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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【9】清楚系ヒロインはパンツを見せない

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清楚系ヒロインはパンツを見せない(4)


 穂果を特急電車のホームで見送り、秀治と絵麻は帰路についた。

 そこにあるのはある種の充足感と、なんだかんだで緊張していたんだなぁ、と感じる程度の解放感だった。


「後に引けなくなっちゃったね」


 自分たちの最寄駅に向けてのホームへと移動し、電車を待つ間に絵麻が言った。


「読ませてもらったけど、面白かったよ。ヒロインのスカートにあんな秘密が隠されているとは思わなかった」

「文学的表現とライトノベルらしさの融和した傑作。既存の枠組みに収まらない新たなジャンルを確立する歴史の転換展となるだろう」


 絵麻は『灰被りの猫』先生の受賞作『スカートの中の秘密を知った俺は生きては帰れない!?』に対する選考員のコメントの一部を暗唱した。


「実際面白いしね。よくもまぁ、いつの間にあんな文才開花させたのやら」


 電車の到着を告げるアナウンスが響き、絵麻の声に重なる。

 秀治はそんな幼馴染の様子を見るともなく眺め、昼間、こちらに向かう道中、穂果が『灰被りの猫先生』であることを明かした時の事を思い出していた。


 秀治の告白に、絵麻は驚きこそしたが、戸惑いはしなかった。穂果から連絡を受けたこと、相談されたことを話せば絵麻はただ一言「なるほどね」と苦笑して頷いた。


「それで私の着替えを覗きに来たと」


 意地悪く口の端で笑みを浮かべ、痛いところを突いて来る。


「そー言うところ、秀治らしいとは思うけど、男らしくはないよね」

「すまん」


 秀治は素直に謝り、それで話は通じてしまったのだと確信した。


 イラストの仕事ではなく、秀治を選んでいればそのまま絵麻はイラストレーターとしても今の生活を続けることが出来た。

 絵麻の意思とは関係なく、今日、穂果の元へ絵麻を連れて行かないと言う選択を選べば、穂果は絵麻の代わりに結城家を継ぐ覚悟を決め、絵麻がなんと言おうと、譲りはしなかっただろう。


 アレは、そう言う覚悟なのだと、秀治は判断した。ある意味では、秀治に選ばせたのだと。姉か、自分かを。


「このヘタレ」


 二人して駅の改札を抜けながら、絵麻は秀治を肘で小突く。


 空気に流され、行くところまで行っていたら、今日の打ち合わせに秀治と絵麻は間に合っていなかったであろうことは確実だ。


 それを以って穂果は自らの失恋を受け入れ、絵麻の未来を祝福する。――そう言う事に、なる一歩手前まで行ったのだ。


「だって、違うだろ。そんなのは」


 二人して電車を待ちながら、秀治は絵麻を見た。


「そんなの、お前はきっと喜べない」


 そんな秀治に、絵麻はただ嬉しそうに笑って、今度は肩でぶつかってきた。

 むず痒いような、ずっとこうしていたいと思えるような、幸せな時間だった。


 駅のホームに滑り込んできた電車の音に、秀治は意識を引き戻され、髪を散らす夜風に目を細めて隣の幼馴染を見た。


 アレから覚悟を決め、『後に引けなくなった』と秀治にわざわざ宣言した絵麻を。


「……なぁ、絵麻」


 到着した電車から、人が吐き出され、絵麻と秀治は傍に退いて降車する人の波を避ける。


「ん?」


 絵麻は視界の端で秀治を見上げつつ笑った。

 子供が挑発するみたいに、『言ってみなさいよ?』と、片眉をあげて。


「…………」


 しかし、秀治は何も答えることが出来ず、ただ、絵麻の手を引いていた。


「秀治……?」


 絵麻の戸惑いは一瞬だ。


 ただ黙って秀治は絵麻を抱きしめ、怪訝そうに見つめる乗客をやり過ごしながら、時を待った。


 電車の発車ベルが鳴り、二人が乗るはずだった電車は行ってしまう。

 駅のホームに残された二人はしばらくして身を離したが、その手は握られたままで、絵麻は耳まで赤くしながらも、その手を離さそうとはしなかった。


「……何してんだか」


 先に口を開いたのは絵麻で、知らぬ顔でそっぽを向く秀治の腕を弾き、唇を尖らせて膨れて見せた。


「明日も仕事でしょーに。何考えてんのよ」

「何も考えてねーし。ちょっと、寒そうだなって思っただけ」

「嘘が下手にも程がある」


 不貞腐れて見せつつも、絵麻はどことなく楽しそうで、珍しく照れを露わにする幼馴染相手にニヤニヤと、結局は頬を緩ませてしまう。


 ――これはもう、既成事実ってことでいいよね?


 社会人になったら、告白とか、段取りは前後するとか言うし。


 そんな考えが頭をよぎったが先か、それともそれは言い訳だったのか。

 絵麻は繋いだ手を引き寄せて腕に抱きつくようにして身を寄せ、ぎょっとする幼馴染にもお構いなしに、甘えて見せた。


「一緒にお風呂、入ってみる?」


 メガトン級のお誘いに、秀治は言葉なく呆気に取られた。


「冗談じゃないよ?」


 ふふん? と嬉しそうな絵麻。


 意識の片隅で電車のアナウンスを捉えた秀治は、無言で駅のホームへとやってきた電車を見つめた。


 アレほどの人数がついさっき、電車に運ばれて行ったと言うのに今はもうホームに人が溢れそうになっている。


 日曜夜。電車の感覚は短い。一本見過ごしたところで、すぐに次の電車はやってくる。


「なぁ、絵麻」

「なんですかな、秀治くん?」


 どことなく、学生時代を思わせる調子で絵麻が応え、秀治は絵麻の手をしっかりと握り返しながら言った。


「今だけは、俺たち一緒にいられてるんだって、……思っても、いいよな?」

 再びホームに入り込んできた電車に寄って『ごうっ』と夜風が吹き抜け、――しかし、その風は二人を攫うようなこともなく、秀治と絵麻は身を寄せ合って、見つめ合う。


 随分と遠回しで、遠慮の塊みたいな告白だことで。


 絵麻は半ば呆れつつも、そんな幼馴染のことをやっぱり『かわいい』と思ってしまった。


 結城家の長女に生まれ、その家の将来を背負うことを宿命付けられているような自分を『幼馴染だから』と言う理由だけで気にかけ続けてくれた幼馴染の男の子。


 大学卒業と共に地元に戻り、祖母の言いつけ通り、自らの役目を全うしようとしていた自分に時間をくれた王子様。


 考えてから『王子様って柄ではないか』と絵麻は内心ほくそ笑んだが、自分にとって、秀治以上の『王子様』は絶対に現れないであろうことを理解していた。


 絵麻自身が他の誰よりも秀治のことを、必要としている限りは。


「ねぇ、秀治?」


 絵麻は秀治のことならある程度わかる自信がある。


 人一倍努力家で、コーヒーが好きで、お酒が苦手。

 勉強のしすぎで視力が悪くなって、運動は好きだけど得意じゃない。

 そんな幼馴染の手をひき、絵麻は帰路へと誘った。


「帰ろ? 私たちのお家に」


 まるで子供みたいに笑って。


 秀治は自分の向けられたその笑みに、胸の奥が熱くなるのを感じた。あとはただ、二人の時間があるだけだ。


 他愛のない会話を繰り広げながら、今日会ったことを改めて話し、電車を降りて、丘を登って、マンションについて。

 夕食は穂果と共に済ませてあったので、絵麻が先にシャワーを浴び、その間に秀治が珈琲を淹れて一息つき、絵麻と入れ替わるようにして秀治もまた疲れを洗い落とす。


 本当に、長い一日だったと、秀治は思う。


 そして否応なしにこの同居生活の終わりを意識させられた日でもあったと。


 ただそれでも、世界からすればなんて事のない日曜日が終わっただけである。

 クリエイター業で、自由時間を好きに組み合わせて仕事をすればいい絵麻とは違い、秀治は翌朝には出勤しなくてはならないし、また近々、市場が荒れる予感がある。


 入社して三年目。仕事は慣れてきたが、ため息をこぼす日もある。そんな日も乗り越えてこられたのはひとえに、……家で待っているであろう、幼馴染の存在があったからなんだろうな、と、お湯を頭から浴びながらに秀治は思う。


 あの幼馴染がこの部屋から出て行ったあと、自分は果たして今の生活を続けられるのだろうか? と。


 ――……、否、絵麻がこの部屋を出て行ってしまえば『今の生活そのもの』が霧散してしまうであろうことは、秀治も理解していた。理解した上で、気づかないフリをしていたのだ。


 いつかきっと、絵麻の祖母にも認めて貰える日が来ると。

 ガムシャラに働いていれば、実績さえ積み上げ、肩書きでもつけば、交際を認めて貰えるだろうと。


 考えて、慰めて、それは到底、現実的ではないと囁く心から目を背け続けた。


 結城家に求められる条件、なんてものを秀治が正しく把握しているわけではない。

 ただ漠然と『絵麻が婚約を勧められた相手』と言う話から『並大抵の職業では検討すらして貰えないのだろうな』と感じていただけである。


 絵麻は、否、秀治もまた、帰り道、玄関をくぐるまで、繋いだ手は極力、離そうとはしなかった。

 絵麻もまた、不安なのだろうと秀治は思う。


 穂果の手前、姉として振る舞うことを自らに敷いた絵麻は、どこまで行っても『結城絵麻』だった。


「……馬鹿馬鹿しい」


 己が悩んだところで、何も解決しないだろうに。


 秀治が風呂を出て髪を乾かし、リビングを覗くと既に絵麻の姿はなかった。

 絵麻の部屋も静まり返っており、疲れて眠ったのだろうと秀治もまた、自分の部屋に引っ込んで、今日はもう寝てしまおうと、布団に入った。



 そして、その夜。秀治は、夢を見た。

 自分の布団に、幼馴染が入り込んでくる夢を。


 最初は遠慮がちに、……しかし、秀治が抱き寄せれば駅のホームで見せたように甘えて頬を擦り付け、腰に腕を回してくる。


 甘い香りがした。


 強く抱きしめれば壊れてしまいそうな、とはよく言ったものだと冷静な部分で考えながら、秀治は遠慮がちに、……しかし、そこに至ってしまえば歯止めを効かせることもできず、幼馴染の体を確かめた。


 せめて、今だけは、この時だけは、自分のものに。……いいや、出来ればこれからもずっと、絵麻は、他の誰にもやりたくない――。


 暗闇の中、ほのかに赤く光って見えた幼馴染の瞳と見つめ合い、重ねた唇はとても熱かった。


 伊藤秀治、二十四歳。

 そして、結城恵麻、二十四歳。


 初めて、幼馴染の抱く思いの深さを知る、夜であった。


《続く》


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