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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【6】仕事への理解と剥離

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仕事への理解と剥離(2)

「……秀治さんと、上手くいっていないのですか?」


 聞いたのは穂果だ。さすがの桜も踏み込むことを躊躇っていた為、目配せして引き受けた形になる。


「いやいやいやっ、上手くいってないって何よ? 私ら別に付き合ってるわけじゃないし、そーいうの、結婚してる夫婦によくいうセリフじゃない? 『旦那さんと上手くいってないのか』『そうなの、主人、帰り遅くってぇ……』――って、なんで不倫じゃーっい! なんて……」


 一人、ペラペラと喋って絵麻は自覚する。

 今のはかなり『やらかした部類』なのではないだろうか。


「……えっとー。ま、そんな感じ? 秀治が忙しいのは今に始まったことじゃないし、サラリーマンってみんなそんな感じだっていうじゃん? 始発で行って、終電で帰って、家庭のことは顧みないで仕事と私、どっちが大事なのー? みたいな……。……桜ちゃん?」

「あー、ごめん。ママがどこまで一人芝居続けてくれるのか気になっちゃって」

「もうっ……!」


 べしーっとジェスチャーでツッコミを入れてみせる絵麻ではあるが、空気はぎこちない。


 桜も桜でどうしたものかと困ってはいるのだが、話を振った穂果は真剣な顔で絵麻を見つめていた。


「お姉様」

「……えっと……、なに?」

「寂しいんですか?」


 ずいと。


 身内だからこその距離感で、桜には踏み込めない領域へと穂果は踏み込んだ。


「寂しくはないよ……? 桜ちゃんともボイチャしてるし、仕事だってあるし。そもそもっ、寂しいって何よ? 私は――、」


 と絵麻は言いかけて、桜と穂果があまりにも真剣にこちらを見つめていることに気づき、言葉を改めた。


「……私は、別に秀治と暮らすために、こっちに残ったわけじゃないし……」

「本当に?」

「……本当だもん」


 姉妹のやりとりを見て、『なんか、姉と妹逆じゃね?』と桜は他人事ながら思った。


 まぁ、本来はママである絵麻のことを心配すべき場面ではあるのだろうが、どう考えても『絵麻から秀治に対する好意』は隠しようのないものであり、下手につっつかなくとも収まるべき場所に収まるだろうと判断したのだ。


 そうでなくとも、自由業に色の近いクリエイター職であるイラストレーターのエマニエルママと、堅苦しい証券マンの『秀治くん』だ。生活のリズムやら、仕事に対する姿勢ですれ違うこともあるだろうが、そんなものは、『どこにでもある話」だ。


 社会人になれば否応なしに直面することになるし、大人はみ〜んな、そう言う事柄に折り合いを付け、『仕事と私どっちが大切なのよー!』的な茶番を繰り広げているであろうことを、配信業を生業にしている桜はコメント欄から知っている。


 故の、優雅なティータイムだった。


 なんか横文字の良く分からん紅茶、に桜はジャムをつけたスプーンを舐めながら口をつけ、『姉妹っていいなー』と年の離れた弟のことを想う。

 もう長らく会っていないが、元気だろうか。


「第一、お姉様は奥手が過ぎるのです! 好きなら好きと、想いを伝えるべきでは!?」


 ――おお。一瞬明後日の方向に思考が飛びかけていた桜の思考すら引き戻す踏み込みに踏み込んだ一撃に、桜は心の中で驚きの声をあげた。

 いまのはなかなかに攻め込んだんじゃないだろうか、妹ちゃん……!?


「す、好きとかっそんなんじゃないし……!」

「それでも大人ですか! さっさと秀治さんの赤ちゃんを孕みごってください!」

「みご……!?」


 流石の絵麻も面食らったのか言葉に詰まる。


「お婆様もきっと、」「はい、すとーっぷ。ヒートアップしすぎ、穂果ちゃん。一旦ブレイクタイム挟もうか。ティーブレーイク」


 穂果の思いが先行し始めていたのもあるが、また少しずつ声が大きくなり始めてきたので桜は先手を打った。

 ティーポットを掲げ、お代わりを促す。


「……すみません。つい」

「ママの、……絵麻ちゃんのことが大切なんだよね?」

「はい……」

「穂果……」


 紅茶を啜り、小さく肩を落とす穂果を絵麻は姉の目で申し訳なさそうに見つめていた。


「お姉様は……、このままでよろしいのですか……?」

「うーん……。そうだねぇ……? 一応、絵師としてはご飯食べれる程度には仕事回して貰えてるし、秀治も応援はしてくれてるし、良いんじゃないかな?」


 絵麻は出来る限りの笑みで返した。


姉様あねさま……」


 穂果は何か言いかけたようではあったが、絵麻の向ける視線にそれをぐっと飲み込んだ。ソーサーにカップを戻すと、おずおず桜にティーカップを押し出した。


「ごめんね、穂果? あとありがと」

「いえ……。私は姉様が楽しんでいらっしゃるのであればそれで……」

「……それで、同居中の彼氏候補くんとはすれ違いの日々が続いてりゃ世話がないけどねー」

「桜さん……」

「あ」


 カップに紅茶を注いでいた桜は、思わず私的な友人に対する態度で告げてしまい、固まって絵麻を見る。


「ごめん、ママ。そういうつもりじゃなかったんだけど……」


 絵麻を『ママ』と慕いつつも、ある種の線引きはしっかりと行なっていたつもりの桜である。


「良いよ。でも本当に大丈夫! すれ違いとか、そういうんじゃないからっ。普通に、秀治が忙しくて、大変そうなだけ。私は私でやりたいことやってるわけだし、居候の身にしちゃ、けっこーいい生活させて貰ってんよ? ウーバーとか呼び方だしだしね」

「ウーバー! いいですね! 地元では配達してくれませんし、そもそもそお婆様がお許しくださりません!」

「でっしょー? 都会のとっけーん」


 内心『どんな田舎だよ』と思う桜ではあるが、穂果の鞄についている『鈴』を見て、『ああ、クマが出るレベルの田舎か』と妙に納得する。


 熊よけの鈴、鞄に付けるのが流行っているわけではなかろう。流行っていないことを桜は切に願う。世の安全のためにも。


「それに、実は今、自分のアバター作ってんだよねー」


 と絵麻はリュックからタブレットを取り出すと二人の前に掲げてみせた。


「大天使エマニエル! ドヤっ」

「おーっ」

「わーっ! かわいいです!」


 これには流石のエマニエル先生と桜も穂果も感嘆の声を漏らした。

 天使と猫をモチーフにしたLive2D用のキャラクターイラストである。


「桜ちゃんの配信見ててさ、私もやってみよーかなって。シュージ、帰ってくるの遅いし、エマニエル先生のお絵描き配信、的な」

「いいねぇいいねぇっ、コラボしようよー?」

「しよー? この前パソコンもいいやつに買い替えたからゲームもできるしー」


 そんな風にわいわいと盛り上がる絵麻と桜を見て、穂果は少しだけ胸を撫で下ろす。

 撫で下ろすと同時に、呆れる気持ちもあった。


「お婆様には、元気に精力的に、イラストレーターとして頑張っているようです、と報告しておきますね?」

「は、配信は見せちゃダメだからね……!? バレるまで内緒に……」

「時間の問題だとは思いますが……。了解です? お姉様もたまにはお婆様に電話してあげてくださいね?」

「善処します……」


 渋々頷きながらタブレットを片付け、『そうは言いつつもかける勇気ないんだよなー』と思う絵麻であった。


「そのお婆様っての、そんな厳しい人なの? なんか話聞いてる感じだとママの東京暮らし反対してんのもお婆様っぽいけど」


 事情を何も聞かされていない桜が不思議に尋ねてみれば、絵麻と穂果は少し困ったように目を合わせ、二人して首を傾げた。


「悪い人じゃないんだけどね」


 答えたのは絵麻で、やっぱり眉尻を下げ、困ったような顔をしている。


 桜は穂果を見たが、穂果は首を横に振り、説明を拒んだ。

 なんとも不安定な空気感に桜は再び口を開きかけたが、


「私はいまが楽しいから、それでいいんだよ。ね?」


 絵麻のその言葉で、その話はここまでとピリオドを打たれた。

 踏み込むな、と示されれば踏み込まないのが桜の流儀である。


「りょーかい? なら、今日は女三人、楽しみましょ? ママを放ったらかしで仕事ばっかしている『旦那』のことなんて忘れてさ?」

「ひどいですねぇ? 秀治さんも頑張っていらっしゃるのに。……ね? お姉様?」

「旦那じゃないけどねー」


 と答えつつも、若干その響きをむず痒く感じる絵麻である。


 絵麻は紅茶を飲もうとカップを持ち上げたが、既にそれはカラだ。

 ありゃりゃ、とカップを戻せばティーポットを手に取り、実に楽しげな微笑みを浮かべる穂果の姿があった。


「秀治さんとの生活のこと、もっといろいろ聞かせてくださいな? お姉様?」


 まるで天使のような笑みに、絵麻は少しだけ、ほんの少しだけ、頬が引きつるのを自覚した。


《続く》


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