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絵描きの君とのラフな関係。「先生、進捗どうですか?」  作者: 葵依幸
【5】 自撮りの誤送信にはご用心!

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自撮りの誤送信にはご用心!(2)


「裸エプロンってエロいよね!」


 言い放った絵麻に、秀治はしばらく固まった。


 確かに、今日の絵麻はそれに準する見た目をしていないわけでもない。

 ショートパンツはエプロンの裏側に隠れているので、下に何も履いていないように見える。ただ、上は普通にダルTなので『そう見えるかどうか』で問われれば、『そうは見えない』のである。


 ただ、秀治は一瞬それを想像した。以上である。語るべきことはない。秀治が裸エプロンに若干の甘い誘惑を感じただけである。おしまい。


「あー、うん。そうだな。エロいよな」

「だよねー!」


 それだけである。

 この程度のジャブ。軽く躱せなくては絵麻と同居などやっていられない秀治である。


「食べよ? 久しぶりに作ったから味に自信はないけど」

「絵麻の作ったものはなんでも美味しいよ」

「テンプレだなー。嬉しいけど?」


 わいわいと当たり障りのない会話を繰り広げながらの食事となり、実際、絵麻のビーフシチューはそれほど悪くはなかった。


 良くも悪くもレシピ通り。

 下手なアレンジを加えることもなく、パッケージの裏側に書かれている通りに食材を切り刻み、炒めて、煮込んで、肉に味を染み込ませたビーフシチュー。


 少し煮込みすぎている感じはあったが、疲れが溜まりがちな秀治には濃いめの味付けが有り難かった。


「でね、とりあえず原稿は病院で書かせますから! って担当さんから連絡あって、今それ待ち。もう殆ど書き終わってるらしいからこの前みたいなことにはならないと思う」

「そっか」


 話題は昼間見かけたラノベ作家先生の入院の話題である。

 どうやら絵麻の仕事には殆ど影響が出ないようなので秀治は安心する。


「ところで、」

 と秀治は安心ついでにずっと頭の隅で引っかかっていたことを切り出した。


「昼間、なんか写真送ってきてただろ。あれなんだったんだ?」

「え」


 そう秀治が告げると、ちょうど食事を終え、食器を流しに持って行こうとしていた絵麻の動きは固まった。


「え……?」

「いや、送ってきただろ」


 ちなみに秀治はお代わりをして二皿目である。絵麻の手料理が嬉しかったのだ。


「しゃ、写真って、なんのことかなー……?」

「いや、ほら、メイド服の」


 秀治は忘れたふりをしようかとも思ったのだが、絵麻のあまりにも露骨な態度が気になったのだ。


 秀治の名誉の為に言っておくが、決してスケベ心からではない。

 あの写真がもし仮に、メイド服を着た絵麻の写真であった場合、『一体誰に送ろうとしたのか』がずっと気がかりだった。


 秀治は絵麻とは一定の距離を保つように心がけている。

 お互いの事は幼馴染として認識しあっているとは言え、現状は『家主』と『居候』で家賃や光熱費の大半を秀治が担っている。


 そこに下手な気遣いを生ませない為にも、絵麻のプライベートには極力踏み込まないようにしているし、絵麻がデートに出かけた時(勘違いであったが)でも、絵麻にそのことを追求するようなことはなく、ただ後ろから付いていくだけに留めた。(それでも十二分に踏み込みすぎてはあるのだが)


 だから、『見なかったことにする』ことも考えはした。

 それがもし、『そういう目的での写真』だった場合、自分は必ず立ち直れなおいほどのショックを受けると、デートの一件から秀治は知っていたからだ。


 秀治は割と嫉妬する。


 本人はそれを表に出さないようにしているし、当人も気付いてはいないのだが、かなりの寂しがり屋だし、絵麻のことを自分で思っている以上に好きでいるのだ。


 あのメイド服を着ていたのが絵麻かどうかは分からないが、もやもやしたままでは今夜は眠れそうにないと秀治は勇気を振り絞った次第である。


「消したのは、……あれか? 送り先を間違えたとか、そういう……」


 恐る恐る。核心に近づくことで明らかになるであろう事実に身構えながら、秀治は絵麻の顔色を伺った。


 画像を送信して、慌てて消す。

 相手の通知欄には残るが、チャット画面には残らないので証拠はなくなる。絵麻は秀治がそれに気付かなかったと判断していたらしいが、本当はバッチリ見てしまっているし、気になってしまっている。


「……見られちゃってたんだ?」

「一瞬な。送り間違えたんだなって思ってスルーしてたけど、なんだったんだよ?」

「……資料」

「……資料?」


 言われて秀治の脳裏を過ったのはグラフとかデータとか、そういう類のものだったが、イラストレーターである絵麻にはあまり縁があるとは思えなかった。


「次の仕事の、……メイドがコンセプトな画集。ほら、躯乃むくろの先生、覚えてる? 冬コミで隣だった」

「あぁ……、覚えてる」


 っていうか、忘れられねー。と秀治は若干意識が遠くなる思いがする。

 躯乃棺むくろのひつぎ、冬コミでエマニエル先生こと絵麻とスペースが隣になった人気イラストレーターである。


「ゴスロリ着てた人だろ。筋肉マッチョの」

「そう! ボディビルダーの大会で優勝したんだってー! 凄いよね、躯乃先生!」


 情報が渋滞しているので整理するが、躯乃柩こと黒田新太は男性である。


 ガチムチを地で行く黒光りな成人男性であり、歳は二十八。

 絵麻も大学時代から追っているイラストレーターであり、繊細かつ精密なクラシカルな画風と、精密に書き込まれたゴシックロリータが大人気なのである。


「デカかったよな」

「うん。おっきかったよねー」


 身長は190c mオーバー。ゴスロリ衣装に合わせてパンプスを履いていたので絵麻には2mを超える壁に見えた。


 当然そんなサイズの男性向けゴスロリ衣装は存在しないので躯乃の手作りである。人気ゴスロリイラストレーター躯乃柩こと、黒田新太は自らゴスロリ衣装を作成するほどのゴスロリ愛溢れるイラストレーターなのである。


 まぁ、どうでもいい。

 現状必要なのは躯乃柩先生ではなく、絵麻の事だ。

 秀治は嫌な予感は覚えつつも頭を切り替えた。


「……で、その躯乃さんが何……?」


 秀治は尋ねた。

 先程までの穏やかな空気はいつの間にか霧散し、頬が引き攣りそうになっている。


「先生が送ってくれたんだよ。メイド服。参考資料になるからどーぞって。サイズ教えてないのに、すごいよねー。躯乃先生。見ただけで分かるんだってさ、身長だけじゃなくてスリーサイズとかっ」

「……へぇ……?」


 去年の冬。大晦日に開催された冬コミこと冬のコミックマーケットで絵麻はそれなりに体型のわからない格好をしていたはずなのだが、……それを見ただけで、スリーサイズまで……? と秀治は眉間がひくつくのを感じた。


「……じゃああの写真って」

「あぁ……、うん。せっかくだから着てみたんだ。送って貰ったし、実際、すっごい丁寧に縫われてたからさーっ! もうテンション上がっちゃって!」


 嬉しそうに語る絵麻を見て、秀治は脳内に記憶されていた『恥じらい気味にスカートの裾を持ち上げるメイドの写真』の顔の部分が絵麻にはっきりと置き換わるのを感じた。


「……へぇ……」


 相変わらず嬉しそうにメイド服愛を語り続ける絵麻を眺めながら、回らない頭で秀治は思う。


 その写真を、お前は一体どこの誰に送ろうとしたんだ……?


 いや、『誰に送ったんだ……?』


 秀治に送った後、取り消したということはそれを正しく受け取っている相手がいる筈で、その話の流れ的に辿り着く先は間違いなく――、


「だからさぁ、秀治、ちょっとお願いしてもいいかな?」

「え?」


 明後日の方向に思考が飛んでいた秀治ではあるが、絵麻の呼びかけで現実に引き戻された。


「なぁに? 聞いてなかったの?」

「あー、ごめん。ちょい考え事してた」

「えっちなこと?」

「違うって」


 なんでこの幼馴染はそう……、と考えて『いや、ことの発端がそっち方面だっただろ』と思い直す。絵麻の送ってきた写真が『えっちな写真』であることは紛れもない事実なのだから。


「で、ごめん。なに?」


 頭の中のメイド服姿の絵麻を隅に押しやり、改めて秀治は現実の絵麻に向き直る。


 するといつの間にか洗い物を終えた絵麻はなんてことの無いように言い放った。


「写真撮って欲しいんだよ。それ食べ終わってからでいいからさ」

「なんの?」

「だから、私の。メイド服、ちょっと着てくるからさ」


 そう言って絵麻はタオルで手を拭き、間借りしている自分の部屋へと引き上げていった。


 秀治はビーフシチューを乗せたスプーンを片手に固まる。


 絵麻が、メイド服を、着てくる……?

 その現実に、残りのビーフシチューは味がしなかった。


《続く》


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