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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【9】清楚系ヒロインはパンツを見せない

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清楚系ヒロインはパンツを見せない(1)


 結城穂果は清楚系ヒロインである。


 などと言えば大抵の読者諸君に浮かぶヒロイン像をそのままに当て嵌めれば『結城穂果』と言う少女が出来上がるだろう。


 今年から大学生になったとはいえ、若干の幼さの残る美貌と清楚な振る舞い。新入生の中で一番目を引く生徒は誰だったか? と聞けば間違いなく誰もが彼女の名前をあげることだろう。


 結城穂果はそれほどまでに完璧な『猫被り』を習得していた。


「ますます磨きが掛かったようで何よりだよ、穂果ちゃん……」

「恐縮です。秀治さんもますます男前に磨きがかかりましたね? 素敵ですっ」


 某都心のハブ駅から少し歩いた先にある夜はバーにもなるチェーン店のコーヒーショップ。その一角。休日の午後二時過ぎに秀治は幼馴染の妹である『結城穂果』と向かい合っていた。


「お世辞をどうもありがとう……?」

「行きすぎた謙遜は美徳ではございませんよっ?」


 黒のノースリーブに透け感のあるカーディガンを羽織り、膝丈スカートの美少女相手に秀治は額を抑える。


 生配信中の絵麻の目を掻い潜って出てきたはいいものの、若干の後ろめたさはある。


 スマホに通知はまだ来ていないが、秀治が不在であることはそのうちに気づかれるだろうし、あまり時間は取れないだろう。


「もうっ、久しぶりにこうしてお会い出来たと言うのにお姉様のことばかり。嫉妬してしまいそうですわ?」

「冗談でもやめてくれ……」


 相談に乗って欲しいと言われて都合のついたのがその翌週末の土曜日だった。

 編集部での打ち合わせは既に明日に控えており、外泊を許されていない穂果は片道二時間半の道のりを往復し、明日また、こちらに出てくる予定である。

 それでも秀治と話をしておきたいと言うのが穂果からの要望で、秀治は渋々、それに従った。


「で、どうして絵麻には秘密なんだ? バレたところで揶揄われたりはしないだろ」


 絵麻のことであれば家族である穂果の方が知っているだろうに。

 そう思って尋ねた秀治ではあるが、穂果は首を横に振った。


わたくしが作家になりたいと知れば、お姉様は応援してくださるでしょう。……しかし、そのようなことになれば、『誰が』結城家を継ぐことになりますか?」

「……そう言う話になるのか」

「はい。お姉様はお優しいですから。秀治さんとの生活も、あと二年、……いえ、もしかすると今年中には見切りをつけるおつもりかと」


 穂果に言われても秀治は驚きはしなかった。

 絵麻ならきっとそうする。その予感があったからだ。


「それとも、秀治さんがお婿さんに来てくださいますか?」


 ――お婆様を説得して。


 突然に当事者として舞台へと引き上げられた秀治は思わず言葉に詰まる。


 その覚悟はある。


 いつか、そうしたいと秀治は考えていた。その為の肩書きを得るために、名の知れた企業に就職し、『結城家に恥ずかしくない男』になれるよう、ガムシャラに仕事に打ち込んでいるのだ。


「シュウ兄は悪くありません。お婆様が頑固なのがいけないのです?」


 穂果は笑って見せたが、絵麻を直接引き留めた秀治だけが知っている。

 絵麻の祖母、結城紗栄子ゆうきさえこが今の自分を認めるようなことはないであろうことを。


「だから、私が結城家を継ぎます。生憎、秀治さんはお姉様の旦那様になられる予定なので、これといって他に心惹かれる殿方も居られませんし、子供を作るぐらい、誰を相手でも出来ると言うもの」


 戦前なら、そのようなことはありふれた話だったでしょうし――、と続けた穂果の言葉を秀治は苦い顔で聞いていた。


 穂果が『ライトノベル作家』になると言い出せば絵麻はそれを応援する。


 しかし、絵麻が『イラストレーター』として生きていくことを『期限付き』でしか許さなかった絵麻の祖母が、それを許すとは思えない。


「作家の寿命は本三冊。最近の新人は一冊目で打ち切られることも多く、私も今回の一冊が最初で最後の作品となる可能性がとても高いです」


 そんなこと――、と秀治は口を開きかけたが、穂果の笑みに制され、言葉は飲み込むことになった。


「だから、今回だけ乗り切れば済む話なのです。それぐらいの我が儘は、お婆様も許してくださると思うので?」


 記念に一冊、趣味でこっそり書いていたライトノベルが受賞したのだから、それを思い出にしたいと穂果は笑った。


 薄暗い店内。


 晩春を迎え、初夏も感じられる季節だというのにホットカフェオレの入ったマグカップを両手で包み、微笑み返す穂果を見て秀治が思ったのは『やっぱり似てるよな』などという感想であり、脳裏に浮かぶは『祖母に借りていた部屋を解約され、帰る場所を無くした絵麻が見せた微笑み』であった。


 二年と少し前。冬の終わりに大学を卒業して間もない頃。絵麻の祖母、結城紗栄子は孫であり部屋の主である絵麻に黙って引越し業者に私物を持ち出させ、部屋を解約した。


 マンション前で待ち伏せていた祖母にその事実を告げられ、絵麻は渋々それに従おうとしたのだが、偶然居合わせていた秀治がそれを引き留めたのだ。


 その時に若干の一悶着はあったのだが、結果的に『しばらくの猶予』を与えて貰えることになった。武士の情けともいう『思い出づくり』だ。


 祖母の乗ったタクシーを見送った後、絵麻が秀治に向けた笑みは今の穂果が浮かべたものによく似ている。


 境遇を受け入れ、それでも許されるのであればと『思い出』を作って身を引こうとする姿勢は姉妹故か、それとも、お互いがお互いを想いあっているからこそか。


「認めさせてやろうって気はないのか?」


 尋ね返しつつも、秀治は答えを察していた。


「お姉様か私、どちらかは家を継がねばなりません」

「家を継ぐにしたって、家でやれる仕事ではあるだろう。作家も、……絵描きも」


 自然と、絵麻を諦める心苦しさに言葉を濁らせかけた秀治であったが、それに対しても、穂果はふっと笑って見せる。


「結城家の人間が、と蔑みを受けます。職に貴賎はないとは申しますが、まだまだ古い慣習の残る土地でありますので。女には女の、時代錯誤も良い所だと笑ってしまいますがね?」


 その家を異常だと思わない程度には、秀治もまた地方の出である。


 人の繋がりが希薄になる現代においても、家の、血筋の持つ影響力というものはまだ根強く残っており、『結城家』は秀治や絵麻の生まれ育った町において『そういう存在』だった。


「あと十年、二十年も経てば時代は変わるんでしょうけどね?」


 その終わりの世代に、自分たちが立っていることを自覚しつつも、穂果は既に己の役割というものを受け入れていた。受け入れた上での、『我が儘』だ。


「明日一日、お姉様をどうか、家から出さないようにしてください。姉様はきっと、打ち合わせに顔を出すつもりでしょうから、秀治さんがなんとか、引き留めてください」

「なんとかって……、引き留めるにしても限度があるし、絵麻が諦めるとは思えないんだけど……」


 基本的には外出を必要とはしない絵麻ではあるが、イラストの仕事においては前のめりな姿勢であるし、『スカートの中の秘密を知った俺は生きては帰れない!?』の灰被りの猫先生に直接感想を伝えるのが楽しみだと絵麻は秀治に話していた。


 そんな絵麻に秀治が「会うのはやめておけ」と言ったところで到底納得しないであろうことは分かりきっているし、そんなことを言えば「どうして?」と聞き返されるのは目に見えている。


「お姉様を手錠で拘束して、一日中あんなことやこんなことをなさってみては? 秀治さんに迫られれば姉様はきっと拒みもしないでしょうし、秀治さんも責任を取る覚悟はすでに出来ているとお見受けします」

「さすがはライトノベル作家先生だ。発想がなかなかに狂気じみている」

「恐縮です?」


 とは言え、あまりにも現実的ではない。


「快楽落ち、という言葉がございます。アヘアヘさせちゃえば良いのですよ」

「話を続けないで欲しいな。その案は却下したつもりだったのに」

「一石二鳥、一挙両得の妙案だと思ったのですが、ダメでしたか」

「当たり前だ」


 大人として、冷静に対処する秀治ではあるがそういう光景を微塵も想像しなかったと言えば否である。――が、大人であるからそのようなことは微塵にも顔に出さずコーヒーを啜る。苦い。


 相談というより、要請だな。と、秀治はニコニコ顔の穂果を前に思う。


 思い返してみれば「助けて」とは言われたけれど、「どうしたら良いだろう?」と相談はされていなかったな、と。


「これが純文学の新人賞であったのなら、お婆様も認めてくださったかも知れませんが……。ライトノベルでは、やはり聞こえが悪いでしょうし」


 言葉には出さなかったが、純文学、それも国内最高峰の文学賞であっても自分の祖母は苦い顔をするだろうな、と穂果は考えていた。


 決して祖母が古い価値観に支配されているわけではない。『将来、伴侶となるべき男性』がそれを恐らくは快く思わないだろう。それだけのことである。


「まだイラストレーターの方が可愛いものだと思って頂けるのも事実なのです。だからこそ、私とお姉様であれば、お姉様が優先される」


 家に入るまでの『おままごと』だと、『女性のサークル活動』だとでも言いくるめることができるだろう。


 最近はアニメや漫画の海外進出も華々しく、子供たち世代ではアニメのキャラクターも画風でさえ市民権を獲得し始めている。

『アンパンマンを描くのが得意』なのと『オタク向けの小説を書いていました』では風当たりが違うのだ。


「馬鹿馬鹿しいと、思われでしょうが」


 穂果は秀治の考えを先回りするように道を塞ぎ、愛する姉の為に義兄となるであろう初恋の人へ強い言葉を置きに行く。


「どうか、可愛い妹の最初で最後の我が儘と思ってお引き受けください?」


 ――それとも、姉様ではなく私を選んでくださいますか? とは、口が裂けても言えなかったが。


 秀治はそんな幼馴染の妹を前に、ただ渋い顔をしていた。


 確かに秀治は絵麻や穂果、桜と言ったクリエイターとは違う世界で生きている。絵麻のオタク趣味には理解もあるが、その友人たち――大学のオタクサークルの人間たちからは距離を置いていたし、そこに自分の居場所はないと割り切っていた。


 それでも、絵麻がイラストレーターとして仕事を受けるようになった時は素直に『すごい』と思ったし、一緒に暮らすようになってからはその活動を影ながらに応援してもいる。


「穂果ちゃん、俺は……」


 どうにか、自分の中に滲む想いを言葉にしようとした秀治だが、穂果は首を再び横に振り、言葉の先を遮った。


「どうかシュウ兄は姉様あねさまを幸せにしてあげてください?」


 それで話は終わりだった。


 ただ秀治にとっては穂果もまた、大切な人の、大切にしている妹であるのだ。その幸せを願わない秀治でもなかった。


 解決の糸口も見えぬままに、秀治はその日、穂果を改札口にまで送り届け、自らも帰路に着いた。

 悩む時間などまともに与えられることもなく、日付は変わるのであった。


《続く》


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