ハッピーカモーン 18
奈々子が働くようになってから、1ヶ月も経つと常連客は何かにつけて「本山さん」と彼女を呼ぶようになった。「本山さん、コーヒー、おかわり」「本山さん、お会計」「本山さん、ケチャップある?」「本山さん、砂糖もう一個ちょうだい」というような具合で、「本山さん」は大忙しな人気アルバイト店員になった。もう何年も働いているような、そんな親しさで常連客は彼女に接していた。拓也もそんな様子をほほえましく見守っていた。
そんな彼女に1ヶ月を過ぎた頃から、携帯に電話がちょくちょくかかってくるようになった。彼女は電話が鳴ると、すぐに二階に行ってしまうから電話の内容はわからない。後で拓也が尋ねてみると仕事の復帰の話だと言う。そうだ、彼女は2ヶ月間という限定でこのアルバイトをしている。拓也は少し寂しい気持ちになった。一ヶ月半を過ぎた頃、奈々子は拓也を二階に呼んだ。
「あのね、私には喜ばしいことなんだけど、前の番組に戻れることになったの」と不安げな顔をして奈々子は言った。
「良かったじゃないか?ん、でも、あのけしからんプロデューサーとは問題ないのか?」と拓也は心配して奈々子に尋ねた。
「彼のことは大丈夫。こちらも弁護士をつけて、今後一切、二人きりで会わないって念書を取り付けたから。それで、私の立場が落ちる場合は訴訟に持ち込むことにしたのよ。そしたら、あっさり元の番組に戻ることができたわ」
「君はこの一ヶ月足らずの間にアルバイトをしながら、そんなことも決めていたのかい」
「私じゃなく、プロダクションよ。ここで山本奈々子がつぶれたら、プロダクションも儲からないからね」と奈々子は親指と人差し指でお金のマークを作った。
「それで・・・」
「とうとうお別れか・・・」
「今日相談したいことは違うの、いや、それもあるけど、拓也にお願いがあるのよ」




