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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【7】泥酔によりこの配信は終了しました

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泥酔によりこの配信は終了しました(2)


「大丈夫! 転んだだけ!」


 絵麻はスマホに向かって叫び、次いでヘッドセットを頭に付け直す。

 どこまで聞かれていただろうか、心配するがマイクで呼びかけても画面上に反応はなかった。


「な、なんでっ……?」


 絵麻は机の下を覗き込み、……原因に気づく。転倒の衝撃でコードが抜けていたのだ。プラグごと。


「あーあーあー、聞こえますかー? エマニエル先生再降臨ですー……」


 プラグを差し直し、画面上に呼び掛ければそれでようやく視聴者からのコメントが変化した。


『先生無事だったー!』『よかったぁ……、心配させないでよ先生』『ま、堕天しても俺は推すがな』『←うぜー』


「あははは……。ごめんね、盛大にお茶こぼしちゃって、床、大変なことになってるから今日の配信はここまで! 絵の方は後で完成させてSNSにアップするからお楽しみにー! それじゃ突然だけどごめんっ、みんな、おやすみエルー!」


 高めのテンションとギリギリのハイテンポで捲し立て、配信終了のボタンを押して床を見下ろすと、そこでは『大変なことになっている幼馴染』が寝息を立てていた。


 秀治の掛けていたメガネもズレ、床に落ちている。

 秀治は普段コンタクトで、休日はメガネだ。印象がガラリと変わるので絵麻的には萌えポイントなのだが、こういう時はレンズが割れてないかとか、ちょっと心配になる。


「っとにもー……。お絵描き配信もお仕事の一環なんですけどー?」


 一応、形だけでも不貞腐れて見せたが幼馴染の反応はなかった。すっかり寝息を立てている。


「秀治ー……? おーい。秀治ー。こんなとこで寝たら風邪ひくよー?」


 そっと肩を揺らし、起こそうとはしてみるが、秀治の反応は鈍い。


「えまぁ……」と自分の名前を呼んでくれるあたり、一応意識はあるらしいが、寝ぼけているのか夢を見ているのか。秀治と違って酒にはめっぽう強い絵麻には判別が付かなかった。


「なんで飲んじゃうかなぁ……」


 秀治は下戸だ。酎ハイでも一杯飲めば寝落ちしてしまうし、体質が合わないのだろうと絵麻は思っている。

 絵麻は逆にザルでどれだけ飲んでも楽しくなるだけで酔い潰れたりはしないので、こんなふうになってしまう秀治がちょっとだけ可愛いと思ってしまう。しかし、それでも酒に飲まれるのは危険であるがして――、と理由をあれこれつけて秀治には極力飲ませないようにしていた。


「ばかしゅーじ」


 メガネが歪まぬよう、かろうじて顔にかかっていたそれを取り上げると机に起き、秀治の頬を絵麻はつつく。

 時計の針を見れば配信開始から既に一時間半。随分と時間が経っていたらしい。


「……もしかして、寂しかったとか?」


 むにゃむにゃ言う幼馴染のそばにしゃがみ込み、聞いてみるが返事はない。返事はないが、その子供のような寝顔に絵麻の心にちょっとだけイタズラ心が芽生えた。


 さっきのお返し、とか、……などと考えたわけではない。

 否、考えはしたがそれは絵麻なりの恥じらいであり、一線を超えることへの躊躇でもあった。


 絵麻はそっと秀治の頬に顔を近づけ、耳を傾けて呼吸音を探る。……よく眠っている。これなら小一時間、下手すれば朝まで起きないパターンだろう。

「うし」と絵麻は自分を勇気づけるようにして頷き、秀治の耳に唇を近づけて――、



「 起きないとイタズラしちゃうぞー 」



 甘く、囁いた。


 「……ひーっ……!」


 結城絵麻。

 学ばない女である。


 自分でやらかしておきながらそれが自らにどのような羞恥心を及ぼすのかを微塵も理解していなかった。


 常々秀治の見ていないところではアニメや漫画に影響されたセリフをひとりごちてみたりはしているものの、思い人である秀治本人相手に囁いたことなど一度もない。

 一度もないが故に、自分で言っておきながら顔を真っ赤にし、その場で手で顔を覆ってきゃっきゃっしていた。羞恥心に、身悶えていた。


 ――はっずー……!


 思いの外にダメージが大きいことを自覚しつつも、そこは実は甘えたがりの絵麻である。

 もう一度。

 もっと大胆なセリフを吐いてみようと魔が差した。


 基本的に奥手で臆病なくせに、好奇心の方が勝るのが絵麻である。

 秀治が眠っていることを再度確認すると覆い被さるようにして顔を近づけ、「ねぇ、秀治……?」


 ――囁く。


 絵麻の中で次いで続けようとした言葉はこうである。


『チューしちゃうぞー』


 ……言うなれば、酔っ払いが言いそうなことを酔っ払い相手に言おうとしていたのである。


 ただし、そこは結城絵麻。

 自らの想いを自覚し、同棲にも近い同居という形に収まっておきながらも想いを伝えられずにいる超奥手女子である。


「…………んぬぅっ……」


 耳元に唇を寄せつつも、続く言葉は口に出せなかった。


 冗談でも、「ちゅーしちゃうぞー」とか言えないのが絵麻なのである。

 これの相手が嵐山桜であったり、妹の稲穂であれば全然余裕で「ちゅー!」とか言って抱きついたりもするのだが、本当にそれをして欲しいと思う相手には自らから動くことが出来ない。


「あ、あはは……」


 誰にというわけでもなく絵麻は苦笑し、「う、うん! 具合悪い人にそういうのはよくない! よくないよねー!?」と自分一人で納得させて身を引こうとした。


 そう、身を、引こうとしたのである。


「絵麻……」

「へ」


 その絵麻の腕を引かれるまでは。


「え、ちょ!?」


 ぐいと腕を引かれ、思いっきりバランスを崩して床に転がった絵麻は――しかし、不思議とどこも痛くはなかった。絵麻の腕をとった秀治がうまい具合に抱き寄せ、抱きしめたのだ。


 ――ひ、ひぃいいいい!?


 しかし、絵麻はただひたすらに混乱した。


 秀治が起きていた。

 さっきのセリフを聞かれていた……!?


 絵麻の頭に飛来するのはそんな取り返しのつかない事実であり、故に、自らがどのような状態に置かれているかの認識が遅れた。ドキドキと、自分の心臓がうるさかった。


「……しゅ、秀治……?」


 絵麻は秀治に『胸に抱きしめられながら』、顔をあげられずにいた。

 秀治に抱きしめられている。

 顔が熱くなるのを感じ、絵麻は顔を見せることなど出来なかった。


 ラブホテルの前でも緊急事態だったとはいえ、同じような状況にはなった。

 しかし、あの時は大衆の面前であり、『さすがの秀治もそれ以上のことはしないだろう』という予感もあった。


 実際はお姫様抱っこでラブホテルに突入する暴走を見せたのだが、結局は抱きしめられること自体には嬉しいの方が優っていた絵麻である。

 お巡りさんにご迷惑おかけしたのは本当に恥ずかしかったけど、それでもあれはあれで良い思い出あると思っていた。


 ――が、しかし。今は自宅で、二人きりである。しかも深夜。

 密着した男女のすることなど、一つしかないと絵麻は本能で理解していた。


「しゅ、しゅーじぃ……?」


 怖い。

 だけど、秀治がいま何を考えているのかを知りたい。

 その想いで顔をあげ、


「んぅ……、えまぁ……」「………………」


 爆睡する秀治の姿に、自らの一人相撲を理解した。


「…………はぁああ……」


 絵麻は馬鹿ではない。


 もちろん、これが自らの愚行が招いた結果ではあると理解しているし、その上で、全ての元凶は酔っ払った秀治にあることも理解している。

 それでも、気持ちよさそうに眠る幼馴染を前に、ふっと全身の力が抜けるのを感じた。


「……ばーか」


 言って絵麻は、こてんと首の力を抜き、好きな人の胸に頬をくっつける。

 とくんとくんと聞こえる心地よい胸の音に目を瞑り、もう少しだけ、普段なら味わうことのできない感触に身を委ねた。


 惚れた弱みだなぁ……。と絵麻は思う。


 配信の邪魔をされ、視聴者さんにも心配をかけたのに、微塵も自分は怒っていない。あまつさえ、そのおじゃま虫さんにくっついているほどだ。

 絵麻はいつかシラフの状態の秀治が、今のように自分を抱きしめてくれることを願いながら少しだけ瞼を閉じた。


《続く》


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