責を負わねばならん」
「ちょ、ちょっと前、まてまて。一緒に行ってどうする、それで何が解決する? そもそもわしの命ひとつで問題は解決するのに、おまえまでいってそれで何の意味があるというのか」
「意味はある。私が納得する、以上だ」
「ちょーーーーーっと待てーーーーーーーーーー。おまえは、どうして、そう…この直情型の根暗めーーーー。お、おぬしと心中なんてわしはいやじゃわいっ。絆がほしいなら茶ー酌み交わす程度で我慢しとけーーー。
「変なことを言うな、気持ちの悪い! 誰が心中だ、男と心中する気など私はないぞ
「ほんとじゃぞ誰が心中などするか、薄ら寒きもち悪いっ! それもお前さんとなんぞ、しんでもするかっ!
「じゃあお前が生きていればいい、お前にできることなら私にもきっとできるだろう、魔界のことは私に任せろ」
「おまえさん、堕天でもする気か、大天使のクセに! 主ラブのおまえがそのようなことできるものか!!」
「お前と友誼を結んだころから堕天したようなものだった、だがなんだその … ラブというのはっ! 不遜にも余りあるじゃないかっ!」
「ふーそんー? はあ、今更何を言っておるのかのー? わしは天をすべるひとを見限り地に行き成った魔王じゃーーー。魔王は天をけなすもんじゃ、
「なんだとっ!?」
ごすっ
側頭部に強烈に何かが打ち当たって、大天使は横倒しに倒れた。
何があったか一瞬わからなかった魔王にも、その油断を突いて、正面から飛来した物が撃ち当たった。 ごすごす。
あっけに取られて、仰向いて倒れたまま魔王は悟った。
そして、めり込みそうな勢いでひしゃげてくっついている、--その花束をつかんで顔から離すと身を起こして予測を立てた方を見た。
「うー るー さー いー」
地を這い回るような音、…声が聞こえて、横倒しに倒れていた--石の椅子にぶち当たって衝撃を二倍以上にしていた大天使が、びくりと身を動かす。
やっぱり、と思いながら王様は見た。石の長四角い箱の蓋がわずかに浮いて、そこから白い手がにゅっと突き出ている。
その手がにぎってとんでもない力で飛ばしたと思しき花束たちの残りが、石の箱の上から形を崩し落ちかけている。
「これ、重い。それから、うるさい。きもちのわるい、喧嘩ならどっか別のとこでやれ」
やれ、が殺れ、に聞こえるあたりこのひとも相変わらずだなあと王様は思う。
また、びくりと身をすくませ、今度はおそるおそる体を起こすことを試みる大天使に哀れの視線を送る。力量でも立場でも弱いが、心情的にものすっごく弱い大天使はその主の一挙一動を気にしてなお、慕わずにはいられないのだ。
あわれ。王様は切らなくて久しくなった十字を大天使のために心中ひそやかに刻んだ。
起きた大天使にもう一度視線をやってから、魔王は久しぶりです、とそのひとに語りかけた。
「どうも、起こしてしまったようで」
「起きたぞ、馬鹿者。小童どもめ、私を、くだらん喧嘩で起こすとはいい度胸だなあ、え? いっそふたりして手を縄で結び合わせて一度海の藻屑となってみろ、あたしが許す、やれ」
いやはや… やっぱりどれだけ経ても、立場がどれだけ変わろうと、このひととの立ち位置は変わらない気がする。苦手だ。
背にかいた汗を感じながら王様は話題を変えようと、そわそわと周りを見回す。
「おい」
そんな王様にその至高の声がかかる。…どうやら逃がしてくれる気はないらしい、と覚悟を決めて、王様はまた、気付けの咳払いとともに、その存在に相対した。
そのなよさかでさえある白い腕が、王様を手招く。
たらたらと汗を流しながら、近づくと、
「大天使も」
声がかかる。よろめいた足取りで足早に…だからかかえって非常にゆったりとした速度で近づいてきて、大天使は王様の横に立った。
と、また声がかかる。
「かがめ」
そして。
スパ、スパパン、
「っの、たわけどもがー!!! いたずらが過ぎて世界を滅ぼそうなんて何を考えてる、あああ?!? 釈明があるならいってみろ、このクソ小童どもめが!」
目にも留まらぬ速さで動いた手のひらが、王様と大天使の額を打つ。 …痛いっ!
ナミダ目になって、額を抱えてうめく王様と大天使。
…その様は、---どう見ても並んで立たされて、反省を促されている小僧どもにしか見えない。
「茶!」
ひとこと活のように声が飛んで、その手のひらが催促するように忙しなくひらひらっと、先ほどまで座っていたテーブルのその上のカップに向って動かされるのに、大天使があわてて駆け寄って自分のカップをつかんで戻ってくると、白い手のひらに飲みかけの茶の入ったカップをつかませた。
その手は一瞬で引っ込んで、
「ウマイ」
声が返ってくると、カップだけがぽいっと投げ出されて大天使が慌ててキャッチをした。
それきり手が出てくる様子はない、王様と大天使はこわごわーとその石の箱と蓋の暗い隙間をながめ、それをごくっとつばを飲み込んで見守っていた。
「小童ども」
声だけが聞こえてきて、その瞬間どきびくーっと王様と大天使が体を縮めながら弾ませて竦みあがる。
「いいか、この世はお前たちのわからないことがまだまだある。それは一朝一夕で学べるもんじゃない、ようやく判ってきたこともあるようだが、そんなのはまだわかった、の域にも入らない。過信するな、おごるな、自信を見失い、自身を見失うな。常に自分と相対することを忘れるな、自分じゃないものと相対することを忘れるな、真にあがめるべき至高の輝きを見失うな、すばらしいものを見る目を持て、---そう言い聞かせてきたな、ずっと。それを忘れたか?」
その言葉に王様と大天使は、--ことに大天使は敬愛する存在からの言葉を自分がいつの間にか忘れかけていたのかもしれないと、ショックを受けて、しゅんと静まり返っていた。
王様はというと……
こちらも同じく、--いやことによっては大天使以上に心の中に深くうずくものがあった。
それは悔恨、もしくは憧憬。遠い昔別離したはずの存在にいまだ自分が敵いもしないという、そしてそのままで終わることになるだろう自分への、淡い色だがまぎれない小さく鋭い形の事実。
別離したことを後悔はしていない。必要だったことだ、だが… …この存在に憧れこの存在をめざし、敵いたく思い、そうしたかつての自分の思いを今の自分が裏切ることに悲しみを抑えられなかった。
その王様に声がかかる。
「魔王」
その声に顔を上げた。
石の箱の、暗く見えないその隙間、だがふと微笑む気配がそこから空気以外のなにかの振動を通して伝わってくる。
「もっと学べよ」
その声にはっと息を呑んで何も伝えない隙間の闇に見入った。
声だけが聞こえてくる。
「もっと学べ、もっと見よ、もっと感じろ、もっと遊べ、笑い、泣き、叫んで怒って、歌でも歌え。…そうするだけの時間はまだたっぷりあるさ」
「…か」
「いつかお前ならば私を超えるだろう、かつて私があまたのものを飛び越えてこの位置についたように、--また多くの者が私を越えてその立つべき位置にたつんだろう。−−そのためには多少の失敗は経験以上には及ばず、その尻拭いをしてやるのは、生み出した私にとっては、まあ"仕方ないさ"」
どくんっ、 空気がふるえ、『色彩』が変わる、この様子はかつて幾度も見た。
この世の至高の存在が、その力を振るうとき、その理が世界にまかり通るとき。その力が世界を祝福に染めて温もりで包むとき。
約束に端を発した歪みがほどけていくのを感じる。
王は、ただ頭をたれた。--この王がただ一人額ずくことを自らに許さずにおれない、至高の一人。自分をすべてを生み出した、その存在は、『神』。
うっかりにもそうかつてのように呼びかけそうになった己を戒めるようにきつく唇を噛み、ふかくただふかく頭をたれた。
ふあああぁあ、とあくびの音が聞こえる。最後、というようにそのひとは大天使に向って手を突き出して指差すと、
「花束を置いてくれるのはいいが、圧迫感がもんのすごい。置くなら上じゃなくて、周りにおいてくれ、それだと匂いだけを楽しめる」
「…畏まりました」
そう、ぴしりっと優雅だが融通の利かない所作で腰を折った大天使の言葉を最後に、ぱたりと石の蓋が隙間を塞いだ。
王様と大天使はふたたび座って、ぼおっと空を眺めながらちゅっぱちゃぷすを食んでいた。
天上界にもその主が作りたもうた空がある。流れ行く雲の、青空の中の行過ぎる白、その様子を二人ぼおっと口中で飴を転がしつつ、眺めてやっていると、
ぱさっ 一枚の紙が緩やかな風にあおられて飛び、王様のその顔を覆った。
「お」
「なにをやってるんだ、--これはなんだ?」
そういって大天使が王様の顔からはがしたもの、それは、
「ああ、ライブのチケットか」
「ライブ?」
「地上で歌を歌っていた少年に来てくれ、と呼ばれていてな--あれは確か今日の午後じゃったか」
苦手とするあのひとが再び眠りについたことで、まみえていたあいだ自然一時的にかつてのようになってしまっていた言葉遣いを本来の…と王様は苦みばしった風格溢れるわし、と一人称を使うこの口調を気にいっているのでそう思っているのだが、実際外見年齢はあんまり関係ない存在なので、本来、本来じゃない、の意味もないのだが…ように戻して、大天使の問いかけに答えていた。
あの少年は、知り合いと一緒にこれるようにと二枚をくれたのだった。
二枚…
ふと大天使を見る。大天使とあの激しい音調のライブ。
ミスマッチなようで、どうじゃろう。 …いや何事も経験だ、まだどれを経験すべきと求められるほどに自分もそして大天使もまた成長していないのだ、と王様は思い直し。
立ち上がると、大天使に一枚を差し出した。
「ライブ、行くかっ!」
きょとん、とした顔で大天使はその一枚を受け取った。
そして、学ぶこと、と呟きとともに頷くと、よしと気合を入れて大天使も立ち上がった。
*それからどうしたかって?*
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ずんちゃ、ずちゃ、ずずずんんん、
大音響で音が狭いハウスの中に鳴り響く。 そこは建物の外とは一時的に別世界、様々な年齢の、様々な立場の者が集い、たった一つの目的として歌を音楽をきく---……
「きゃあああああ、エンジェ、ルーーー」
「いいぜーーーーー」
今歓声を受けステージ上で、ギターをかき鳴らすのは、そうあの日あった少年ではなく、…王様の友。
あれから幾ばくかの月日が経っていた。
右に左にその動き自体が奏でることであるようにギターを振り回しながら、イカレた無表情と一部の巷で噂のロックシンガー、通称『エンジェル』はマイクに向ってその歌をがなりたてている。その顔には無表情でありながら、かつてのともすれば苔がはえてきそうな厳めしい陰気さはかけらも存在していない。
そのソウルに多数の熱狂を巻き起こしながら、界隈のライブハウスで名を轟かせるその姿を横目にかかとでビートを刻みながら、その建物の一隅で王様はせっせと注文されたクレープを作っていた。
ライブハウスの熱気で今にも解けてしまいそうなアイスを扱うので、まさに時間との勝負だ。冷えて十分に硬いうちに手渡さなければ、それでいながら見た目も含め美味さを損なってはならない。
赤と白の服を着込んでいた王様は、吹きだす汗が落ちないよう巻いていたねじり鉢巻を手の甲でずりあげて、はいよっとできあがったクレープを手渡した。
「あんがと。 …ああ、うめー。暑いライブの後のクレープは最高だぜ」
そういって自らも音楽に聞き入りながらも受け取ったクレープを食み相好をくずすのは、件のはじめてライブハウスに王様と大天使を呼んでくれた少年で、その後、初めて聴くロック音楽に『堕ちた』(…と本人が呆然とつぶやいた)大天使に音楽を、始め方から楽器のそろえ方からなにからを、一から指導してくれた大天使にとっては音楽の師でもある。
大天使の主は王様に歌え、などとも言っていたが、実際歌うことになったのは大天使で。これにはさしものあのひとも、たゆたう夢の中でくつくつと笑いをこぼしているのではないかと、王様は思っている。
かくいう王様も、そのステージにはこうして駆けつけている辺り、立派なファンなのだろうという気がしている。
いわゆる追っかけ、だ。
クレープを作りつつ、そういった日常もまたよいもんだ、と胸中でつぶやいていた。
今度、かのひとも一緒につれて見にくるのもいいな。
そういうわけで地球はまだまだ今の世界が続きそうです。(まる)
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地上には風が吹いていた。
もう他に影のなくなった広野において、男は一人立ち尽くし長いことその場の情景を眺めていた。
そこにあった、ふたつの人型をした影を思い出すかのように、ただじっと。 …やがて、
「うっ、 …わーーーーー。何だよもう、天使、魔王? もうなんだか判らないよっ!」
男は回想する頭の中の情報をとうとう処理しきれないことに受け入れを決めたのか、そういって叫ぶと同時に、がしがしと自分の頭を乱暴にこすりたてて、ばたっと野の原っぱに倒れこんだ。
「…なんだよもう…わけがわからない。それにあれ…」
脳裏でとある記憶を思い浮かべたのだろう、男の顔色がとたんに真っ青になり、呻きながら口元を押さえてしまう。
「ううう…あのひどい踊り、あれが魔王なんて…もう恐怖だ…二度と会いたくないな。もう二度と絶対絶っ対……
とはいっても」
その目を空のかなたに漂わせながら男は胸中の凝りを言葉にして吐き出し続けて、なんとか自分の中の均衡を図ろうと試みているようだった。
「--何もしないでいるわけにはいかないよなあ。恐怖の大魔王がこの世に再び降臨するまで、五百年足らず、 といったところか。…いずれ、世界は滅びる時が来る、人に最後があるように、世界にもあるだろう。だけどその警句を残さないでおくことができるだろうか。人も医術を用いてその身を長くこの世にとどめようと努力するのに、人が築いていく世界を長く生かそうとする努力は必要じゃないというのか…?
俺はそうは思わない。
この身でできることはかなり限られているだろう。こんなことがあったと言って、信じられることじゃないだろう。民間伝承のように、そういう説があったという記録があるだけじゃ駄目だ、広く多くの人が耳にし考える機会があるようにしないと、--それは幻かあるいは詐術か」
空に手をかざし眺めながら、何気ない独白のように呟かれ続けた言葉を、ふと止めて、男は口を引きしばって、しばし目を閉じる。
その脳裏でどんなことが進められていたのか、知る者は現代でもあるいは後世でもいないままだっただろう。
と、その目が開かれ、言葉がひとつ、その口から零れ落ちる。
「嘘も方便…」
「それにノストラダムス、…著述をするならそのほうが格式高そうでいいな。目立ったほうがいい」
と付け加えるように呟くと、それで終わり、とばかりに両手両足を投げ出して男は広々と寝そべりながら、またもあー、あー、と唸り雑じりの叫びを発した。
「やっぱおれキリスト教徒でいいわ! あんな恐怖踊りをする魔王様にはついていけん、宗派はどうでもいいけど神様はいることがわかったし、これから信仰は大事にしよう、うん」
その独白が月の光る夜を迎えそうな広野に響き渡り、それを最後にして間もなく、男のすこやかな寝息が辺りに漂いだした。
1523年某日___それはある広い野原において fin.
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- Thank you so much. -