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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【7】泥酔によりこの配信は終了しました

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18/31

泥酔によりこの配信は終了しました(1)


「はーっい、てことでねー、今日もお絵描き配信やってくよー? こんばんエマニエルー? おー、すごいすごい。みんな待っててくれたんだ、せんきゅー? あ、さくらチャーっん! こんばんエマニエルー! そーそ、こんばんは桜ちゃんのえちえちなイラスト、進めていくんだぜー? 赤面して正座しときなベイビーっ!」


 土曜の夜、九時。

 その声は壁越しにも秀治の部屋へと伝わってきていた。


「そだねー。一応コミケ用かなー。えちえち過ぎるのは禁止されてるから、あーる十五ぐらいの感じで。見せてもパンツ。でも見えそうで見えないってのが良いんだよねぇっ?」


「…………」


 当然、秀治はイヤホンをして、自分のノートパソコンでその画面を見ていた。


 エメニエル先生のお絵描き配信。

 それは音楽系VTuber音野葉桜のライブ配信に感化されて始めた新たな絵麻の習慣である。


「そういえば今週のラブエンみたー? ちょーやばくなーい? あのシーン! あーっ、分かる分かる! みんなそーだよぉ〜。君たち優秀だな。先生は嬉しいぜ!」


 画面上で繰り広げられるはリスナーとの交流。

 絵麻はエマニエル先生として『自らのアバター、エマニエル』を作成し、ライブ配信でいま描いている絵をお届けしているのであった。


「せんせーのお注射打って欲しい……? いいねぇ、でっかいお注射、打ってやろうかゲヘヘヘヘ」


 画面の端に天使と猫を合体させたような自らのアバターを表示させ、ウェブカメラで自分の体をトラッキング。

 現実の絵麻の動きに合わせ、『エマニエル先生』は左右に揺れ、表情を変える。


 秀治から見て、絵麻は実に楽しそうである。


「セクハラげんきーん。滅するぞー? あ、桜ちゃんはいいよー? 桜ちゃんにならママなにされても許しちゃうっ」


 画面越しに、イヤホン越しに、壁越しに聞こえるは絵麻の『オタクとしての』振る舞い。


 それは決して秀治には見せられなかったもので、大学のオタサーで絵麻が『やらかすまで』秀治は絵麻がそれほどまでにオタク語りすることを知らなかった。


 配信はこれで三回目。


 一度目は絵麻が何かやらかさないかが心配で。

 二度目は習慣として見続け、三度目になれば湧き上がってくるのは寂しさだ。


「なんだかなー……」


 配信画面を閉じ、イヤホンを耳から抜けば壁越しのくぐもった『エマニエル先生』の声。


 秀治は自身が嫉妬深い方だとは考えてはいなかった。


 絵麻には絵麻の、秀治には秀治の世界があり、交友関係が広がっている。

 そのことを尊重した上で絵麻が頼ってきた時、力を貸してやれる存在でいたいと常日頃思っていただけだ。


「だっせー……」


 PCデスクの前。オフィスチェアの上で膝を抱えてぼやく秀治は少しばかりダメージを負っていた。


 思い出すのは先日のデート事件。


 危うくストーカーとして、お縄に付き掛けた事ではない。

 絵麻が、自分以外の相手と『楽しそうに会話していた』場面である。


「分かっては、いたんだけどな……」


 背もたれにもたれかかり、秀治は天井を仰いだ。

 正直、ちょっと辛い。もう眠ってしまおうかとすら思えてくる。


 絵麻のお絵描き配信は一時間弱。


 前回は絵麻の配信が終わるまで待っていたが、随分と小慣れてきたし見守る必要はないだろうとの判断だった。


「……コーヒーでも飲むか」


 それでも、秀治は落ち着かず、結局はリビングでうだうだと時間を潰してしまう。


 ようやく持ち帰りの仕事も無くなった休日の夜。読みたかった本も積んであるし、映画を見たっていい。


 絵麻の部屋とは廊下を挟んで扉が二枚。リビングでテレビをつけたところで迷惑はかからないことは確認済みだった。


 ――しかし、秀治は苦目のコーヒーをマグカップに用意しながらも、ダイニングチェアに腰掛け、ぼーっと部屋の中に目をやっていた。


 廊下とダイニングを繋ぐ扉の向こうから微かに絵麻の声が聞こえてくる。


 キャイキャイと楽しそうに笑う声はよく響く。絵麻の声が若干高いことも影響しているのだろう。

 近所迷惑というほどではないし、耳をすませばという程度だ。


 秀治はコーヒーを啜り、落ち着かなくては腰を上げ、無駄に台所に行って戸棚を開けた。


 ……眠れるかな。


 風呂は既に済ませてある。

 あとは歯磨きをして、眠るだけ。


 明日は特に予定が入っているわけでもないけど、日頃の疲れを考えれば寝れる時に寝てしまうのは悪くない選択だ。


 秀治は理性的に、理論的に言い訳を考え、導き出した答えはこれだった。


「……飲むか」


 秀治はボトルを、取り出した。




「そう、ここんとこは影を立体的にしてあげてさー、……ふふふ、分かる? 分かっちゃうー? 心の清い人には『見え』ちゃってるよねー? これが職人技ってやつで、ヒャぁあ!?」


 ビクゥう!!! と絵麻の体が突如跳ね上がり、絵麻は盛大に膝を机で打った。

 ガタンっ! と膝をぶつけた衝撃で頭につけていたヘッドセットもズレる。


 当然、画面上の視聴者たちの元にもその音は届いていた。


『ママー!?』『なんだ思案か?』『ブラックなアレが出現したとか?』『いや、これはえちえちイベントですな。きっと彼氏が』『←解釈違い、帰れ』


「しゅ、しゅう、じ……?」


 絵麻が恐る恐る後ろを振り返ると、自らの肩に覆い被さるようにして画面を覗き込む秀治の横顔があった。


 間一髪、反射的にヘッドセットのコードに付いていたミュートボタンを押していたのは絵麻の機転である。


「みんな、好き勝手言ってっけど……」

「わ、わわっ」

「なにしてんだよ。仕事なんだろ……? 仕事しろよ、仕事」

「え、でもっ……!」


 秀治は絵麻の代わりにミュートボタンを操作すると顎で指示を出す。

 配信を続けろと。


 ――え、ぇええ……!?


 絵麻は困惑した。


 秀治は相変わらず二人羽織のように後ろから絵麻に覆い被さって顎を肩に乗せているし、絵麻が「しゅ、秀治……!」と声にならない悲鳴をあげていると「ほら……」と言って、絵麻の手を取り、液タブの上へと腕を持っていく。


 絵麻の体に、自分の体を密着させたまま。


 ななな、なんで……!?


『ママー?』『どったの、マジで放送事故?』『だーかーら、恋人に』『エマニエル先生はそんなことしない!』『夢見すぎワロタ』『先生、アホだけどイラストに関しては天才だしな』


「あー、ごめんごめんっ。ちょっとお茶こぼしちゃってバタバタしてたー」


 棒読みであった。


 それでも動揺を押し隠しつつの絵麻による精一杯の演技である。


(しゅ、秀治ー!?)


 絵麻は心の中で叫びつつ、『お絵描き配信』を再開しようとした。


 ……再開、させようとして、「んぅ……」と自らの肩に頬を擦り付ける感触にまた肩を跳ねさせた。


 ガタンッ、と二度目のアクシデント。

 膝を打ちつけ、痛いのもあるが今の衝撃で秀治の体がズイと傾き、危うく床に倒れかけた。


「えっ、わっ!?」


 もはや配信どころではない。

 慌てて絵麻は秀治の体を支えようとし――、「きゃっ!?」


 ヘッドセットのコードが引っかかって、びょーっんと張ったそれにつんのめり、秀治と一緒に床へと倒れ込む羽目になってしまった。


『なになにまた零したん?』『今日の先生なんかバタついてんね』『先生大丈夫ー?』


 画面上ではエマニエル先生こと絵麻を心配するコメントが流れている。

 だが、床に転がり、秀治に押し倒される形となってしまった絵麻にそれは見えていなかった。


「ちょちょちょ、秀治……!?」


 絵麻はたまらずに叫ぶ。

 配信中であることなど、完全に忘れて。


「……えまぁ……」


 秀治は、……絵麻を抱きしめるようにして、寝息を立てていた。

 そこで絵麻は秀治の異変の正体にようやく気がついた。


 ――秀治は、酔っている。お酒に。


「……はぁあ……、もうっ……」


 力づくで押し倒されたのではないこと。


 秀治が『そういうことをしたくて襲ってきたことではないこと』に安堵し、安堵しながらもそれでもやっぱりちょっとだけドキドキして落ち着かなくて、それでもこの状況がちょっと嬉しかったり恥ずかったりする絵麻はしばらく「むーっ」と天井を見上げていたのだが、机の上のスマホが震え、チャットアプリの通知音で今が配信中であったことを思い出した。


「わわわっ!」


 慌てて秀治を押し退け、画面を見てみるとコメントの嵐であった。


『通報したほうがええんちゃう?』『確かに、ストーカー事件とかあるしな、この前も渋谷で』『あー、その動画見た。お姫様抱っこで連れ込もうとして警官に』『通報は待ってくださいー。今ママに電話するのでー』


 ぶぶぶ、とスマホが震え、着信画面に表示されたのは『嵐山桜』の文字。エマニエル先生の娘、VTuberの音野葉桜の中の人である。


 絵麻は慌ててそれに出るとヘッドセットを回収しつつ叫んだ。


「大丈夫! 転んだだけ!」


《続く》


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