自撮りの誤送信にはご用心!(3)
「お待たせしまたご主人様ぁっ?」
にゃーっお! と猫耳カチューシャ装備のメイド服を身に纏った絵麻が現れたのは秀治が食事を終え、テーブルを片付け終わろうかというタイミングであった。
目の前の光景に、秀治は思わずテーブルを拭く手をとめた。拭く手をとめて、思わず、凝視した。
猫耳カチューシャの、メイド姿で現れた、幼馴染を。凝視した。
「にゃ、にゃんか言ってほしい、にゃー……?」
じっと自分を見つめる幼馴染に対し、絵麻が浮かべるのは戸惑いと恥じらいである。
幼い頃から知っているはずの秀治があまりにも上から下へ、下から上へと自分を舐め回すように見るものだから、流石の絵麻も戸惑いを隠しきれなかったのだ。
そうでなくともメイド喫茶風にはっちゃけて登場しており、そこへ沈黙で返されれば恥じらいの方が勝るというのは道理である。
「……撮ればいいのか? 写真を」
ようやく口を開いた秀治の感情は平坦だった。
表向きには。
「あー、うん。私のスマホで撮って。資料に使うから、いろんな角度から」
肩透かしというか、業務的にも見える秀治の態度に絵麻は不満を感じないでもないが、あくまでも『仕事上の必要に駆られて』の撮影会である。
躯乃先生からもらった衣装でいちゃつくのも気が引けるし、秀治が事務的な態度で応じてくれるというのであれば不満もないが、寂しさはある。
絵麻はリビングの空いた場所に移動すると、『メイドっぽいポーズ』を順番に取っていき、秀治に指示を出して様々な角度から写真を撮らせていった。
「一応今回のコンセプトはゴスロリなんだけどさー。一応メイドもゴシックロリータの区分じゃない? だから猫耳メイドで行こうかとっ」
「へー」
イラストを描く上で資料はとても大切である。
プロになれば見ないでも絵を描けると誤解している人も多いが、絵麻に言わせてみれば、見ないで描ける人は頭の中に明確なイメージをストック出来ている人だけ、である。
描きなれたものであればまだしも、描きなれない、あまり馴染みのないものを絵に起こす場合はとにかく資料の数がものを言う。
絵麻はネットで写真を探して、参考にしたりもするのだがそれでも自前で用意できるのであればそれは『痒いところに手の届く良い資料』となるのである。
故に、絵麻はあまりネットでは拾えないような角度から秀治に写真を撮らせ、ポーズを取っていった。
斜め下から仰ぎ見るような形だったり、逆に絵麻がしゃがんで見上げるようなポーズだったり。
しかし、これらの主体はあくまでもメイド服であり、資料として必要なのは衣装に生じる皺や影と言った『絵に起こしたときに拾うべき色や線』である。
故に、自然と秀治の視線が絵麻ではなく『メイド服』に向けられてることは絵麻自身了承しているし、その為の写真を撮っているので、必然であった。
だが、それを『面白くない』と思ってしまうのが絵麻の乙女心、否、絵麻の秀治に対する複雑な恋心であった。
……第一、あの写真見ておいてその態度はどうなのよ。
胸の内に生じるあれやこれやを押し殺し、ただの同居人として、アシスタントとして淡々とシャッターを切り続けている秀治にとっては八つ当たりも良いところである。
だが、絵麻は職人芸とも言える振る舞いを見せる秀治に次第に不満を積もらせていった。
「ちょっと確認させてー」「ん」
スマホを一旦返してもらい、それまでに撮られた『メイド服の写真』に絵麻は複雑な思いながらに頷く。
どれもよく撮れているし、絵麻のオーダー通りの構図であった。
「じゃ、次は私を撮って」
だからこそ、絵麻はカメラモードにしたスマホを再度秀治に差し出しながら、告げた。
「私をって、今まで撮ったのも絵麻を撮っただろ」
あくまでも言われた通りに撮っていただけの秀治である。
写真の主体が絵麻ではなくメイド服にあったことなど、気付いてはいなかった。
否、『気付く余裕などなかった』。
「今まで撮ってもらったのはメイド服。そっちの資料は揃ったからさ、こっから撮って欲しいのはわ、た、し」
言いながら、絵麻は少しだけメイド服を着崩した。
「えっちいの、撮ってよね」
――……、
秀治の頭の中に、静寂が訪れた。
襟元のボタンを一つ、二つ、三つと外し、その場に屈んで胸元を露わに見上げる絵麻は、……エロかった。
非常に、それはもう秀治目線で取り返しがつかないレベルで『えっちぃ』のであった。
――いやいやいや!? 反則だろ……!?
なんのレギュレーションに違反しているのかを秀治は想定していないが、あからさまに『やりすぎ』である。それまで必死に自分を押し殺していた秀治も流石に堪えきれなくなった。
しかし、エマニエル先生こと絵麻の描いているイラストを思えばなんの不思議もない。
絵麻は『えっちな女の子』のイラストを描くのが大好きでプロのイラストレーターになったのである。
強調された胸元を晒しながら、恥ずかしげにこちらを見上げる構図、など絵麻が描きたい構図に入っていて然るべきなのである。
「ほーら、ちゃんと撮って? ピントは服じゃなくて私の顔に合わせるようにしてね、デッサン人形の代わりに使うから」
「お……おう……」
本来、人を描くときは人間の骨格などからイメージして組み立てていくのだが、それがどうしても難しい場合、3Dデッサン人形にポージングを取らせて下地にすることが絵麻は多い。
しかし、どうしたって仮想空間上のデッサン人形をいじくり回すのは根気のいる作業であり、絵麻はあまり得意ではなかったのだ。
だからこれも、一応は『資料づくり』の一環ではあった。
そこに『秀治にアピールする』と言う絵麻の私欲が若干混ざっただけである。
「ソファの上、寝転がるから、下からアオリの構図で、こーっ、わかる?」
「わかる、と思う」
「んじゃ、ちゃんと撮ってよね?」
ニヤリ、と絵麻は笑ってみせ、スカートが皺になることもお構いなく、ソファに寝転がる。
スカートは捲れ上がり、エプロンドレスがあるとはいえ、胸元も谷間が分かる程度には強調され、まるで『襲ってください』とでも言わんばかりのポーズに、自然と秀治は自分の喉が鳴るのがわかった。
「……えっち」
揶揄うように絵麻が笑い、……しかし、その小悪的な笑みに、秀治はスマホで絵麻の視線を遮ってシャッターを切った。絵麻の求めに応じて、シャッターを切り続けた。無心で。
「……オッケー。もういいよ。ありがと」
煽りに煽っても尚、鉄壁の自制心でなんの焦りも感じさせない秀治に、絵麻は先に折れ、再びスマホを返してもらうとカメラロールをチェックし始める。
その目は真剣ではあるものの、口元は不満そうに尖っていたし、頬も少し膨らませていた。
「ありがと、良い感じだと思う」
絵麻は不満ながらに秀治を見上げ、伝える。
悔しいが秀治の撮影技術は確かなものであり、自撮りした時のものとは雲泥の差であった。
「やっぱ他人に撮ってもらわなきゃダメだね。昼間も一人で頑張ってみたんだけど、どれも微妙でさ」
撮影はここまでとばかりに絵麻は自分の部屋に戻りながらに告げるが、そんな絵麻を秀治が何か物言いたげにみていることに気付き、足を止めた。
「どったのーしゅーじ?」
メイド服を着て登場した際こそ、固まっていた幼馴染だが、それ以降はあまりにも反応が鈍く、それならもうそれで良いかと諦めかけていた絵麻ではあったが、何かいいたげなのを察すれば気にもなる。
尋ねる側の絵麻もなんだかドキドキしながら秀治を上目遣いに伺えば、秀治は仏頂面というか、秀治もまた、若干の不機嫌を滲ませながらに言った。
「……今撮った写真も、躯乃さんに送るのか」
「……え?」
秀治の絵麻を見る目は、真剣だった。
《続く》




