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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【7】泥酔によりこの配信は終了しました

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泥酔によりこの配信は終了しました(4)


 ……なんの、話だ……?


 秀治は頭の上に大きなハテナ?を浮かべながら首を傾げた。


 酒の話であることは理解できる。


 いや、まぁ、そうだろう。お酒にめっぽう弱い俺が一人で飲酒をするのは良くない。絵麻に言われたことを守れなかったのも自分の落ち度だ。そこまでは分かる……。と秀治は真剣に絵麻の言っていることを心の中で復唱する。


「ねぇ、秀治。なんで一人で飲もうとしたの?」


 まるで幼子にでも躾けるように絵麻は腰に手を当て言った。

 その目は怒って見せてはいるが、秀治のことを心配してのことだと秀治にもわかった。


「絵麻が……、楽しそうだったから……?」

「……私が?」

「……まぁ、うん。多分」


 秀治は要領を得ないながらも訥々と昨夜のことを思い出しながら反省する。


「絵麻がなんか、俺の知らない話で楽しそうにしてるの、寂しくて。酒に手を出した」


 詰まるところ、そうなのだ。


 秀治は絵麻が楽しそうで寂しかったのだ。

 絵麻に放って置かれているような気がして。


 絵麻の『楽しいこと』に自分が関われていないことが、『自分が選ばれていないことが』寂しくて、嫉妬する心を誤魔化すために酒に手を出したのだ。


 つまりは『自棄酒やけざけ」だった。

 ――妬け酒だった、とも言う。


 言ってから、秀治は己が言っている内容が随分と恥ずかしいことであることを自覚した。


 嫉妬したから。

 構って欲しかったからと面と向かって白状したようなものだ。


「い、いや、今のは違う。絵麻は良いんだ。絵麻は絵を描くのが好きだし、仕事だし、配信だってその一環で……」


 秀治は必死に弁明しつつも、膨れ上がる気持ちに蓋をし切ることは叶わなかった。


「……悪い。お前の迷惑には、ならないようにしてたんだけど……」


 絵麻を同居に誘ったのは秀治である。


 大学卒業と同時に地元に連れ戻されかけた絵麻を匿い、強引に引き留めた。

 絵麻自身、地元に戻りたくないと言ったとはいえ、一度は戻ろうとしたのだ。


 それを引き留め、やめさせたのは秀治の都合であった。

 秀治は既に内定が出ていたし、春からは社会人だった。


 それでも絵麻を引き留め、「一緒に暮らせば良いだろ」と迫ったのは秀治であり、その後ろめたさもあって、秀治は常に絵麻に気を遣い続けていた。


「昨日のようなことは二度と起きないように気を付ける。仕事中に邪魔したっぽいの、マジでごめん。今度から絵麻が配信始めたらジョギングにでも行くようにするから、絵麻はーー、」


 と、言いかけて、絵麻が泣きそうになっていることに気づいた秀治は言葉を止めた。


「絵麻……?」


 秀治は既に、二人の間に秀治が思っているような『間違い』がなかったことを確信している。絵麻の態度を見るに、起きたことといえば自分が酔っ払い、絵麻の配信を台無しにしたことぐらいだろう。


 それを『ぐらい』と感じてしまった自分を叱咤しつつ、秀治は謝ったのだ。

 ……しかし、絵麻は今にも泣き出しそうな顔をしていた。


「どうした、絵麻……」


 秀治は問うが、絵麻は無言のままベランダに出てくると秀治の胸を軽く拳で打った。


 扉をノックするように、コツンと。

 コツンと打って、項垂れてしまい、秀治から絵麻の顔は見えなくなる。


 沈黙だけが、二人の間に落ちていた。


 遠くから街の営みの音が染み込んでくる。

 今日は日曜日。耳をすませば子連れの家族が笑い合うような声すら聞こえてくるだろう。


「……絵麻?」


 秀治はもう一度優しく幼馴染の名前を呼ぶ。


 こういう時、絵麻は時間がかかると経験上知っていた。不器用なのだ、絵麻は。


「絵麻、裸足だろ。汚れるぞ」


 促すでもなく、ただその静寂を埋めるようにして秀治は言葉を差し込み、絵麻は秀治のシャツをぎゅっと掴んで俯いたままに何かを言った。


「ん?」

「     」


 秀治に促され、絵麻はもう一度何か言ったらしいが秀治の耳には届かない。


 奥手で、臆病。

 妙なところで大胆である癖に、感じな時には言葉を飲み込んでしまうのが結城絵麻と言う女の子だった。


 ……いや、もう大人だ。


 高校生の頃から殆ど成長もない幼馴染を見て秀治は思う。

 高校時代、文芸部に入って楽しそうにしている絵麻のことを遠巻きに眺めては「よかったな」と思った。


 中学時代、絵麻は人見知りが過ぎて、友人を作ることが出来なかった。

 友人を作ろうと言う努力をさせなかったのは自分が常に隣にいたからだと言う自覚もあった。


 だから、高校、大学と同じ学校を選びつつもある程度の距離を取り、見守ってきたのだ。


 秀治は絵麻のことが好きだった。ずっと好きだった。


 その想いを押し隠して来たのはひとえに、自分が絵麻に相応しくないと思っているからだ。


 結城家は今でこそ顔の広い地主ではあるが、古くは多くの荘園を持ち、親族にも政治家や企業の社長、取締役など錚々そうそうたる肩書きが並ぶ。


 そんな家の長女であり、家を継ぐことを期待されていた絵麻に相応しい男になろうと、恋心を自覚した時から頑張ってきた。


 絵麻には、幸せになって欲しいと、秀治は思う。


 幼少期からさまざまな躾を施され、家の名前を背負うべく育てられた絵麻はあまり自由が多い生活を送っていなかったから。そんな幼馴染から『絵描き』と言う肩書きを取り上げさせたくなかったのだ。


 証券会社からの内定を秀治が勝ち得た頃、既に絵麻はイラストレーターとしての仕事を請け負い始めていた。


 家族には『バイトの代わり』と説明し、就活すらしていなかった。


 結城絵麻には、外で働く必要などないから。

 家に入り、結城家に婿養子に入ってくれる相手と子を成すことこそが絵麻にとっての人生で、将来だった。


 そんな絵麻をここに引き留めたからこそ、秀治は絵麻に『絵描き』として幸せになってもらいたかった。好きなことを好きなだけ楽しんで貰いたかった。


 近い将来、自分が絵麻を繋ぎ止めて置けなくなってもここでの思い出が少しでも絵麻の心の支えになるようにと。

 殆ど脅迫概念にも等しい誓約によって自らを律し、秀治は絵麻と向き合い続けて来たのだ。


「絵麻……、悪い」


 秀治は重ねて謝った。


 絵麻に楽しい毎日を味わって欲しいと言いつつ、『寂しかったから』なんて理由で『絵麻の好きなこと』の邪魔をしたことを謝った。

 それは一番、秀治が絵麻に『したくはなかったこと』だったから。


「バカ秀治……」


 秀治を見上げた絵麻の顔は、幾分か落ち着いていた。

 不機嫌そうに眉間に皺はよっているが、眉尻は下がり、口元はぎゅっと結ばれて何かを堪えているようにすら見える。


「ごめんって」


 もはや秀治には謝る他ない。


 何に対して?

 そんな思いもないわけではなかったが、秀治はそれでも絵麻に謝り続けようと決めていた。


 絵麻が、納得してくれるまではずっと。


 ……そんなふうに考えていた秀治ではあるが、突然目の前に指先を突き出され、びしりと人差し指で、何やら指差されてしまえば押し黙るしかなかった。


「……絵麻?」


 否、意味がわからなくて小首を傾げる他ない。

 絵麻は、『どうにか』と言う程度に怒り顔をキープしながらも睨みつけながら、小さく宣言した。


「私が楽しいのは秀治がいるからだからっ……! そこンとこ、勘違いしないでよねっ……!」


 意味不明であった。文脈的にも。何がどうしてその言葉に繋がったのかを秀治は理解できなかった。

 しかし、『自分がいるから楽しい』と言われ、嬉しくない者はいないし、思い当たる節もある。


 秀治は先週まで忙しさに忙殺され、ほとんど家にはいなかったのだ。


「お酒は一緒に飲んだ方が楽しい……?」

「そう言うこと!」


 秀治は必死に考え、その結論に至った。

 絵麻は、一人で飲むなと言った。

 つまりは『私と飲め』ということなのだと。


「分かったよ。次からは絵麻と飲む。約束する」

「約束! うん、約束だかんね! あーっ、もう! お腹減った。朝ごはん食べる!」


 言って絵麻はリビングに戻ろうとするがすかさず秀治が苦言を呈す。


「足の裏、汚れてるだろ。軽く拭けよ」

「オカンか!」


 軽口を叩きながらも秀治はマグカップを回収し、二人は部屋へと戻っていった。


 外からは暖かな風が室内に吹き込み、満たしていく。

 何事もなく、何かが変わることもない二人の間に、確かに変わり始めた季節の香りが、満ちていった。


《続く》


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