バカとバカ
「よお、間に合うか」
8時半より少し早い時間にバスは駅についた。時間を見ながらコンビニにより、簡単な買い物をした。まだ大丈夫なはず。
「もう少しで置いてくところだったけどね」
七瀬はフフンと笑う。誘ったくせに置いていっては仕方ないだろう……。彼女のファッションは、上はクリーム色のパーカーに桜色のトップス、下は膝上までの紺のハーフパンツ。そして、女性ものの白のバッグを肩にかけている。胸元にはネックレスで、なるほど見た目だけはお嬢様だ。見た目だけは。
「おはよう、柳田」
泉は白に風景がプリントしてあるTシャツ、その上に青い半袖シャツを羽織り、下はジーンズだ。白に近い薄茶のショルダーバッグを肩にかけている。
「おはよう」
椎田はピンクのワンピースに、上は白い半袖の羽織り。肘にはワンピースとお揃いのピンクのバッグ。シンプルだが整った顔立ち、スラッとしたスタイルと合わせると、ほう、と息をついてしまうほどの美少女、いや美女だ。
俺は黒の半袖シャツに白のパーカー。後はちょいダメージのジーンズでシンプルに。
「ほらよ」
手に持ったビニール袋を七瀬に押し付けた。七瀬は何だろう、と受け取る。
「さっそくプレゼント? ……って、そこのコンビニのじゃん」
「ほら、電車乗るぞ。ぶつくさ言ってると置いてくぞ」 自動改札機にタッチする。七瀬はアンタのほうが遅かったじゃない、とか後ろでわめいている。
「そうだね、じゃあ、行こうか」
「ええ、プレゼントは電車の中で」
「あっ、ちょっと待って」
ホームには既に北見行きの電車が来ており、発車ベルが鳴るところだった。慌てて乗車すると、何とかボックス席を確保した。車内は休日の朝だけあって、人はそんなに多くない。自分たちと同じ行き先だろうか、はしゃぐ子供をなだめる家族連れや、帰省帰りの大荷物を持った人など様々だ。
「ボックス席が空いてるなんて運が良かったね」
「始発だからこんなもんだろ」
「何これー! チョコレート?」
七瀬がさっき渡したばかりのビニール袋の中身を取り出した。
「お前だってチョコだっただろうが」
「だからって、コンビニってちょっと有り合わせすぎでしょ」
「あのな、小遣いだって多くないんだ。もらえるだけ感謝しろ」
「むー」
どこまで図々しいんだ、コイツは……。
「私も食べ物で悪いけど……、ハイ」
椎田は可愛くラッピングされた小さな袋をバッグから取り出して七瀬に手渡した。
「わー、ありがとう。中身は……、クッキー!」
「手作りなのよ」
「本当に!? やったー、瑞穂のクッキーおいしいんだよね。この料理上手ー」
「そんなことないわ」
七瀬が小突くと、椎田が小さく顔を横に振った。
「仲良いな」
「うん」
泉の耳元で囁くと、同意の返事が帰ってきた。
「いいよねー、私は料理しないからさー。たまに練習はさせられるけど。瑞穂をお嫁さんに貰える人は幸せだよー。むしろ私がもらいたいくらい」
「ありがとう、雪乃」
七瀬が笑顔で椎田に抱きつく。椎田は子供をあやすように七瀬の頭をなでる。
「おい、ちょっと待て」
「何?」
七瀬は抱きつきながらこちらを見る。
「俺の時と違いすぎだろ」「なあに言ってんのよ、あんたの有り合わせとは違うの」
目を瞑り、べー、と舌を出す。コイツは……!
「瑞穂のは愛があるのよ、愛が。ねー」
「フフ、ありがとう。でも、チョコレートにも感謝しなきゃよ?」
「はーい、柳田もありがとー」
適度な返事だ。ったく……。
「僕のは手作りとかじゃないけど、はい、誕生日おめでとう」
泉はショルダーバッグからやや大きめの箱を取り出した。表面には伊達政宗をコミカルに描いたキャラが馬にまたがって、刀を掲げている。
「ありがとー、仙台かな?」
「うん、この前の休みに家族で仙台まで行ってね」
「サッカー?」
「そう」
仙台といえば……。
「仙台ワンアイドラゴンズか」
「そうそう」
「確か勝ったんだっけ?」
「2―1でね。遠くまで観にに行った甲斐があったよ」
「まぁ、仙台はJ2上がりだからな。勝ち点拾ってくれないと」
「でも、向こうのフリーキックで先制されたときはヤバいと思ったよ」
「韓国代表のキムか、要注意だな」
去年J2で二位の仙台のウリは、堅守と韓国代表のキムから始まるセットプレーだ。
「でも、その後にロベルトが決めるとこっちのペースになって、試合終了間際に野田がゴールを決めたときはもう……!」
泉は両手を使ってその時の喜びを必死に伝えようとしている。
「これで少しは順位も上がったかな」
「でも、センターバックの飯原がケガをしちゃって……、ボランチを下げて対応したけど、次の試合はどうなるかな」
今度は腕組みしてウンウン唸る。飯原は高さを活かして守備の要に活躍している。簡単に代役を用意できるわけでもないし、これは少し困る。
「あのさ」
え、と泉が顔を七瀬に向ける。俺も考え事していたので、視線だけそちらに動かす。
「アンタらってホント……」
一呼吸おいて、呆れたように。
「サッカーバカだよね」
言われて泉と顔を見合わせると、彼はにへらと笑った。
「そうだね」
「まぁ、間違っちゃいない」
あー、またいつもの癖だ。ブランクあったのに、今はサッカーバカに違いないほど、のめり込んでる。まだ全てを受け入れたわけじゃないが……。
電車は豊かな田園風景の中をスケッチブックに引いた一本の線のように、真っ直ぐ走っていた。
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