ハッピーカモーン 3
「どうしたんだ、何があったんだ?」と拓也はますます混乱した。
「どうも、こうも、ないわよ。でも私が悪いんだけどね」と奈々子は俯いた。
「私ね、番組のプロデューサーと不倫していたのよ。最初は単なるはずみでね。その人も相当な女好きって知っていたし、一回きりって思っていたの。それが、一度が二度になり、知らず知らずのうちに腐れ縁みたいになっちゃって、定期的に会っていたのよ。だからと言って特に相手に特別な愛情があったわけじゃないわ」
「それが、どうしてそんな傷を負う羽目になったんだ!」と拓也は興奮して奈々子に聞いた。
拓也を制するように落ち着いた口調で奈々子は話し始めた。
「私のマンションで彼といつものように会っていたの。そこに奥さんが乗り込んできて、ナイフで私の額を切りつけたのよ」と言うと、フウッと奈々子はため息をついた。
「でも彼は、そんな状況もなれているみたいでね、直ぐに知り合いの美容外科の先生に電話をして、病院に連れて行かれて、直ぐに病院で処置をしてもらったわ。命にも別状はないし、傷も2ヶ月もすれば、わからなくなるだろうって」
「下手すりゃ刑事沙汰じゃないか」
「まあね、でも職業柄スキャンダルはご法度なのよ。告訴はしないわ。そういうわけで、階段から転落。骨折ってことになったのよ」と奈々子は言ってから、拓也から新聞を取り上げた。
「これで番組は降板。しばらくの間、山本奈々子は業界から抹殺されたわけ」と奈々子は弱弱しく言った。
「随分…、大変なことになっていたんだな」と拓也はそれ以上、声を出せずにいた。
「プロダクションからはね、しばらくの間は休業って言われているけど、これを機にテレビ業界から、ほされてしまうかもしれないわ」
「うん、まあ…。奈々子の心配する気持ちはわかるよ。でも結果としてこうなってしまった以上、おとなしくしていたほうがいいんじゃないか?今まで人気キャスターとして引っ張りダコだったわけだし、この際、休養も必要なんじゃないか?君の華々しいキャリアを持ってしてみれば、仕事は選ばなければあるんじゃないか?」
「仕事を選ばなければねえ…」
今まで有名番組のメインキャスターを張ってきた奈々子にとって見れば、仕事のランクを落とすのは屈辱でしかないことは拓也にはわからないのだ。そう思って、奈々子はため息をついた。とはいっても、 拓也の言うとおり、ここでじたばたしても始まらないことはわかっていた。
「人生いろいろあると思うけど…。俺から見れば、奈々子は最短コースを転びもせず、ベストタイムでたどり着いたように見えるよ。でも、実際はさ、俺の知らないところで遠回りをしたり、寄り道をしたりしているのかもしれない。それで今に至るわけだし。とにかく今、焦らなくても」と悩んでいる風に見える奈々子に向けて、拓也は言葉を選んで言った。
「今度は急に行き止まりになっちゃった…」
「人生には無駄になることはないよ。行き止まりになったら、そこで何かを見つけることもあるかもしれないんじゃないかな?」と拓也は奈々子を慰めるようにして言った。




