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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【4】考えるな、感じるんだ。理想のおっぱいを。

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考えるな、感じるんだ。理想のおっぱいを。(1)


 その日、「ただいまー」と秀治が帰宅しても返事はなかった。


 革靴を脱ぎ、廊下に上がって脱衣所からドライヤーの音が聞こえてくることから絵麻は入浴であったことを察する。今晩は残業で帰りが遅かった。絵麻には適当に食事を済ませるように言ってあったので、秀治は帰り道、牛丼チェーン店で食事を済ませてきた。


 そんな彼がリビングの扉を開けたとき、目に飛び込んできたのは『おっぱい』であった。


 否、大量の『おっぱい』であった。


「……なんだこりゃ……」


 思わず呟いた秀治の視線の先。ダイニングテーブルに並んでいるのは女性キャラクターを形取った平面上の何かで、その胸部だけが『ぷっくりと』膨らんでいた。


 いわゆる、『おっぱいマウスパッド』である。


「あ、おかえりー」


 呆然とダイニングの入り口で立ち尽くす秀治をダボT姿の絵麻が声をかけ、本人は冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐ。


 風呂上がりの一杯。


 タオルを肩にかけ、腰に手を当ててぐいと呷るのが絵馬のルーティンである。


「ん。どったー?」


 牛乳を飲み干し、タオルで口元を拭いてから絵麻は秀治の異変に気づく。

 そして、その視線の先のものに『にへへ』を頬を緩ませた。


「おーおー、しゅーじぃ〜? 美少女たちを前に言葉もないかねぇ〜? 秀治も男の子だったってことだねぇっ?」


 秀治の脇を抜け、嬉しそうに美少女型マウスパッド、俗称『おっぱいマウスパッド』を一つ手にとる絵馬。

 胸を曝け出した姿で頬を赤らめる美少女を前に、秀治の頬が引き攣った。


「なんなんだそれは……」

「おっぱいマウスパッド。机で使うんだよ。こう、マウスを」


 くいくいっとジェスチャーで表して見せる絵麻だが秀治は眉を寄せていた。


「それ、顔面の上でマウスを動かすことにならないか……?」

「だからまー、基本はコレクションアイテムっていうか、おっぱいの感触を楽しむために存在するよねー。実際に使ってる人もいるけど。そーいう人はちょっと猟奇的かな? 私は解釈違いー」


 秀治は必死に考えていた。

 大量のおっぱいを前に。


「まぁ、ほら。触ってみ?」


 突き出される、おっぱいを前に。

 言葉を失い、「いやいやいや! それこそ解釈違いじゃないか!?」

 必死に理性を理論で武装する。


「なんか色々ダメな気がする!」


「ダメじゃないよ。実際、結構売れてるし」

「売れてるのか!? これが!?」


 ダイニングテーブルに並ぶは大量の美少女と膨れ上がった胸部。

 服装こそキャラクターによってそれぞれだが、大半は胸元をはだけさせており、恥ずかしそうにこちらを見上げる仕草になっていた。


「どうかしているぞ……」


 割とドン引きしている秀治だったが、そこで絵麻の表情に気付き『しまった』と言葉を引っ込めた。


「可愛いーんだもん。可愛いは正義でしょー」


 唇を尖らせ、上目遣いに結構怒っている絵麻である。

 秀治は絵麻の趣味趣向に理解できない部分があることを自覚しているが、それでも否定だけはしないようにと気を付けてきた。


 それでも、「流石に、な……」

 ダイニングテーブルに広がる『あまりにも』な光景に多少けおされてしまうことぐらい、許してやってほしい。


「いーっから! ほら、触ってみって!」

「うおっ!?」


 絵麻も絵麻で、口では「どーせわかんないよ」と言いつつも、自分がいいと思うものを秀治にも「良い」と思ってもらいたい乙女心である。


 乱暴に秀治の手首を掴むと手に持っていたおっぱいマウスパッド(蒼穹のアテナイのヒロイン、桃空カレン)の胸部へと持っていった。



 ――むにょり、である。



「…………」


 むにょり。むにょり。


 触ってしまったからと言い訳するわけではないが、秀治はその手のひらに触れた感触に見覚えがあることを察する。


「……普通にマウス用のリフトレストだ」

「でしょー?」


 我が意を得たり。

 絵麻は不機嫌そうな顔こそ崩しはしなかったが、口元はすでに緩み始めていた。


「実用品なんだって。職場でも使ってる人はいるでしょ? リフトレスト、キーボードの前とかに置いてさ」

「ああ……、俺も先輩に勧められて先週から使い始めたけど……」


 むにょり。

 リフトレスト……というか、どちらかといえばストレス解消用のストレッチボールに近い感触であった。


 秀治はなんと答えるべきか悩み、とりあえずは謝っておくことにした。


「すまん。俺が悪かった」

「わかればよろしい!」


 満面の笑みである。


 絵麻はそれだけで喜びを溢れさせると「んでさ? 今度桜ちゃんのおっぱいマウスパッド作ることになったから、参考意見を聞きたくてー」「桜さんの……!?」「そ、ヴァーチャルユーチューバー音野葉桜。清楚売りしてたんだけど、おっぱいマウスパッド、どーしても桜ちゃんが作りたいって配信で言ったら結構バスったみたいでさ、受注生産けってーいっ!」


 わーっい! と我がことのように喜んで見せる絵麻だが、イラストレイターとして活動するエマニエルこと絵麻は音野葉桜の『ママ』である。我が子の活躍は嬉しいのだろう。


「で、新しくイラスト書き下ろしたら桜ちゃんが『どうせなら、ママが選んでくださいよ! 最高のおっぱいを……!』っていうもんだから、これサンプル」


 ほいっと絵麻がテーブルの上から取ったのはあからさまにシリコンの塊と分かる物体だった。


「届いたサンプルだけで確認しても良かったんだけどさぁ、他の人がどーいう感じにしてるのかも気になったから色々買っちった」


 てへっ? と大量の美少女おっぱいマウスパッドを前にお茶らけて見せる絵麻。


 可愛いが、今後、この美少女たちが押し入れに押し込まれることを考えるとなんともいえない秀治であった。


「んでさ、どれがいいと思う?」

「どれって、描き手の絵麻が一番よくわかってるだろ。俺は専門外だよ」


 リフトレストとして使う分であれば参考意見の一つもいえそうなものだが、あくまでもコレクションアイテム。実用性は二の次となると秀治は意見すべきではないと考えた。


「そもそも、シリコンのサンプルがあるってことはキャラクターによって弾力性を変えてるってことだろ? 俺には分からんよ。桜さんの胸の柔らかさとか」

「なんかセクハラっぽいね、今の発言」

「うっせ」


 そもそもVTuberとしての活動名義と本名を同じにしている方が悪い。

 秀治は若干の後ろめたさを覚えつつも開き直った。


「とりあえず、ほら、いいから、揉んで揉んで」

「えぇ……?」


 秀治はさっさと風呂に入り、一息つきたかったのだが、絵麻の要求からは逃げられそうにもなかった。


 ならば、雑務はさっさと片付けてしまったほうが早いかと諦め、差し出されるシリコンを揉んだ。


「…………」

「……どう?」

「…………いや、わからんて」


 そう、わからんのだ。


 絵麻のことを思い続けて十五年。告白はされても断り続けてきた秀治である。当然、『女性の胸の柔らかさ』など知る由もなかった。


「二の腕とかならまだ分かるけど」

「二の腕……?」


 不意に要らぬ情報を発してしまい、慌てて秀治は言葉を紡ぐ。


「いや、ほら、二の腕の柔らかさと胸の柔らかさって同じっていうじゃん? だからほら、二の腕」「二の腕」「そう、二の腕」


 実のところ、秀治はそれなりにモテる。

 飲み会の席では自らをアピールせんと腕に抱きつき、胸を押し当ててきた女性の覚えがいくつかあった。


 故に、二の腕である。


 二の腕でなら、胸の感触を秀治は知っているのだ。


 だが、口が裂けても絵麻にそのようなことは言えないし、知られたくない。そして、二の腕でシリコンの柔らかさを確かめようものなら絶対にひかれると秀治は分かっていた。二の腕でシリコンの柔らかさを確かめる男など、相手が絵麻でなくともドン引きだろう。


 うーん……? と絵麻と二人して首を傾げて見せる秀治だったが、先に動いたのは絵麻だった。 


「じゃさ、こうしよ? ちょっと膝ついて、秀治」

「お……? おう……」


 何やら妙案を思いついたらしい絵麻は手に持っていたシリコンをテーブルに置き、秀治の後ろ側に回り込むとその肩からタオルを外した。


 そして、秀治の視界は闇に包まれた。


「目隠しー!」

「……なんで?」


《続く》


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