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ハッピーカモーン 8

 拓也は店の戸締まりの方法を一通り、奈々子に説明した後、

 「じゃあ、俺もそろそろ帰る。明日は8時前には来るから。女一人は危ないんだから、俺が来るまで、誰か来ても無視しろよ」と奈々子に用心をするよう諭した。

 「ええ、わかったわ」と奈々子は口角をあげて笑顔で答えた。

 「傷は痛まないか?」と拓也は尋ねた。

 「うん、薬を飲んでいるから大丈夫なの」と奈々子は答えた。続けて、

 「今日は拓也の布団で、拓也の夢を見るから」と茶目っ気のある顔で奈々子は言った。

 拓也は頬が上気するのを感じた。

 「全く大人をからかうもんじゃないよ」と拓也は答えた。

 「じゃあね、おやすみ」

 「おやすみ」

 まるで、恋人同士の別れ際の挨拶、拓也は奈々子とのこれからを考えながら、店を出た。


 次の日は朝から晴天だった。

 拓也の自宅は店から徒歩30分ほど歩いたところにある。歩いて通勤するには時間がかかるため、自転車で店まで通っている。ただし、店までの道のりの最後にかなりの勾配の坂がある。ふつうの自転車だと上りきるのがキツいため、一ヶ月まえに10万円もするロードサイクルを購入した。章子もはじめは10万円という値段を聞いて反対をしたが、「よく考え得たら、自動車で通勤するよりもエコよね、健康にもいいし」とあっさりOKを出した。このロードサイクルで上る坂道はこんな天気の良い日は最高に気持ちがいい。拓也は店の裏に自転車を止め、盗難防止のロックをかけた。そして、いつものように、鍵を開け店のシャッターをあげると目の前に奈々子がいた。

 「拓也、おはよう!」と髪を後ろに束ね、黒縁メガネをかけた奈々子が待ちかねたように声をかけてきた。

 「ああ、おはよう。もう、アルバイトの変装をしているんだね」と奈々子の変装した姿をみて、拓也は少しばかり驚き、答えた。

 「うふふ、今日からですもの。お店のエプロンも早くしたいわ」と奈々子は拓也に笑顔を向けていた。

 「えーと、エプロン、エプロン」と拓也は店内で余っているエプロンを探していた。右奥の棚に余っていた新品のエプロンがおかれていた。赤い生地に「コーヒーショップ・TAKU」と店の名前がプリントしてある。

 「ほい」と拓也は奈々子にエプロンを放り投げた。

 奈々子がエプロンをうまくキャッチすると、拓也は「ナイスキャッチ」と声を出した。

 奈々子は早速「コーヒーショップ・TAKU」のロゴの入ったエプロンをつけると、とても人気キャスターとは思えない単なるアルバイト店員になった。

 「うふふ、なんだか嬉しいわ」と奈々子は呟いた。

 「なんでだい?」と拓也は尋ねた。

 「私ね、毎日、重大なニュース、悲しいニュースばかり読んで、生活の糧としていたじゃない。こうやって、お客様に奉仕する仕事って、ものすごく新鮮なの。だから楽しみで」と奈々子は昨日、拓也が作った『本山』というネームプレートをエプロンにつけながら答えた。

 「とても、お似合いだぜ」と奈々子の姿を見て拓也は言った。


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