天空の車輪
「次は何だ、次は……」
へとへとになりながら俺は尋ねた。『大車輪』の後、絶叫系は乗らなかったものの、小さなアトラクションにはいくつか乗った。どうも吐き気の沸点が低くなったようで、最後にコーヒーカップに乗ったときには、七瀬に思いきりグルグルと回されたために今はもうバテ気味だ。
「最後は……、アレ!」
「ん……」
そこには夕暮れに染まりつつある空にそびえ立つ巨大な円。観覧車だ。
「ちょっと歩くみたいね」
「うん」
山城リトルパークは山の中腹を切り開いて作られていて、その中でも観覧車は一番目立つ丘の上にある。その袂へと続いている階段を昇ると、徐々に喧騒から離れていき、いつもの静かな夕方が近づいてきたようにも感じる。
「わぁ、すごいものね」
「うわあ……。泉、柳田、見て見て!」
立ち止まった椎田が後方を見やる。七瀬がそれに続き、驚嘆の声をあげる。
「これは、すごいね……」
「ん……」
眼下には少しずつ終焉へと向かうモニュメントと、夢見心地を惜しみながらも家路へと向かう人々。そこにはまるで日常と非日常の境目が存在するかのようだった。
「いい景色ね」
「……そうだな」
一歩、また一歩と丘を上るたびにその光景は遠く離れていく。耳元を通り抜ける風も徐々に涼しくなっていき、あたりはだんだんと暗くなっていく。
観覧車の袂に着くとその巨大さに圧倒された。どうやらすっかり北見県での生活に慣れたらしい。小さいころに見た東京の高層ビルを思い出す。
「でっかいなぁ……」
「上からはもっと遠くまで見えるかしらね」
「待ちきれない! さぁ、乗ろう!」
さすがに今回はトランプはなくて、四人で一つの籠に乗る。椎田の手を引く七瀬は飛び乗るように、俺達は静かにいつものプレハブ小屋のようなそれに乗った。
観覧車は風に揺られながら徐々に高度を上げていく。少しずつ黒に染められていく空を眺めながら、俺はその頂きに到達するのを待った。
俺は観覧車が好きだ。大して乗った経験があるわけじゃないが、天を切り裂いていくこの乗り物には何度も乗ってみたくなる魅力を感じる。特にこの、徐々に高度を上げていく瞬間はあの人と同じ感覚になれているんじゃないか、なんて思ったりする。小さな、ほんの小さなこじつけが俺を何度も天へ、空へと導いていく。この壮大な空にあなたは今日もいるのでしょうか?
「わぁ、見て見て、あれが温泉街?」
「あの先にあるのがお城ね」
巡らせた思いをいったん止めて、声の導きに向かって視線を動かしてみると、そこには壮大な風景が広がっていた。先ほどの光景は小さくなり、駅を挟んで向こう側には山城町の通りが見える。温泉地で有名な同地は建物に灯りが灯りはじめ、通りは連休の最終日ながら観光を終えた人々で賑わっている。更に遠くには山城の地名の元になっている一つの城が夕闇の中、静かにそびえ立っている。
「あの城と温泉街も有名らしいよ」
「へぇ……」
「いつか行ってみたいなー」
「そうね……。じゃあ、こうしない?」
椎田が何か思いついたように一本だけ指を立てる。
「来年は泊まり掛けでどう?」
「瑞穂、それ名案! 決まり!」
椎田に抱きつく七瀬。子供をあやすような姉と、目をキラキラさせて楽しみを待つ妹のようだ。
「泊まりだって。どうする?」
「……いいんじゃないか」
泉は思いっきり嬉しそうな顔をしている。そりゃそうだろう。百合ヶ丘のお嬢様と四人でお泊まりなんて、近所の男子高校生に聞かせたら羨ましがるどころか袋叩きに合いそうな話だ。あ、そういや泉は七瀬の素性を知らないのか。
(知ったらどんな顔するだろう……)
じっと泉の顔を覗き込む。
「どうしたの?」
「あ、いや、何でもない」
泉より多少付き合いの長い俺が驚いたくらいだ。泉ならさぞ言ったこちらが驚くくらいの大声を響かせることだろう。
「来年のゴールデンウィーク空けときなさいよね!」
「楽しみね」
というか、この二人は親の許しが出るのだろうか。ただでさえ物騒な昨今、育ちのいいお嬢様の親がはい、そうですかと許してくれるもんだろうか。
「そうと決まったら、何が何でもOKしてもらわなくちゃ! よーし、今日から頑張るぞー!」
「わっ、揺らすな」
「あー、怖がってるー?」
「怖いとかじゃない、危ないって言う意味だ、このバカ!」
「バカって言ったほうがバカなのよ!」
「何すんだ、この野郎。ひてて……」
「いった! ちょっと髪引っ張らないでよね!」
「ストップ! 止めて、緊急停止しちゃう!」
「最後の最後に怒られちゃうのー?」
ガッシャンガッシャン揺れる籠の中での取っ組み合いは椎田の必死の制止で、またもや双方痛み分けでやっとのこと納まった。最後まで騒がしい女だ。
天空の車輪は徐々に高度を下げ始めていた。
あまり遊園地でやんちゃをするのは止めましょう。
感想と批評お待ちしております。