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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【8】ネトラレトライアングル

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ネトラレトライアングル(1)


「ねーねーシュージ、ネトラレって知ってるー?」

「……あ?」


 休日の夜。入浴を済ませた秀治が冷蔵庫から牛乳を取り出しているとソファでゴロゴロしていた絵麻が言った。


「だーかーら、ネトラレ。自分の女が他の男に」

「いや、分かるけど……、え、なに」


 秀治の頭をよぎったのは『絵麻デート事件』である。


 客観的にみればどちらかと言えば秀治の一人相撲であったし、事件性の方で言えば『秀治、初めてお巡りさんのお世話になる事案!』であるのだが、自らが警察のお世話になったことよりも絵麻が他の男とデートをしていた(誤解)の方が秀治にとっては大きなウェイトを占めていた。


「穂果がお勧めしてくれた漫画なんだけどさー、ネトラレ要素強めなんだよねー。っていうか、寝取られメイン? お話は面白いんだけど、なんかこう、脳みそパチパチさせられる感じ」

「なに読んでんだよ……」


 穂果というのは絵麻とは違い地元に残って、今年から大学生に通っている五つ年下の妹である。

 

「ネトラレトライアングルってタイトルなんだけどー」

「いや、そう言う意味じゃなくて」


 ゴローン、ずでんとソファから床に転がり滑り落ちて絵麻はぬめーっと体を起こす。その手にはタブレット。『ネトラレトライアングル』なる漫画が開かれているのだが、それ以上にオーバーサイズのTシャツの裾からチラチラと見えてはいけないものが見えており、秀治は視線を逸らしながら言った。


「趣味が悪い」

「いやいやいや、話自体はピュアだから! 寝取られ要素以外はピュアっピュアだから!」


 寝取られにピュアもなにもあったもんじゃないと思う秀治だが、とりあえず絵麻に差し出されたものは拒否しないスタンスの秀治である。


 ぐい、と突き出されたタブレットを見るとどちらかと言えば男性向けの絵柄で蕩け顔のヒロインが快感に抗っていた。


 説得力が、皆無だ……。


 僅かばかりの可能性に欠けていた秀治だが、局部が写っていないだけのエロ漫画に言葉を失った。


 第一、この幼馴染は異性である俺に対して『こんなもの』を読みながら会話をしていたのか……?

 そもそも、『異性』の前でこんなものを読むのか、こいつは……!?


 秀治は幼馴染の『好きなもの』に対するブレーキの壊れ具合を再認識させられる。


「可愛いよねー。元々は十八禁で描いてた人らしいんだけど、青年誌に移動してきて大ヒット。今度アニメ化するんだって」

「これが……?」

「そう! これが!」


 世も末である。


 秀治は恐る恐る画面をスワイプしページを捲ってみるが、数ページに渡り『絡み合っている描写』がこれでもかと描かれ続けていた。


 添えられているモノローグの雰囲気から察するに『寝取られシーン』らしいのだが、微塵も秀治には理解できない。


「……で、これがなんだって?」


 故に、理解することは諦めた。


 秀治にとって大切なのは絵麻が好きな作品に対しての造詣ではなく、絵麻が秀治に『聞いて欲しい』と思っている話の内容である。


「寝取られって気持ちいいのかなって」


 ――はぁああああああああ!?!?


 秀治は叫んだ。

 心の中で。


「……タンマ。なんだって?」


 秀治は一旦頭の中を落ち着かせ、深呼吸を挟んでから聞いた。

 もしかすると聞き間違えかもしれないと一縷の望みにこめて。


「いや、だから気持ち良いのかなって。背徳感っていうのかな。ダメなことしてるーって脳がバグってこんな顔するのかなって。どう思う? 秀治」


 絵麻は真剣であった。


 時折秀治も忘れそうになるが、絵麻は決して頭が悪いわけではない。

 地元にいた時は結城家の跡取りとして教養を身につけ、着物を纏った姿など、お淑やかさも相まってそれはもう評判が良かった。


「ね、秀治。どう思う?」


 それもまぁ、高校卒業するまでの話で、秀治と共に東京に出てきて、一人暮らしを始めたあたりからすこーしずつハメの外し方が大きくなってしまっただけで、……キチンとした格好をすれば今でも絵麻は普通に『良家の御令嬢』であるし、今もアホなことを言っているが、これで真面目なのである。


 真面目に『寝取られ』についての考察を秀治に求めているのである。


 一応秀治も考えてみる。寝取られとは。

 なんかこう、寝取られる側の気持ちであれは想像出来なくもないし、この前ニュースで『パートナーが浮気しているかもと感じた時、脳内物質がドバドバで性的なアレがギュンギュンしてパートナーを奪わせないようにする作用がある』とか読ん気がする。


 つまり『寝取られ』とはその脳内物質ドバドバを使ったプレイであると。


 ――しかし、絵麻が自分に今聞いているのは『寝取られてしまっているヒロインの側の話』である。


 秀治は考えた。

 考えた上で考えることを放棄した。


「……いや、そういうの俺の意見いらんっていつもは言ってんじゃん」

「いや、でも、気になって。穂果に聞いたら『秀治さんに聞いてみたら?』って言われてさ。この子、結構可愛いから私も描いてみようかと思うんだけど、作品の世界観理解してないと作者さんにも失礼だからさ。ね、どう思う?」


 秀治は心の中で穂果を呪った。

 しかし、絵麻の期待には応えたい秀治である。


「……趣味ではない、です」


 素直に応えた。

 恥を晒して素直に応えた秀治であるが、絵麻の返答はあっさりとしたものだった。


「秀治の趣味は聞いてないけど、私も趣味ではないよ?」


 こういう時、絵麻は割と周りが見えなくなる。


 通常時の絵麻であれば作中のネトラレと自らの境遇を重ね、寝取られることも(←秀治が)寝取られることも(←自分が)嫌だし、考えたくもないと突っぱねるのだろうが、今の絵麻はオタク語りモードである。


 絵描きとして、イラストレーターとして、他人の創作物を元に二次創作するのであれば最大限のリスペクトをすべきだという『真摯さ』をもって秀治に向かい合っていた。


 そして、行き詰まった時の絵麻の発想は一足飛びどころか八艘飛びレベルで飛躍する。


「ねえ、秀治。ちょっと私のこと、寝取ってみてくれない?」

「……誰から?」


 ……沈黙が落ちた。


 絵麻は至って真面目なのである。

 真面目に、『寝取られの素晴らしさ』とやらを理解したくてこのような事を言っているのである。


 秀治もまたなんとか絵麻の思考についていこうとしているが、現状の絵麻の頭の中を解説するとこうである。


『えっちで可愛い』→『なんでこんなにえっちなんだろ』→『気持ちよくなってるからだよね、多分』→『寝取られってそんな気持ちいいの?』


 読者諸君。誤解なきよう申し上げておきたいが、絵麻は基本的にそこまで『性的な物事』について知識が明るいわけではない。


 高校時代、文芸部であれやこれやと知識を仕込まれるまでは『そういうこと』からは避けて育てられたし、『オタク仲間』が出来てからも絵麻の見た目と性格から『お嬢様を穢すことは万死に値する』と話題を避けられる傾向があった。


 それでも幾多の作品に触れる中で知識というものは育まれ、今となっては『ネトラレトライアングル(国内最大手週間少年漫画雑誌連載)のような漫画から『ネトラレ』という知識を得るまでに至った。


 当然、絵麻にとってそれらは『フィクション』であり、『寝取られ』という現実にあり得そうなシチュエーションであっても、あくまでもそれは『魔法で空を飛ぶとかそういうことと同列』として扱われている。


 故に、秀治相手にでも『寝取られって気持ちいの?』と真顔で聞けてしまうのである。


 絵麻は秀治相手に『箒で空を飛ぶ時って、どれぐらい速度が出るのかな?』と聞いているのと同じぐらいの感覚なのであった。最初は。


 そう、最初は。本当にそれぐらいのノリで聞いてみた絵麻なのだが、「私を寝取ってみてくれない?」と尋ね、「誰から?」と返されたことでそれは一気に現実味を増す。


 絵麻はアホだが馬鹿ではない。


 自分が何を言っているのかを客観的に理解してしまえば思考は早い方であり、そして絵麻は基本的にやらかしてからその失態に顔を赤くし、口をパクパクとさせる。


 そもそも、現状、絵麻はそれに近しい状況なのである。


 肉体的な関係を秀治とは持っていないとはいえ、絵麻には既に家が決めた『結婚すべき相手』という男性が何人か用意されていて、秀治は絵麻を彼らから『寝取ろうとしている』ようなものなのだ。


 そこまで思い至って、絵麻は秀治の顔を恐る恐る見上げた。


 これでもし、秀治が『そういう目』をしていたとしたら、『そういうこと』を迫って来たとしたら……!


 絵麻の脳裏に過ったのは先日、一晩を共にした時の出来事で、当然に一歩後ろに足を下げてしまう。


 そして、普段とは違う行動を取れば『やらかす』のは絵麻の常である。


「ひゃっ!?」


 ソファの足に膝裏が引っかかり、仰向けに転んだ。

 そして絵麻が悲鳴をあげれば咄嗟に体が動くのが秀治という幼馴染である。


「絵麻!」と、叫ぶのが早いか秀治は倒れていく絵麻の体を支えようと腕を伸ばしたが、右手はタブレットで手が塞がっていた。


 その為、どこかを掴んで自分の体を支えるということが叶わず、……二人してソファに倒れ込む形となったのである。


《続く》


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