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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【3】私がママになるんだよ!?

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私がママになるんだよ!?(1)


「んじゃまー、帰りは遅くなるから、適当に夕飯食べといてね。行ってきまーす」


 バタン。と玄関の扉が閉まるのをスウェット姿の秀治しゅうじは呆然と廊下から眺めていた。


「……え?」


 日曜の朝。休日出勤に加え残業で帰りが遅くなったこともあり、目が覚めたのは朝の十時。のそのそと起き出して顔を洗い、洗面所から出てきたところで『お出掛けモード』の絵麻えま出会でくわした。


「なにそれ」


 おはようよりも何よりも第一声に出たのはそんな言葉で、絵麻の装いを上から下まで眺め、その『初夏の休日デートにおすすめコーデ!』とか紹介されていそうな服装に秀治は言葉を失った。


「クライアントと会ってくる。夕飯いらないから」

「え、ちょ」


 秀治は止めたのだが、時間が押しているらしく絵麻は滅多に履かないおしゃれサンダルを下駄箱から取り出し、トートバック片手ににこりと微笑んで出ていってしまった。

 ……扉の向こう側に広がっていた気持ち良いほどの青空が眩しかった。


「絵麻が、デート……?」


 否、クライアントと会ってくると絵麻は言っただけだが、秀治の頭の中ではすでに憶測と推測によって結論が導き出されていた。


 ――絵麻に、直接会って仕事の話をするクライアントは存在しない。


 それは絵麻がここに暮らすようになってからのおよそ二年の間に知り得た事実であり、データのやり取りなどがあるために常にボイスチャット越し、そうでなくとも絵麻は極度の人見知りを発病しており、人と会うことを極力避ける警報があった。


 そんな絵麻が、オシャレ着を着て出かけた。


 その事実が秀治を音速を超える光速で動かした。

 絵麻が玄関を出て三分後。秀治は身支度を整えさせると絵麻の後を追って家を飛び出していた。



 絵麻と秀治が暮らしている街は都心から電車で十数分と言った立地であり、どこに出かけるにしても私鉄に乗って都心へと向かう必要があった。その上、絵麻は歩くのが遅い。更に、滅多に出かけないので『オシャレサンダル』での歩行にも慣れていなかった。


 そんな諸々の事情があり、秀治は絵麻を駅前で補足し、後を追って改札をくぐり、一つ隣の車両に飛び乗ってのストーキングは容易だった。


 念の為に言っておくが、一緒に暮らしていようが実質両思いであろうが、同居人でしかない相手をこっそりと付けるのは割と気持ち悪いし、恋人関係であったのなら場合によってそれは信頼関係に重篤な傷を刻むことになるのでおすすめしない。悪しからず。


 ――とはいえ、秀治にとって絵麻は幼馴染であり想い人である以上に保護対象でもあった。


 良くも悪くも絵麻は脇が甘い。小柄であることも要因ではあるが、割と危ない目にも何度かあったことがある。


 その上、『好き』に対してはブレーキが効かず、周りが見えなくなるという悪癖もあった。秀治の家に絵麻が転がり込むことになったきっかけもその辺りの事情故なのだが、今は関係ないので傍に置いておく。


 重要なのは、『そんな絵麻が』オシャレ着をしてお出掛けしているという事実なのである。


 秀治は何食わぬ顔で隣の車両にいる絵麻の横顔を見つめ、早なる胸の鼓動を抑えようと必死だった。

 基本的に絵麻は一人では出かけない。

 買い物はネットショッピングで済ませるし、何か出かける用事がある時は必ず秀治を誘う。


 だから、そんなわけがないのだ。俺の知らないところで、そんな……、絵麻の『恋人が出来ていた』だなんて、バカな話があるもんか……!


 そう考えるが小中高、のみならず大学も一緒だったのにも関わらず、絵麻の交友関係については高校以降、殆ど秀治は関わってこなかった。


 大学卒業後、就職して忙しい秀治の知らぬところで新たな交友関係が芽生えていたり、昔の知り合いから連絡を受け、『そういう関係』になっていても不思議ではないのである。


 胃が締めつけられる思いで終点、都心のターミナル駅で降りた絵麻を追って、改札を抜け、そこで見た光景は、

 ――金髪のイケメンに出迎えられる絵麻の姿であった。


「は……」


 秀治の思考は、停止した。


 そんなことはお構いなしに駅構内の柱の陰で立ち尽くす秀治を置いて二人は歩き出し、秀治は茫然自失のままにその後を追った。

 まるで、彷徨う幽鬼のように。


 いや、だが、まだ交際していると判明したわけではない。本当に仕事の付き合いで、何らかの打ち合わせ、もしくは何かの紹介、詐欺、誘拐。身代金……。


 秀治は必死に考えた。

 必死に、『それ以外の可能性を模索した』。


 馬鹿馬鹿しいと思うだろうが、秀治は基本頭がよく回るし、冷静な性格ではあるのだ。しかし、絵麻のことになると馬鹿になる性質を持っていた。


 だから、……まぁ、悲しいかな、今日の秀治はちょっとアホなのだ。


 オシャレなイタリアンで昼食を取り、公園を散歩し、薄暗い半地下のカフェでお茶をする二人は楽しげを少し離れた席から秀治は眺め続けた。


 金髪のイケメンと、幼さの残る幼馴染。

 二人の身長差はそれほどではなく、イケメンと秀治はそう変わらない体躯に見える。しかし、絵麻のイケメンに向ける表情は秀治の知らないそれであった。


「そうか……絵麻、お前にも……」


 秀治は苦いエスプレッソを流し込みながら心で泣いた。

 ずっと想い続けておきながら、最後の一線を越えることができず、思いを伝えられずにいた自分が悪いのだ。そう言い聞かせて。


 秀治は二人がカフェを後にしたのを確認し、緩やかな上り坂を歩いていく二人の背中を傷心の想いで見送ることにした。


 結局、秀治は半日掛けて二人を観察し続けた。

 否、半日かけて見せつけられたと言ってもいい。

 店を出る頃には秀治の心はすっかり削られてしまっていた。


 だから、と言うわけではないのだろうが、通りを歩き、去っていく後ろ姿を眺めながらも、絵麻が悲鳴をあげ、その身が転んでも反応が出来なかった。


 普段の秀治であれば絵麻が悲鳴をあげた瞬間には自然と体が動き出していただろう。しかし、今の秀治は失恋したようなものであり、連日の仕事疲れにより体もボロボロ。


 秀治が気づいた時には転んだ絵麻へとイケメンが手を差し伸べ、膝を擦りむいたらしい絵麻をお姫様抱っこする所だった。


 肩に手を回し、顔と顔が触れ合うような距離で笑い合う二人を秀治はやはり呆然と見つめていた。失恋の苦しみとは、これほどなのかと身をもって味わった。


 だが、それもほんのわずかな間だ。


「はっ……」


 二人が向かう先、坂を登り切った先に広がる繁華街の並びを思い出した秀治は考えるよりも駆け出し、人混みを抜け、二人へと声をかけていた。


「絵麻!」

「……秀治!?」


 秀治が絵麻に声をかけたのはその建物に二人が入る直前。

 ラブホテルの入り口、その際の際であった。


「どうしたの秀治、こんなところで……?」

「そんなのはどうでもいいだろ、連れ込まれかけてるんじゃないのか!? 絵麻を離せこのやろう!」


 無茶苦茶である。横恋慕である。


 ラブホテルに入ろうとする愛し合う二人を引き裂かんとする同居人(家主)の幼馴染、……そんなことは秀治自身にもわかっていた。

 それでも見過ごすことなど出来はしなかったのである。


 たとえ絵麻が自分以外の男を好きになっていたとしても、自分の目の届く範囲で絵麻が、そのような行為に及ぶことを看過できなかった。


 詰まるところ、ただの嫉妬であった。


「絵麻と、どういう関係だっ……!」


 しかし、そんな秀治を見て、軽快に笑い出す声があった。


「ははは」


 イケメンである。

 イケメンが、笑っていた。


 女の声で。


「へ……?」


《続く》


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