履いてない方が可愛いに決まってんじゃん!(1)
「履いてない方が可愛いに決まってるじゃん!?」
平日の夜九時過ぎ、2LDKのマンションに響く声があった。
そして、何処となく幼さの残るそれに対し、部屋の家主は悲鳴に近い声をあげる。
「女子高生がパンツ履いてなかったら大問題だろ!?」
仕事部屋兼私室として間借りしている部屋の中。
液タブの前で小柄ながらに牙を剥き出しに威嚇するのはイラストレーターのエマニエルこと結城絵麻。二十四歳。
相対するは帰宅したばかりのこの家の家主、伊藤秀治、二十四歳。
絵麻の幼馴染である。
――話は少し巻き戻る。
平日も終わりが見えてきた木曜日の夜、証券会社で働く秀治の帰宅を出迎えたのは絵麻の無情な一言であった。
「パンツって、履いてない方が可愛いよね」
玄関で、唐突に。革靴を脱ごうとしていた秀治に対し「おかえり」よりも先に絵麻は何食わぬ顔でそう言った。
「…………」
考えること一秒。
絵麻はシャワーを浴びた直後だったらしく、ダボダボのTシャツにショートパンツ、肩にタオルをかけたままだ。
当然、秀治の視線は絵麻の下半身へと吸い寄せられはしたが、即座に「そうではない」と結論づけた。
絵麻にそのような趣味がないことは幼馴染の秀治が一番よく知っている。
「またおかしな仕事を受け持ってるんだな」
一日中市場の株の値動きを追い続ける秀治とは違い、絵麻の仕事はイラストレーター。クライアントからのオーダーを聞き、様々な媒体に応じて要望に合ったイラストを納品するクリエイターである。
「おかしなとはなによー。こちとら真剣勝負。パンツ履かせるかどうかで編集さんと小一時間揉めたんだから」
「で、結論は?」
「先生にお任せしますって言われた。だからノーパンにする」
これでもかと胸を張り、えっへんと宣言する絵麻は全体的にかなり小柄だ。秀治は平均より少し背が高いぐらいなので当然、そんな幼馴染を若干見下ろす形になる。
秀治はいつまでも幼さの面影の残る幼馴染に対し、普段より思うことがあった。
この幼馴染は本当にこのままで大丈夫なのだろうか……?
「……で、どう思う? 履かせない方が可愛いよね?」
「可愛いかはさておき、絵麻がそう決めたんならそうしたらいいじゃん……」
「私だってそう思うよ! でも自信がないから聞いてんのっ。ね、履いてない方が可愛いよね? パンツ。ノーパン。可愛くない?」
秀治の幼馴染、結城絵麻はイラストレーターである。それもそこそこ人気のある。
しかし、秀治にとっては物心ついた時からの幼馴染で、実家は大地主。厳格な日本庭園を囲う純和風の家に生まれ、厳しく躾けられて育った『良家の御息女』である。
田舎で生まれ育ち、他の子たちよりも体格に恵まれなかった絵麻は昔から運動が苦手で、読書ばかりしていたが、それがいつの間にか『オタク』になっていた。高校入学後の話だ。秀治がその変化に気付いた時には既に手遅れであり、今となっては『エロい女の子を描くためなら死んでもいい』と豪語するエマニエル先生である。
「ねー、聞いてるのー? とにかくほら、こっち来て。百聞は一見に知かず。見れば分かるから」
「うぇー……?」
どういう反応すりゃいいんだよー、って秀治は引っ張られていくがこれが二人の日常であった。
様々な企業、出版社からの依頼を受け、『ちょっとエッチな女の子』のイラストを納品することで定評のあるエマニエル先生こと絵麻は事あるごとに同居人兼この部屋の家主である秀治に意見を求めるのだ。
「これがこの前新人賞取った灰被りの猫先生のデビュー作、『スカートの中の秘密を知った俺は生きては帰れない!?』のヒロイン、水島心ちゃんよ!」
どどーんっ! と効果音でも出てきそうな勢いで液タブをご覧あれ! され、秀治はネクタイを緩めながら渋々とそれを覗き込む。
そこに描かれていたのは制服姿の『水島心ちゃん』なる青い髪の女の子だった。パンツは履いていない。捲れ上がったスカートの下から綺麗な形のお尻が丸見えである。
カラーページ。
ライトノベルの表紙捲った後に差し込まれる見開きイラストだった。
「……履いてない設定のお話なのか……?」
他にも女子生徒が描かれているがその誰も彼もがスカートを抑え、恥ずかしそうに頬を赤らめていた。スカートが捲れているのは『心ちゃん』だけだ。当然、パンツを履いていないことが分かるのも心ちゃんのみ。
「はぁ? パンツ履いてないわけないじゃない。どんな痴女よ。アホなの?」
絵麻は言った。
それはもう、盛大にバカにしながら。
「履いてないって言ったのは絵麻だろ……」
「履いてない方が可愛いよね? って聞いたの。心ちゃんが履いてないとは言ってない」
オーケイ。整理しよう。
秀治は額を抑えながら絵麻の発言を思い返す。
絵麻は履いてない方が可愛いよね? と聞いた。つまり、履いてない方が可愛いと思っているということだ。
そしてこの作品のタイトルは『スカートの中の秘密を知った俺は生きては帰れない!?』だ。
意味不明だし読みたいとも思えない。もはやタイトルを忘れてしまいたい。なんだそれは。
しかし、絵麻は真剣だし、心底呆れているのは本当だ。つまり、絵麻が言いたいのは……、
「ここにパンツを描くかどうかで悩んでるってこと……?」
「そう言ってんじゃん。最初から」
言ってない。
パンツを履いていない方が可愛いよね? と秀治は聞かれただけである。
「……オーケイ。理解した。とりあえずパンツは履かせた方がいいと思う。女子高生だし」
「でも履いてない方が可愛いよ?」
「まずは履かせてみたらどうかな。パンツを」
アホなことを言っていることは秀治も自覚していた。
しかし、この幼馴染に対しては正論など全く通じない。身をもって理解させる方が早いのだ。
ただ、絵麻も絵麻で、秀治がそう言ってくるであろうことは理解していた。故に、先手は打ってあった。
「履かせるとこういう感じになるんだよねぇ……」
絵麻が画面上をタップすると、それまで非表示になっていたレイヤーが表示され、心ちゃんの露わになっていたお尻に桃色の下着が現れた。
いわゆるパンモロである。
「……なんか間抜けだな」
「だよね。んで、こっちが別バージョン」
そうしてポチポチと表示を切り替えた絵麻が秀治に見せたのは『かなり書き込まれた下着』だった。
「……パンツにしか目がいかない」
「だよねぇ……?」
そもそも臀部を突き出しているポージングに問題があるのだが、絵麻のペースに乗せられつつある秀治はそれには気付かなかった。
第一、秀治は絵麻ほどにオタク文化には明るくないし、『そういうものだ』と言われてしまえば「そういうものなのか」と押し切られるのが常だ。故に、やはり今回も絵麻の主張を半分飲み込みつつある。
「やっぱパンツ履かせない方がいいよね?」
レイヤー操作で消えるパンツ。
露わになったお尻に秀治は己の思考が汚染させつつあったことを自覚した。
「……大体分かった。見栄えの問題なんだ。何を主体にするか、何を伝えたいかというイラストにおける主張。ライトノベルという、」
「ああ、そういうの良いから。秀治には求めてないし」
「………」
哀れかな。秀治はこれで必死だったのだ。
パンツを履かせるか履かせないかで絵麻が本気で悩んでいることを知っているからこそ、真摯に向き合おうとしている。しかし絵麻は液タブに向き直ると、パンツを出したし消したりしながら唇を尖らせている。
「どーせ、この魅力は秀治には分かんですよーだ」
「……絵麻」
実際、秀治には全く何が何だか分からなかった。
どうして小説のカラーイラストでパンツを見せる必要があるのか。どうしてスカートの中の秘密を知ったら生きて帰れないのか、どうして、
「どうして履いてない方が可愛いと思うんだ……?」
分からないからこそ、本気でこの幼馴染と向き合った。
自らの生み出したイラストを、より良くしようとする幼馴染と。
「履いてない方が可愛いに決まってるじゃん!?」
「女子高生がパンツ履いてなかったら問題だろ!?」
悲痛な叫びが、響き渡った。
《続く》




