仕事への理解と剥離(1)
「やっほー、ニエルママンー」
「久しぶりー桜ちゃんー」
平日の午後、二時過ぎ。
某都心の駅前にある待ち合わせスポットに現れたスラリと背の高いイケメン美人を半袖ワンピースに麦わら帽のおでかけコーデで出迎えたのは絵麻であった。
普通のサラリーマンであればオフィスに詰めている、もしくは汗水垂らして工場や現場で体を動かしている時分。イラストレーターである絵麻と音楽系VTuberの中の人である嵐山桜、自由業でクリエイターを自称する彼女らは遊びの待ち合わせをしていた。
「妹ちゃんは?」
一通りの挨拶を済ませたあと、桜が聞いた。
「あー、乗り換えで迷子になったみたい。さっき着いたって連絡あったから、構内で迷ってんじゃないかな」
「わかるー。平日でも人多いしね、ここ」
「だねー」
某都心のハブ駅であるこの場所は、平日木曜の二時過ぎだというのに無駄に人で溢れていた。
観光客で賑わっているのもあるだろうが、学生らしき若者や成人しているらしき二十代から四十代の男女まで。学校はどうした、仕事は良いのか。
そんな言葉が出てきそうなほどに人の流れは多かった。
「基本引きこもりだからねぇ、アタシら。アタシも事務所でのレッスンぐらいしかこっちの方出てこないし」
「わかるー。私も編集部で打ち合わせある時ぐらいかなぁ……? 人多いの苦手」
「ママ、歩くの大変そうだもんね。手を繋いであげようか。それとも、お姫様抱っこがいい?」
「妹の前でそんな無様な姿見せられますかって!」
ふんっ、と胸を張ってみせる絵麻ではあるが、桜からすれば、可愛い盛り
の女の子だ。
一応、補足しておくと桜と絵麻は二つしか年が離れていないし、なんなら桜の方が年下である。
嵐山桜、二十二歳。
服飾系の専門学校を卒業したのち、音楽の道で食っていくと腹を括ってヴァーチャル世界にダイブした気鋭のアーティストである!(自称)
……などと、絵麻と桜が雑談に花を咲かせていると、不意に涼やかな鈴の音が聞こえ、絵麻はそちらに顔を向けた。
「あ、穂果ー! こっちこっちー!」
鈴の音のする方角。改札口から多くの人が吐き出される雑踏の中に、一際目立つ絵麻によく似た美少女の姿があった。
絵麻とお揃いの麦わら帽に、白のブラウス。青のロングスカートにトートバックを肩にかけ、チリン、と歩くたびにそこに括り付けられた『熊避けの鈴が』涼やかな音を鳴らす。
「お待たせしました、お姉様?」
結城穂果、十八歳。
結城恵麻の妹であり、本日の二人の客人であった。
*
「いやー、ママの妹さんって聞いてたから可愛いんだろうなって思ってたけど想像以上に可愛いね。ママとは別ベクトルのかわいさって感じ? うちの事務所入らない? 社長に推薦するよ」
以前も訪れた半地下の喫茶店。穏やかなクラシックがBGMに流れるその店内の一番奥の席に三人は座っていた。
四人掛けテーブルのソファ席に絵麻と穂果が並ぶ形となり、絵麻の向かい側に桜。三人の前にはすでにアフタヌーンティーセットが置かれており、女子会に花を添えていた。囲む三人も美しい花であろう、というご指摘は取り敢えず傍に置いておく。話が進まないので。
「そう言った事は祖母に禁止されておりますので、お気持ちだけ、有り難く頂いておきます。それに、櫻さんの事務所って顔出しの配信もなさっていらっしゃるので?」
「んーん? 単純にアタシが可愛い子好きってだけ。ママと並ぶとほんと眼福だわ〜。穂果ちゃんの方がお姉さんっぽいけど」
「うおぃ! って怒れないのが辛いよねぇ……。穂果、また身長伸びた……?」
「変わっていませんよ? お姉様が子供っぽくなられたのでは?」
「あぐ」
結城穂果は絵麻の六つ下の妹である。
今は地元の国公立大学に実家から通う、大学一年生。文芸部に身を置き、姉とは違って『まともな』大学生活を送っているのだが、今日は校内の一斉設備点検で全ての講義が休講。時間が出来たとのことで特急列車を乗り継ぎ片道二時間半をかけ、半年ぶりに姉に会うため都心に出向いてきたのである。
「はい、お姉様? ピースサインしてください?」
「うー……」
そう言ってスマホを構える穂果に絵麻は渋々右手でピースサインを作り、ぎこちない笑みを浮かべる。
「あー、それが例の?」
「そうなんだよぉー……。定期報告。うちの家、過保護なの……」
「定期的に私がお姉様の様子を見にいくことが、イラストレーターとして生活することの条件ですからね?」
「成果物送り付けてるだけでよくない? って言ったんだけど、ダメだって跳ね除けられちゃって……」
「え、ママ。ママの画集とか実家に送ってんの?」
「送ってるよー……? 私も送りたきゃないけどさぁ……。『家族に見せられないような仕事なら、今すぐに辞めて帰ってきなさい』でお婆様が」
「おお……、アタシも親には配信者やってること話してっけど、流石に生配信見せるようなのは恥ずかしくてできないわー……。すごいね、ママ」
「従わなきゃ連れ戻されちゃうからね」
絵麻は軽く肩を竦めてみせる。
「お婆様。機嫌どうだった?」
「怒っていらっしゃいますよ? 分かりやすくアラを探してくるように言われましたが、私はお姉様の味方ですのでっ。応援しておりますっ?」
「うへぇ……。ありがとー……?」
和やかに交わされる会話ではあるものの、内容に至ってはかなり切実なものである。
「ママがイラストレーターとして活動することに反対されてるっての、予想以上にガチだったんだね」
「ガチもガチ。大学卒業と同時にこっちで住んでた場所引き払われてさ、無理やり連れ戻されるところだったんだから」
「へぇー……」
驚きに目を丸くする桜ではあるが、その視線を絵麻の隣の穂果へとやって小首を傾げる。
「でもよくそれで彼氏さんと同棲なんて許して貰えたね? あ、でも、もしかして、婚約者だったり? 親が決めた」
ぎょっと顔を固くしたのは絵麻で、嬉しそうに頬を上気させたのは穂果だ。
「そうなのです! まさに愛、ですわよね!?」
両手を組み、そのままの勢いで絵麻の手を取った穂果は目を輝かせながら告げた。
「秀治さんとのご関係に進展はっ? お姉様!」
「……ぇー」
絵麻はチラリ、と桜を見た。
桜はきょとんと、何が何だかという顔をしていたが、穂果が遊びに来ると聞いて、『桜ちゃんもご一緒どーお?』と聞いた時点で、こうなることなんとなく予想がついていたわけで。
「……取り敢えず、桜ちゃん。秀治は私の彼氏ではありません。ただの同居人です」
「え? ラブホ一緒に入ってったのに?」
「ラブホてる!?」
穂果のすっとんきょうな悲鳴に一瞬、店内が静まり返った。
穂果はそれに気づくと「こほん」と一息ついてから頭を下げ、再び席におさまった。
「初耳ですよ!? お姉様……!」
テンションはそのままに、声を殺して叫ぶ穂果に絵麻は気押されながらもどうにか言い返す。
「誤解っ……! 誤解だから……! 取材の為に桜ちゃんと中に入ろうとした時に秀治が、」
「その横恋慕ちょっと待ったー! 絵麻は俺の女だ手を出すなってお姉様を守ってくださったんですね!?」
「あぐ……」
微妙に要点を押さえている為に絵麻は黙り込む他なかった。
「ていうか、桜ちゃんは顛末話したよね!?」
「そーだっけー? 覚えてないなー」
「桜ちゃん……!」
音野葉桜の中の人、嵐山桜は可愛い女の子好きを自称する程度には可愛い女の子が大好きである。
困らせない程度に揶揄うのは序の口。
今は姉妹喧嘩とは言わないものの、美少女と可愛い系美人の二人のわちゃわちゃをニヤニヤと楽しんでいた。
「取り敢えずっ! 秀治とは何にもない! 一緒に暮らしてるだけ!」
絵麻は変な方向に転がりそうになる話を軌道修正し、自らピリオドを打ったつもりだったのだが、それでもやっぱり桜は首を傾げた。
「なのに同棲を許されてんの……? ママと付き合ってるわけでもないのに?」
「そ、それはぁ……」
「なのに同棲を許されてんの……? ママと付き合ってるわけでもないのに?」
「そ、それはぁ……」
「そうです! そこのところ、私がいくら聞いてもお姉様ったら言葉を濁してばかりで教えてくれなくて!」
「へぇ? 妹ちゃんにも内緒なんだぁ?」
ニタァ、とヘビを思わせる笑みを向けてくる桜に、流石の絵麻も身を引いたが、穂果に手を掴まれ、それ以上は逃げられなかった。
「お婆様に聞いても『絵麻にお聞き』の一点張りで……。ね、お姉様? もう話しちゃいましょうよぉ? 桜さんも気になっていらっしゃるようですし」
「えぇ……? でもなぁ……? 秀治も自分のいないところでそーいう話されるの嫌がると思うしぃ……」
と逃げ腰の絵麻ではあるが、七割、自分が恥ずかしくて話せないだけである。そりゃ多少は秀治への気遣いもあるのだろうが、七割、……否、八割方、自分の為に絵麻は口を噤む。
あの日、あの時起きたことは自分たちの中でだけ覚えておきたい思い出であり、話したところで要らぬ誤解を生むだけと分かっているからだ。
……などというのもまた、絵麻の自己暗示。恥ずかしくて話したくないことへの言い訳である。
「アタシは軽くお見かけしただけなんだけどさ、男らしくはあったよね。ちょっと根暗な雰囲気はあったけど」
「まぁ……、根暗っていうか、基本インキャっていうか……」
絵麻の秀治に対する評価はこんなものである。
しかし、それは絵麻から見た秀治の評価であり、穂果から見た六歳年上の『姉の幼馴染の評価』は随分と異なる。
「かっこいいじゃないですか! 素敵な殿方だと、穂果は思いますよ!?」
全力で、穂果は秀治の肩を持つ。
「穂果は秀治大好きだから……」
絵麻はうんざりとした様子で桜に補足するが、桜は心底楽しそうに絵麻を見ていた。
「穂果ちゃんの初恋の人だったり?」
「はい!」
即答である。
これには流石の桜も面くらい、言葉に詰まった。
「初恋どころか、現在進行形でお慕い申しておりますっ。……お姉様がもし、秀治さんを諦めるというのであれば私が……」
ちらり、とその隣で神妙な面持ちを浮かべる姉を見つめ、穂果は肩を落とした。
「少しぐらい焦られてもよろしいのに。勝者の余裕。姉様といえど、少し妬いてしまいますわ……?」
「えっとー……。本気? 冗談?」
桜には判別がつかず絵麻に尋ねるが、絵麻自身計りかねているので肩を竦めて返した。
「多分半分本気で半分冗談。秀治に懐いてたのは本当だから」
「はいっ!」
満面の笑みで答える穂果は十八歳にしては随分と幼い笑みを浮かべていた。
ぁー……、これは、そういう……。
そんな様子を見た桜は一人納得する。『私のママ』はなんとも小難しい立場をとっているらしいと。
「ところで、その『秀治さん』は今日も仕事? 一応顔出せないか聞いてみるってママは言ってたけど」
「仕事も仕事。先週からずっっっと帰りが遅くてさー。ほら、なんか外国で選挙があって銀行がなんかしてたじゃない? それで市場がどーとかで」
「証券会社だっけ? アタシは良く分かんないけど」
「私もよく分かんない。……とにかく、帰りがずっと遅くてさ。終電間に合わなくて帰ってこない日とかも結構あって」
しんみりと、秀治の話題にしては落ちていく絵麻の声音に桜も穂果も感覚ながら、それを察した。
「……秀治さんと、上手くいっていないのですか?」
《続く》




