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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【2】大人のお医者さんごっこ

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大人のお医者さんごっこ(1)


『心の病に愛の力! ラブリーな注射をお見舞いするわよ!?』


「あいのっミラクルっ、予防っせっしゅー」


 水曜日の夜。仕事を終えて帰宅した秀治を出迎えたのは妙に懐かしいアニソンとそれを口ずさむ絵麻の歌声だった。


「懐かしいな」


 リビングの扉を開け、50インチのテレビで流れる映像を横目に秀治が告げればソファの上、ふんふんふんと鼻歌混じりにタブレットを膝の上に載せてペンを動かしていた絵麻がドヤ顔で顔を上げた。


「懐かしいでしょー。リメイクやってんだぜっ」

「ああ、どおりで。絵が綺麗だと思った」


 今日は定時で仕事が終えられたので時計の針はまだ七時を回ったところだった。


 秀治が買ってきた食材を台所に置き、一旦自室に引っ込んで部屋着に着替え、戻ってきた頃にはナース姿の天使みたいな格好に変身した小学生の主人公が妖怪みたいな怪物相手に巨大な注射器を振り回している。


「無駄に動いてないか」


 夕飯の支度を進めながら視界の端でテレビを捉えていると記憶のそれよりも派手な演出の目立つ『ラブリーエンジェル☆』が妙に気になった。


「当時見ていた世代が大人になって、予算つけてアニメ化してんだよ。最強の推し活だねー」


 こんな時間に放送しているとは思えないからサブスク配信なのだろう。

 絵麻は手を止め、顔をこちらに向けた。


「秀治も好きだったよね、ラブエン」

「改竄するな。お前に付き合わされてただけだ」


 言うが、エブリーエンジェル略してラブエンはこうしてリメイクされるほどには男女共に人気があり、『数多くのオタクを生み出した元凶』と呼ばれるほどの名作である。


 ある日地上にやってきた白ウサギから『ヤマイダー』を治療たおす力を与えられた小学五年生の愛野天使はナースキャップを被り、ラブリーエンジェルに変身して戦う物語だ。


 当時は教育テレビの夕方五時半から放送されており、その可愛らしい見た目に反して濃厚なストーリーと人間関係で多くの『大きなお友達』を生み出したとも言われている。


 もちろん、秀治も割と好きだったし、ラブエンの主人公、愛野天使の従兄弟で、兄貴分の伊龍白兎に憧れて医者になりたいと思ったこともあるほどであった。


「お医者さんごっこ、やったよねぇ?」


 ニヤリ、と揶揄うきマンマンの笑みを浮かべる絵麻にまさにそのことを思い出していた秀治はニラを切りながらシラを切った。今夜はニラとベーコンのパスタだ。


「覚えてない」

「うっそだー」


 タブレットを置き、体ごとこちらに向き直った絵麻は獲物を見定める猫のような雰囲気すらある。可愛い。


「そのアニメのことも今見て思い出したぐらいだよ」

「じゃあやってたとしても覚えてないってことで」


 無敵だなこいつ。と暴論を振り回す絵麻に呆れつつも『まぁ、そう言うとこも可愛いんだけど』などと思ってしまうあたり、惚れた弱みである。


 ベーコンを刻み、鍋でパスタを茹でながらフライパンでニラとベーコンをバターで炒めながら『お医者さんごっこ』を否応なしに思い出してしまい、秀治は仏頂面になった。


 右も左も男も女も自覚していなかった頃の子供の頃の遊びである。


「胸がっ、苦しいんだよ……!」


 テレビから可愛らしくも切実な声が響いていた。

 絵柄は変わっても見覚えのある展開だ。

 小学生の女の子が歳の離れた医大生の白兎に自分の想いを伝えるシーンである。


 雨が降る中、何故か白衣姿で外出していた白兎を捕まえ、『ヤマイダー』との死闘を終えた愛野天使(主人公)が泣き顔で迫る。


「胸がっ、苦しいんだよーっ!」


 タブレットを抱き、ダイコン演技で繰り返す絵麻はなんだか楽しそうだった。

 チラリ、とこちらに視線を向けられ、秀治はそっと目をそらす。


 子供の頃、絵麻が「胸が苦しい」と訴え、秀治がその胸に耳を当て「確かに、これは愛の鼓動だね」と言うのが『お医者さんごっこ』の定番だった。


 意味不明すぎるし、アホかと思わなくもないが、今まさにテレビでは白兎が天使の胸に耳を当て「愛の鼓動だね」を言っている。


「愛の、鼓動だねっ……」


 絵麻も真似をした。秀治の方をニヤニヤと見ながら。


「ていうか、仕事はどうしたんだよ。急ぎの仕事があるって言ってなかった」


 二人分の皿を用意しながら苦し紛れに話題を変えてみると絵麻は手元のタブレットに目を落とし、唇を尖らせた。


「今まさにお仕事してるんですぅ〜」


 言われれば負けじと作業に戻るのが絵麻の良さでもある。

 そこからは料理が出来上がるまでの間、絵麻は黙々と絵を描き続け、テレビではストーリーが進行し、エンディングが流れ出した。


「エンディングも昔のリメイクなのか」


 出来上がった二人分のニラベーコンパスタをダイニングテーブルに運びながら秀治が言うと絵麻は「そう! そうなのさー!」とどこぞのテンションで駆け寄ってくる。どうやらお腹が減っていたらしい。


「歌っちゃう!?」

「歌わんでいい。いただきます」


 さっさと椅子に座った秀治は手を合わせ、フォークで器用にパスタを口に運んでいく。

 絵麻は唇を尖らせていたが、温かな香りに負けて鼻歌まじりに椅子におさまった。


「んで。仕事って?」

「んー、んあー」

「ぁ?」


 口いっぱいにパスタを頬張りながら絵麻が指先で示したのはテレビの画面だ。

 そこには先ほどまでとは違った絵のタッチでラブリーエンジェル☆に変身した愛野天使とペットのシロウサが描かれており、右下に『次のエピソードを再生する』のボタンが表示されていた。


「エンドカード。アニメの最後に表示されるゲストのイラストだよ」

「へー」


 秀治は画面に目をやった。

 次のエピソードが自動再生されてしまったので画面は切り替わったが、『ラブエン』が二頭身だか三頭身ぐらいのキャラクターにデフォルメされていた気がする。


「アレをお前が描くのか」

「そ。んでもって、ジャジャーン! こちらが先ほど描き終わったワタクシのラブエンになりまーっす!」


 そう言って絵麻は12インチのタブレットをドーッン! と突き出して見せた。

 タブレットをダイニングテーブルに持ってきたあたり、そうではないかと秀治は思っていたのだが、絵麻が嬉しそうに掲げるに合わせて画面を覗き込む。


 そこには、全裸で白衣姿の小学生女児が雨に濡れて可哀想なことになっているイラストが表示されている。


 ……もう一度言おう。


 全裸に白衣を羽織っただけの小学生女児だ。

 それが雨に打たれ、夜の闇の中に佇んでいた。


「……は?」


 秀治は、危うくフォークを取り落としそうになったのも仕方あるまい。


 表示させる画像を間違ったとか、そういうことではない。どこからどう見てもそれはラブリーエンジェルの主人公・愛野天使であり、全裸で、白衣を羽織っただけの小学生女児(濡れて透けた白衣は体に張り付いてかなり際どいことになっている)である。


「……嘘だろ。十八禁同人誌の間違いじゃないのか……?」

「十八禁の仕事受けたら追い出すって言ったの秀治じゃんー! ちゃんと約束守ってるよ!」


 ぷんぷん! と自らの清純さをアピールする絵麻だが、そうではない。


「アウトだろ。小学生向けアニメでこの絵は……」


 夜の街で全裸に白衣を纏った姿で雨に打たれる愛野天使の表情は涙に濡れながらも頬は赤く染まり、恍惚とした表情に見えなくもない。ラブリーエンジェルの名前とは程遠く、どちらかというとラブリィに堕天しちゃってる露出魔の変態だ。


 ていうか、元のイラストと全然違うくね……? とオープニングの終わりにテレビの中で決めポーズを取るラブリーエンジェルとを秀治は交互に見比べ、あまりにも『絵麻の絵のタッチ』が強く出ているそれに眉間に皺を寄せた。


「いいんですぅー。エンドカードは各イラストレーターの個性を見せる場だから『私の個性で』ラブエンを描けば喜んでもらえるんですぅー」


 まるで子供みたいに主張する絵麻であるし、実際にアニメのエンドカードというものは、他のアーティストとのコラボの意味合いが強く、ラブエン本来の絵柄よりもエマニエル先生こと結城恵麻の絵柄に合わせることをクライアントは求めているのであった。


「限度があるだろ……」


《続く》


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