この青く広い空の下で
「よっと」
久しぶりにやったリフティングはわずかに七回。
「昔は三十回くらいできたのにな」
「なかなかやるじゃないか、さすがだな」
「伊達にサッカーバカやってなかったよ」
転がったボールを軽くトラップした柳田は、左足でフワリと蹴り上げる。うまいな。
「……っと」
十五回。右足はほとんど使わなくてだから、相当頑張っている。
「俺のほうは五十回くらいだったかな」
思ったより多くなかった。百回くらい行くかと思った。
「リフティングはあまり得意じゃないんだ。一対一なら負けないが、この足じゃな」
噴水に入りそうになったのを止める。トラップしたボールを七瀬が拾いに来る。
「私は……、っと」「やめろ、スカートだろ」「あらあら、気を使ってくださったの。ありがとう」 七瀬はスカートの裾を上げ、足を組んで一礼する。芝居がかった言い方と合わせると、本当のお嬢様のようだ。
「そんなことしてるから、女っ気ないって言われるんだよ」
「えー、今のは百合ヶ丘! って感じだったでしょ」
「騙されるかよ、お前みたいなのが百合ヶ丘をかたるな」
「ひっどーい! 聞いた、今の」
ははは、と笑って返す。仲がいいな、この二人。
「二人が会ったのは何で?」
コロコロと転がってきたボールを右足で柳田に軽く流す。
「コイツがいきなり喧嘩売ってきたんだよ」
「違うって。表現の問題じゃん」
「講義で隣になったとき、足どうしたの、っていきなり聞いてきたんだ」
それはちょっと……。でも、彼女らしいといえばその通りだ。
何となく彼女の性格がわかった気がする。全然女の子らしくなくて、おせっかい。
「プレハブ小屋はコイツが見つけたんだよ。鍵をぶち壊したのもコイツ。どこが百合ヶ丘のお嬢様なんだか」
「ちょっと蹴っ飛ばしたら開いたんじゃない」
「だから、お嬢様がドアを蹴っ飛ばすかよ」
(なるほど、それで誰も知らなかったわけか。百合ヶ丘のお嬢様が蹴っ飛ばすねぇ。面白いコだ)
柳田が再びリフティングを始める。トントントン、と左足だけで器用にリズムを刻むが、十回を越えてくるとバランスを保つ右足が辛くなってくるようだ。
「十八回」
「増えた増えた」
「ほとんど変わんねーよ」
七瀬が嬉しそうに手を叩く。反面、柳田はあくまで冷静だ。中学の時にちらりと見たが、いつもクールだった。部活のときに大声を張り上げてるのを見ると、意外に心の根は熱いのだろうか。
「そろそろ帰るか。誰かに見つかるとまずいしな」
柳田が体を曲げてボールを拾い、ほらよ、と七瀬に投げて返す。七瀬はそれを胸でトラップ! ……ってあれ?
「あっれー、うまくいかない」
固まる俺と柳田。検討違いのところに転々と転がるボール。
「何してんだ?」
「リフティング」
柳田の冷静なツッコミ。さも当然と言わんばかりの七瀬。
「だから、スカートでやるな、っての」
右足をひきずりながら、柳田がめんどくさそうにボールを拾いに行く。
「今度こそ終わりだ。ほら行くぞ」
「ケチー、スケベー」
それは違うだろう……。夜の闇の中をボールを持って歩く柳田に続いて、俺も歩きだした。
一週間後。
「はー、英語だるい。何で他の国の言葉なんてやらないといけないの」
プレハブ小屋に七瀬のイヤイヤ声が響く。
「将来的なことを考えてだろう」
教科書をカバンに詰める柳田。
「まぁ、英語は難しいよね」
とりあえず、無難に答える。俺達は自然とプレハブに集まるようになった。
「いいもんいいもん、私、海外行かないし」
何故かむくれる七瀬。
「ほら行くぞ」
促す柳田。
俺はドアを開けた。涼しい風が頬を撫でる。
「今年は暑くなるのかなー?」
「天気予報では暑くなるってさ」
「マジでー! このプレハブとも夏はお別れかな……」
「自習室で我慢しろ」
他愛もない会話。その幸せ。
見上げるとそこには青い空が広がっていた。
一応、第一章完ということで。
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