自撮りの誤送信にはご用心!(4)
「躯乃さんにも送るのか」
「……へ?」
一瞬、秀治に何を言われたのかが理解できなかった絵麻は当然と答え返す。
「送らないよ……? なんで?」
「なんでって、昼間、躯乃さんに送ったんだろ。あの写真。……メイド服着て、『ちゃんと届きましたよー』的な報告でさ」
絵麻はしばらく思案した。
絵麻は普段少々抜けている部分があるし、好きなもの対しては暴走気味である。しかし、バカというわけでもない。時間をかけて考え、自分が秀治に『何を言われているのか』を思案した結果、『その誤解』に辿り着き、ニヤァ――と頬を緩めた。
「へぇええええ?」
絵麻はニンマリと笑った。
それはもう、楽しそうに。
「……なんだよ」
「いやいやいや、ぇええー?」
眉根を寄せ、不機嫌を露わにする秀治にさえ、調子に乗った絵麻は無敵である。
「え? え? もしかしてしゅーじ、私が躯乃さんにあの写真送ったと思ってるの? え? もしかして秀治、私が躯乃さんに送る写真を間違えて秀治に送ったと思ってるのーっ?」
これは勝ち確! 私のエンペラータイム! とばかりに秀治にぐいと身を乗り出し、「へぇええーっ?」
――思いっきり煽った。
煽ったというか、嬉しさ余って揶揄いの度合いが過ぎているだけなのだが、煽られている秀治からすれば面白いものではない。
上機嫌に問いかける絵麻に秀治は若干気押されながらも言い返した。
「違うのかよ」
違うなら、何が違うというのか。
どんな答えが返ってこようが受け止める覚悟で秀治は口を横に引き結ぶ。
「えー? えへへ〜っ。送り先はねーっ……? 送り先はねー? ジャーっん! 桜ちゃんでーっす!」
どーっん! とスマホを印籠が如く突き出す絵麻であるが、秀治は目のピントがどうにも合わない。身を引き、首を限界まで後ろに引いてなんとかその画面に焦点を合わせることが叶った。
「………は?」
そこに表示されているのは絵麻がイラストを担当し、私生活でも交流のある音楽系VTuber音野葉桜こと『嵐山桜』とのチャット画面だった。
『どう!? どう!? エロくなーっい?』
『いやーっん、えっちー! ママのえっちー! どったのそれー』
『知り合いの絵師さんに貰ったから来てみた! 流出させちゃダメだゾッ?』
「……………」
前者がエマニエルこと絵麻のアカウントによるもので、後者が音野葉桜こと嵐山桜のアカウントによる発言だ。
そして、チャット文の上にはメイド服を着た絵麻のスカートたくし上げ画像が貼り付けられており、それは紛れもなく秀治が昼間に見た写真そのものであった。
秀治が画面を確認し終えたのを見て、絵麻はスマホをどけ、あっけらかんと笑って見せる。
「躯乃さんに送るわけないじゃん。躯乃さんにはちゃんと、普通のを送ってあるよ」
そう言って絵麻はスマホの画面を操作し、チャット画面を切り替えると再び秀治にそれを掲げてみせた。
そうして表示される『躯乃柩むくろのひつぎ』とのやりとり。
確かにそこにはスマホを自分の顔の高さに構え、鏡越しに自撮りを行っているメイドの画像があった。
『早速着てみました! サイズバッチリです! まじで神! これで参考資料パシャパシャしちゃいます!』
当然、スカートは持ち上げられていないし、ポーズも単純なものである。
その上、絵麻のメッセージに対し躯乃先生からの『彼氏君にも見せてやりなよ』などとの返信までついている。
「まじか……」
誤解を悟る秀治であった。
内心、躯乃先生に本気で詫びる。ごめんなさいすみませんと。
そして、勝てる勝負と確信すれば煽りに煽るのが絵麻クオリティである。
ニヤニヤと胸元が空いていることも気にせずに身を乗り出し、秀治を煽った。
「……なぁに? もしかして嫉妬してたのー? 勘繰っちゃってたのー? 私が躯乃先生にえっちな自撮り送ったって〜?」
「当たり前だろ。俺には何も送られてこなかったんだから」
別に、秀治だって最初から『別の誰かに送ろうとしたものを間違えて秀治に送った』などとは思っていなかった。
絵麻は自分とは違ってクリエイターの世界に生きる人間で、なんらかの展開があって、どういうことかは分からないが、メイド服を着ることになった。その上で、自撮りを行い、その報告を秀治にしようとして、添付する写真を誤った。
最初に浮かんだのはそんな考えで、……しかし、絵麻はその写真を削除した後、なんのメッセージも送っては来なかったのだ。秀治が、『今日は早く帰れるから夕飯は俺が作る』と連絡をするまで。
そうなると、『メイド服の写真を誤爆した』という文脈が生まれ、今度は『本当は一体誰に送ろうとしたんだ?』と言う疑問が浮かび上がってくるのは当然であった。
故に、
「仕方ないだろ。そう思っても……」
不利な試合であることは秀治も認めつつ、それでもこの腋の甘すぎる幼馴染に思いはしっかりと伝えておく。
勘違いされたままでは、嫌だから。
そんな秀治の真剣な眼差しを受け、揶揄いモードだった絵麻も少しずつ冷静になっていった。己の行いを振り返り、確かに、心配させるようなことをしてしまったかも知れないと。
「……大体、なんで急に夕飯作るとか……。……それってあれじゃん。後ろめたい時にほら、」「……浮気への後ろめたさを隠す……?」「そう、それ」
秀治も別にそこまで男女の関係に聡いわけではないが、ドラマや映画でそう言った展開は見知っている。
浮気した妻が、旦那の帰りを待ってそれまでやらなかったような手の込んだ料理を行う。そんな『昼ドラにはありきたりのワンシーン』を。
どうかしていると秀治は自分でも思う。しかし、絵麻が料理をして待っていると聞いて浮かんだのはまずはそんな考えで、『いや、結婚してねーし』と改めはしたが、それでも、『何か後ろめたいことがあるから、そうしたのではないか』と勘繰ってしまった。
「……資料が欲しくて……」
「あ?」
続いて絵麻が表示させたのは料理中の食材をカメラに収めたものだった。
「……灰被り猫先生の、ラノベの挿絵……。ヒロインが料理している時の背景、欲しくて」
「……あぁ」
なんてことはない、そちらも仕事用の資料作りだったのだ。
「……なんか、ごめん。心配させて」
「……いや、俺の方こそごめん。なんか、勝手に勘繰った」
勘繰ったところで二人の間になんらかの契約があるわけでも制約があるわけでもないのだが、とりあえずは二人して軽く頭を下げ、神妙な面持ちで見つめ合った。
もはや猫耳カチューシャをつけているだけの絵麻である。メイド服を着ているだけの幼馴染。可哀想なほどに小さく、肩を丸め見上げる様子に秀治は深々と息を吐き出した。
「はぁあ……、俺、先に風呂入っていい? なんかもう、疲れた……」
「あ、うん。私はこれ片付けなきゃだし、画像の選別もしたいからお先にどーぞ、ごゆっくり……?」
揶揄おうと思えばいくらでも言葉は出てくるのだろうが、絵麻は大人しく秀治を見送った。
絵麻のミスが原因とはいえ、勝手に勘違いして、勝手に心配して、嫉妬して。
「……可愛いなぁ、もう……」
扉の向こうに秀治の姿が消えると噛み締めるようにして呟き、思わず絵麻は笑ってしまう。
秀治は表向き理性的で、落ち着きを感じさせる『立派な大人』を演じようとしているが、絵麻は秀治が結構子供っぽい性格をしていることを知っていた。
そうでなくとも物心ついた頃からの付き合いだ。
二十数年に渡り、あの不器用な幼馴染のことは見てきた。
絵麻はしばらくリビングで込み上げてくる感情を噛み締めていたが、秀治が脱衣所に入っていくのを確認すると自室に戻り、少しだけ考えて、ベッドの上に座るとスマホのカメラを起動した。
「……ほんと、分かってないんだから」
微かなシャッター音が、室内に鳴り響いた。
《続く》




