表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【9】清楚系ヒロインはパンツを見せない

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/31

清楚系ヒロインはパンツを見せない(2)


「絵麻、少しいいか」


 秀治が絵麻の部屋の扉をノックしたのは昼食も終えた、十二時半過ぎ。

 一通りの家事を済ませ、『お仕事コーデ』に着替える為に絵麻が引き上げていって、数分が経過した頃だった。


「え、ちょ、ちょっと待って! 今ちょっと、わっ!」


 どてーん、と分かりやすい効果音でも聞こえてきそうな転倒音に秀治は顔を顰めつつ、「入るぞ」と絵麻の制止も無視して扉を押し開ける。


「わ、ちょ!?」


 秀治の目に飛び込んできたのは下着姿で床に転がる絵麻の何とも情けない様子である。


「え、え、えっちが過ぎる!」


 咄嗟に手に持っていたニットワンピを胸に引き寄せ怒鳴る絵麻であるが、秀治は後ろ手に扉を閉め、小さくため息をついた。


 秀治の名誉の為に補足しておくが、これまでに絵麻が着替えていることを分かっていながらに部屋に踏み込んだことなど秀治は一度もないし、そういったアクシデントが起きないように細心の注意を払い続けてきた。


 その秀治が、『嫌われるリスク』を天秤にかけて部屋に踏み入ったのはひとえに悩んでいたからだ。


 秀治は絵麻に『間貸し』しているフローリングの六畳間を見渡す。


 大学時代、絵麻の借りていた部屋にあったものは全て祖母に処分されてしまったので、ここにあるのは引っ越してきてから絵麻が買い揃えたものばかりだ。


 秀治なら候補にすら上がらないようなパステルカラーの家具と、机。

 使う者によって違いなど出ないように思える液晶モニターやキーボード、液タブこと、液晶ペンタブレットでさえ小物の演出も相まって可愛らしい雰囲気を醸している。


「しゅ、秀治……?」


 そんな部屋の主人あるじである絵麻は身動きが取れずに固まっていた。


 二十四歳といえど、『そういった経験が微塵もない』絵麻にとっては、着替え途中に踏み入られるなど前代未聞であり、日頃『下着だなんだ』と騒いでいる割に、『肌を晒している』という状況はとても未防備で心許ない。


「なぁ、絵麻」

「はいっ……!」


 秀治は秀治で気持ちが別のところにあるのでそんな絵麻の様子にも無頓着なわけだが、絵麻は絵麻でパニックの方が優って秀治の様子が少しおかしいことにすら気づいていなかった。


 だから、絵麻が本当の意味で『秀治がなんかおかしい!』と気づくのは次の言葉を聞いてからになる。


「俺と結婚する気って、あるか?」

「は、はぁああああ!?」


 思わず肌を隠すことも忘れて飛び上りそうになる絵麻である。


「けけけけ、結婚って、私たち付き合ってすら」

「結婚を前提に交際を始めるカップルなんて珍しくもないだろ。学生でもあるまいし」

「でも!」

「絵麻は、俺のこと嫌いか?」


 こういう時、秀治は基本的にアホである。


 普段であれば段取りを踏み、絵麻のペースに合わせて話を進めていくのだが、追い詰められた時、どうしても結論から入り、先を急ぐ傾向があった。


「嫌い、ではないけど……。むしろ、色々感謝してるし、……ありがたいと思ってる」

「そっか」


 絵麻は、『なんかおかしい』秀治を見上げつつもめざまし時計の針に目をやる。


 約束の時間は午後二時。編集部の会議室でサイン本作りをするとのことなので、一時には家を出たい。


 しかし、秀治が『結婚』などというキーワードを持ち出したことに絵麻は少なからず動揺していたし、プロポーズじみたセリフは一度以前、耳にしている。


 あの時は完全に秀治の勘違いであったし、『子供ができるようなことをしてしまったのなら』という文脈での『責任を取る』という発言であったので、厳密にはプロポーズではないのだが、絵麻は秀治が、『それぐらいには』自分のことを大切に思ってくれていることを自覚していた。


 だからこそ、突然飛び出した『結婚』という話題に心が揺らいだ。


「結婚って……、本気……?」

「冗談でこんなこと言わねーよ。俺だってガキじゃない」


 言われて当然、大人になった幼馴染を上から下まで改めて見上げてしまう絵麻である。


 休日だというのにそれなりに小綺麗な服装を心がけ、見る人によっては『落ち着いていて素敵』とでも評されそうな幼馴染であった。小中高、大学と同じ道を辿ってきて、いつの間にか秀治は大人になった。大人の、男性に。


 その事実を気づかないでいたわけでもない絵麻は、しかし改めて突きつけられた現実にぎゅっと服を胸元へと寄せる。


「……ごめん。秀治、私……」


 付き合ってさえいないし、告白さえもされていない。

 しかし絵麻は、一つだけ心に決めていることがあった。


「秀治とは、そういう関係にはなれない……。一緒に暮らさせて貰っていて、虫のいい話ではあるんだけど……。ごめん」

「……だよな」


 絵麻は搾り出すように言葉を告げた。


 胸の内が引き裂かれそうになりながらも、『言ってしまえば』決定的に今の関係が壊れてしまうことを理解しながらも、共に暮らす『幼馴染へと』伝えた。


 そして秀治もまた、その返答は予期していた。理解していたと、言ってもいい。

 秀治も絵麻も、この暮らしが期限付きであることを理解した上で、同居生活を選んだのだから。


 絵麻は秀治を見上げ、その目が静かに凪いでいることに気づくと少しだけ、ほんの少しだけ、秀治へと指先を伸ばした。


 子供を作るようなことは、してはいけない。

 それは祖母との約束であり、絶対だ。


 しかし、女のことなど、未来の伴侶に如何ほど理解されるだろうか。


「秀治が、……でも、もし、秀治が、それでもって、いうのなら……」


 絵麻は戸惑いがちにもそれを言葉に出し、体を隠していた服を、床へと置いた。


「良いよ……? 私は……」


 絵麻の心臓は、張り裂けそうな程に鼓動を打っていた。


 迷いがないわけでなかった。


 祖母と交わした約束を破ること。

 打ち合わせに間に合わなくなること。

 この幼馴染とは、もう、元の関係には決して戻れなくなってしまうこと。


 それらを全て考慮した上で、絵麻は言った。


「秀治……」


 こんな自分を受け入れてくれるであろう、幼馴染の名前を。


「……違うだろ」

「……え?」


 しかし、秀治はそんな絵麻を拒絶する。


「そうじゃないだろ、絵麻。お前は……」


 秀治は絵麻が普段仕事をしているデスクを見つめ、絵麻を見て眉尻を下げる。


 秀治もまた、迷っていた。


 絵麻のことをどの程度まで諦められるか、それを自らに判断させる為の強行だ。


「悪い。着替え中に。邪魔したな」

「え、あ、秀治!?」


 まるで秀治は何事もなかったかのようにそのまま部屋を後にしようとし――、絵麻は止めたのだが、「打ち合わせ、間に合わなくなるぞ?」と普段の調子で微笑み返されて、言葉は引っ込んだ。


 扉は閉まり、絵麻は一人、下着姿のままに部屋にポツンと残される。


「秀治……?」


 言葉はやはり出てこなかった。

 幼馴染の奇行が気にならない絵麻ではない。心配でもあった。


 しかし、秀治に言われた通り時間がないのも事実、何を着ていくかで頭を悩ませていたのもまた事実。


「あーっ! もう!」


 何が何だか分からないままに、絵麻は羞恥心を殴り捨てるようにしてブラウスとスカートを引っ掴むと身に纏い、髪を束ねてメイクを急ぐ。


 モヤモヤと渦巻く心中をそのままに、『外向きの顔』を作り上げていく絵麻の手は滞ることはなかった。



 都内某所、出版社の立ち並ぶ街並みの中に結城穂果の姿はあった。


 二日続けて外出することに祖母は何か思うところがあるようではあったが、『お姉さまのところに行ってきます』と言えば、納得もしてくれた。なんだかんだ言いつつも、心配なのだろうと穂果は考えているし、それは実際に当たっている。


 結城絵麻にさまざまな誓約を課し、秀治との仲を『認めることは出来ません』と言い切った穂果の祖母である結城紗栄子ではあるが、『秀治がそれほどの男』となれば認めないではないとも考えているのだ。


 これには穂果も絵麻も気付いており、それ故のすれ違いであった。


「流石に、緊張しますね?」


 中学生の頃に図書室で読んだライトノベルでその存在を知り、文芸部と弓道部を掛け持ちしながら穂果はこっそり小説を書き続けていた。苦節五年。新人賞受賞の連絡を受けたのは去年の冬。大学入試が終わってすぐのことだった。


 父の承諾はとってある。未成年ということもあり、保護者の了承は絶対だからである。


 しかし、祖母には話せていない。


 話したところで苦い顔をされるのは当然であろうし、姉・絵麻が恋仲でもない男と同居してイラストレーターを生業にしている時点で祖母の『オタク文化』に対する警戒心はかなりのものだ。


 例えそれが、『オタク』とは関係のない、ただの幼馴染によって引き留められたものであったとしても。


「よしっ」


 受付で名前を出せば上に上げて貰えると担当編集の小林さんは言っていた。


 穂果は緊張など臆面に出す様子もなく出版社の敷地へと向けて一歩足を踏み出し――、「穂果」


 後ろから自分を呼び止める声に、思わず足を止めた。


 何を考えるまでもなく振り返り、その声の主を見ていたが、穂果はそれを見るまでもなく、誰に呼び止められたかなど、理解していた。


姉様あねさま……」


 呆然とする穂果の視線の先。


 穂果が今登ってきた地下鉄の改札へと続く階段の前に、結城恵麻と伊藤秀治が並んで立っていた。


《続く》


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ