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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【7】泥酔によりこの配信は終了しました

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20/31

泥酔によりこの配信は終了しました(3)


 秀治は自分が酒にめっぽう弱いことを自覚している。

 だからこそ飲み会の席ではあれやこれやと理由をつけて酒を飲まないようにしているし、乾杯は烏龍茶だ。


 そんな秀治の自宅に酒が常備されているのは、絵麻の影響だったりする。


 実のところ、絵麻はアレでいて結構飲む。


 ジュース感覚で、という言葉は悪い文脈で使われることもあるが、恵美にとってアルコールとは『テンションの上がるジュース』ぐらいの認識なのだ。


 大学生になり、サークルの飲み会で酒の味を知って以降、絵麻は割とその味にハマり、一時期は『酔いつぶそうとしてきた先輩を返り討ちにして帰っている』などという噂を聞くほどであった。


 その実態は周りが絵麻が酔い潰れるまで粘りに粘って、勝手に酔い潰れていただけなのだが、妙な噂が立ったのも事実である。


 秀治は絵麻と一緒に暮らすようになり、絵麻の酒の強さに唖然とさせられた。ただ、だからと言って絵麻は秀治に酒を勧めたりはしなかった。


「こんなに美味しいのに、飲めないの残念だね」と言われ、ちょっとした反抗心からグラスを奪い取ったはいいものの、匂いだけで軽く眩暈がした秀治から素早く取り返し、「めっ!」と叱りつける程度にはしっかりしている。


 酒で酔い潰れ、痴態を晒しに曝した男たちを見てきたからだろう。

 酒の怖さを身をもって絵麻自身は経験していないものの、『怖いものである』という認識はもっているのである。


 故に、今回、秀治が『勝手に』絵麻の酒に手を出し、『勝手に』酔い潰れた件に関しては全面的に秀治が悪い。


「飲むならこの『ちょい酔い』から慣らしていってね。アルコール度数0.1。甘いから飲みすぎちゃダメよー?」と言われていた『ちょい酔い』を無視し、カルーアミルクに手を出したのが運の尽きである。


 ボトルからグラスに注ぎ、ミルクで割って『案外いけんじゃん』と思った秀治は救いようのないド阿呆だろうし、アルコールは飲み方によっては緊急搬送される劇物である。


 カルーアミルクの原液は度数20%。牛乳と1:3程度に割って5度程度まで薄めるのが一般的である。


 ただ、秀治はアホな上に酒に対しての知識がないため、『ジュース感覚で』カルーアミルクを作った。


 買ってきた絵麻に「コーヒーのお酒だよー。秀治、コーヒー好きだからこれなら飲めると思って」と言われたのを思い出し、カフェオレ感覚で割ったのである。


 また、秀治は『濃いめ』のカフェオレが好きなので、いつも作る場合はコーヒーと牛乳の割合は3:2、もしくは4:1でほとんどミルクを入れないことの方が多い。


 そこで、事案が起きた。


 甘くて飲みやすいのがカルーアミルクの魅力である。


 廊下の先から聞こえる楽しそうなエマニエル先生としての絵麻の笑い声が面白くなかったのも手伝い、グイグイと飲み干してしまった。


 ――それ故の失態であった。


「う……」


 ひどい頭痛で目を覚まし、全身がガチガチに固まっていることで二度目の苦痛にうめき、天井を見上げて秀治は自分が眠っていたことに気づいた。


 すでに部屋の中は明るく、カーテン越しの朝日が眩しかった。

 そもそも天井の照明もつけっぱなしになっているし、寝落ちしてしまったことを秀治は悟る。


「やっちまった……」


 酒を飲んで意識を失ったのは大学生の頃以来である。

 一度失敗をしてから二度とやらかすものかと思っていたのに、人は過ちを繰り返す生き物らしい。


 ぐい、と秀治は体を起こそうとし自分の体が普段よりも重いことに気づいた。


 アルコールによる二日酔い。

 床で眠ってしまったことによる疲労。


 ズキズキと痛む頭で冷静に分析しながらも、秀治はやっぱり阿呆だったのでそこで寝息を立てる存在を目の当たりにするまで、自分の上で眠っている絵麻の存在に微塵も気が付けなかった。


「……は」


 思考停止である。


 秀治の胸の上に顔を埋めるようにして絵麻の体は微かに上下し、天使のような寝息を立てていた。


 それまで意識していなかった柔らかさが触れている部分から伝わってきて咄嗟に体を引っぺがすべきだと思ったのが、あまりにも絵麻がスヤスヤと気持ちよさそうに眠っているので秀治は留まった。


 ……嘘だろ……。


 その小さな肩を掴みかけた腕を引き戻し、冷静に分析する。


 場所は、絵麻の部屋だった。

 絵麻に間借りさせている秀治の部屋の、一室だ。デスクの上には液タブがあって、家具は少ないながらも絵麻のセンスの良さが出ている。


 妙に女の子らしい色合いの、……否、女の子だから当たり前なのだが、秀治なら選ばないようなパステルカラーで統一された部屋の中。


 秀治は絵麻と折り重なるようにして、眠っていたことを自覚する。


「…………」


 そこからの秀治の判断は早かった。


 昨夜のことは酒を飲み始めたところまでしか覚えていないが、この現状、床で眠っていることと絵麻が配信を始めた時と同じ格好であることから『事後ではない』を判断した。


 ならばすることはただ一つ、絵麻は一度眠るとなかなか起きないタイプである。

 ただ、アラームの音には敏感に反応するので時間との勝負だ。


 秀治は痛む肩や腰を慎重に行使しながら絵麻を抱き抱え、ベッドへと運ぶと床に転がっているものを片付け、机の上を『普段の状態』に戻して部屋を後にした。


 洗面所で顔を洗い、酒をしまい、ダイニングテーブルの上を片付けてシャワーを浴び、洗濯物を回して、朝食を済ませる。


「……ふぅ」


 この日、秀治は二日酔いには意志の力で打ち勝てることを知った。


 マグカップ片手に少し高くなった朝日に目を細め、夏が近いな、などと現実逃避する。


 秀治はこのベランダからの景色が好きだった。

 就職と絵麻との同居をきっかけに引っ越してきたマンション。四階建ての、三階部分。

 小高い丘の上にあるから景色はいいし、程よく駅前は栄えている。


「いい、朝だな……」


 なんて、口に出したのも自らを欺く為の誘導だった。

 それも随分と浅はかな。


「なーに浸ってんのよ」

「……ぃ」


 秀治は、実は絵麻が起き出して来た事には気づいていた。

 絵麻の部屋からアラームの音が聞こえてきていたし、洗面所からの水の音も聞こえてきていたからだ。


 それでも、何事もなかったと自覚しているとはいえ、絵麻にどんな顔をしてよいか分からず、ついそれらを意識の外側に押しやって、押しやっても尚、現実を見つめることが憚らられて知らぬふりで優雅な朝の時間を演出していたのだ。


「お、おはよう、絵麻」

「おはよう、秀治」


 秀治が恐る恐る振り返ると不貞腐れ顔の絵麻があった。

 顔を洗っただけで、着替えは済ませていないらしかった。


 昨夜見たままの、……というか、今朝抱き抱えた時と同じTシャツにショートパンツスタイルでリビングに立ち、ベランダの秀治を見ている。


「いい朝だな」

「さっき聞いた。なんであんなのことしたの?」

「あんなことって?」

「覚えてるでしょ」


 ギク、と秀治の肩が跳ねる。


 秀治が覚えているのは『お酒を飲み始めたあたりまで』であり、それ以降の記憶はすっぽりと抜け落ちている。


 絵麻はあからさまに怒っているというか、不機嫌だし、相当のやらかしを秀治が行ったことは明白であった。


「……ごめんなさい」

「いや、謝られても……」


 秀治は素直に謝った。


 自分が何をしでかしたのかは分からないが、何かをしたことは確かなのだろうし、体質的に弱いとわかっていて酒に手を出したのは秀治の落ち度だ。


「迷惑かけた」

「迷惑とか、……いや、まぁ……、見てる人、びっくりしてたっぽいけど」


 見てる人、という言葉。

 絵麻の部屋にいた事実。

 それで秀治は自分が配信中の絵麻に押しかけ、『何かしら』をしたのだと察した。


「……絵麻。俺はお前に……、……その、何か、したのか……?」


 恐る恐るである。


 抱き抱えた時、絵麻の着衣に乱れはなかったし『事後ではない』と秀治は判断したのだが、だからと言って『何もしていない』という事もない事も、ない。


 秀治は普段、強靭な精神力と絵麻を大切にしたいという自制心によって本能を抑え込んでいるが、男の子であり、今年で二十五歳。立派な成人男性である。


 理性が外れれば、力で劣る絵麻に『無理やり』という可能性は排除しきれなかった。


「何か……っていうか、覚えてないの……?」


 極め付けは絵麻のこの反応である。


 不貞腐れながらも上目遣いに眉尻を下げ、微かに耳を赤くする絵麻。

 それによって秀治は自らが『とんでもないことをしたらしい』と悟る。


「す、すまん! 責任は取るから!」

「は、はぁ!? 責任って、何……!」

「いや、子供とか……」

「子供!?」


 一応言っておくが元来、秀治はアホではない。


 地元の有名地主の長女として生まれた絵麻の側にいて後ろ指をさされぬようにと、一般家庭に生まれながらも、努力を重ねてきた秀才である。


 絵麻と同居する事を報告しに行った際には一悶着あったし、『未婚の男女が』という文脈で絵麻の祖母に罵られもした。


 しかしそれでも、秀治が絵麻と暮らす事を許されたのは周囲が十数年に渡り『誠実に』結城絵麻という少女を支え続けてきたことの成果であり、結果であった。


 だからこそ、自分がしでかしたのなら、その時はきちんと責任を取るべきだと考えた。

 告白と、行いが前後したとしても、秀治は絵麻を守りたかった。



「絵麻、結婚しよう。俺がお前を守るから」



 コーヒーカップをベランダの手すりに置き、真剣な目で秀治は絵麻を見つめた。


 絵麻は、顔を真っ赤にさせながら口をパクパクと開いては閉じ、「……はぁあ……」

 秀治が、盛大に誤解していることに気がついた。


「……秀治、あのね? 私が言ってるのはね? どうして、私が『一人では絶対に飲んじゃだめ』って言ったのに、お酒を飲んだのかってことなの。わかる?」


 絵麻は誠実に秀治と向き合った。

 秀治にとんでもない事を言われている自覚はあったが、それ以上に絵麻もまた秀治のことを思う気持ちの方が強かったのだ。


「お酒って、本当に怖いの。体質が合わない人が飲むと意識を失う事もあるし、お酒を飲み慣れてても人が変わったみたいになるんだよ? 急に服を脱いで裸踊りしたり、壁に抱きついて蝉の真似したりするの。わかる? すっごく怖い飲み物なんだよ?」

「絵麻……」


 絵麻は真剣に秀治に忠告をした。


 大学時代、オタサーで自らが見てきた『可哀想な人たち』の話を。


「お酒が無いと絵が描けないとか言って絵を描きながらお酒を飲んでいた人も見たことがあるわ。お酒が無いと指が震えて線が真っ直ぐ弾けないんだって笑ってた。……その先輩ね、すっっっっごく可愛い絵を描く人だったのに、健康上の問題でお酒を取り上げられちゃって、絵が描けなくなっちゃったの……。……惜しい人を亡くしたわ」


 すごく。すごく。えっちな女の子の絵を描く、素敵な先輩だった。と、絵麻は胸の内にその先輩が描いた『あられも無い姿の女の子のイラスト』を思い浮かべ、鼻の奥が少しだけじんとなった。


「だからね、秀治。秀治は一人で飲んじゃダメ。秀治がお酒を飲みたくなった時は私が付き合うから、何かあったら言って? 力になるよ」


 お酒には、強いから! と絵麻は拳を握るが、力説された秀治はポカンとそんな絵麻の顔を見ていた。


 ……なんの話だ?


《続く》


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