一章
(one side.)
この国に待望の赤ちゃんが産まれたのは丁度18年前のことになる。
その赤ちゃんというのが、王様と后様の間に生まれた子で、名前をジョナシュワという。
なんともへんてこりんな名前をつけたものである。
だがこの赤ん坊を、皆はその名を縮めてジョンと呼んだ。
ジョンは現在の王様のただ1人の子で、王位を継承できるものは彼しかいなかった。
それゆえに、父にも母にも溺愛されながら育っていった。
だからなのかは分からないが、王子の体は並みの男と比べると少し華奢だった。
しかし、顔つきは男そのもので、鼻はスッと通り、少し切れ長の目が王としての威厳を醸し出していた。そして肌は日に焼けていて、華奢な体を補うように見えた。
「ジョン様〜!ジョン王子!!」
召使いの声が大きくて白い立派な城中にこだましていた。
3階にある少し古びた扉を開けると、『ビュオッ』と音を立てて召使いを風が襲った。
召使いは、反射的に目を瞑り次に目を開けたとき、そこにあったのは、カーテンがバタバタとなびく高さ3メートルはあろうかと思われる大きな窓に、半分お尻をついて外を黄昏た目で眺めているジョンの姿だった。
「ジョン王子、こちらにおられましたか。」
すると王子はニコッと笑って、その清々しい何とも言えぬ声を発した。
「あぁ、トム。今日は見つけるのが早かったな。」
「ジョン様。何を悠長なことをおっしゃっているのですか。今日はあなた様にとって大事な1日ではありませんか。」
「おっと、そうだったか?だがトム、俺にまず言う事があるだろう。」
するとトムと呼ばれた召使いは、「アラアラアラ」と小さな声を出し、驚いた素振りを見せると、
「そうでございました。ジョナシュワ・トリネゴア王子、今日をもって齢18になられ、成人になられたこと、おめでとうございます。今まであなた様に仕えたこのトム、とても嬉しい限りでございます。」
目に涙を浮かべそう言うので、演技でないことが容易に理解できた。
トリネゴア王国では、18歳になると成人とみなされ、お酒やたばこ、結婚、参政権などが許された。
それ故に、18になるという日には格別のパーティーが行われるのだった。
「おぉ、トム。泣くほど嬉しいか?でもまだ俺に使えるのだろう?ならばそのようなグシャグシャの顔では、お父様の前には立てぬぞ。」
ジョンには普通のことを話しても、どこか優しさを感じさせるものがあった。
「ありがとうございます。トムは、一生ついてゆきますよ。」
召使いがそう言うと、ジョンは今度は口角をあげてフッと笑った。
そして今日、その18を祝う舞踏会が行われるのだった。
この舞踏会は、王子の婚約者を決める舞踏会でもある。
18歳で結婚も出来るようになるから、王様の命で、ジョンはたくさんいる女子の中から一番気に入った人を選ばなければならなかった。
国中の民がこの舞踏会に参加出来るため、この国の娘達はこぞって城に訪れた。
その中から1人を選ぶのは、大変にもほどがあると呆れるが、王子はその状況をなかば楽しんでいた。
「お父様。ただいま参りました。」
召使いのトムにエスコートをされながら、ジョンは王室へと入っていった。
「よくきたな、ジョナシュワ。しかしなジョン、お父様のことはパパと呼びなさいと言ってるだろう?」
優しげな声で王様はそう言った。
「お父様。私もパパと呼びたいのですが、家臣達の前でそのようには呼べませぬ。お父様も一国の王様であります。時と場所をお選びください。」
この年まで甘やかされ続けて育てられたとはまるで思えないほど、とても真面目な答えに、王様は「ファファファ」と笑い、
「誠に頼もしい王子じゃ。」
ともらした。
家臣達もまた、うんうんと頷きジョンに尊敬の目を向けていた。
「それではジョンよ。この衣装を着て出るとよい。」
そう言って指を鳴らすと、ジョンのもとに白を基調として銀や金、また赤、黒、青で装飾された、「さすが王室」と言いたくなる衣装が出された。
「それじゃ。頑張って后を見つけるんだぞ。」
と王様が話すのを聞いて、ジョンはその部屋をあとにした。(another side.)
夜。目が覚めると、父の咳をする声が聞こえる。
自分はどうやら昼寝をして、夕方を寝過ごしてしまったようだ。
「父ちゃん。大丈夫かい?」
「あぁ、今日はまだ元気そうだ。優しいねぇ、お前は。本当に母ちゃんそっくりだ。」
「照れるから、そんなこと言わないでくれ。」
町娘。と呼ぶのにふさわしいその少女は、齢18であった。
自分が18歳になって半年が過ぎた今日、この国の中心に位置するお城では、王子の成人を祝う舞踏会が行われるということで、国中が浮き足立っていた。
この娘もまた例外ではない。
「絶対に王子を手に入れなくちゃ。」
父に聞こえないように、小さな声で気合いを入れ、手は拳を作るように握られていた。
何故かというと、父の病気は『不治の病』とは言わないまでも、母を死に追いやった程のかなり重度の病で、治すのにどうしてもお金がいる為だった。
そして、その事を父に言えば、確実に
「私のためにそこまでしなくていい。」
と反対されただろう。
だからこそ、父に気づかれないようにドレスも作り、アクセサリーや靴も買った。当然ガラスの靴を。
そして、綺麗というよりは華厳といった方が相応しいとも思えるドレスを身につけ、父に向かって一礼をした。
「それでは父ちゃ、、お父様、舞踏会に行って参ります。」
「あぁ、楽しんでくるんだよ。ルナ。」
父ちゃんと言いそうになったことが、よっぽど面白かったのか、「ハハハハ」と笑いながら、父ちゃんは言った。
そして『ルナ』と呼ばれた少女はもう一度深く一礼をし、家を出た。
その家の表札には『マイアーズ』という文字が、はっきりと彫られていた。
どうして、お金のないこの家で、素晴らしいドレスを作れたのかというと、この町商人の『マイアーズ』のお店が、ドレスなどを扱う服屋だったからなのは、少々察しがついていただろう。
そして買った靴やアクセサリーは、ルナが働いて稼いだお金で買った物だった。
ルナは汽車に乗り、王子の待つ大きな白い城を目指した。
汽車の中は、人であふれていると思っていたが、夜ももう9時を回っていた為か、さほど多くの人は乗っていなかった。
――人、、少ないなぁ。皆もう行っちゃったのかな?――
なんて思っていると、
「イデッ!」
とだいたい5、6歩先から大きな声が聞こえてきた。
見ると、青い帽子をかぶった男の子がつまづいて倒れていた。
「大丈夫?」
近づいて声をかけると、涙を目に留めた顔を勢いよくあげ、
「あのね、僕、男の子だから痛くないの。痛くない、、。」
と言った。
そんな男の子を見てルナはフッと優しく笑い、その男の子を昔の自分と重ねて、やっぱり自分とは違うなぁと思った。
が、言ってやれることは言ってやろうと思った。
「でもね坊や。痛いときは痛い、辛いときはつらい、悲しいときは悲しい。って言わないと誰も分かってくれないよ。人の感情に、男の子も女の子もないし、貴族も平民もないんだ。
ほら、泣いてごらん。」
そう言いながら、下のマブタに指をやる。
すると少年は促されるようにボロボロと泣き出した。
ルナの言ってることは少年には、ほとんど理解できなかっただろう。それでも泣き出したくなる説得力があったように思った。
「いいかい、坊や。自分の感情に嘘をついて生きていくとね、心が貧しくなっちゃうんだ。
それにね、自分の心と正直に生きた方が楽しいだろう。
私は、今になってやっとわかった気がするんだ。
今、凄く嬉しくて楽しいからさ。」
ニコッというきれいな笑いに、少年はつい涙を止めて見とれてしまった。
「おねぇちゃん、ありがとう。」
そう、つい言ってしまった。
「坊や、お名前は?」
「僕は、、ジョナシ――。」
「え?もう一回言って?」
「僕は、ジョン。ジョンだよ。」
そう言ってジョンはニカッと笑った。
ルナは今、自分に嘘をついて、好きでもない王子と結婚するために頑張っているのに、自分の心に嘘をついてないから嬉しくて楽しい。というのは、なんとも矛盾しているように思える。
だが、今ルナの心にあるのは父を『助けたい』という、感情ひとつのみ。
だからこそ、自分に嘘はないと思えて、そして嬉しく感じるのかもしれない。
そして、2人を乗せた汽車が城の目の前に着いた。
王子の誕生日を祝う舞踏会も中盤を過ぎた頃だった。
ルナは駅から一目散に城へと向かった。
城の前には門番がいて、ドレスコードをチェックしていた。
そんなチェックの時間でさえ、もう鬱陶しい。
何せ、夜の11時をまさに迎えようとしていたからだ。
王子が后候補を見つけていたら、一大事だということで慌てて王子を探す。
――っていっても、王子の顔は肖像画でしか見たことないんですけど、、。――
そんなことを考えていると、いつの間にか人混みの中に入ってしまった。
四方八方、どこを向いても人、人、人。
こんなんで王子を見つけられる訳もなく、必死にそこから抜け出した。
――まったく、貴族ばっかで、王子の嫁になろうなんて奴がほとんどいない。必死になってる私がバカみたい。――
ようやく抜け出した先は、バルコニーのような場所で裕福にもプールなんかついてた。
そこには1人、この城の中で一番高そうな服を着て、プールを眺め黄昏ている男の人がいた。
その男性は、不意に振り返り、そして目があった。
いや、2人の視線が絡み合った、といった方が正しいかもしれない。
ルナは、王子に気にいられようとしてここに来たのを忘れ、その人から目が離せなくなった。
これが、俗に言う『恋』なのだろうか。
きっと一目惚れというやつだ。
でも、男が女に惹かれ、また女が男に惹かれる。そんなような本能的な部分で、ルナはこの男に惹かれていた。
すると
「おねえちゃん。」
そう、男は呟いた。
(Jon side)
ジョンはバルコニーのプールサイドで、ついボーッとしていた。
その理由は自分にもわからない。
きっと、昼過ぎから始まった舞踏会に飽き飽きしていたんだろう。
ふと、後ろから名前を呼ばれた気がした。ずっと待っていたその声で。
そして振り返ると、そこには華厳なドレスに身を包み、必死になって何かを探していたような顔の女性がいた。
その顔を見て、思い出さないわけがない。
ずっと昔に出逢って、憧れのような感情をもった人だ。
名前は聞けなかった。
だから、今日来てくれることを願っていた。
ジョンは確かめたかったんだ。この感情が、好きという気持ちなのかどうか。
目と目があった今、確信を持って言える。
これが『恋』なのだと。
そして、のどを通って口から声が漏れ出てしまう。
「お姉ちゃん。」
ルナは『えっ?』と驚きの顔を見せた。
「い、いや、、お嬢さんは?お名前何というのですか?」
何か言わなきゃと思い、出てきたのがこれだった。
「あんた。名前を聞くならまずは自分からって、どっかの国では言うらしいよ。」
「これは失礼。私は、ジョナシュワ・トリネゴアです。あなたは?」
「へぇ、じゃあジョンだね。
、、、え?!トリネゴア?ってことは、、王子!!?」
ルナは『しまった』という顔をして、ニコッと笑顔をしてみせた。
「わたくしは、ルナ・マイアーズでございます。王子の后になりたく、こちらに来ました。」
ジョンはルナがいきなりキャラが変わったことが面白くて、心の中で笑っていた。
「またどうして僕なんかの后になりたいのですか?」
「私、昔からあなたのことが好きで、、。結婚してください!」
――俺のこと王子って気づかなかったくせに、昔からって無理あるだろ。――
とか思いながら、実は嬉しかったりするジョン。
「ルナさん。まずは踊りませんか。」
もしこの国の公用語が英語だったら、かっこいいのだろう。なんたって、Shall we dance? だから。
2人はジョンのエスコートの中、恥ずかしさで顔を合わせられないまま踊った。
そして気づくと時刻は12時を跨いでいた。
楽しい時間は過ぎるのが早い。
特に好きな人といる時間は、すぐに過ぎてしまうのだった。
「また会えますよね?」
と、ルナさんに聞かれると嬉しくて頬が緩む。
そしてジョンはルナの頬に唇を寄せ、その赤くなった顔に向かって言うんだ。
「明日からここで一緒に暮らそう、ルナさん。」
「はい。」
その顔がまた恥ずかしそうで、また可愛いと思ってしまうのだった。




