烏の濡れ羽色
ここから第二章です。
卵一パックと豚肉肩切り落とし、ほうれん草、もやし、何でもいいからきのこ。
(内容から察するに卵とじか)
まじまじと手に持ったメモを見ながら俺は思った。
俺の名前は柳田晃司。ここ西南予備校に通う高校二年。今日は駅前のスーパーが安いので、母から買い物を頼まれている。
(思えば、母さんもよくわからないな。……基本的に女ってよくわからんが)
四年前、母さんはほぼ決まっていた恵まれた生活を捨て、東京から俺を連れて北見県高嶺市に引っ越してきた。それからは看護師をしながら女手一つで俺を育てている。父さんと結婚したのもかなり若かったし、直情経行タイプなのかもしれない。今、一番仲のいい女子もお嬢様学校に通うお転婆なのだから、ますます理解に苦しむ。
(まぁ、思春期は気変りが激しいものかもしれない)
階段を登りながら思う。母はともかくとして、同年代の女子や男子はその傾向にある。
(ん?)
考え事をしながら階段を登ると扉が開いている。
(しまった。誰かいるか?)
ここ、予備校のあるビルの屋上は立ち入りOKというわけではない。誰かに見つかったら締め出されるだろう。こそこそと開かれた扉から顔だけ出して外を見る。
(何だ、アイツか)
七瀬だ。こちらに背を向けて、誰かと一緒に忍び足で歩いている。そういえば、仲間を増やすとか言ってたっけな。
(だが、ばれちゃ仕方がない)
メモをポケットにしまい、扉から出ると鍵を静かに閉めた。七瀬のことだ、また何か企んでいるのだろう。それでいて、鍵を締め忘れるとはアイツらしい。
(やれやれ)
アイツのおせっかいで泉と仲直りできたが、コンビニとかで売っている、美味しいのかわからないような新作の味のお菓子を買う癖はどうにも合わない。きゅうり味って何だ、きゅうり味って。
見上げると、今日も空は青く広がっている。いい天気だ。最近は気温も上がってきた。
(今年は暑くなるかもしれないな)
袖をまくる。七瀬たちはプレハブ小屋の前までたどり着いて何か話している。中には泉がいるはずだが。
(あー、わかった)
俺が企みに気付くと同時に、七瀬の友人らしき人物がプレハブ小屋のドアを開け、中に入る。やっぱり。続いて、七瀬。何してんだか。
「おい」
出入口につっ立ったままの七瀬に声をかける。七瀬は手を上げ、ハローと声をかけてくる。無視してドアとの隙間から中を覗くと。あー……。
「見て、なかなかでしょ」 七瀬がピースして喜んでいる。中には散乱した教科書を慌てて拾う泉。まだこちらには気付いていない。「何がなかなかだよ。おい、泉」
「あっ、柳田」
カバンに教科書を突っ込んでいるが突っ掛かってるようで、うまく入らないらしい。まだ驚いている。七瀬は泉には、このことを秘密にしておいたはずだ。失礼、と言いながら俺は中に入る。
「災難だったな」
「驚いたよ。一人でいたら、いきなり知らない人が入ってくるんだもん。ビックリして教科書落としちゃったよ」
泉はまだ興奮しているのか、いつもより口数が多い。
「タイミングばっちりだったでしょ」
七瀬が後ろからしゃしゃり出る。やかましい、と軽く一蹴。
「で、アンタが?」
「初めまして、椎田瑞穂と言います」
顔を向けると、そこには百合ヶ丘の制服を来た女子が一人立っていた。泉より若干高いだろうか、スラッとした体つきで顔は整った目鼻立ちをしている。物腰は清楚で、長い黒髪はこの前小説で呼んだ烏の濡れ羽色という言葉があてはまるかのような艶やかさだ。なるほど、これぞ百合ヶ丘のお嬢様か。
「俺は柳田晃司。で、こっちが……」
「い、泉拓哉っ」
泉は立ち上がって背筋をピンと伸ばす。いきなりお嬢様に話し掛けられて緊張してるんだろう。だいたい七瀬のドッキリに見事にはまるのは泉の役目だ。
「瑞穂は私の親友っ!」
七瀬が椎田の肩を掴んで顔を突き出す。コイツと椎田の違い様といったらない。
「まぁ、座ろうぜ。講義まで時間がある」
俺は皆を促して先に椅子を引いて座った。
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