伯爵令息は断罪回避のため、ヒロインになる!
「セシリア・フリッカー! 第一王子である私の婚約者という地位を笠に着た暴虐、もはや看過出来ん! お前との婚約は今、この場をもって破棄とする!」
ひゅっと息を呑んだセシリアが第一王子――リカルドの腕の中にいる女生徒を睨んだ。が、リカルドは突き刺さる視線から彼女を護るようにして抱え込んだ。更には二人の男子生徒――ウィリアム・ジグ伯爵令息とジュリアン・ケアー侯爵令息が、その二人の前へと護衛のように歩み出る。
「セシリア様のアイリス嬢へのいじめの証拠はこちらに揃っております。これには王家の影の証言も含まれています。言い逃れなどされませんよう」
「更には、複数の高位貴族のご令嬢が加担しているとの調べもついております。追って沙汰が下されることでしょう……えぇ勿論君もです、ミレーヌ・ユーグ。我が婚約者がこんな恐ろしい顔を持っているなどとは思いませんでした」
会場にばらまかれた書類は、彼女らが権力を笠に着てアイリスを虐げていた記録だ。淑女とは思えぬ形相で各々の婚約者たちが告発者を睨む。セシリアはぐっと拳を握り締め、声を振り絞った。
「……貴方様の御心は、もうわたくしにはありませんのね」
「当然だ。か弱き者を虐げる者に寄せる情などあるものか」
「さようでございますか……えぇ、貴方はいつも正しくていらっしゃるわ。えぇ、そうよ。わたくしがその女に嫉妬したのが全て悪いのでしょう!!」
泣き叫ぶセシリアには、二人の令嬢が寄り添っていた。彼女らは己が犯した罪に対する罰を受けることとなる。
最悪の断罪劇を終え、アイリスは正式にリカルド王子の婚約者となる。悪役令嬢の妨害を乗り越え、真実の愛を掴んだ二人の何と美しく尊いことか。
王子の手足となった二人の令息も、彼ら二人を見守りながらいつまでも傍にあったのだそうだ。
そうして四人はいつまでも仲良く平和に暮らしましたとさ。めでたしめでたし――
「めでたいわけあるかよ、クソがよ!」
ウィリアムは叫びながらベッドから飛び起きた。全身がイヤな汗でぐっしょりと濡れている。ゼェハァと乱れた息を何とか整えながら、辺りを見回した。何の変哲もない、自室である。
だというのに、夢から連れて帰ってしまった不快感はなかなか消えてはくれなかった。
――――
――
「以上、昨夜僕が見た夢の概要です」
「まぁ、ウィリアム様。お疲れなのね」
よしよしとミレーヌが優しく頭を撫でてくれる。が、長年の付き合いがある僕にはわかってしまった。多分コレ頭蓋骨の形を確かめられてる。
「……骨が変形するほど打ったりはしていないようですね。安心いたしましたわ」
「うん。僕も直近で頭を打った記憶はないから安心したよ」
再びよしよしと頭を撫でられる。彼女の方が一つ年上とは言え、子ども扱いしすぎなんじゃないかなぁ、とは思えどこれはこれで役得なので黙っておいた。ら、すっと離れられてしまった。男の下心は女性にはバレるものらしい、残念。
「それで、どうしてそのお話をわたくしに?」
「う~ん……どうしてだろう。なんでか話しておかないとって思っちゃったんだ」
ミレーヌが眉をひそめた。そりゃ自分が断罪される話なんて聞きたいわけないよね。でも何でかな、共有しなきゃって思っちゃったんだ。
「……ウィリアム様はそのお話通りになるのがお望みですの?」
「まさか!」
否定は何よりも早くなければならない。そんな考え、一瞬たりとも持った覚えはない。が、状況的にそう思われても仕方がない……?
「本当に……本当に! そんなこと一秒たりとも考えてないからね。ミレーヌと離れるだなんて考えるだけで恐ろしいのに!」
「ふふ、存じ上げておりますわ」
くすくすと笑うかわいい婚約者。機嫌を損ねた訳ではないらしい。多分僕の反応が見たかっただけだなこれは。そういうイタズラなところもとてもかわいい。ほっと胸を撫で下ろしながら、紅茶を一口。
「だから、これは天啓なんじゃないかと思うんだ」
「天啓、ですか……?」
不思議そうなミレーヌの目を見つめながらこくんと頷く。そう、きっとこれは神の啓示なのだ。
――神がこの、ミレーヌにとって理不尽で不条理な未来を回避せよとおっしゃっているに違いない。
「ただの夢では……?」
「うん、それならそれでいい。でも僕は君との未来を奪われるのが不安だから、出来ることは全部したいんだ」
だからまずは、そのヒロインの家が実際にあるのかどうか、庶子が存在するのかどうかを確かめないと。
ふんす、と気合を入れる僕を見て、ミレーヌはころころと笑っている。あぁ、なんてかわいいんだろう。夢か未来かはわからないが、こんなかわいい婚約者を手放すだなんて、愚かな僕もいたものだ。
その後ちょっと家の協力も得つつ件の男爵家を調べてもらった。するとどうだろうか、まさにアイリスとその名を持つ庶子をこの間受け入れたばかりだというではないか。その上、今年貴族学園に入学するというのだ。どう考えてもまだ早いだろうがよ。ちゃんと家でしっかり教育してから入学させろ。
脳内で吠えても当主殿に届く訳もなく、僕は頭を抱えることになった。僕が入学しない、あるいは時期をずらすという手もある。だが、そうしたらミレーヌと一緒に学校に通える期間が短くなってしまうのだ。ふざけるなよ。ただでさえ同学年じゃないのに!
今年の入学生は例年に比べて多い。何せリカルド第一王子殿下が入学する年だからだ。王子と同学年というだけでもそれなりに箔がつく。例のわたあめ女が無理に入学してきたのもそういう事情ではあったんだろう。いやでも王子に無礼な振る舞いをする可能性の方がヤバいのでは。
一応念のために弁明しておくと、僕がわたあめ女のことをそう呼ぶのにはちゃんと理由がある。あの女は小さい頃から自分は『ヒロイン』だと喧伝する頭のおかしい子どもだったと調べがついているのだ。
顔のいい男に擦り寄っては自分に靡かないことに腹を立て、周りに当たり散らすような子だったそうな。ますますもってなんで今年入学させるんだ。永遠に家の中に閉じ込めておけよ。
イーッ、となりながらも迎えた入学式当日。僕はミレーヌを連れてリカルド王子殿下のところへと向かっていた。皆殿下に挨拶したくて囲んでいるのでとても目立つ。
あのピンクの頭も結構目立つ。確かに物珍しいとは思うけどもそれだけだ。夢の中の僕や殿下はあれのどこを気に入ったというのだろうか?
さて、失敗は許されない。それもあのわたあめよりも早く、人垣が切れたタイミングを見計らって。
「ぅわッ!」
「キャッ、ウィリアム様……ッ!」
べちり、とリカルド王子殿下の足元の地面にダイブ。思ったよりも痛い。受け身の練習とかしておくんだった。ミレーヌの慌てる声を聞きながらちょっとの間じっとしていると上から笑い声が降ってきた。
顔を上げると、リカルド王子殿下が口元を押さえ、お腹を抱えている。笑っていらっしゃるな、これは。
「ふふっ、くっ、だ、大丈夫かい……?」
震える声で近くの護衛に指示し、僕を地面から引っ張り上げてくれた。普通に恥ずかしくなってきてしまい、多分赤い顔を誤魔化そうと服の土を落とすのに集中するふりをする。
今のはあのわたあめ女がリカルド王子殿下と初めて出会ったときの再現だ。配役は違うし、王子殿下の反応もこんな感じではなかったけど。助け起こしたのも護衛じゃなくて王子殿下ご本人だったし。
「申し訳ありません、心がはやってしまい……改めまして、リカルド王子殿下にご挨拶申し上げます。ウィリアム・ジグと申します」
「ごきげんよう、リカルド王子殿下。わたくしの婚約者が御前を失礼いたしました。わたくしはミレーヌ・ユーグと申します」
空気を読んでくれたのか、ミレーヌが続いてくれた。未だ王子殿下は笑いが収まらないようで、何も言わずに軽く手だけ上げて応えて下さった。そのまま護衛に連れられて去っていってしまう。
何となく解散の空気になったところでわたあめの方を盗み見ると呆然としている。おっしゃ、と心の中でガッツポーズを決めつつミレーヌをエスコートしてそそくさとその場を去った。
それからというもの、僕はリカルド王子殿下とわたあめ女が愛を深めていった切っ掛けをことごとく潰していった。自分で夢の中のわたあめ女の行動を再現したり、タイミングを見計らって王子殿下とその婚約者であるセシリア・フリッカー侯爵令嬢を引き合わせたりと手を替え品を替え、頑張っていた。勿論、僕自身も接点を持たないようにと全力で避けている。
その結果、ミレーヌは夢の中と同じようにセシリア様と仲良くなったらしい。学園が休みの日に一緒に出掛けたりしているようだ。そのせいで僕とのデートが減っている気がする。とてもヤダ。僕も一緒に連れてって欲しい。あ、レディー専用のサロンに行くんですか……そうですか。
「君は本当にユーグ伯爵令嬢が好きなんだな」
「はい、勿論」
食い気味に応えると、くつくつと喉の奥で噛み殺すような笑い声が上がる。対面で優雅に紅茶を飲んでいるのは、リカルド王子殿下であった。お互い婚約者に置いて行かれた者同士ということでお茶に誘ってもらったのだ。学園の裏庭のガゼボは王子殿下のお気に入りの場所だ。
例の出会い以来、僕はリカルド王子殿下に気に入っていただいているようで、こうしてお声をかけていただくことが多いのだ。多分おそらく珍獣枠である。
夢の中の僕はアイリスに惹かれ、彼女に侍ることでリカルド王子殿下と接点を持っていた。そのせいで嫉妬したセシリア様やミレーヌがアイリスを虐げてしまうのだ。
いやこれどう考えても僕とリカルド王子殿下が悪いのでは? いや虐めが良くないのは前提として、その原因は彼女らじゃなくて僕らでは? というか、四人仲良く暮らしましたってどうやって? 僕ともう一人は生涯独身だったってこと?
う~ん、と考え込んでいると、不意に近くの茂みが音を立てた。王子殿下がちょっとびくっとした僕を片手で庇ってくれる。いやこれは惚れるね、王の鑑だこの人は。
「あっ、いたぁ! こんにちはっ!」
喉の奥で虫が潰れたような声が出た。ギュウ、とかぎゅる、とかそんな感じの。目の前に広げられていた腕がちょっとプルプルし出している。リカルド王子殿下は結構笑いのツボが浅くていらっしゃるらしい。
獣かと思って身構えていた王子殿下の護衛が警戒を解いた。ふわふわのピンクブロンドの可憐な乙女だ。危険だとは思わないだろうな。
こっちが全力でしかめっ面しているのが見えているのだろうに、わたあめ女は軽く見なりを整えると、両手を前で組んだ。そうして目を潤ませる。反射的に拳を握ってしまった。
「あの、実はお二人に相談がしたくて……」
「その前に一ついいかい?」
リカルド王子殿下はにこやかにそう言いながら、後ろ手に僕の握った拳を手のひらで優しく包んで擦ってくださった。やめて、惚れる。ぼ、僕はミレーヌ一筋なんだからねッ。
「君は誰かな?」
「えっ」
多分この場にリカルド王子殿下がいなかったら指差して笑っていたことだろう。僕の努力の甲斐あってかわたあめ女は殿下と仲良くなるどころか、名前すら認知されていなかったらしい。
ショックを受けているらしいわたあめ女の背後で、またがさりと茂みが揺れた。ぴゃっとちょっとだけ飛び上がってしまった。あぁもう、王子殿下のプルプルが加速してる。
茂みから姿を現わしたのは、何とジュリアン・ケアーだった。夢の中で僕と一緒にわたあめ女に侍っていた令息の一人だ。いやごめん、完全に忘れちゃってた。
彼も軽く身なりを整えるとリカルド王子殿下に頭を下げた。何で二人してそんなとこから出てくるんだ。タイミング見計らってたの?
「リカルド王子殿下にご挨拶申し上げます。ケアー侯爵家のジュリアンと申します。こちらはアイリス・デニー男爵令嬢です」
「あぁ! 噂の君の婚約者殿か」
ちょっとわざとらしいくらいに声を上げた王子殿下に、えっ、と僕を含む三人の声が揃う。にこ、とリカルド王子殿下は笑顔のまま言葉を続ける。
「婚約者のいるケアー侯爵令息にべたべたと身体を寄せて、それを咎めた婚約者であるウォーリス伯爵令嬢にいじめられたと吹聴して婚約破棄の原因となった子だろう?」
え、そうなの? とジュリアンの方を窺うが、彼も寝耳に水のようで呆然としている。が、直ぐに我に返ったようで、頭を振っていた。
「いえ! アンディはアイリスに身分を理由に暴言を吐いていたと――」
「ウォーリス伯爵令嬢、だろう、ケアー侯爵令息。君は彼女の名を呼ぶ権利を既に失っているのだから」
本当らしい。だとしてジュリアンが知らないのは何で?
「婚約破棄だなんて、俺は聞いていません!」
「家同士の話し合いだからね、私も詳細は知らないよ。ただ、高位貴族の婚姻に関しては王家にも報告が上がるんだ。君とウォーリス伯爵令嬢の婚約は既に破棄されていることだけは確かだよ。君とデニー男爵令嬢が婚約していることもね」
にこー、と笑う王子殿下とは対称的にわたあめ女とジュリアンの顔色はどんどん悪くなっている。僕の方は笑っていいのか、指差して笑っていいのか判断がつかず黙っていた。まだ手を取られたまんまだし。
「あぁそうだ。デニー男爵令嬢の相談事もおおよそ見当はついているよ」
「っ、じゃあ……!」
ぱぁっと明るい顔になるわたあめ女。が、僕にはわかる。後頭部からでもうかがえる怒りのオーラが。
「私の婚約者であるセシリアに暴言を吐かれただとか、物を壊されただとか、根も葉もない噂をばらまいて回っているんだってね? 自首しに来てくれたんだろう? 会えて嬉しいよ」
ざっと青白い顔になるわたあめ女。そんなことしてたのかよ、コイツ。
夢の中だとそれは事実だったけど、現実ではそんなことは起こっていない。そもそもセシリア様にそんなことをする理由はないんだから。
「い、いえッ! あたし本当に……!」
「そもそもセシリアに君を虐げる理由なんかないだろう」
「それは……ッ! あたしに嫉妬して……」
んふっ、と笑い声がちょっと漏れてしまった。リカルド王子殿下が呆れたような顔でこちらを振り返られる。あぁでもちょっと面白がっている表情でもいらっしゃるな。
「嫉妬って……侯爵令嬢が男爵令嬢に? 王子殿下の婚約者であるセシリア様がどうして君に嫉妬なんてするんだい?」
カッとわたあめ女の顔が今度は真っ赤になる。白に青に赤にと忙しないことだ。
確かに夢の中のセシリア様はリカルド王子殿下の寵愛を受けたわたあめ女に嫉妬した。だが、現実ではセシリア様とリカルド王子殿下は仲睦まじく、あのわたあめが間に入る余地はない。そもそも名前すら知られていなかったような存在なのだ。
「ウィリアムまで何で……! おかしいでしょ、こんなの――」
「ッ僕を名前で呼ぶな……!」
思わず声を荒らげそうになったところを王子殿下によしよしとなだめられる。本格的に珍獣だと思われてるな、これは。
というか、この状況をおかしいと感じているということは、やはり彼女も僕と同じ予知夢を見ていたということか? だとして、どうしてその夢をそのままなぞろうと思ったんだろうか。
自分が嫉妬で虐められる未来とか、何の教育も受けていないのに王子妃になる未来とかだいぶ怖いと思うんだけど。そもそも婚約者のいる王子や令息に擦り寄るのに対して抵抗とかなかったの? 貞操観念どうなってる?
「っ、何で、何でよ! あたしヒロインなのに! せっかく転生したのに!」
とうとう地団太を踏み出したわたあめに本格的にビビる僕を余所に、リカルド王子殿下はサラッと護衛に指示を出してわたあめとジュリアンを連れて行ってしまった。
ジュリアンの方は茫然としていたけど、わたあめの方は未だ何事か喚いていた。ギャクハーとかゲームとかバグとか。何だったんだ。
ふぅ、とリカルド王子殿下が溜息を吐く。静かになった裏庭で、お茶会を再開という雰囲気にもならず、一旦お開きとなった。
「まぁ……そんなことが」
一通り裏庭での出来事を話せば、ミレーヌはくるりと目を丸めていた。かわいい。とってもかわいい。ミレーヌが言うにはわたあめ女が一生懸命吹聴していたセシリア様の噂は誰も信じていなかったらしい。理由は僕が言った通りだ。嫉妬する理由がないからってさ。
「未遂とはいえ、未来の王子妃への侮辱だからね。それなりに重い処罰になるんじゃないかな。少なくとも学園は退学だろうね……あぁ、婚約破棄の責任取ってジュリアンと結婚でもするのかな?」
ジュリアンの方も今回のやらかしのせいで侯爵家を継ぐ未来はなくなっている。まぁでも好きな相手と添い遂げられるなら天国なんじゃないかな。そこがお屋敷だろうが路地裏だろうが、きっと幸せなことだろう。
どちらにせよ、これで安心してミレーヌとの学園生活を楽しむことが出来そうだ。
あの最悪の予知夢を授けてくれた神に心から感謝を。おかげで僕は、ミレーヌとの未来を失わずに済んだ。
「大好きだよ、ミレーヌ」
「ふふ、わたくしもですわ」
あぁ、本当に。あのわたあめ女に侍っていた僕の気が知れない!
アイリスはヒロインへの転生者でしたが、ウィリアムが見たのは前世の記憶とかではなく予知夢でした。
恋にのぼせている間はともかく、婚約者との仲がどうであろうと相手をないがしろにした挙句断罪するような夢見たら普通に回避に走るんじゃないかなと。




